小説

2011.06.15

 『冬の喝采』

 緊迫と弛緩がまだら模様の日本。真ん中に位置する愛知に住む私は、やはり真ん中まだらの心持ち。私にとっては久々の更新となってしまった。友達親子集合→ふれあい参観→浜名湖→水着のゼッケン付け→人と会う約束等々々・・・

 梅ジュースやらっきょうは、放っておいてもどんどん美味しく成ってくれる。そんな日々のひとときの読書日記(チョー長いです)。

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 箱根駅伝にまつわる小説。

 アマゾンに出ていた作品説明より・・・

<「天才は有限、努力は無限」 北海道の大地を一人で走り始めた著者が、怪我によるブランクを乗り越え、準部員として入った競走部には、世界的ランナー・瀬古利彦がいた。入部後も続く怪我との戦い、老監督との葛藤など、1年8ヶ月の下積み生活に耐えて掴んだ箱根駅伝の桧舞台で、タスキを渡してくれたのは瀬古だった。それから9年後、30歳になって自分を箱根路に導いた運命の正体を知る。>

 黒木亮さんの本名・金山雅之を主人公とした自伝的小説とあるけれど、作者本人も言う通り、ほとんどノンフィクション。

 ここでも何回か触れたけど、地元の早稲田OBで箱根駅伝を走った方がいて(しかも優勝経験有り)、その方が貸してくださった。

 この小説には、実名がじゃんじゃん登場する。瀬古利彦や中村清監督といったビッグネームもあれば、当時の高校~大学陸上界で活躍したマニアックな選手の名前もある。上記OBさんの名前も最後の方に登場する。

 黒木さんが走っていた頃の練習日誌を元に書かれている部分もあり、最初は、何もここまで詳細に記さなくても、と思ったりもしたけれど、最後まで来ると、作者の陸上競技に対する並々ならぬ熱意や執念と、お世話になったすべての方々への敬意や愛情を感じる。

 このひとは、ここに、覚悟を持って記しているんだな、と・・・。

 陸上に関心のない人がどう読むかはわからないけれど、元陸上部、しかも長距離に関心があった(今も)私としては、とても興味深く読んだ。

 特に、中村清監督の狂人ぶりは、実際に指導を受けた人がこうしてまとめてくれたことに感謝したくなった。OBさん(Nさん)は、実物の方がもっと凄かったと言うけれど、この本だけでも相当凄まじい。選手を殴らない代わりに自分を血だらけになるまで殴り、見ていた一年生が卒倒したとか、草を食べるだとか、伴走車で校歌を歌うだとか、そんなエピソードがいっぱい出てくる(恐ろしくもあるけど滑稽で、随所で笑いがこみ上げる)。 

 黒木さんやNさんが箱根を走ったのは、私が入学する(1991年)たった7年~12年前くらいのことなのに、空気感が全然違う。いい意味で重い。少し前とは言わないけれど、それほど遠くない昔に、確かに中村清というエキセントリックな監督や世界の瀬古がいて、ストイックな練習や過酷な駅伝を耐え抜いた選手たちがいたんだ、ということに驚くし、焦がれるような気持ちになる。

 現在の箱根駅伝はテレビ中継もあるし、データはコンピューターで管理され、車はプリウスで統一されているし(2011年の場合)、過酷でも整然とした印象すら与える。主役の選手たちも、昔以上の厳しい練習もしているだろうけれど、みんな粒ぞろいで美しく洗練されて見える。

 昔の箱根と言えば、ジープに拡声器、もちろん中継で見ていたわけじゃないから、現在の映像に差し込まれる印象でしかないけれど、いかにもアナログで、山を登ったり降りたりすることからも、原始的な競技にさえ映った。

 『冬の喝采』は、アナログ時代の選手たちの不器用な感じや雑草のような逞しさが、たまらなく眩しく感じられた小説だった。

 細かい記録の部分など、飛ばし読みしながら後半へ来て、金山が4年生の箱根を最後に陸上をやめると決めた辺りから、彼が眺めている風景や心境がまったく自分のもののように迫ってきて、涙が出てきてしかたなかった。

 最後の伴走車の中村監督の言葉。

 「お前も頑張れ。大東が一分ちょっと前にいるけど、お前なら抜ける。今のお前の力なら、どこの大学の奴にも負けない。俺はお前に期待してるんだよ」

 これにも感動した(それまでが色々あったから)。

 中村監督の強烈な人格形成には戦争体験が大きく響いていて、こんな人をつくった戦争というのはいかなる修羅場だったのか、と戦後史を読むような気さえした。

 そして、ネタバレになるけれど(推理小説ほどじゃないけど、重要なラストに関することなので、これから読みたいって人は以下、読まないでください)・・・

           

      

