友達

2009.08.14

308 二人のR

   
 逗子からの帰り道、長蛇の列に並びながら友達に打ったスカイメール。

 <帰るつもりで新横浜。地震で2時間遅れ。台風を心配してたら地震・・・。
  私はいつもこんなです。笑うしかない今をレイチンに!子供は地べたで遊んどるよ>

 これに届いた返事。

 <笑えないことを抱きしめながら生きていこー、ステキすぎ。
  昨日のS家はやっぱりおもしろかった。(以下略)>

 こんな反応を示してくれるレイナが私はやっぱり大好きだ。
 彼女も、運不運ってものを、体験・体感的に深く知っている。
 私が好きな人は、たいてい「運」について熟知している。
 学者さんとして専門的に調べている人もいれば、シンクロニシティの研究者、月について詳しい竹炭屋さん、そして、レイナのように体ごと感じ取っている敏感な人。
 運は落として拾うものだとつくづく思う。

 この間東京で会った人と、酒井法子等々の話になり、「海外のスターだと寄付したりして、その辺りを調整してたりするけど、日本だとそういう人は少ないよね」。その時の(うろ覚えだけど)「調整」みたいな言葉が印象に残った。
 大金持ちやスターみたいな人に不幸な人が多いのは確かなこと。
 やはり私利私欲に生きてはいけない。神様は見てるってことなのかな。


 上記のメールに出てた(お誘いのあった)S家には、昨日行ってきた。

 S家とは、友達(きょうだいぐるみ)のおうちであり、子供たちがお世話になっている小児科であり、私が夫と出会うきっかけにもなった不思議なご縁のおうち。お料理上手で魔女(←褒め言葉)みたいなお母さんがいて、その占いはとっても当たる。

 S家のリホちゃん(もとは妹の友達、そしてレイチンはリホちゃん姉妹の幼なじみ)と久々の再会。
 じっくり話したいから、息子たちはたまたま休みを取っていた夫(二日酔い)にお願いして出かけた(余談ですが、息子たちを海に連れて行くと言っていたその酔っ払いは、出かける時と同じ姿勢で寝ていて落胆させられた。私は帰宅後、西日の中、罪滅ぼしのバドミントン)。
 リホちゃんには娘ちゃんが二人いるけど、うちの兄弟と比べたらとてもおとなしくて、お話するのに支障はないのだった(なんなんでしょう、この違い)。

 リホちゃんは、例えば私に「まーちゃん、菊地さん好きだと思うよ」とピンポイントで文化の周辺を教えてくれる友達(「高山なおみさんの文章読んだ時、まーちゃんに伝えたいと思った」みたいなありがたい存在)。一緒に歩いていた時、ずっと欲しかった島尾ミホの『海辺の生と死』の古本(絶版のもの)に出会えた。
 彼女は今、東京に住んでいて、渋谷で育児している(麻布生まれ、渋谷育ちの子供たち・・・幼稚園は代官山!) もともと幼い頃や大学~社会人時代東京に住んでいたし、まったく気負いなく都会での生活を楽しんでいる。
 沼田元氣さん主宰の『乙女講座』(フランク・ロイド・ライト設計の自由学園明日館にて)を受講していた経験もあり、その講座にはゲストとして、佐藤初女さん、松浦弥太郎さん、辛酸なめ子さん、菊地成孔さん等々がいらしたという私からすると垂涎ものの講座。
 初女さんのことは、『地球交響曲』で初めて観た時から尊敬・共感しているし(あの梅干しとふきのとうの天ぷらは忘れがたい)、松浦さんが編集長を務めている『暮しの手帖』も大好きだ(最近はジェーン・バーキンの記事に励まされた)。
 昨日も色んな話をしながら、例えば育児や幼稚園のママ友達の話と同時に、バーキン&セルジュ・ゲンスブールの『ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ』の話を出しても違和感なく楽しめる相手というのは、やはり貴重だなあと思った。

 地元にいると、どうしても、この手の話に飢える。
 ネットのおかげで、様々な話題を話し合える相手を、様々な方面に持てるようになったけど、やっぱりね、何気なく会話できるのって大きい。
 今はたいへんだけど、リホちゃんには、今後長い目で見てぜひとも、私の行きたい東京カルチャースポット(笑)に行っていただきたい。

 レイチンも、リホちゃんも、お母さんになっても自分の世界を大切にしている。
 私もそう。
 最近、めらめらムキムキとめちゃめちゃなお話を書きたいと思っている。ガコーンと脳天を貫くような・・・。
 とりあえず、目下、『寝取られた男たち』(新潮新書)が読みたいと思っている。
 男と女、人間、結婚とは?
 生活を守りながら、生活のなかで生まれる疑問や哲学に興味がある。
 書くことで、別の人生を生きたいと思う。


・・・とあれこれ妄想しつつ、今日は、『シンケンジャー』の映画を息子たちと観に行くよ。
  あああ、以前はバカにしてたのに、戦隊ものに翻弄されている(笑)。


            

        

                   


              

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2009.07.10

292 友情

 前々回の末尾に書いた、七夕に空を見上げて一緒に泣いた友達(Kちゃん)に、とある件でメールした。

 その返事の中にあった・・・

 「M(←私のこと)とは久々なのにいつも会って遊んでるような感覚がいつもあるんだよねっ。久々ぢゃぁないっていうかさぁ。でもいつ会ったかなぁって考えると一年以上会ってなかったりするんだよねッ。」

 とあったので、

 「Kちゃん、それはねぇ~、私たちの心が奥底でつながっているからだよ!
 それが友情ってもんだよ!!」

 と書いておいた(まあ、それまでの内容が人と人との関係性についてだったこともあり・・・)。

 彼女との思い出は、小学校時代の水泳(課外活動)の練習にさかのぼる。

 私たちは自由形リレーのチームメンバーで(私がスタートで彼女がアンカー)、練習の合間に当時流行っていたドラマ、『不良少女と呼ばれて』の物まねをしていた。

 彼女がショーコでチェーンやカミソリを振り回し、私がアサオでバイクにまたがる役(わかる人だけわかって。「ショーコ、乗れ!」ってやつです:笑)。

 中学の時には、休日、禁止されている二人乗りで、バッチリ学校の前を横切ってしまい(バイクじゃなくて自転車です)、翌日、担任の鬼教師に一緒に殴られた。

 殴られることはよくあったが、私は他にも体罰教師二人に特別に呼び出され、「なぜ同じくらいの成績の友達と遊ばないのだ」と延々と説教されたことがあった。私は、こいつらアホだと思い、「私(の素行)が悪いのは私のせいであって、友達のせいではない。友達とは絶対に別れない」と涙を流しながら訴えた(「大人たちを絶対見返してやる!」ってのはこういう瞬間に芽生えた)。

