ふるさと

2009.11.27

 緑の写真

 先週末、3ヶ月ぶりに実家に行った。これまで1時間の運転に自信がなかったのだ。海が見え、緑が濃くなると泣けそうになる。やっぱり私はここで育ったんだと実感する。

 犬の散歩がてら、父と息子たちと村(住所的には「村」ではないんだけど、村にふさわしい)をぐるっと回ると、畑や道で出会うおじちゃん、おばちゃんたちがみんな「大きくなったねえ」と子供に声をかけてくれる。小学生の頃から大好きだったおばあちゃんは反対に小さくなっていて切なかった。

 緑&花のフォトシューティング・・・(自分にとって、再生の思い出)

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 雨乞山

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 樹齢300年のスダジイ(無事に再会できた)

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 親戚の温室のハイビスカス(シーズンオフです)

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 どれが犬だかわからないの図。

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 神社の寒椿

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 実家の椿の木

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 水仙

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 小さい頃からこういう微妙な色合いの木の実が大好きだった。

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 道端の菜の花

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 家からすぐのキャベツ畑

  

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 じいじ&ばあば共作の竹の水でっぽう☆

    

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  いただきものの花

 

 

 その他、新米や野菜もどっさりもらって帰りました。

 育った頃は土に近い暮らしがコンプレックスだったけど(自分のふるさとや家の職業について語れなかった)、緑や土の恵みってすごいなあと何度も何度も思う。

             

☆☆☆

 話は変わり・・・

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 ニューヨークから札幌に一時帰国中の友達夫婦が送ってくれた 北海道ラーメン。

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 札幌みそ&旭川しょうゆ&函館しお!!!

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 早速がっつかせていただきました(「こんなにおいしいラーメン初めて食べた!」って言ってたよ~)。

   

Photo_15 帰国のたびに息子たちにプレゼントしてくれるニューヨークグッズ  (いつも大喜び)

 

  

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 そして、北海道神宮の御守も・・・(涙)。

  

  

 なんて美しい緑でしょう。

 格式高くあたたかい蓬色。やさしい、日本の色。

 おいちゃん、よしえちゃん、ありがとう(感動を伝えたくて写真撮らせてもらいました)。

 <ここから電話後>

 何も言わなくても通じ合えるようでもあり、話し出したらいつまでも話が尽きず・・・。 本当に、親戚のようだね。

 目黒の寄生虫博物館やら札幌のぷりっぷりの回転寿司、お母さんの掃除機かけながら号泣の話やコメッコマンを「おいおいまだ見るの?」ってくらいのよしえちゃんの溺愛ぶりやら、晴天の名古屋城やら(私はあの時『ダリア』後の腱鞘炎をリウマチかと心配してたねえ)さまざまな思い出が駆け巡りました。

 いろんな時があって、今があるね。そして、これからに続いていくね。息子たちはJくんが大好きだよ。家族で再会できる日を楽しみにしてるよ!

 みなさまのやさしさに支えられて、日々を大切に生きています。

 

                          

             

            

         

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2009.08.18

309 盆日記

 遅いお盆で、実家に行ってきました。ずっとふるさとのことを紹介したかったので、写真日記です。

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 毎年恒例、伊良湖ビューホテルの海が見えるプール!

 ここ、本当に最高です。幼い頃から慣れ親しんでいたホテルで、結婚式&披露宴もここだったので、じゃんじゃん宣伝しちゃう(笑)。

 プールだけ入りに行く時もあるんだけど、今年はサマープランにして、海が見える露天風呂にも入ってきました。

    http://www.viewhotels.co.jp/irako/openairbath/index.html

 昨年完成したばかりのスパは、本当に気持ちよかったです。

 結婚式の時、泊まっていただいた友達にも好評だった海を見下ろす露天風呂がリニューアル。天国みたいな心地よさだったよ。

 会いたい人には会えると信じているけど、今回、結婚式でお世話になった副支配人・Kさん(母の同級生・・・田舎はそんなのばっかり!神主さんは母の同級生であり、大学時代のクラスメイトの親戚でもあった)にバッタリ会った。Kさんの第一声は、「男ばっかか~」。男兄弟連れてると、時に同情浴びますよね?全然いいんだけどさ、世間は娘を求めるね(笑)。

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 別の日に出かけた、ビューホテル近くのお気に入りの眺め。太平洋&ダイヤモンドヘッドに似てるという山(笑)。

 この近くには、島崎藤村 『椰子の実』の歌碑が建っています。

Photo_3  右手にはこんな感じの海。

 地球って丸いんだなあという水平線が広がっています(携帯カメラだと逆のカーブになっちゃってるけど)。 

Photo_24  親子で記念撮影。

 次男もそばにいたんだけど、フレームアウトになっちゃった(ゴメン)。

 

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 緑の小道を降りていくと・・・

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 日出(ひい)の石門、ドーン!!