・・・金山の実の父親が明治大学で箱根駅伝を走ったということが判明するくだりになると、号泣。

 読み続けてきた壮大な駅伝(距離)の話が、さらに壮大かつ悠久な遺伝子の話に内包されるようで、走ることから生きることへ思いが及ぶ。

 それにしても、この黒木って人、すごい。

 小説にも書いてあるけれど、練習の合間にたくさん読書し、リンガフォンを聴いて英語の勉強をし、陸上だけが人生じゃないから、とその後の人生についても常に思いを巡らせていた。

 文庫等に出ている経歴より・・・ 

<1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒業、カイロ・アメリカン大学大学院修士(中東研究科)。
 都市銀行、証券会社、総合商社に23年余り勤務し、国際協調融資、プロジェクト・ファイナンス、航空機ファイナンス、貿易金融など数多くの案件を手がける
 2000年、大型シンジケートローンを巡る攻防を描いた『トップ・レフト』でデビュー。他『アジアの隼』『排出権商人』『トリプルA』『巨大投資銀行』『貸し込み』などがある。英国在住。>
 

 映画監督の篠田正浩さんが箱根を走ったと知った時も驚いたけど、黒木さんも、経済小説を専門としてきて、満を持した形で書いた『冬の喝采』では、超マニアックに自分が体験した箱根を描いているんだから、その幅広さに大げさではなく驚愕する。

 男ってすごいなあってのも改めて感じた。

 ごく個人的な話になるけど、正直、今まで男ってすごいって真に思ったことがなかった。

 傲慢ではなく環境で、小・中くらいだと男より色々できたし、例えば大学時代も、女の友達の方が美も能力も突出した子が目立っていたので、男ってすごいと思う機会があまりなかった(注:書きだせば長くなるけど、女子の方が早熟なのは、卵子の寿命を考えれば当然だと思う)。自分が表現や創作といった感覚的なものを好み、志していたことも大きいと思う。感性の分野は男女超えた独自のものだし・・・。

 それが、去年久々に出た早稲田のOB会辺りから、優秀でユニークな先輩たちとの出会いにより、男ってすごい!というのをハッキリ言って初めて感じている(うれしい)。

 自分の頃は、体育会の友達と言えば、得意な運動はすごいけれど、薄っぺらく感じていた(現在はみんな成長している)。少なくとも身近な体育会の友達に、練習の合間に英語を勉強し、将来経済小説を書きそうな人なんていなかった。

 たまたま地元で出会ったOBさんたちは年を重ねているから、というのもあるだろうけれど、仕事も家庭も遊びもめいっぱいの人たちで、体育会出身の人たちも決して薄っぺらではなく、むしろ、強い心身の基盤を持った上で世界を広げていて、知れば知るほど、圧倒的!とか無敵!とか思ってしまう。

 『冬の喝采』を読んで、青春時代に自分の心身の限界に挑み、器を大いに広げた人は、その後の人生で体験する辛さなんて大したことないと思えるのかな?と羨望にも似た気持ちを感じた。

 もちろん、過酷な青春期を頂点に栄光も努力も低下していく人も多いだろうけれど、黒木さんの場合、箱根を頂点とせず、ビジネスの分野、小説の分野にも活躍の場を広げているんだから、その容量の大きさに唖然とします。

 まさに中村監督の言った、「天才は有限、努力は無限」を人生においても実践している。

 遺伝子による違いというのは、残酷なまでにこの世に誕生した瞬間(受精の瞬間)からあるのだろうけれど、一度の人生、それをどんな風に彩っていくか、無限大にしていくかは、その人の努力次第なんだろうなと思った。

 長々書いても、結局まとめられない。

 小説としてのまとまりや完成度は度外視した、圧倒的なものに触れ、まとめられない思いが、涙としてあふれてくるような、そんな小説(事実は小説より奇なりを、小説という形でまとめた作品)でした。

 興味ある方は、「早稲田スポーツ」に出ていた、こちらのインタビューも。

 http://www.wasedasports.com/field/081115.php

 ☆ちなみにこの小説、お借りしたのは地震の直前だったのに、心身落ち着いて読むまでに3ヶ月かかってしまった(今なお落ち着かないけど、そのくらい、誰にとっても今まで経験したことのない3ヶ月だったと思う)。

 震災以来、生半可なものは読めなくなったけど、これは読めた。本物の力は強い。

           

            

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2011.03.31

 『夢の国』

 ここに向かって文章を書くことで、自分が自分になれる時間を確保しているというのに、そんな暇なかった。新聞も見てない。恐るべし、春休み。忙しいとは言っても、子供たちとの遊びと自分の遊びと小説とで、恵まれてるわけだけど・・・。

