ともさかりえちゃんのブログ☆

2008.03.12

68 りえちゃんが・・・

 ともさかりえさんが、『赤土に咲くダリア』について、ブログに書いてくれました。

 http://ameblo.jp/tomosaka-rie/entry-10079157683.html

 前々から、りえさんのブログを毎日読んでいて、読めば読むほど通じるものを感じ、先週、本をお送りしたところ、今日、メールをいただきました。

 忙しい中(しかも今風邪なのに)、読んでくれただけでも感激なのに、丁寧にメールをくれて、その上ブログにも、こんなに心と熱と愛のこもった文章を書いてくれるなんて・・・。

 今、感激で、泣けるし手が震えるしで、うまく書けないので、また明日、改めて書きます。

 そして、たった、半日の間に、すっかり、りえちゃんと意気投合!!!

 やっぱり思っていた通り(以上)の、素晴らしい女性です。

 りえちゃん、ありがとう☆ あーーー、今すぐハグしに行きたい!!!

*****

 結局、↑を書いた後、興奮状態で2時半まで眠れませんでした(毎度のことで)。しかし、5時半には夫の朝ごはんのために起き、二度寝するつもりが寝られず・・・。りえちゃんの書いてくれたことを思い出すと、涙がじわっとこみ上げてきて、どうしてこんな気持ちになるのだろう?と考えていました。

 川上未映子さんも言ってたけど、小説を書くことは本当に苦しい作業。苦しんで苦しんで表に出したものを、まずは読んでいただくまでが遠いし、読んでいただいたとしても、必ずしも、私の思いを受け取ってもらえるわけではない。今はこわい時代で、ネットを開けば、みんな思い思いに作品の評論をしている。私の作品に対しても、トゲトゲした言葉をたくさんいただきました。気づけば読まずにいられないけれど、辛口批評の多くは、側面的な見方をしているものが多く、私が、あの作品で本当に伝えたいこと、というのが、うまく伝わっていない。私の至らなさも大いにあるけど、人生観の違いも響くので、この距離感は、どうしようもない。まだまだ「何書かれようと平気だよ!」と開き直れるほどの強さも自信もないので、落ち込むことも多々。そんな日々のなかで、私が伝えたかったことをど真ん中で受け取ってくれているような感想に出会えると、涙が出る。

 りえちゃんの言葉は、まさにど真ん中だった。自分の意思と自分の言葉でまっすぐに語ってくれた強さとやさしさに感動した。

 本を出した以上、受け取り方は読んだ方の自由だけど、作者としては、こんな風に伝わってくれたらいいなあ、という気持ちが少なからずある。

 『赤土に咲くダリア』に込めたかったのは、「それでも産みたい」「それでも守っていきたい」という女として、生きものとしての生命力。

 私自身、子宮の病気に苦しんだ過去があるので、安易に「産もうよ」なんて思わない。

 結婚だとか、出産だとかそういうことを抜きにしても、人生において「新しいことを経験してみたい」「知ってみたい」という前向きな気持ち、ただ在ること、生きられることのありがたさを伝えたいと思いました。

 重松清さんが、帯の推薦文に

「妻」になること、そして「母」になることは、こんなにもスゴい――。

女性を描ききった小説なのに(だからオジサンには苦手なはずなのに)、

読後、浮かび上がるのは「人間」のいとおしさだった。

***こう書いてくださったのも、ど真ん中で、本当にうれしかった。

 表現をしているひとは、作家でも、女優でも、アーティストでも、なんでも、みなさん、孤独とたたかっていると思う。自分が表に出した表現について、いつも震える心を持っていると思うし、感受性が震えなくなったらおしまいだと思う(なにものにも動じない天才、大御所って人も確かにいるけど)

 だから、少なくてもいいから、確かに誰かと「通じ合えた」という実感を持てると、ホッとするし、感動する。

 私の涙は、ともさかりえさんと、おもいを共有できた、という幸せと感謝の涙でした。

 りえちゃん、重ね重ね、本当にありがとうございました。

 りえちゃんが浅野温子さんの娘さん役を演じてた頃からのファンなので(あの輝きは 素晴らしかった!今頭の中では「エスカレーション」の春の夢みたいな歌声がぐるぐる回っています)、お互い親になったんだね~なんて感慨も持ちつつ、新しい心近い友達ができた喜びでいっぱいです。

 

 

                      

                 

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