 

Photo_8 グランドキャニオンっぽい(スケールが全然違うけど)、神聖な場所。

 

Photo_6  こんな風に、穴?があいていて、海が見えます。

 

Photo_7  ロッククライミング。

  

Photo_9  石門の近くまで行けます。

 おもしろかったのは、次男が岩の上で、急に正義の味方口調になったこと。

「シンケンレッド・志葉タケル!同じくブルー・池波龍之介!」等々ぶつぶつ言い出し、その後、

「ヤッターマンがいる限り、この世に悪は栄えない!!」と絶叫していました(笑)。

 そういう雰囲気を感じたんだね。

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Photo_26 周囲はこんな感じ。 

週末は観光客もいるけど、平日、時間を選べば、静かな海。

  

Photo_12  帰りは、ガイドブックやテレビでおなじみの、「喫茶かわぐち」で、ふわふわのカキ氷を食べました。

 前々から有名で、いつも行列なので入れなかったけど、お昼前の空いている時間に・・・。

 このテーブル、今では珍しいゲーム機です!カフェじゃなくて正真正銘の喫茶店(レトロが売りってわけじゃなくて、素!)。

 有名になろうと、観光客に媚びないおばちゃんと娘さんが切り盛りしていて、娘さんの娘ちゃん(2歳くらい)がぬいぐるみ片手にうろちょろしてるのもよかった。

 海や暑さや旅の高揚感が若者たちに「おいし~い♪」という気持ちにさせてるような気がして、微笑ましく思いました。

Photo_13  別の日(時系列ではなく、送り火の日)

 お墓に向かう軽トラックの荷台にて。蚊避けの上着と腰には蚊取り線香。

Photo_14 うれしいけど、ちょっとビビッている笑顔。 

Photo_17 帰りはいつも、無駄に走る(笑)。

  

Photo_18  仏前で。 

 前のめってお経を唱える父(じいじ)と、木魚担当・長男。次男はじいじのお膝。

 うちにない仏壇は重要。

  

Photo_19  小学校の遊具で遊ぶ兄弟。

 ちなみにこの遊具は、父たちがPTAをやっていた時(25年前!)につくったもの。

 

 

Photo_20 母校の校庭で会う子供たちがとっても素直で、みんな挨拶してくれる。

 茶髪の中学生男子にも会い、「私も泉中学だった」等々伝え、少しお話しました。

 ちっぽけな学校がすべてで、めいっぱい楽しみながらも、鬱屈した思いを抱えていたあの頃。「こんな田舎、絶対飛び出してやる!」と思っていた。月並みだけど、出たおかげで、ふるさとのありがたみを知った。

 「泉でがんばってね!」と手を振りながら、涙が出そうだった。

   

Photo_21  実家の百日紅と、廃材でつくった東屋。

 

Photo_22  東屋から見た風景。 

 緑の向こうが海(三河湾)。

 

 今回の滞在でうれしかったのは、道を横切る長い蛇に会えたこと。

 田舎に住んでいた頃は、一夏10蛇くらいは遭遇していて、通学時、どいてくれない蛇のために遅刻しそうになったこともあり大嫌いだったのに、まったく見なくなった今となってはさみしい。

 海も山も近くて、過剰なほどの自然に囲まれ、夜はしっかり闇だった。実家は万年忙しくて(母の育児時代の話を聞くと、よく発狂しなかったなあと思う)、田舎はコンプレックスでしかなかった。でも今は、いいところで育てたんだなあとしみじみ思います。

 ああもう、夏大好き!海大好き!!