 今日は自分の予定で半日出かけ、戻ってきたら、宅配便が届いていた。

 送り主は、朝日新聞出版のSさん。

 私の担当の編集者さんで、中身はSさんが担当した『夢の国』という小説だった。

 http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=12444

 これは、『人を殺すとはどういうことか』という著書のある、無期懲役囚の美達大和さんの作品。

 刑務所から、Sさんご指名で原稿が送られてきた、という経緯のもの。

 実は、ここにも書いた1月15日の「あらや」の前に、私は名古屋でSさんと会っていた。その時、美達さんの今回の小説の直筆原稿の束を見せてもらった。

 鉛筆書きで迫力があった。

 見るだけで涙が出てきそうな熱があった。

 その後数日、私は、自問自答していた。

 「美達さんが書くほどの必然を私は持っているか?」

 「あの作品に並べるものを書いているか?」等々・・・

 あの時の原稿が、もうこんな形の本になったなんて、Sさん、がんばったな、というのと同時に、「お前もいつか、このくらいのもの書けよ」と言われたような気がした(Sさんは顔は濃いけどソフトなので「お前」なんて絶対言わないけど)。

 

 しかししかし、震災である。

 あれほどのことが起こってしまうと、世のあらゆる表現者や「作家」と呼ばれる人たちは、書くものが変わってくるし、書いたとしても、表に出るものが違ってくると思う。

 「それでも今、伝えたい言葉とは何なのか?」

 新しい自問自答が始まっている。

              

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2011.02.03

 西村賢太氏

 「西村賢太」という名前は前々から目にしていた。すんごい私小説作家らしいと知っていたけど、すんごい暗い話を書いてる人かと思った(田中慎弥氏と混ざっていた)。

 今回の芥川賞受賞を機に、あらためて検索しているうちに、これは、読まなくちゃと思った(朝吹さんの方は、サガンの『悲しみよ こんにちは』の訳者が同じ名字で、やっぱり親戚なんだと知った時からチェック済み)。

 なぜ私は、生活に窮している感じの男性の私小説に惹かれてしまうのだろう。車谷長吉だとか、つげ義春だとか・・・(つげさんは漫画家だけど)。あと、ダメ男の話。色川武大の直木賞受賞作『離婚』も大好き(単にダメンズ好きなのか?)。女性作家の場合は、完全ワガママ暴走女に惹かれてしまう(笑)

 男女双方の共通点を探すとしたら、人間の本質とか、生きものくささが、全面に表われているところなのかな。なんだろな、自堕落でダメになっていくというよりは、高潔で純粋な心を持ってるがために社会に適応できない人に興味を持ってしまうんだと思う。

 以下、検索している中で見つけた、西村さんの受賞記者会見のほぼ全文掲載・・・(自分のためのメモ) こちらのブログのコメント欄からコピーさせていただきました。http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20110118/1295296297
 これだけで、じゅうぶん物語になってる。

*****

問)まずひとこと、いまのお気持ちを。

西村さん)
もう、本当に、大変うれしいです。それだけです。

問)受賞のときは。

西村さん)
自宅で、そろそろ風俗いこうかなと。いかなくてよかったです。

問)受賞を聞いたときは。

西村さん)
やっぱり、聞き直しましたね。最初はちょっと聞こえなかったんですよ。
何て言ったかよくわからないので、もう一回聞いたら、受賞しましたということで。
まあ、驚きました。


問)自己をうまく対象化している、などの評価があったが。

西村さん)
そういうふうに言っていただけたのは、大変うれしいですし、僕の場合は、最初から同人誌で書いていたもんですから、あんまり、こう、小説にそういうのはないんでしょうけど、拘束とか、そういうのを気にせず書いてたもんで、だから、ひと言で言えば、おもしろい純文学を書きたいと。
純文学っていうのも、よくわからないんですけれども、あんまり純文学じゃない感じでとられるんで、それはそれで、狙い通りというか、自分の望んでいるところではあります。

問)小説に書かれている内容は、何割ぐらいがフィクションか。

西村さん)
起こった出来事は9割以上本当ですが、それを実際に書くとなると、
2:8で、フィクション的な。書き方の問題ですけど。8でフィクションです。

問)私小説を書いたのは。

西村さん)
もともと私小説しか興味がない。小説を読んだのが私小説だったもんですから、当然、というか自然に、それ以外に興味が向かないんです。
僕の場合は、ずっとそれに救われてきたので。
名前をあげるのは、あれですけど、藤澤清造にしろ、田中英光にしろ、本当に救われてきたんで、その、自分で書くとなったら、その形式というか、方法しかとれないです。

問)藤澤清造に救われたというのは。

西村さん)
今回の「苦役列車」にも書いたんですが、あんまり、僕の場合は、
いい家庭環境に育ってなかったので、それで小説っていうのを読み始めて、最初は、田中英光だったんですが、田中英光は、結局、一種のエリートなんですよ。
そこでもう、なんか、そこでこう、もの足りないものを感じたときに、
藤澤清造という、本当に、どう言ったらいいのか、悪い言葉で言えば、僕よりもダメな人。で、自分よりダメなやつが、まだいるんだなと。
そこで救われた、というのが、本当のところです。