 Kちゃんと私は、土曜の部活の時、お互いの弁当について情報を交換し合った。

 お互い家が自営業で忙しく、弁当を作らざるを得ず、Kちゃんが我が家のから揚げの味付けを褒めてくれた時は本当に嬉しかった。

 高校受験の前、Kちゃんが私に英語のわからないところについて真剣に聞いてきた。その時、私は彼女から信頼されていると思った。それもたまらなく嬉しかった。

 成人式で帰省してきた時、Kちゃんは入院中だった。

 初めての子を帝王切開で産むために。

 お見舞いに行って見た赤ちゃんは、頭が長かった。新生児って、かわいいというよりは生々しいんだなと「現実」を教えてもらった。

 Kちゃんはベッドに横になりながら「みんなは振袖なのに私だけ・・」と嘆き(ちなみに私は振袖は着なかったが)、傷の痛みのため涙を流していた。しんみりした空気の中、Kちゃんが私に、「東京で彼氏できた?」と聞いてきた。「できたよ」と答えると彼女は、興味津々の目(涙目)で、「Hした?」と尋ねた。私だけではなく、一緒にいた友達にも キッチリ同じ質問をした。

 おいおい、母親になったというのに、最初の関心がそれかよ?と爆笑だった。

 子宮の病気になり、会社を辞め、おまけに失恋してどん底だった23歳の夏、ふるさとに帰省してきた私をKちゃんは温かく迎えてくれた(久しぶりに会う同級生たちを何人か集めてくれていた)。一時は捨てる覚悟で飛び出したふるさとなのに、私には確かに帰る場所があるということに感動し、涙が出た。この恩は一生忘れないと思った。

 その後の変遷も、お互い確かめ合いながら今がある。

 私が本を出した時、彼女は手紙をくれ、私が息子を産んだ時、彼女はお祝いに大きな鯛の姿造りを持ってきてくれた(ご実家がお魚屋さんなのです)。

 彼女は「母」に関して、大先輩である。私よりシャバを知っている。

 こんな風にして、友情は続いていくんだな。

 これからも、様々な友と、一緒に年を重ねていくことを楽しみにしています。

              

   

                    

                             

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2009.06.20

282 君が僕を知っている

 金曜。 朝から市民病院、耳鼻咽喉科へ。

 2人目の産後に腫れた側頸嚢胞(先天性異常)。現在は落ち着いているが、半年に一度くらいのペースで首にたまる水を抜いてもらっている。

 首に針を刺して、肌色の体液を抜く。

 私は20代から病院通いが常という状態。

 いつもどこかに苦を抱えている。でもそれは不幸では決してなく、どこかに苦を抱えているおかげで安心できるというのも事実。

 小説を書くようになったのは、間違いなく、病気のおかげだ。

 長い待ち時間に人を観察し、人生について考え、本を読み続けてきた。

 病院通いが始まった頃、東京女子医大で読んでいた『グレープフルーツ』を久しぶりに読み返す。

  <あたしはいったい何なのか。

   只の女。

   それ以外の何者でもない。

   本能はあたしを呼び戻す。

   しかしあたしは何かになりたい。

   「あたし」という何かになりたい。>

 <涙を滝のように流しながら軽い狂気の世界へもうとっくに半分、足を踏み入れているこの男の血走った目が怖ろしい。>

 たくさんの、本当にたくさんの突き刺さるような言葉たち。

 自意識過剰な女、20代特有の刹那。

 初めて読んだ時、あまりの衝撃に吐きそうになったほどだった。

 角川でこの小説をつくった見城さんや石原さんと幻冬舎で一時期一緒だったSさんに今お世話になっていることが不思議だし嬉しい。

 病院から戻り、編集者さんのメールを読み返したり、小説について相談していた信頼できる人からのメールを読む。

 携帯電話が鳴り、見ると、山梨の友達からだった。

 友達の話を聞き、携帯を切ると、今度は家の電話が鳴り、アメリカの友達から・・・。 久しぶりのコンビトーク。例えば気候について。「こっちは梅雨やで」「パンにカビとか生えるんやろ?」「そっちはやっぱり乾いてるんや?」「アメリカ人はあんなにでかいポテトチップス、一気に食うんかと思ったらちゃうねん。袋開けたまま放っておいても湿らへんねん」「ほおーっ、私もフランスにおった時、フランスパンをそこらへんに置いておいても、カリッとしたままでびっくりしたわ。やっぱりこっちで気取ってフランスパンや言うても気候がちゃうっちゅーねん。コストコもこっち持ってきてもちゃうねんな」「コストコってこっちじゃcostoc言うわ。発音もちゃうねん。『インディアナ・ジョーンズ』とか6歳のガキに教わったわ」「ああ、私もフランス帰りの人に、『ロワイヤル・オスト』言われた時、びっくりしたわ」などなど・・・。子機のバッテリーが切れ、ピッピ言い出したのでお別れ。

 夕方、子供たちを迎え、夜には、東京から帰省してきた先輩(友達と呼ぶにはおこがましい友達の友達)がクッキーを持って立ち寄ってくれた。

 先輩はとっても美女で聡明で、気さくでお料理上手で、ぜひとも幸せになって欲しいから、なんとかお相手を紹介するお手伝いをしたいのである。で、お一人、東大卒で科学警察研究所にお勤めの方を紹介したので(ハイ、見たことないけどキムタクの『Mr.BRAIN』の舞台です・・・撮影されてる建物は違う場所らしいです)、わざわざお礼に寄ってくださった。美人を目の前にして息子たちは猿のように大はしゃぎ。

 今後の展開はともかく、それぞれ幸せになって欲しいから、それぞれ今後も勝手に見守らせていただくつもり。先輩にはお返しにチリのオリーブをお渡しした(とっても喜んでくださった)。

 いつもは寝てる、今はミッドナイトとなってしまった23時半からは、『僕らの音楽』にて忌野清志郎特集。

 このブログを読んでくれている、幼稚園友達のSさんが教えてくれたおかげでキャッチ♪

 動く清志郎さん観ながら、泣いてしまった。なぜだろう。追いかけていたわけでもないのに、あの人は、私の好きな人の原型を持った人だ。イカシてて、イカレてて、やさしくて・・・。Sさん、ありがとう。 ☆今日のタイトルは、RCサクセションの曲からです。

