青春ネタ

127 心和む日本語のトーン

    
 庭の樫の木に毛虫がついているのを発見し、今年もこの時期が来たかと覚悟して、子供たちの出発後、朝から消毒。
 害虫駆除なんて、人間の傲慢だとちらりと思うけど、自分が死んだことすら気づかないようなイガイガの黄緑色の毛虫に、大切な樫の木の葉っぱをガジガジやられるなんて許せない。
 というわけで、タオルを頭に巻き、長袖長ズボン、ゴム手袋、マスク、さらにサングラスで防備し、「農薬」を1000倍に薄めて機械かついでシュワシュワする。人に見られたくない格好だが、仕方がない。
 終えてしまえば簡単なもので、木も私もスッキリした。
 その後、小説のつづき、メール10本、友達からいただいたさつま揚げの残りを大根と一緒に煮ておでんにする。
 とまあ、何が言いたいかと言うと、ゴチャゴチャした日はゴチャゴチャがつづくもので・・・
 長男の帰宅後、月曜日に引き続き、1年生3人が遊びに来て、ぎゃーぎゃー騒ぐ。途中、女の子とうちの息子がケンカになり、2人とも派手に泣く。1年生は、悪気はなくてもお互いに言葉が足りないためにケンカになることも多く、親が入らなくてはおさまらない場面もあるからなかなかたいへんなんです。
 さらに幼稚園から帰ってきた次男も素っ裸になって大騒ぎ。子供同士が調子に乗ると手に負えなくなる。
 そこに新たに、ピンポン♪
 いとこが、小学4年生の息子を連れて「アポなしで行きたいって言うからアポなしで来た」と、笑うしかないような展開。4年生も参加して泥遊び。
 いとこと話していると、電話がリリリーン♪前回書いた大阪のSさんから。
 久しぶりだと言うのに、「今、かくかくしかじかの状態で落ち着いて話せないからかけ直します」と切る。
 
 小一時間後・・・

 みんなが帰って、泥だらけの息子たちを強制的に風呂に放り込み、ようやくSさんに電話。
 電話に出たのは、ダンナさんのルイスさんだった。
 久しぶりの声!!!
 って、もともとそんなに話したことないけれど、ゆっくりとした温かい日本語を聞いているだけで泣けそうになった。朝からのゴチャゴチャが吹っ飛ぶ和やかなトーン。
 よみがえるよみがえるよみがえる記憶・・・。


                         ☆


 その昔、東京は井の頭公園で、アクセサリーを売っているような外国の方が集まるアパートがありました。 
 そのおうちに、Sさんとルイスさんのご縁でだったか、私も遊びに行くようになり、半年くらいだけど、忘れがたい出会いがありました。

 当時の私(11年前・24歳)はテレビの仕事を辞めて、自分の表現を探すのだと必死になっていて、荻窪の豪邸でお手伝いさんのバイト(朝食か夕食を作る仕事で、時給1500円)をしながら、井の頭公園近くのボロアパート(かろうじて風呂&トイレはあったけど、シャワーもクーラーもない部屋)で、拾ってきた扇風機に当たりながら小説(みたいなもの)を書いていた。
 上記の外国人の方々が集うアパートの主は、45歳の、超美人、超グラマーな女性で、かつてはケニアの駐在員(仕事は知らないけど)の奥様で、ケニアで複数のお手伝いさんがいるような豪邸に住んでいたのだが、離婚して、どういう経緯か知らないけど、外国人がたくさん住むアパートの大家さんをしていた。
 娘ちゃんが二人いて、高校1年生と小6だったと思う。二人ともケニアで10年くらい暮らしていたので、日本に迷い込んだ可愛らしい外国の女の子、という雰囲気があった。二人といると、ケニアの強い日差しや乾いた大地、象やキリンやライオンに加えてナイロビの大都会が背後に透けて見えるような気がした。
 45歳のママには30歳の恋人がいて、その恋人と娘ちゃんたちも仲良くしていた。
 そのママに頼まれ、私はしばらく高校1年生のお姉ちゃんの家庭教師をしていた。
 しかも、大の苦手の数学を!!!
 大嫌いな数学なのに(前も書いたけど、高校時代クラスでビリ)、「反抗期の娘が、エラそうな先生の言うことを聞けないから、友達感覚でわかる範囲でいいから」と言われ、引き受けてしまったのだ。苦手な中でも、数Ⅰはなんとなく分かったので、二次方程式とか、因数分解とかをがんばって教えていた。
 ここで学んだ教訓に、「『先生はできる』ということを、子供は当たり前として受けとめるが、『先生ができない』となると、子供に危機感が芽生え、一緒になんとか考えようとする」ということがある。
 私がデキの悪い先生だったために、その子と同志のような感覚が芽生え、一緒に数学をがんばった記憶がある。
 「げ、この宿題分からない!」と私が焦ると、それまでボンヤリしてた子が
 「え、どれどれ?こうじゃない?」
 と、身を乗り出す。こんな感じ(笑)。
 ちょっとしたバイト代もうれしかったけど、何よりママが作ってくれる無国籍の夕食が楽しみだった。
 その家にはハムスターがいて、小6の女の子(生粋のケニア育ち)が可愛がっていた。
 色んな人が出入りし、ギターの音色や色んな言葉が飛び交っていた。

 井の頭公園で布を敷いてアクセサリーを売ってるような方々と顔見知りだった一時期。
 フランス人の彼と世界中を旅していた日本人の女の子(ショートボブとインド綿のワンピースが似合う日に焼けた美女)。素敵なカップルだなあと思っていたのに、女の子が突然ぶっ倒れたことがあり、びっくりした。
 みんな、人生、色々あるよね、と思った。


                      ☆


 ルイスさんのやわらかな日本語に和み、よみがえった青春の記憶。
 何より、ルイスさんが元気でうれしかった。
 1歳くらいの時会った長女ちゃんはもうすぐ10歳。次女ちゃんも7歳だと言う。
 違う場所で、お互い確かに生きていた。
 しばしお話していたらSさんが帰宅。
 一家が時折訪れるスペイン語の教会が豊橋にあるらしく、しかも、場所を聞いてみると私の家からかなり近い(同じ校区内っぽい)。
 いやー、偶然やらご縁も、ここまで来ると、神がかっていて、じんわりと温かい気持ちに包まれる。
 ともかく、21日に会う予定。 
 Sさんとは、お互いの要所要所を知っている。
 お互い、それなりの大学も出たけど、あやしげな人生(笑)。
 不安定だった井の頭公園時代。
 みんな生きていたね。
 みんな生きているね。


    


             


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