問)私小説を書くのは。

西村さん)
何もないと思うんですけど、ただ、読んでくださった方が自分よりも駄目なやつがいると思って、自分のケースじゃないですけど、ちょっとでも救われた気分に、ものすごくおこがましい考えですけれども、ちょっとでも、そういうふうに思ってくれたら、本当にうれしいですね。書いたかいがあるというか。
それで、何とか僕も、かろうじて、社会にいれる資格が、首の皮一枚、細い糸一本で、つながっているのかなあと。これは本当に思います。
そういうふうに。

問)書くことで自分も救われるのでしょうか。

西村さん)
自分が救われるということはないですけども、ただ、まあ、書いているうちにおもしろくなることはありますね。
ずいぶん、ダメなやつだなあ、ダメなやつだなあと思いながら、書いてて、あー、でも、これ、俺のことなんだよなあって、それでがくっと落ち込み、もう、お酒に逃げ、その繰り返しです。いま。

問)今後、芥川賞をとった自分を書くんですか?

西村さん)
そのときになってみないとわからないですけど。
でも、華やかなことは書けないです。僕は。
自分のみっともないこととか、屈辱的なこととか、考えただけでも腹が立つようなことじゃないと、やっぱり、書いても意味がないと思いますし。

問)芥川賞をとり、いろいろと仕事が来るかと思うが。

西村さん)
自分の場合は、それはないと思います。
本当に僕はあちこちからほされていますから。
今回も、本当に、新潮に書いたやつで、とらせていただいたんですが、8月号だったかな、新潮に短編書いたんですが、実はそのときも、非常にふざけたことをしてしまいまして、そこで、こう、担当編集者と、編集長が、キレたら終わりだったんです。僕は。そこを、一ヶ月遅れて、のっけてくださったんで、いまこうやって、芥川賞という、すごい、伝統ある賞をいただいて、本当に、新潮の担当編集者には感謝しております。
ゲラを戻さなかったんですよ。ちょっとした、行き違いがありまして。
でも、広告というか、新潮社のPR誌とかにも、広告、刷っちゃったらしいんですけれども、なんか、僕が、それをやっちゃったおかげで、直したらしいんですよ。25日、6日ぐらいに、引き上げちゃったもんですから、どうにもなんなかったみたいですね。意固地になったんです、僕が。

問)これから書きたい作品というのは。

西村さん)
馬鹿の一つ覚えですけど、やっぱり自分のことしか書けないんですよ。僕は。
視野狭さくも、はなはだしいんですが。
やっぱり僕はそういう小説を書くのが好きだし、どっからも需要が無くなってもやっぱりそういうふうにやっていると思います。

ふだん、誰ともしゃべらないんですよ。友達もいないですし。
ふだん、話して、流出しない分、文章にしたときに、多少なりとも、そういうのがこもるんじゃないかなあと、いうくらいには思いますね。

問)今回の受賞。供養になったか。

西村さん)
いや。うーん。藤澤先生は喜ばないでしょうね。

問)誰かに伝えた、

西村さん)
いや、誰も。

問)19歳のことを書いているが、さらにさかのぼることは。

西村さん)
細かいところでは、16歳のときとか、いま書いているんですが、
やっぱり父親が、ちょっと非常に問題のある人物なんで。

まじめな話、父親の犯罪というは30年たっている。30年たっても被害者の方がいる以上は、消えないんですけど、ちゃんと更生はしているんですが、いつかは書かないといけないテーマだと思う。
父親が生きていようが、死んでいようが。

問)和解は。

西村さん)
和解していないですし、予定調和で、小説のために和解とかは考えていないです。
もう成り行きですね。今後の。

問)一日の過ごし方は。

西村さん)
まあ、だいたい予想つくように、僕は、たまにアルバイトに出ていくんですよ。
それがないときは、昼すぎに起きて、お金があれば、ちょろっとサウナに行って、まあ、夕方から、小説書くときもあるんですが、あんまり書く必要性がないっていうんですかね、需要がないもんですから。あとは本当に、一杯やって、お金があれば、あっちこっちあっちこっち、ちょろっと行って、それで、本当にもう、どう言えばいいのかな。無為無策というんですか。

問)藤澤さんにはなんと報告を。

西村さん)
菊池寛がつくった賞をもらいましたと。晩年の藤澤は菊池と仲が悪かったので、
そういう意味でも、文春からもほされた時期がありましたし、藤澤清造がですよ(笑い)。

*****

ここがスゴイ。

<問)誰かに伝えた、

 西村さん)
 いや、誰も。>

あたしには、無理だなあ。

西村さん、お友達にはなれないだろうけど、お話はしてみたいな。

誰かも書いてたけど、中上健次っぽい。

         

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2011.01.25

 TRIP TRAP

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 金原ひとみの 『TRIP TRAP』を読み、もちろん、すべて本人の話ではないにしても、金原さんを抱きしめたくなってしまった。