 本日、眠れない夜、ウキウキした夜を迎えている友達を思い浮かべながら就寝。

 人生、いろいろ。

 私は、男友達も大好きだけど、女友達も大好きだ。

 ☆木村恵子ノートより(私がなぜそこまで好きか、すぐにわかっていただけるような言葉たち)

 http://sound.jp/kimurakeiko/bm.htm

                               

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2008.12.01

184 HOME

   
 アメリカへ出発前の友達親子を、宿泊先のホテルに送り届ける車内にて・・・
 後ろの座席ではお互いの子供たちが騒いでいる。

 友達:「引越しするたびに、『ホーム』が増えてくって感じやな」
  私:「ホームって?」
 友達:「ホームとアウェイのホーム」

 関西出身の友達夫婦は、ダンナさんの仕事の関係でこの地に住み、二人の子供を授かり、家も建てた。
 かねてから予定されていた海外赴任が決まり、大量の家の荷物をバタバタとまとめあげ、船便、航空便と出し、実家に送り、ゴミを片付け、車と家を引き渡し(その他もろもろもろ・・・)、たくさんの手荷物をゴロゴロ抱え(ポケモンもごちゃごちゃ)、円とドルを握り締め、飛び回る子供二人を連れ、出発するのです。

 その家には、多くの、それはそれは多くの人たちが集いました。
 お別れのバーベキューの日には、子供だけで13人もいました。
 引越しは、何人かの友達が手伝いました。それも連日(笑)。
 地元出身ではない友達夫婦が、ゼロから始めたネットワーク。
 たいしたものだ、と感心しました。

 私:「地元の出身じゃないMちゃんたちがここに住んで、引っ越す時に、『引越しを手伝って』と言える人がいることも、『引越しを手伝いたい』と思う人がいるってことも、すごいことだと思う。それはやっぱり、Mちゃんたち家族4人の人柄が築いたものだし、住む場所を『ホーム』と思って過ごしていけるっていうのは、素晴らしいことだよね」
 友達:「今、ここ、めっちゃホームやな」
 私:「引越し先をずっと『アウェイ』と思って過ごして、ずっとなじめないまま終わる人だっているんだもん」

  <あなたたちは、やっぱりすごいよ!!>

 存在感の大きい友達家族は、まさに「でかい星」だった。今回の引越しは、巨星の移動という感じ。
 ダンナさんも奥さんも、娘ちゃんも息子くんも、4人がみんな、パワフル。それはそれは人間離れしているほどに・・・。4人が4人とも太陽みたいって、なかなかすごいことじゃありませんか。
 家族それぞれの年齢がほぼ同じMちゃん家族からは、結婚や育児や、家庭や生活や人生のダイナミズムというものを教えてもらった気がする。


 引越し屋さんに荷物を預け、最後の「こわすゴミ」を出し、残った大きなゴミを処分場に持ち込み、友達(この方もユニーク♪)が残った「こわすゴミ」を引き受け、私が「燃えるゴミ」(ダンボール3箱分:笑)を引き取り、さあ、これでOKかな?と思ったところで、台所の引き出しを開けたら鍋がドーン!!!の瞬間は、きっと忘れることがないでしょう。
どないすんねん?このごろごろの鍋。ジンギスカン鍋まであるで、重っ、の瞬間(笑)。

 最後、友達の家で洗濯をし、思いっきり遊んで過ごし、
 最後の最後、バケツリレーのように、私の家で、別の友達親子と三組の親子で過ごし、別れ際にMちゃんの娘ちゃん(小1)が私の息子や友達の娘ちゃんたちに言いました。

 「テレビ電話で話そな」

 さすが、21世紀の子供たち!!

 弟くんはうちの次男に「最後の思い出に遊ぼか」と言ってました。子供が発する言葉に、いちいちしんみりしてしまう親たち。
 うちの息子たちは、自分たちの宝物(ゴーオンジャーのカードとか手作りのパラシュートとか)をプレゼントしていました。えっ?と思うくらい気前良く。こんな時、大切なものをしまい込むより、お贈りしたいと思う息子たちでよかった。
 子供たちが遊んだ手についていた、ローズマリーの香り。夜の車内に立ち込めた、ハーブの清々しい香りもきっと忘れません。
 Mちゃんと一緒に、春、気功・太極拳を習ったことも、夏、子連れで奈良、天川を旅したことも、ますますいい思い出になるでしょう。


 ☆巨星で巨乳のMちゃん&ファミリーへ。
 
 あなたたちが住む土地は、地球上、どこへ行ってもきっとホームだよ。
 (巨乳で料理がうまい妻ってのは、帰りたくなる最強のホームだと思う:笑)

 新しいホームに、幸多かりしこと、心から祈っています☆  
  
   ~See you at HOME !!~

 


     


           


                

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2008.10.14

164 りえちゃんの本

 Photo本屋さんで予約していた、『ともさかりえの徒然note』を無事入手し、読んでいる。

 どんどん読み進めたいような、読んでしまうのがもったいないような、あたたかくて素敵な本。りえちゃんの言葉が、心と身体にじんわりと沁み渡る。大きく分けて、「食」のこと、「おしゃれ」のこと、「暮らし」のことにまつわるエッセイや写真がいっぱいで、本当に日々の生活を愛してるんだなあというのが伝わってくる。大切に使い込まれた私物の風合いって、グッときますよね。

 りえちゃんの人柄を表しているような、やさしくて丁寧で、凛とした本。好きなもの、大切にしているものを持っている人って美しいし、強いなあと思う。なんだか、幸福感が伝わってきて、りえちゃんの周辺の人々やものものを丸ごと抱きしめて宝物にしたくなる、そんな本です。

 りえちゃんとは、3月に『赤土に咲くダリア』をお送りし、ブログに感想を書いてもらって以来、時々メールのやりとりをしている(りえちゃんにはぜひとも!と思って出版社を通さず直接事務所にお送りし、果たして本人に届くのか、読んでもらえるのか不安だったけど、すぐに読んでくれて、ど真ん中の感想に泣いた)。5月に舞台にご招待いただいた時に初めてお会いしたけど、本当に本当にかわいかった。色白でスレンダーで、手足の長さにも驚いたけれど、何よりも、瞬きするたびに、バサバサッとまつげの音が聞こえそうなくらい大きな目が印象的だった。愛でたい、撫でたいと思ってしまった(笑)。

