小学校が7日、幼稚園が8日に始まりました。
が、小学生は今ここにいる!!(12時に帰ってきた。明日から給食)
昨日、クリスマスに見送ったゴーオンジャーのおもちゃ(一部は夫がプレゼント)をお年玉で買おうと、ポチ袋握りしめ、トイザラスに行ったら、棚が空っぽだった!!!
恐るべし、ゴーオンジャー人気。
ゴーオンジャーは、来月放送が終了してしまうので、入荷の予定もないそう。
割引価格になっていた、残り物をゲットして帰りました(この後、他の店でちょっと探す予定)。
親子でガランとした棚を見つけた瞬間の「・・・・(絶句)」は、悲しかったけどおもしろかった(笑)。
引き続き、タイトルの件です。
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毎年(ここ数年)、我が実家では、お正月にお酒やお節をたらふくいただいた後、まるで余興のように、Oリングテストをするようになった。
Oリングは、妹のダンナさんに教えてもらった、食物アレルギー(というより、体がその食べ物を得意とするかどうか)が分かる不思議なテスト。
ご存知の方も多いと思うけれど、ちなみに、こんな感じ・・・
http://www.baobab.or.jp/~oring/quick.shtml
片方の手の親指と人差し指の先をくっつけて輪(OKの形)を作り、もう片方の手のひらの上に食べ物を置き、他の人の力で輪の人差し指と親指を引き離そうとします。得意な食べ物(好き嫌いではなく、体に合う食べ物)だと輪はなかなか開かないけれど、苦手な食べ物の場合、容易く開いてしまいます。
例えば、卵アレルギーでも、生卵はダメだけど、ゆで卵はOKという人の場合、ゆで卵では開かないのに、生卵だと開いてしまう。
蟹が好きでもアレルギーの人は、気持ちでは平気と思っていても、体は正直で、輪が開く。
怪しそうに感じられるけれど、おもしろいし役に立つし、私は信じています。
信じるきっかけとなったのは、『男前豆腐』や『風に吹かれて豆腐屋ジョニー』が話題になった時、好き嫌いや大豆アレルギーはないのに、『ジョニー』の方がどうにも食べられなくて、妹とOリングを試したら、ゆるゆるに開いたんです。その時、頭では大丈夫でも、体が受けつけないって本当にあるんだなと実感しました。
昨年の正月は、母の実家の酒席でOリングの話になり、酒に酔っていた夫が、酒で試したところパカパカ開いた。他の食べ物は大丈夫なのに、酒を手のひらにたらすとパーパーで、みんな大爆笑だった。夫はお酒が好きだけど、本当は苦手な体質(本人も周りも認めている)。実際、その日は、ゲロゲロでした。
今年の正月は、妹の「私、チョコでOリングが開いてびっくりした。チョコ好きだけど、確かに変な吹き出物が出るんだよね」でチョコのテストから始まり、目の前の様々な料理を手のひらに載せていった。
夫は去年と比べると全く酔っていなかったが、それでもやはり日本酒(手にたらした)ではすぐに開いた。
びっくりだったのは、好物のまぐろの刺身でも開いたこと。<注>得意なものだと本当に開かないのです。
私が何かで試そうとすると、夫がパセリを示し、「これで開くと思う」と言う。
私はパセリやセロリやパクチーといった香りの強い野菜が好きなので、「そうかあ?」と言いながらパセリを手に載せ、妹にリングを引っ張ってもらうと、意外にもすぐ開いてしまった。
びっくりだった。
夫が得意顔で言う。
「キミは、若い頃よそに住んだりあちこち旅をしたりしてたけど、本当は体も強くはないし、カヨちゃん(妹)みたいに、ふるさとから離れた土地で生きていけるような順応性はないんだよ。だから食べ物も地のものはいいけど、こういうよそのものはダメなんだよ。地元に住んでるのも、そういう人生を選ぶようになってるんだよ」
嫌味な言葉ですが、実際その通りでして・・・
妹は、昔から体が強く病気と無縁だった。
私は、気持ちは強いけれど、体は弱く、幼い頃からよく熱を出したし、不明熱や子宮の病気で入院したこともある(精神と肉体のバランスが悪いのだと思う・・・自覚してからは調子がいい)。
私は東京に出たくて出て、外国もあちこち旅したけれど、20代半ばでふるさとに戻ることを決めた。テレビの仕事を辞めて、「自分だけの表現」を探すにあたり、ふるさとに戻ることは不可欠だと思えた。戻っても外の世界とつながれる力を持てるまでは戻れなかったけど・・・。
一方、妹は、大学卒業後、ドイツで2年働き、帰国後、転勤族のダンナさんと結婚し、函館、千葉と移動を重ね、今は横須賀に住んでいる。
妹は、どこに住んでも体を壊さず、たくましく生きている。
かつての自分が抱いた異様なまでのふるさとへの執着は、すべて精神が動かしていると思っていたけれど、実のところ、体も地のものを欲していたのかもしれない。
この日は、そのほかに、お節(母お手製)の「田作り」や「はぜ」、「黒豆」、「昆布巻き」、南天とともに飾りに使っていたヒバ(どちらも庭先のもの)で試してみた。
すべてOK!!(リングは開かない)
昔ながらのこれらの料理(南天とヒバは違うけど慣れ親しんだ植物ではある)は、細胞が合う味という実感がある。
海の近くで育ったので海のものや、土地で作られた野菜に関しては、絶対大丈夫という自信があったし、実際その結び目は強固だった。
以前、農民作家と呼ばれる方(お名前は忘れた)がNHKの番組で、
「昔は『三里先のものを食べると病気になる』と言われていたんですよ。それが流通の発展で、日本中や世界中のものを食べるようになった。でも、そのために、昔では考えられなかった病気も生まれた」
みたいなことを言っていて、大いに頷いた憶えがある。
マンションの、たった5階でさえ、地に足がつかない不安に襲われた(というほど大したことない)私は、やはり、ふるさとや、どこか原始的な暮らしに近い暮し方でなければ、生きていけないのだと思う。
はぁーっ。つまりは弱い私。
夫の的を射た言葉は、キツくもあったけど、うれしくもあった。
アンタ、私のこと、よく分かってるね! と・・・。
どこでも生きていけそうとよく言われる私だけど、そんなことはないのです。自分自身、昔は海外赴任とか憧れたけど、今もし夫にそのような状況が生まれたら「一人で行って」という気分。地元に定住した上での旅は欠かせないし、一人旅も恋しいけど・・・。
身の程をわきまえて、時に外の世界で刺激を得ながら、地元で、地道に暮していきたいと思います。