 『蛇にピアス』でデビューし、綿矢りささんとともに、20歳で芥川賞を受賞。そんな華々しい彼女が24歳で母になり、そんな生活も投影されている短編集。

 特に、『フリウリ』では、随所で想像がつき過ぎて、笑ってしまった。

 例えば、こんな文章。

<汗びっしょりになって授乳をして、ずっとぷるぷるする腕で抱っこを続けていたのも、全部水の泡だ。そう思った私は、一気に疲労が増したのを感じながら絶望的な気持ちになった。>

<いつ泣くかいつ泣くかとびくびくしながら、周りに迷惑をかけてしまうんじゃないかと怯え、ちょっと替わってよと渡してもすぐに何かしら理由をつけて私に返す彼には苛立ちが募り、私が必死にあやしている横で本を読んでいる彼には殺意を抱いた。>

<俺の登山用リュック使えばいいじゃん、そっちがリュックにすればいいじゃん、と言い合って、出発前喧嘩になった。何で女の私がリュックなんて背負わなきゃいけないのよ、このアタッシェケースは椅子にもなるし便利なんだよ、と互いに一歩も譲らず持ってきたイヴ・サン=ローランのミューズバッグも、もうジッパーが閉じないほどぱんぱんに膨れあがっていて、もう既にそれはイヴ・サン=ローランのミューズバッグではない。おむつセットをぎゅうぎゅうに詰め込んでいる彼のアタッシェケースも、意味的にはアタッシェケースではない。親になるという事は、多くの事を諦めたり妥協したり、そういう事をできるようになるという事なのかもしれない。そして大人になるという事も、そういう事なのかもしれない。>

<繊細さや感受性なんていうものは自意識の産物だ。そして母親は、感受性が強くては成立しない。感受性の強い母親はまともに育児を出来ないし、育児をしてれば発狂するだろう。子だくさんの母親に鬱病患者はいない、そう思うのは私の偏見だろうか。少なくともあらゆるものを捨て去って、女は母になる。>

*******

 例えば私は、23歳で子宮の病気になった時、小説を書かなくては自分を支えられないくらいにドギマギした。

 でものちに、同様の病気になった友達に会った時、彼女はどうってことなさそうに受けとめていて、うろたえた過去の自分がバカみたいに思えた(その彼女は、人工授精を受けた時も、どうってことなさそうに話した)。

 <自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ> と、詩人の茨木のり子さんは書いたけれど、感受性ってどうしようもないところもある(あの素晴らしい詩だって、彼女自身、自分の感受性を持て余して生まれたものだろう)。

 確かに感受性の強い私が母になった時、その喜びも戸惑いも書きとどめずにはいられなかった。

 いちいち狼狽し、いちいち感動した。

 なので、一見クールに見える金原さんでも「うろたえたんだ!」「書きたくなっちゃったんだ!」ということがなんだか微笑ましかった。

 さらに言えば、やはり書かなくては自分を支えられない類の人なんだなあと改めて思った。

 母になっても、女や自分が捨てきれない人にすごく惹かれる。

 家族を持っても、孤独感がぬぐえない人にも・・・。

 (注:とはいえ、個が暴走している人のことは好きではないし、バランス感覚と子供への愛情は絶対だと思う)

 鈴木いづみだとか、金原ひとみだとかは、好き嫌いがはっきり分かれると思う。私は大好き!私って男っぽいけど女なんだなあとつくづく思う。

 嫌いな人は彼女らの作品には触れもしないだろうし、触れても苛立つと思う。疑いもなく夫を「主人」と呼び、当たり前のこととして育児をし、家を磨くようなタイプの女性からしたら理解できない感情が連なっているから(私もバッシングに遭いました)。

 動じない人は器が大きいのか鈍感なのかわからない。私も大きな人になりたいとは思うけど、感受性は失いたくない。

 「女は子供を産むと平均化する」

 というのは、夫の数少ない名言だが、確かにその通りで、自分のことばかり考えていたワガママ女が母になったとたん子に献身的になってみたり、神経細やかで気配り上手だった女が子を持ったとたんズボラになったりする。

 金原さんが今後書いていくものが楽しみだ。

 私も私でがんばらなくちゃ、と思いつつ、このところ生活が楽しくて、意欲消失中。

 「ここではないどこか」へトリップしなくても、ここが楽しい今。

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 26日発売のクオシモードのニューアルバムの中の、『Music Can Change the World feat.HanaH 』が、かっこいい!ラジオで聴いて思わず調べた。

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 特設サイトはあるけど、『Music ~』は試聴できなくて残念。

 http://www.emimusic.jp/jazz/quasimode/

 しかし(よくあることだけど)、好きな音には好きな人が関わってるものだ(菊地さんや畠山さん)。

 菊地さんのコメント・・・<呼んでくれて有り難うございます。 ギャラ要らないんで、イケメンで上手くて若い、という部分をちょっとわけてください。>

 やっぱりいいなあ(笑)

 

 

        

 

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2011.01.13

 J太郎さん

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 11月にお会いした杉作J太郎さんの小説、『応答せよ 巨大ロボットジェノバ』。