 お互い人生の繁忙期で、なかなか会えないけれど(私の忙しさなんて、りえちゃんの足元にも及ばないが)、通じ合えるお方、という信頼感がある。

 りえちゃんが最近書いてくれた、

 「離れていても、たとえ次に会える日が数年後だとしても、なんか、まーちゃんとは大丈夫だと思えるんだ私。」

 これ、ほんとに嬉しかった。

 安らぎと刺激を与えてくれる大切な友達に感謝感謝☆

 私も、暮らしも、創作も、がんばろうと思う。

         

          

            

           

               

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2008.10.02

158 放心

           
 気ままにブログを書きつつ、相変わらず、いろんなことがドッカンドッカンと・・・。

 久しぶりに話した高校の同級生からの情報で、とある男友達が会社をおこしたことを知った(サラリーマンの生涯賃金の何倍も稼いでいるとの話・・・まあ、実際、前々から億の金を動かす業界にいる)。

 直接、さっき、電話(仕事中だろうに)。

 何年ぶりであろうが、カットインで話せる仲間たち。
 
 電話口で教えてもらいながら、グーグルで彼の名前と会社名を検索。
 
 出てきた出てきた。

 用語が難しすぎて高度すぎて、理解できなくて、
 しかし、その理解できなさ加減に
 彼のやってる「スゴイこと」を感じ、
 もろもろの感情があふれて
 ただただ、泣けた。

 はーっ、男の子ってのは、想像の及ばない先へ先へと走っていくねえ。
 すごいなあ。頼もしいなあ。

 もはや「奢ってよ」ではなく、「お金ちょうだいよ」と言う私(笑)。
 いつになるかは分からないけど、再会が楽しみだ。


 私も、編集者さんと小説について話したばかり。
 分野は違うけど、がんばろう。

             


          

            

          


        

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157 思い出と現在とチューチュー


 東京から帰省中の友達Nちゃんが、子連れで遊びに来てくれた。
 会うのは、出産直後以来かな?
 1歳5ヶ月の息子くんは、とっても伸びやかに育っていて、Nちゃん自身も、変わらず大らかで楽しかった。

 Nちゃんは、かつて野田聖子さんの秘書をしていた。
 ここでもいつか書きたいと思っていたけれど、Nちゃん姉妹、それぞれの結婚式で野田さんにお会いしたことがあるけど(お話したり、写真を撮ってもらったりしちゃった)、とーってもいい印象!!
 テレビで見るよりずっとステキ。
 政治家というよりは、頼れる姉ちゃんという感じで、信じられるお方だと思っている。
 野田さんと親しいという小渕さんともども、大臣というお仕事をぜひともがんばってほしいな。

 Nちゃんは、私が恋愛と仕事でボロボロになっていた時を知っている。
 Nちゃんのおうち(正確には妹ちゃんたちが住んでいた世田谷のマンション)に泊めてもらった時、一緒に出かけたスーパーで、Nちゃんがふと私のバッグを持ってくれた。その途端、私は泣き出したらしい(言われて思い出した)。「誰かにやさしくしてもらったの、久しぶり」と・・・。
 
 おおおお、病んでいたね。

 ついでに思い出したけど、その時の自分の状況をNちゃん姉妹に聞いてもらいながら私はさらに泣き、泣きながら笑えてきて「自分でも自分がかわいそうになってきた」などと口走ったと思う。ほんと、病んでたなあ・・・。
 その夜は、姉妹のお宅だし、シャンプー類はお借りするつもりでいたのだが、お風呂に入ったら置いてあるシャンプーがすべて空で(「あれもカラ、これもカラ、それもカラ」という状態)、結局私が持っていた旅行用のちっちゃいシャンプーを、みんなで使い回した思い出がある(そんな三姉妹のことが、ますます大好きになった)。
 痛いこともいっぱいあったのに、思い出となれば輝きを放つ日々!
 
 たいへんな時も知ってもらった上でお互いの披露宴に参列し合い、その後子供を持ち・・・という関係はやはりかけがえなくて、ありがたい。あの時があって、今があり、あの時のあんな自分だから、今もこんな自分で生きてるわけで・・・。

 爆笑の連続でした。Nちゃん(みなさん)、毎度ありがとう☆

         
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 少し前になるけど、金スマでやっていた、『EXILE物語』、とっても感動しました。うちはまだビデオなのですが、録画してまたまた何度も見ている。
 これまで「ターシャの庭」とか「山本容子」等々のビデオを保存していたけど、それらに上塗りして録画し、絶対消さずにいるビデオに『オカザイル』(ご覧になった方もいると思うけど、エグザイルのツアーにナイナイの岡村さんがダンスで参加したやつ)もあり、私はエグザイルが好きなんだなあと改めて思いました。CDとかは持ってないけど、テレビに出てると見たくなる。痛みや挫折を越えた上で今がある彼らが好きです。みんな性格良さそうだし、努力家だし、かわいいし、かっこいい。
 高校時代はバッチリ「ダンス甲子園」見てたし、大学の時、ZOOの『Choo Choo TRAIN』流行ってたし、うまくはないけど踊ることは大好きだし、自分の青春とも重なるから好きなのかな。あと、エグザイルのチューチューが流行った頃は、入園前の長男と生まれたばかりの次男を抱えて毎日ヘロヘロで、夕方になると、目を覚ますつもりで長男とチューチューのビデオを見て踊っていました。やけくそになって。あの頃長男は冬でも全裸だった。そんな思い出もあるからかな。


            


                  


                    
 

          

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2008.09.08

149 色川さん・レイチン・菊地さん

 ☆長文です。

 7日は名古屋に出かけ、初めて会った友達(レイチン)と話し込んだ後、夜は菊地成孔さんのトークイベントに行った。

 愛知出身と言うと、よく名古屋と思われるけれど、私が育った渥美半島や、今住んでいる豊橋市から名古屋は遠い。

 実は、この日、校区の運動会があったのだが(すっかり忘れていた☆)、息子がエントリーした種目は玉入れだったので、夫に任せて電車に乗った。1分間の玉入れのために予定を変更することも考えたけれど、夫がさらりと引き受けてくれたので、感謝(しかし、この1分のために悩むのも事実)。

 行き帰りの電車で読んでいた本は、色川武大の『離婚』。

 これ傑作です。わかるわかる~、と共感し、随所で笑いながら、ふと涙がこみ上げてくる。色川さんってやさしい人なんだなあと思う。結婚ってナゾ。大いにナゾ。小学生の頃「いちばん好きな人とは結婚しないほうがいいんだって」と誰かに言われ、不思議でならなかったけれど、いざ「結婚」を体験してみるとよく分かる。