 いつかふるさと大使くらいになれるように、がんばろっ(笑)。

              

  

                        

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2009.04.05

241 宴と桜

             
 田舎での、結婚の宴。

 いくつもの、ぶあつい手と握手した。
 体を使って仕事をしている男たちの手。
 手が仕事をつくり、仕事が手をつくる。
 「弟夫婦をよろしくお願いします」
 と、姉ちゃんなりの営業活動(笑)。


 血の気の多い4兄弟の三男(私より3つ下)と、20年ぶりくらいの再会。
 彼の兄ちゃんである次男(私より1つ上)とは、一緒に習字塾に通ったり、子供会のソフトボールのチームを組んだりした。
 中学時代の彼らは、そろいもそろって、荒れた。
 当時の噂では、三男は、小学校3年生からバイクに乗っているとのことだった。
 その件について三男に触れたら、「それはオレじゃない。アニキ(次男)だ」とのこと。
 その事実がわかっただけでも、宴の収穫があったような気がしてしまった。
 兄たちのその後の消息を尋ねたが、どんな事実が出てきても、びっくりはしない。
 だって、私たちの学年は、極悪だったから(笑)。
 同級生による、中学時代の最も派手な事件は、とある男子生徒が、地元の分団に置いてあった消防車を一台燃やしちゃったこと。
 「火事だ!」という声に、消防団員(地元のおじさん)たちが詰所に向かったら、乗る予定だった消防車が燃えていた。
 その彼や、ラリラリになってお姉ちゃんのスカートはいてデニーズに出かけ、トイレと間違えてレジ横でおしっこしようとして通報された彼や、17でパパになった彼など、うちの学年は、たった72人の中に、目茶苦茶な世界があった。
・・・と、話がそれたが、私はまあ、そんなところで育ちました。
 血気盛んだったおじさんたちが年を取り、やんちゃ坊主だった後輩たちが跡取りとなり、知ってる知ってる!って人たちとすべてお話したかったけど、100人ほどのお客さんを前に、なかなか難しかった。
 すべての人たちが愛しかった。


 宴の翌日、地元の○○屋のおじさん(私からすると、まだお兄ちゃん)を見かけたら、レクサスに乗っていた。
 あらま、稼いでいるのね!と思い、実家の父母に聞いたら、「あれは、セルシオを改造してレクサスマークを貼っている」とのことだった。
 いいのか?(笑)


 観音寺のふもとの山桜に一年ぶりに会いに行く。
 タイミングを合わせてくれたかのように咲いていた。
 私が「主」と呼んでいる巨木の桜はまだ五分咲きだったけど、縦横無尽に伸びている枝がやはり素敵だった。
 自然のフォルムは本当に美しい。色っぽい。
 まさに「爺」という風格のスダジイも元気で嬉しかった。
 木の写真を撮りたくなることや、鬱蒼とした場所を探したくなるのは、私が街の人になったからかな?と思い、寂しかった。
 
 かけがえのないふるさとであるが、何度目かの卒業の時。
 それでも、これからも、成長していく仲間、老いていくおっちゃんおばちゃんたちに、時には会いに行きたいな。

           

            


                   

               

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2009.04.01

238 ぼうちょう


 「ぼうちょう」 
 それは、弟の友達のあだ名。
 なぜそう名付けられたかと言うと、小学生の頃、太っていたから。
 「ぼうちょう」とは「膨張」のこと。
 子供のあだ名の付け方はつくづく残酷だと思うけど、ぼうちょうは全然気にしていない。
 大人になり、スリムになっても、彼は「ぼうちょう」と呼ばれ続けている。

 弟の結婚式にて。
 会場で受付をやってくれている彼を見つけた私も、何年ぶりという再会なのに
 「おっ、ぼうちょう、今日はありがとね!」と口をついて出てしまう(笑)。
 新婦側には息子の幼稚園時代の元担任の先生がニコニコ。なんともおもしろい光景。
 おまけにぼうちょうのその日の髪型はラーメンマンみたいな三つ編みヘアー。
 仙人のようなひげを生やし、細くて長い三つ編みの先に、赤いリボンを結んでいる。
 彼なりのお祝いの気持ちらしい。参列者のみんなから声をかけられ、人気者だった。

 ぼうちょうは、これまでにも会うたびにおかしな髪型をしていた。
 ある時は緑とピンクに鮮やかに染め、ある時はドレッドヘアー、ある時は坊主。
 ピアスやら安全ピンやらに凝った時期もあった。
 なにやらバンドをやっていて、東京時代、いきなり電話がかかってきて、「お姉さん、○○って、英語でなんて言う?」と尋ねられたり、妹(独文科)などは「お姉さん、ドイツ語で『家畜』ってなんて言う?」と聞かれたりした。
 いったい何が歌いたかったんだろう(笑)。

 そうそう、ぼうちょうの家では牛を飼っているので、自分なりのアイデンティティーとして、牛や家畜を歌いたかったんだと思う。
 牛の仕事も手伝うけど、ふだんは、工務店で仕事をしている。ドレッド時代はヘルメットがかぶれなかったらしい。田舎の若者は「消防団」に入らなくちゃならなかったりするが、その時もヘルメットがかぶれず、新兵撃沈だった。