 まだ読んでないけど、ツイッター上ではかなり好評で、アマゾンのランキングも高いから相当売れてるんだと思う。

 表紙からわかる通り、作者も読者もオタク的な人って強い。

 J太郎さんの存在は、11月に行った友達企画のトークイベント   http://hihararara.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-3c55.html

 で知ったのだけど、ほんっとうにおもしろい人だった(握手もしてもらった)。オタクって感じの人ではないし、本人いわくの「モテていた」というのもわかる人。

 この本は、買うと私にとってはハズレる場合もあるので(友達いわくの「童貞をこじらせた」とか「ボンクラ」層に合うとしたら、私は違うと思っているので)、買う予定の友達から借りるけど、興味のある人には読んでもらいたい。んで、貧乏と言っていたJさんの足しになってほしい。

 Jさんのツイートで見た、この新年会も、東京に住んでたら参加したかったな。

 <男の墓場プロ新年会 ☆1月15日(土)深夜23時59分から朝まで ☆会場/新宿ロフトプラスワン(0332056864) ☆2000円ポッキリ ☆飲み放題 ☆ビール含む ☆軽食無料 ☆特製ディナー100円 ☆参加自由 ☆来場者全員に豪華景品!>

 なんか、楽しそう(客層は想像つくような、つかないような・・・)。

 とにかく、本人が本当に面白い人で、もっともっと売れて欲しいと思ったので、最初の小説が成功っぽくてひそかにうれしい。

     

           

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2011.01.08

 『風が強く吹いている』

 箱根駅伝をテーマにした三浦しをんさんの小説(2006年)。

 出版された時から知っていたけれど、登場人物の「ハイジ」という名前と言い、リアリティないお話なのかな?と思って読んでいなかった。

 でも、実際に今も走っているOBさんから薦められ、読んでみたらおもしろかった!!

 三浦さんはたぶん、陸上経験がないと思う。それを批判する人もいるけど(素人同然のランナーが箱根駅伝を目指すという奇想天外な発想など)、陸上経験がないからこそ、フラットにニュートラルに真摯に「走ること」に向き合って描けた、ある意味奇跡のような作品。

 ところどころで涙し、三浦さんの筆力に驚嘆しました。

 デビュー作の『格闘する者に○』の頃から感じていたけど、本人も認める通りマンガオタクらしく、『風が強く吹いている』も、かなり漫画的なんだけど、漫画のようにキャラクターがしっかりしていて、その上小説ならではの描写の鋭さや美しさ、緻密さがあり、走ることの素晴らしさがしっかりと描かれていた。

 好きな文章を抜粋・・・

 (途中出てくる「走」というのは、登場人物の名前です。「走(かける)」)

<それでも、この場に集ったものたちの、箱根を目指す真剣な思いには、なにもちがいはなかった。どんな立場であれ、境遇であれ、走りのまえでは、全員が同じスタートラインに立つしかない。成功も失敗も、いまこのとき、自分の体ひとつで生みだすものだ。

 だから楽しく、苦しい。そして、このうえもなく自由だ。>

<ああ――。走は立ちすくむ。止めることはできない。走るなと言うことはできない。走りたいと願い、走ると決意した魂を、とどめられるものなどだれもいない。>

<たとえばいつか、肉体は走れなくなったとしても、魂は最後の一呼吸まで、走りやめはしない。走りこそが走に、すべてをもたらすからだ。>

<――走、走るの好きか?

 四年前の春の夜。清瀬は走に、そう尋ねた。生きることそのものを問うような、とても純粋な顔をして。

――俺は知りたいんだ。走るってどういうことなのか。>

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 箱根に関しては、以下の動画を見て、余韻を引きずっている。

 http://www.dai2ntv.jp/player/index.html?item_id=NtvI10006901

 

 過去25年分のダイジェストもあり、前回優勝の93年の分を見たけど、ここで書いた櫛部選手のみならず、花田選手、武井選手も区間新だったと知り、びっくり。そして、93年なんてつい最近だと思っていたのに、あどけなさの残る選手の映像を見て、確かに時は経ったんだなあと思った。

 一号車のFアナウンサーの声も懐かしい。

 この時期、めいっぱい可愛がっていただき、よく一緒に遊びました。

 新宿や六本木で朝まで飲んで歌って騒いでも、娘ちゃんを保育園に送るおつとめは果たしていたF氏。今思えば、共働き家庭でパパとしてがんばっていたんだなあ。

 今もアナウンサーだったら間違いなくメイン席で実況していただろうに(当時中継所か3号車辺りだった河村アナは1号車(「みかんの君」だね、Nちゃん!))、今年の優勝にF氏の姿がなかったのはさみしいけれど、本人は意に介してないでしょう(笑)

 箱根に狂うも狂わぬも、人生。

 しかし、トップアスリートの中のさらに限られた人だけが知る「ゾーン」という感覚には興味ある。

             

                  