 ちなみに、色川さんについて分かりやすく書いてあった朝日新聞の記事です。

 http://www.asahi.com/travel/traveler/TKY200706160119.html

 『離婚』の続編、『四人』の中に出てくる文章・・・

 <それはそうなんです。実際、二度三度、ぼくは元女房の部屋に行って、充分に情緒的な夜をすごしていました。目茶苦茶といえばそのとおりですが、一緒に暮すには障害になった彼女のマイナス要素が、もう少し責任のない立場になってみると、そっくりそのまま、風変わりな可愛い女の子、という要素に早変りするのです。>

 この「風変わりな」という部分は、自分にも当てはまるし、この日会ったレイチンにも当てはまる!(その場で読み上げ、一緒に爆笑) 風変わりな女を嫁にもらった男性は、さぞかし苦労するだろうと最初から思っていたし、今も思っている。私は、私と結婚したいと言ってくれた夫のことを、「珍獣を飼おうと思う奇特な人」だと感心していた。しかし、いざ結婚生活が始まり、さらに子供が生まれると、夫の珍獣ぶりも暴かれてきて、珍獣と珍獣が人間のふりして、なんとか子供を育てようとするからたいへんである。ほんと、結婚を続けていくことってたいへんだなあと思う(無理があって当たり前だと思っている)。

 さて、レイチン♪

 レイチンは、「産後セルフケアインストラクター」というのをやっている。間に共通の友達がいて、ネット上ではすでに親密になっていたけれど、実物にようやく会えた! その瞬間は、スターに会うような気持ちだった。5月にともさかりえちゃんに会った時とそっくり。初めて会うのに、キャーッと熱いハグ。離れていても、通じ合える人がいてくれるって本当にありがたいし、温かい。

 レイチンのブログです。 http://ameblo.jp/reinapark/

 私は、レイチンの存在や、やろうとしていることを知った時から、彼女のことを心から応援しています。お互い子供が二人いて、自分も夢の途上で、という立ち位置がよく似ている。「産後セルフケア」というのは、聞きなれない言葉だと思うけれど、産後の女性に必要なのはダイエットよりもリハビリ!で、実際、フランスでは、産後のケアが公費で受けられるそうです。まだまだ遅れている日本の妊産婦ケア。そこに疑問を感じ、開拓しているのが、こちらの組織。レイチンも所属するマドレボニータです。

 http://www.madrebonita.com/

 代表の吉岡さんは、美しき革命家というイメージで、昨年、一方的な思いで小説をお送りしました(感想や、会報等いただきました)。

 全般的に言えることだけれど、日本において、女性のケアが遅れているのは、女性が立ち上がってこなかった(立ち上がれない社会背景があった)からだと思う。だから、私たちが、少しでも声をあげることで、次代の女性たち(もちろん男性含めてみんな)が、もっと生きやすくなったらいいなあと思う。

 マドレボニータが掲げている、「美しい母がふえたら、世界はもっとよくなる」

 これって、本当にその通りだと思う。

 育児もしたいけど、自分のことだって大切なわけで、子を持ってなお、自分の夢が自然に追求できるような社会になってほしいな。

 とまあ、レイチンとは真面目なことも語るけれど、大半は、多くの人がドン引き?の話で(笑)、会ってまだ数分の段階で(車でご自宅へ向かう途中)、ふだん世間様に感じるいくつもの壁を、お互いひょいと飛び越え心でもハグし、初めて会ったとは思えない全開トークの3時間半でした。お互い感情や感性がむき出しで、泣いて笑って激しくて、明るいけれど、孤独なのです。実は折れそうな心を、深いところで抱きしめ合える友達に出会えてよかった。写真でしか見たことがなかったキュートな彼女が、かなりのオッサンで、男前でうれしかった!!

 子供を持つことって、不自由になることも多いけれど、少なくとも「子供産もうかな?」「子供産みたい!」「育児ってどんなだろう?」という疑問や欲求や好奇心からは解放される。

 子供を持つことで、自由になれることもある。

 ただただ授かったこと、元気に育ってくれること、そして、与えられた環境や神様からのギフトに感謝して、前を向いて歩いていきたいね。レイチン、ありがとう!!!

 そして、菊地さん♪

 3月に出かけたブルーノートでの演奏も素晴らしかったけれど、その際にちらっとお聞きしたトークもおもしろかったので、マネージャーさんのブログで知った、こちらの会主催のイベントに出かけました。

 http://www.yamamoto-housing.com/reading/

 第一部は、バタイユの『眼球譚』を中心としたお話で(みなさん読み込んでの参加)、私が参加した第二部はフリートーク。音楽や映像も交えた濃密な時間でした。

 菊地さんのお話は、出てくる言葉がすべて、上質で、シニカルで、愛に満ちたキャッチコピーみたいで、いったいどれだけ引き出し持ってるんだろう?って改めて感服しました。弾丸トークの口元よりも、どんな脳みそだろうと、頭の方を眺めてしまった。

 印象的だったのは、「世の中が、どんどん分かりやすいほうへ、読みやすいほうへ
食べやすい、やわらかいほうへ向かっているから、それに抗いたい」みたいな内容。菊地さんはやっぱり、たたかってる人なんだなあと思った。とはいえ、クールで気さくでユーモアたっぷりで、スゴイ人だ。

 菊地さんの話に、私はついていけてないのだけれど、それでも追いかけたいのは、何と言っても楽しい!ことと、音楽やファッションや文学やアートやらのすべての枠を超えた真実を教えてくれる気がするから。

 例えば、「仲を取り持つジャパニメーション」という言葉で、世界の表現の分野における色んなナゾが解けたような気がしました。

 菊地さん、そして、このイベントを開催してくださった、山本さんはじめ、読書会の方々に感謝いたします。ありがとうございました。

 のんびりしたかったけれど、なんせ、会場から家までは2時間かかるので、早々に帰路へ。すべての興奮に帳尻を合わせてくれるような色川さんの小説に浸りながら過ごした。半日を振り返り、自分が好きだと思える世界に束の間でも浸れる喜びや幸福感がこみ上げてきた。

 家に戻ると、リビングで、夫と息子二人が寝ていた。なんで?(笑)

 おまけに、ランドセルを開けて時間割を確かめようとしたら、奥からくしゃくしゃの給食当番の袋が出てきた(・・・あ然・・・)。

 ミートソースでもべったりついてたらどうしよう?と思ったけれど、意外にきれいで、しかも次の週も、息子は引き続き当番のようだったので、そのままたたみ直してしまっておいた。