 ぼうちょうは、めっちゃいいヤツ。
 弟の友達は、私が小学校6年生の時の1年生という時の印象がいちばん強い。みんな、くりくりした可愛らしい男の子たちだったのに、すっかり大人の男性に成長していて、驚いたし、うれしかった。
 私の田舎の半島は、半島というだけでも特殊なのに(半分島という閉鎖性と同時に妙な開放性があって)、たまたま私たちの校区は、一学年2クラス程度で、保育園から中学校まで、他校と交わることなく進級する。70人程度の仲間との関わり合いはとても深い。お互いの両親どころか、おじいちゃんおばあちゃん、ペットの名前まで知るような密な関係。
 そんな空気の中で育つと、相手がその校区の人だとわかれば、すぐにきょうだいや親戚のように打ち解けてしまう。
 田舎から逃れたくて一時は都会へ出たけれど、やはり戻ってきた。
 あたたかい土地。かけがえのない土地。
 ちなみに、校区の名前は「泉」と言います。
 「日原いずみ」という名前は、その「泉」からいただきました。

 披露宴での余興。
 新婦側のクオリティ高いピアノ&バイオリン演奏に対し、「いずみっこクラブ」のメンバーが披露したのは、矢島美容室の『ニホンノミカタ』。お面かぶってくねくね踊りました。意味もオチもねーよ!対照的で良かったなあ(笑)。何より、その対比を、新郎新婦がいちばん楽しんでいました。

 実は、4日の土曜日も、再度、宴がございます。
 村や町の人たちへの新郎新婦お披露目。
 田舎の長男の結婚は、なかなかたいへんです。祭りです(笑)。
 古木・巨木のスダジイや桜に会いがてら、姉ちゃんも張り切って参加してきます。


 あ、人間ドック、心臓で引っかかっちまっただよ(地味に、循環器系弱い家系です)。
 結婚式前後に2泊していった妹家族たちとの思い出もあるけど、あれこれ盛りだくさん過ぎて、書ききれないだよ。
 それでも特筆すべきは「ぼうちょう」のことだった。今度、このブログ知らせます♪

                

                    

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2008.09.26

155 緑の静寂

  
 ☆祝日に書いた文章と、平日に書いた文章のミックスです。

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 実家にて、息子たちと犬の散歩。

 家からすぐの野道。

 目の前に山、背後に海、たくさんの、緑、緑、緑。

 ふと切り取ったアングルだけでも、何十種類、何百種類の緑があるよ。

 草、野菜の芽、苗、竹やぶ、樹木、蔓、葉っぱ葉っぱ葉っぱ・・・・・・

 一周ぐるっと回っただけで、涙がこみ上げてきた。

 この風景を、当たり前として育った私。

 自然なんて退屈で、ビルや都会に憧れた。

 今ならわかる。

 ただ在る自然に、どれほど守られ、励まされて育ったことか。

 草や山が無言でいてくれることが、どんなにありがたかったか。

 風とともに、ただそよそよと抱きしめてくれていた。


 街の中では、邪を吐き出すものが多すぎて、五感に蓋をしなくちゃ生きられない。

 慣れない。いつまで経っても、慣れ切ることができない。

 野生の動物は動物園では苦しいのです。

 ハイジはやっぱり、フランクフルトでは無理なのです。

      モミの木はどこ?ユキちゃんは?ペーターは?おじいさんは・・・?

  
 久しぶりに緑の静寂に包まれ、深呼吸しながら、

 私にはやはり、この空気が必要だと思った。

 それはきっと、子供たちにも・・・。


 街なかで、核家族で過ごしていると、子供たちの「逃げ場」について、思いをめぐらせてしまう。

 じいちゃんばあちゃん、近所のおじちゃんおばちゃん、山や海の代わりに子供たちを癒してくれる存在って・・・?