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2010.12.12

 『ふがいない僕は空を見た』 ②

 夫のいない日曜。ふかふかのこたつ布団にくるまれ、寝転がった頭の左右に、長男と次男がいて、私の短い髪の毛を三つ編みにしようと、小さな手を動かしている。

 二人の間で私は、『ふがいない僕は空を見た』の最終章を読み、こらえ切れずに泣いていた。

 私が泣くことなど慣れっこの二人は何も言わずに、できない三つ編みに夢中だったけど、ただ在る、今の命(私の命も、子供の命も、例えば今日公園で出会った人々の命も・・・)が愛しかった。

 命や運命の不可思議さに、最後は神さまに祈るしかない、そんな場面を読み感動しながら、この小説を、こういう形で読ませてもらえて幸せに思った。

 R18文学賞で大賞を受賞した時点で、窪さんの頭の中にどこまで構想があったのかわからないけれど、彼女が受賞してくれたおかげで、受賞作のその先のストーリーが生まれ、それを読ませてもらえたと思うと、意味ある受賞であり、見出した編集部や選考委員さんアッパレと思うくらい。

 始まりの、インタビュー記事。

 http://www.shinchosha.co.jp/r18/jyushosaku/no8_kubo.html

 これまで世になかったものが生まれてくることって、ぜんぶ含めて、おもしろいものだ。

 『ふがいない僕は空を見た』の舞台となっている街は、人間や生命にとって住みやすい場所とは思われない。

 都会でもなく田舎でもなく、中途半端な郊外というイメージで、例えば象徴的な風景としてセイタカアワダチソウが茂っていたり、得体の知れない沼があったりする。

 読んでいて連想したのは、岡崎京子の『リバーズ・エッジ』や、鷺沢萌の『川べりの道』だった。

 『リバーズ・エッジ』に初めて出会ったのは、コンビニで立ち読みした雑誌『Cutie』だと思うけど(吉川ひなのが少女モデルとして全盛の頃)、少女向けの漫画に死体が出てきたことが衝撃だった。

 あの漫画(というより作品)の冒頭の文章・・・

 <あたし達の住んでいる街には

  河が流れていて

  それはもう河口にほど近く

  広くゆっくりよどみ、臭い

  河原のある地上げされたままの場所には 

  セイタカアワダチソウが 

  おいしげっていて

  よくネコの死骸が転がっていたりする>

 生きていくのに困難なこんな場所に産み落とされた(神から振り落とされたかのような)命は、生き続けることが困難で当然だと思う。

 すべからく生き難さを強いられているようなこんな世で、日々、目の前の命を守って生きているだけで、みんなとても立派だと思う。

 何も大きな意味を持たせなくても、作中の「花粉を抱えたミツバチが花に触れたくらいの」という言葉から連想するように、人間もまた、数ある命のうちの一つに過ぎない。

 にぎにぎしい生命賛歌の物語ではないけれど、神や宇宙的な視点も感じるような、素晴らしい小説だった。タイトルも作品全体を表していて、とてもいい。

 今、兄弟げんかが始まり、私はうんざりしつつ、夜ごはんの鍋を、いかにして美味しくするか、出汁のとり方など構想している。

       

    

              

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 『ふがいない僕は空を見た』 ①

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2009年の「R18文学賞」大賞受賞作を含む、窪美澄さんによる連作短編集。

最後の章を残して、興奮状態で布団から飛び出してきて今、これを書いている。

あらすじを書く余裕がないので、読売新聞に掲載された井上荒野さんによる書評をまず・・・

http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20100913-OYT8T00307.htm

 最初、この記事を読んだ時、「生への圧倒的な肯定」というのは、私の印象とはちょっと違うな、と思ったのだけど、井上さんの『ベーコン』は大好きだし、窪さんを讃えたいのはものすごくわかるので、納得。

 最後の章を読んだらまた書くけど、この小説に描かれている、性や生にまつわる、人間のどうしようもなさを数々読み進め、世界中にあふれている命について想いを馳せていたところ、私が思わず涙したのは、こんなセリフだった(井上さんも触れていたけど)。

 「おれは、本当にとんでもないやつだから、それ以外のところでは、とんでもなくいいやつにならないとだめなんだ」

 生きていく以上、人は前向きなエネルギーや善のエネルギーをよしとし、私もそういうトーンで語りがちだけど、いわゆる悪人に生まれついた人も、その命は、悪の環境を選んで生まれたのではなく、悪のところへ、たまたま産み落とされてしまったのである。

 また、悪人になろうと思っていなくても、自分の中の、理由もわからない脈々とした、または突然変異の悪を身の内に強いられてしまう場合もある(私にも、ある)。

 生命のどうしようもなさ。

 私は、井上さんが書いた「生への圧倒的な肯定」に違和感を覚えてしまったのは、この小説は必ずしも肯定的に描いてないと思ったから。

 ただただ、ほとばしる、今ある命の様々な場面を見つめ、強い命も、弱い命も、世界のあちこちで生きている、存在している、という印象を受けた。

 出産や育児を経て、ひとまわりもふたまわりも大きくなった上で、性や生に斬り込む、というのは、私自身が目指したいところなので、激しく嫉妬するほどに素晴らしい小説集だと思う。