 外に出て帰ってくると、子供への愛しさが増す。

 夫へも感謝が・・・(お互い問題はあるけれど、夫婦でいっぱいいっぱいになりながら、それなりに個を尊重しているとは思う)。

 いちばん大切なのは子供。この優先順位は永久に変わらない。

 どうしようもない私だけれど、私なりのバランスで、家庭も自分もがんばろうと思う。

          

         

                     

                

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2008.04.25

92 from ニューヨーク☆ 

 
 4月21~22日のできごと。
      
 ニューヨークから一時帰国中の友達が、息子くん(1歳半)を連れて泊まりに来てくれた。
 彼女(Yちゃん)は、大学時代の男友達(Oちゃん)の奥さんで、会った回数は5回をようやく超えたくらいなのに、不思議なくらいしっくりくる。
 そもそも、元々の友達であるOちゃんも、私にとっては不思議な友達で、前も書いたけど、彼の前ならおならも平気な気がする(したことはないけど・・・)。
 18歳で東京に出たばかりの頃、私は田舎の方言を封印し、それなりにキメて?いたつもりだったので、おしゃれな先輩などから、「東京出身?」とか言われると、心の中でガッツポーズをしていた(それとは別に「帰国子女?」と聞かれたり、なぜだか当然「一浪」と思われていた。「帰国子女?」に関しては英語がしゃべれるわけではなく、「さしすせそ」が変なのと、身振り手振りの大きさからだったと思う)。
 そんななか、Oちゃんは、初めて話した時から、「いずみちゃんって、小さい頃、鼻たらしてたでしょ?」とか「いずみちゃんの田舎って、人間より地蔵や牛の方が多いでしょ?」と言ってきて、「何だ、こいつ?」と思いながらも、心の中で「ハイ、正解です!」と思っていた。Oちゃんは、なんというか、ピュアでストレートなひとなのだ。
 そんなOちゃんが選んだ結婚相手が失望するような相手だと悲しいけど(実際、気の合う男友達の選ぶ相手が気の合う女だとは限らない。プラスとマイナスの関係なのか、単に私が男っぽいのか?)、Yちゃんは、素晴らしい女性で、つくづくOちゃん良かったね!!って思った。結婚してすぐの二人が東京に遊びに来た時、一緒に「目黒寄生虫博物館」へ行った思い出がある(笑)。
 ☆余談挟むけど、写真家の桑嶋維くん(高校時代の同級生)の奥さんも素晴らしい女性です!!

 二人は結婚後、北海道~カナダ~紆余曲折後~ニューヨークで、地道な努力を重ねた結果、今ではグリーンカードも持っている。
 昨年の6月に、7年ぶりくらいにOちゃんのふるさとである名古屋で再会した。

 今回の帰国はYちゃんと息子のJくんだけで、また会いたいと思いつつ、長男の帰りが早いし、難しいかな?と思っていたところ、Yちゃんから「私が行くよ!!」という心強い言葉。
 夫もYちゃんのことがお気に入りなので(結婚式に来てもらったり、Yちゃんがふるさとの北海道にいた頃、夫婦でおいしいお寿司をごちそうになったことなどがあり)、平日ではあるけれど、遠慮なく泊まっていってもらった。

 ふだんニューヨークにいる友達が我が家まで来てくれるのは本当にありがたいこと。
 その距離と気持ちを思うだけで涙が出てきた。

 お互い、子連れの状態で、初めて会う。
 お互いが「お母さん」していることに、不思議な気持ちになった。

 それにしても・・・
 言葉を重ねなくても通じ合える、この感覚って温かい。

 お客さんをお呼びして、夫婦でいっぱいいっぱいになってしまう場合もあるけれど、YちゃんとJくんいうお客さんのおかげで、夫婦も子供もまるくなった。
 すべてを包み込むようなYちゃんの度量と魅力のおかげ。
 ガンガンビールを飲みながら、私たち夫婦にも、ようやく余裕が生まれたのかな?とも思った。

 翌朝、駅まで車で送っていき、別れ際にようやくハグ。子供がいると、お互いに純粋に向き合うことは難しくなるけれど、新しく子供同士の関係もでき、ふくらみを増していくことがうれしい。

 ハグしてようやく、個としてのお互いをおもい、じわっと涙をためて、お別れとなった。

 会いたい相手、通じ合える相手は、時間や距離の問題じゃない、ということを再確認した。
 次会うのが、いつになるかは分からないけれど、お互いのハッピーな毎日を祈っています☆

 来月は、大阪での披露宴に向かう先輩が、途中下車して寄ってくれます。今思うように動けないので、本当にありがたいです!!!

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☆当日のおつまみメニュー
 ○蕗と鶏肉の煮物、茄子とエリンギのにんにく炒め、肉じゃが(以上夫作の残り物)
 ○鶏&ポテトのから揚げ、千切りサラダ(野菜たっぷり&ツナをごま油とゆずポンで)、  豚の角煮  
 ○友達のお母様作の松前漬け(わらび入り)

☆Yちゃんにお渡ししたプレゼント
 『毎日かあさん③』 西原理恵子
 『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』 伊藤比呂美 
 両方とも傑作です!

           

    

              
 


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2008.01.21

42 やっぱり生で会うことって大切

  1月20日夜、大学時代の仲間10人(男5女5)、プラス奥さん2人、プラス娘ちゃん  1人で飲み会をした。

 場所は、ここよここ、学生時代だったらあり得んかった、洒落た店(丸ビル内)。

   http://www.soho-s.co.jp/cita/index_fs.html

 飲み会名は、『日原いずみって誰やねんの会』(笑)

 昨年暮れ、出版後の、わけも分からずブルーな時期を迎え、私には、大学時代の仲間のノリが必要だ!と思い、元彼に飲み会を計画してもらった(彼は直前まで休暇で海外、翌日から仕事で海外だというのに、本当にありがたかった)。  

 大学を卒業して13年。
 卒業以来、初めて会う友達もいたし、お互いの結婚式以来会う友達もいた。
 落ち込んだ時も多々あったし、病気をした時もあった仲間や私。
 この数年のあいだ、メールや電話で話をしていても、
 やっぱり実際に会って、顔を見て話す感激はぜんぜん違う。
 学生時代と少しも変わらず話せるけど、
 お互い色々あったわけで・・・。
 目の前に、生身の友達。ハグした時の温かさや身体の厚み。
 大げさに言えば、「お互い確かに生きていたんだね!生きているんだね!!」
 例えば、落ち込みから回復したよ、と言われても、実際に会ってみないと分からなかった。
 本当に、元気になってて良かった!!
 過去をともに過ごし、今の彼女や彼を確認し、再び関係をつづけていく。