  
 育ちって大きいな。

 育った時は肯定していたわけじゃないのに。

    
 失った肌の一部を求めるように、土や緑のにおいを吸い込む。

 近くて遠い場所になりつつあるふるさとだけど、やっぱり意識的に戻りたいと思う。

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 長男の「学校行きたくない!」のピークは抜け出し、「楽しくなってきた」そうです。
 いちいち一喜一憂するのはやめたよ。
 やっぱり母は、どっしり構えていなくちゃだね。
 上記は、まだ心配だった頃の心境も含んでいます。
 休み明けの学校後、新しいお友達がピカピカの自転車に乗って遊びに来てくれた。
 得意げに「ライトもつくんだよ!鍵もかけられるんだよ!かごにはサッカーボールも入るんだよ!」と教えてくれる。男の子ってやっぱりかわいいよーーー!!!(この単純さがたまらん♪)
 友達三人と自転車で走っていく息子の笑顔を見て、バカみたいだけど、また泣けそうでした。
 学校なんて行きたくなきゃ行かなくてもいい、と思ったりもするけど、友達に支えられ、楽しそうに笑う息子を見るとうれしくてたまらなかった。
 子供を産みたての頃、色んな新しい感情に遭遇すると、「世の中のお母さんたちは、みんなこういう気持ちになったんだなあ」と感慨深くなった。今また新しく、「学校」を通して、世の先輩お母さんたちの気持ちに共感している。

 今、「夕焼け雲がキレイだよ」と次男が教えてくれた。外で遊ぶ息子たちは、やっぱりいい。
 蚊が減って、どろんどろんになって遊んで、そのまま風呂へドボンの季節、再到来!


 
           

    


         


            

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2008.03.27

77 春風ドライブ

       
 兄弟を連れて実家に泊まりに行った。
 目的は、最近飼い始めたコーギー犬。
 かわいい子犬に、二人とも大喜びだった。

 泊まった翌日は、ふるさとの渥美半島をドライブした。
 海に向かう前、実家近くの山桜を見に立ち寄る。
 まだ蕾だったので、桜の近くの巨木を見たら、今まではなかった小さな看板が立っていた。

 <スダジイ 樹齢 推定200年>

 隣の市と合併したのを機に、「ふるさとの巨木マップ」が実家辺りでも示されるようになったらしい。

    200年――

 その場所は、観音様をまつってあるお寺の近くで、立派な山桜や竹林、大木が立ち並んでいる。
 昔からそこの空気に特別なものを感じていて(幼い頃は、よきもの、というより、こわかったけど)、初めて具体的に200年、という数字を見て、納得し、感動した。

 長男と一緒に木に触ってみる(次男はこわがった)。
 ずっとずっと昔から、地域の人たちのことを見守ってきてくれた木に、温度とやさしさを感じた。

 坂の下から、おばさんが花を持ってお墓参りにやってきた。
 狭い地区だから、当然知っている人。
 私より二つ年上の娘さん(結婚し二児の母)と、私より三つ年下の息子さんがいて、昨年、私の父と同じ年のダンナさんが亡くなり、続いて90を超えたお姑さんが亡くなった。
 色々とお互いの近況について話す。
 「おばさんも、おじさんのことやら、色々たいへんだったね」
 
 幼かった私たちが親になり、おじさんおばさんは老いていく。
 村や村人の変遷を静かに見守ってきたスダジイの前で、おばさんと私は数年ぶりに言葉を交わしながら、涙をためていた。


 息子たちに急かされ、車に戻り、海辺をドライブ。
 家の裏が海で、高校へ通うバスでも毎日海を眺めていた私にとって、海は当たり前の風景だった。やっぱり海を見るとホッとするし生きかえる。

 海辺の道では、菜の花が満開だった。
 車を停めて菜の花畑に降りると、ぷわっと甘い花の香り。
 一面の黄色。

 春。

 春に包まれた。

 田舎で育った頃は、風のやわらかさやにおいで季節の移り変わりを感じたものだ。

 やっぱりこの感覚は重要。

 子供たちは菜の花のにおいをかぎながら、ミツバチを見て、びっくりしている。
 どのくらい近づいたら虫が怒るか、どの花の蜜が甘く、どの草の新芽が芳しいか、そういうことを身体で覚えてきた。
 私の子供が育つ場所は街だけど、やっぱりできるだけ、身体から学ぶことを教えたい。


 ところで、今日の甲子園第一試合で、京都の平安高校に敗れた愛知・成章高校はふるさとの高校です。
 負けちゃったのは残念だけど、球児たちの顔や名字が、まさに地元の子って感じで、感動しました。

 初戦に勝った翌日の新聞に出ていた記事・・・

 <潮風漂う渥美半島の原っぱで野球を始め、同じ原風景を持つ仲間と県立高でつかんだ甲子園初勝利。>
 
 母校でもないし、開幕前は冷めた目で眺めていたのに、この記事を読んで、泣いてしまいました。


          

              

              

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