 書く側からすると、まだまだ稚拙な部分や、もっと推敲できるように感じてしまう部分もあるけれど、それらをあっさり上回る、圧倒的な迫力に満ちたお話。

 上っ面の涙じゃない、熱い涙がじわじわとこみ上げてくる。

 1965年生まれで出産やライターも経験している窪さんの大賞受賞、そして、小説出版を心から祝福したい気持ちだし、勇気が湧いてくる。

 上辺だけをなぞった、薄っぺらい小説が多い中、こういう小説がちゃんと読者に支持され、浸透していることがうれしい。

 女の底力、ぜよ!(はる1964さん、さっそくお薦めの作品です☆)

 黒ネコくんの話をしばらく上に置いておこうと思ったのに、更新してしまった。。

        

            

            

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2010.12.02

 日常と水面

 こちらからはちょこちょこちょっかい出してるけど(出せば応じてくれる)、向こうからメールが来ることは珍しい自分にとっての重鎮がいるんだけど、その人から珍しくメール。

 その中で紹介されていた、夏石鈴子さんの『愛情日誌』。

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 夏石さんのことは、10年近く前のデビュー作『バイブを買いに』の時から知っていたし、何冊か読んだことがある。

 ほんの1年くらい前に、映画監督の荒戸源次郎氏の奥さんと知って、かなりびっくりした。

 荒戸さんの『赤目四十八瀧心中未遂』も『人間失格』も観ているので、両者の作品の雰囲気を知る人からしたらその違いにまず驚き、しかしまあ、納得・・・という感じがする。

 今回私に『愛情日誌』を教えてくれた人は、まず荒戸さんのお友達で、最近夏石さんとも知り合ったのかな。

 私も感じていた、夏石さんと同じ空気を、彼も感じ取って、

 「勝ったと思うか、共感するか、負けたと思うか(笑) 一度ぜひ。」

 とのことだったので、すぐにアマゾンで注文した。

 

 勝った負けたといえば、ダンナさんが映画監督ってだけで、どうしようもないくやしさ?は感じるだろうなあ(笑)

 私はもう、表現者と一緒に暮らすのはイヤだと思った過去があったので、ふつうの会社員と結婚したけど、もうひとつの人生に思いを巡らせることは、たまにある。

 日常という水に浸かると、水面に顔を出すのはなかなか難しい。

 甘えているのか、日常を愛しているのか。

 自分の中でも、多面性があって、限られたエネルギーの中で、どこをまず水面に出したらいいのか迷うところ。

 トガった表現なのか、ほのぼのとした日常なのか・・・。

 

 重鎮が、ひそかに応援してくれてることに、感動した。

          

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2010.11.14

 東京→ツリー

 11月13日のこと。

 東京で小説の打ち合わせ。

 APEC開催中ということで、警察官多数、駅のコインロッカー封鎖中だった(使わないけど、なにごとかと思った)。

 さてさて、お寿司屋さんにて、昼間ビールを飲みながら、

 目の前にいる編集者さんが、大作・名作に関わってきた人だということを改めて知る。

 まだまだ甘い現原稿を、目標400枚→350枚へ凝縮させる。

 300枚でもいいんだろう。

 病気以来、焦ることはやめているので、じっくりと、しっかりとしたものになればいい。

 何よりも、会社や時を超えて、真剣に向き合ってもらえることがありがたいし、なんだか不思議。

 百戦錬磨のお方から、才を感じてもらえてるようなので、その期待を壊さないように、ずっとおもしろい人でいたい。作家と編集者として、信頼関係を貫けるように。

 長い目で見て成長し、ご恩をお返しいたします。

 例のごとく凝縮された一日で、それでも予定と予定の合間に、原宿駅から見えた緑があまりにきれいで途中下車したり、竹下通りの蟻のような人混みにびっっっくりしたりした。

 その日は、思いがけないプレゼントや、ドラえもん人形焼きなどで袋だらけになった。

 帰り道、Made in Italyの洒落た靴(妹からもらった、10年以上前のドイツ時代のもの?)の底が剥がれ、ペコペコに・・・。

 自分がドナルドダックになったようで、みっともないのに、笑えて仕方なかった。

 家に戻ると、次男から「はがぬけたよ。みいとそうすをおれがつくたよ」という手紙。

 長男からは「今日はオヤジがやさしくしてくれたよ。それに、クリスマスツリーを買ってくれたよ」という手紙。過去には「今日はオヤジがいやだった」という嘆きもあって切なくなったので、ホッとする。

 夫の柄にもなく、それなりに立派なツリーが飾られていた。

 

 色んな出会いや、色んな話。 多方面に感謝。

 つくづく、日常は果てしない。

     

           

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