 メールでいつでもやり取りできる時代になったけど(私たちの学生時代は携帯もパソコンもなかったけど)、やっぱり時には会って確かめ合わないといけないな、と思う。
 頭の中の、彼女や彼は、昔の姿に、想像の肉(思想の肉・・・実際に肉が増した人もおられるけど)をつけているけれど、「実際の彼女や彼」は、想像以上に、ずっとたくましく生きている。

 以下、会話の一端・・・ 

「Cちゃんさ、ぜったい子供育てるの、向いてると思うよ。だって、Cちゃん、猫好きでしょ?猫よりかわいいよ~。んで、猫や犬を飼ってた経験がけっこう役に立つんだよ。わー、猫とか犬に似てる~って思う時あったもん」

「おっ、○○の時計!」
「へー、それ高いの?」
「100万クラスだよ」
「お召し物もいいもの着てるし、さすが社長!!」

「俺らの学部から公認会計士出るのって珍しいらしくって、学生向けの講演みたいなのに呼ばれちゃったよ。お帰りなさい○○○さん!って垂れ幕出てるみたいな」

「Hくんって、ほんと男前だよね。空気が澄んでるよね」

「あれ?フクちゃんのTシャツじゃないんだ?」
「学生の頃、同じの着てるように見えて、ちゃんと2枚は手元にあるように、買い足してたんだよ」
「Aさ、英語の授業中に、差し歯飛んだよな~。ポーンッ、コロコロコローって!」(一同爆笑)
「そうそう、それ、この間Oさんに会った時にも言われた」
「Oさんとつながってるんだー!Oさん、入った時27歳だったから、もう40代?」

「Aくんの親戚が私の地元に住んでて、その人、偶然、私の結婚式の時、神主やってくれた人だったの」「そりゃスゲエ!!」

「子供って何歳?」 「9歳と5歳と1歳」 「素晴らしいよね」

「学生時代とまだ同じアパートに住んでるんだよ。家賃3万5千で、コインシャワー」  「えーっ!!」
「『オレさ、あのアパートに住んでたんだよね』なんて言いながら嫁さん連れて昔のアパート見に来るヤツがいたら、『うわっ、あの人まだ住んでる!』って言われてるよきっと」

「何も言わなくていいから・・・」

「まーちゃんが大好きなの。まーちゃんが大好きなの。ほんとはちゅうしたいんだけど」

                      ☆

 いつまでも話していたかったけど、私は最終22時の新幹線で帰るので、終了少し前に店を飛び出した。

 途中店にコートを忘れたことに気づいて戻り、エレベーターの場所が分からなくて焦り、地上に降り、東京駅はどこだと一瞬途方に暮れ、新幹線のホーム目指し、バタバタ全力疾走(終電に遅れそうになり、大慌てで走った学生時代と変わらないアホな私)。

 心臓バクバク、汗ダッラダラで、なんとか間に合ってホッ。

 滑り出す新幹線の中で、余韻に浸る。

 楽しくて楽しくてたまらなかった。

 ありがたくてありがたくてたまらなかった。

                      ☆

 家に着くと、テーブルの上に息子からの手紙

 「おかえりなさい おかあさん!」

 雪を期待して、雪だるまがいっぱい描いてある。

 その下には、「このしたには なにがあるでしょう!」の文字と「ひんと おかあさんの すきなもの」

 めくってみると、レモンの広告だった(この頃、色んなものにレモンを搾って食べていたので・・・)。

 一日、子守りしてくれた夫よ、ありがとう!!(ま、この日のために、夫の飲みやらゲロやらに耐えてきたわけだが・・・)

                       ☆

 楽しかった東京の思い出を胸に、再び日常をがんばります。

 集まってくれたみなさん、本当にありがとう。大好き!!!

 今回、声がかけられなかったみなさん、いつか絶対再会しましょう!!

                            

         

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2007.12.29

30 愛あるジャンク

           
 耳鼻科に兄弟を連れて行った帰り、近所のマクドナルドでお昼ごはん。
 ファーストフードを頻繁に、というのは良くないと思うけれど、たまにならいいじゃんって思う。
 新聞の折込チラシにクーポン券が入っていたこともあり、冬休みの昼食をここで済ませようという、同じような親子連れが続々。

 親子でハンバーガーにパクつきながら、ふと、大学時代の彼について思い出していた。

 彼(同級生だけど一つ年上)とは、少し値の張るおいしいものを食べたこともあったけれど、なにぶん学生だったし、ジャンクフードとか、カレーとかラーメンとかいっぱい食べた思い出がある。

 一人で食べるとたいしておいしくないようなものが、彼と一緒だと、なぜこんなにおいしいのだろう、と不思議に思うことがよくあった。
 例えば「モスチキン」とか「わさビーフ(ポテトチップスにわさび&ビーフの味がつけてあるもの)」とかコンビニで売っているようなみたらし団子とかシュークリームとか・・・。
 ジャンクでチープなもので満たされている時思い出したのは、吉本ばななさんの『満月』のなかに出てくる、こんな場面。

 
   いくつもの昼と夜、私たちは共に食事をした。
   いつか雄一が言った。
   「どうして君とものを食うと、こんなにおいしいのかな。」
   私は笑って、
   「食欲と性欲が同時に満たされるからじゃない?」
   と言った。
   「ちがう、ちがう、ちがう。」
   大笑いしながら雄一が言った。
   「きっと、家族だからだよ。」


 好きな人と食べるものは、本当においしいし、幸せを感じる。

 その彼とは結局、卒業2年目にお別れとなった。
 私は会社を辞めようとしていた頃で、彼は大手出版社で忙しく働き始めた頃だった。
 最初に電話で別れを切り出された時は、泣いて泣いて悲しんだくせに、正式に会って別れ話をした時の食事は、くやしいくらい楽しくておいしかった。
 南欧料理っぽいお店で、前菜やメインはめちゃめちゃおいしくて、泣いて笑って食べたのに、意外にもデザートだけはまずかった。
 まるで自分たちみたいだ、って思った。
 楽しくてハッピーな時間を過ごしたのに、最後はまずくて悲しい。

 にも関わらず、
 にも関わらず、、
 その後も友情はつづいた。

 恋人としては別れようとも、お互いをリスペクトする気持ちに変わりはなかったからだと思う。

 失恋の悲しみから立ち直った頃、私は元彼である男友達にリクエストした。 

 「つき合ってた頃はお互い貧乏だったのに、今やあなたは高給取りになったから、損した気分だ。つきましてはなにか高いものおごってくれ!」


・・・今思うと、なんとも図々しい、そして、私らしいお願いである。

 別れる前も、別れてからもやさしい彼は、新宿の高層ビルに入っている店で、「ふぐ」をごちそうしてくれた。
 確かこの季節、12月頃だったと思う。

 久しぶりの食事に、私はその頃気に入っていたセーターを着て行った。
 古着屋で買った500円!のセーター。
 鮮やかな赤が気に入って買ったものだけれど、買った時から、左ひじの部分に(おそらくほつれを直した)縫い目が入っていた。それでも色が気に入って、500円は買いだと判断したものだった。
 私は、会社を辞めて、フリーター生活に突入していた。
 豪邸でお手伝いさんをしながら、小説を書いたり、絵を描いたり、写真を撮ったり、ビデオ作品をつくったりしていた。
 貧乏でもいいから、自分の道が探したかった。

 高そうなふぐ屋で、高級店も仕事で慣れたものって感じの彼の前で、新しい髪形をして、赤いセーターを着て座る私。インディーズやオルタナティヴやインディペンデントって方向に走りつつある私(そういう言葉をかっこいいと思っていた幼い自己愛に満ちた私)は、姿勢正しく笑顔で話し食べながら、500円のセーターの縫い目が気になって仕方がなかった。
 相変わらず、楽しくて愛しい時間なのに、もう手はつながないんだなって思った。


 あれから、11年。

 彼との友情は今もつづいている。

 このたび、窒息しそうな日常から抜け出したくて、「飲み会したい!!」という叫びを挙げたら、忙しいのに、店を手配して仲間に呼びかけてくれることになった。

 この友情を理解できない人も多いと思う。

 でも私は、幸せに思う。
 こんな友情はなかなか得られない。誰に何と言われようと、大切な友達のことは大切にし続けたい。

 私の行った大学は、男女を超えた友情が確かに存在している。
 男だ女だ関係なく、どつきどつかれ酔いつぶれたい。


・・・とまあ、ここまで長々と思い出に浸っていたわけではないが、マクドナルドで思い出した甘く楽しい記憶は、次男の「うんち!」って声でかき消されました(笑)。


           


            


             


             


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2007.12.20

27 ニューヨークからの贈り物

 夜、もう暗くなってからの「ピンポン♪」

 いつもの郵便配達のお兄さん。

 「(日本郵便に)変わってから遅くまで配るようになったんですか?」

 「いえいえ、今お歳暮のシーズンなのでどうしても遅くなっちゃって」

 「それはそれは、ごくろうさまです!」

 受け取ったのは、アメリカからの小包!

 ニューヨークに住む友達が「出版祝いを送ったからね!」とメールで教えてくれていた。

 えええ??COACHの箱ではないかっ!!

 びびりながら、開けてみると・・・

 出てきたのは、ロバート・サブダの飛び出す(ポップアップ)絵本、『不思議の国のアリス』!!

 恥ずかしながら私は、サブダさんのことを知りませんでした。

 本を開いてみると、本当に、森や家や食卓やトランプが飛び出す飛び出す。にょきにょきにょきにょき!!!めくるめくような感動!!!

 この感動を少しでもと思い、ネットであれこれ検索してみたけど、本物にはどうにもかなわない。なんとか伝えようと、You Tubeに投稿してる人もいたけど、それはまた作為を感じてどうも・・・。

 それでもご参考までに・・・http://shop.pia.co.jp/sp/sabuda/

 工作好きの子供たちも大喜び!!

 仕掛け仕掛けのオンパレード。どこをいじっても期待以上の動きを見せてくれる。

 本当に素晴らしい!!!

 厚さ5cmほどの本から飛び出す迫力の世界。

 絵本をめくってその素晴らしさに感動し、涙をうっすら浮かべた私にとって、とどめの一撃は・・・

 友達夫婦からのクリスマスカード(家族写真)でした。

 ダンナさんOちゃん(大学の同級生)&奥さんYちゃん(Oちゃんの結婚式で初めてお会いし意気投合!以来10年来のお友達)そして、息子くんのJくん。真ん中には、白いおひげのサンタのおじいさん。みんな、いい笑顔☆

 いかにも!という感じの白人のサンタクロースのおじいさんを見て、「ああ、OちゃんYちゃん家族は、本当にアメリカにいるんだなあ」としみじみ思った(涙・涙)。

       

 OちゃんYちゃんとは、6月、7年ぶりに再会した。グリーンカード取得のための準備で一時帰国していたのだ(今はグリーンカード所有者)。ミラクルともいえるような機会に、ぜひともと思って会い、一緒に名古屋城に出かけたり、カフェで長々とお茶をしたりした。お互い久しぶりなのに、全く親戚みたいだった。私は小説の第一稿を書き上げた直後で、手が腱鞘炎になって熱を持っていた。空と緑が美しかった名古屋城・・・あれからもう半年だなんて信じられない。

 私たちは、お互いの喜びも苦しみも、本当に近い気持ちで泣き合える。

 お互いの絆が、「今」だけじゃなく、次の世代へもつながっていって欲しい。

 大きくなった子供たちがJくんにお世話になることもあるかもしれない。

 その時、「あの素晴らしい絵本」の思い出を、一緒に共有できたらいいな。

         

 OちゃんYちゃん、本当にありがとう☆☆☆

 ファミリーの幸せを心から祈っています。

            

           

     

 

                  

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2007.12.11

22 男友達

         
 性格が男っぽいことと、男の多い大学に行ったせいか、男友達が多い。
 男のなかで「マドンナ的な扱い」を受けるのではなく、男のなかで、ふつーに「どつかれる」キャラだ。

 数多くの男友達のなかで、久しぶりに会っても、すぐ家族のように打ち解けられる相手がいる。スペシャルというより、特殊な(おかしな)関係。
 その友達の前では、「おなら」だってできそう。そういう相手が、少なく見積もっても3人はいる。
 みんな、それぞれの場所で、かっこよく、かわいく、がんばっている。
 そのうちのひとりから来た、酔っ払いメール・・・


     お母ちゃん

     まだ本読んでないけど
     明日、明後日
     東京へ行くので
     本屋へ立ち寄ってみます。

     生きてるっていいな!
     会いたいな。
     たまには飲み明かしたいな。
     と思った。

     少し酔ったおじちゃんでした!

     がんばれ!母ちゃん!

 
 たった、これだけだけど、涙が出そうだった。

 私は、東京で、刺激的な仲間と出会い、地元に戻ることを選んだけど、
 正直、退屈に思うことも、くさくさすることも多々ある。
 家族が元気で、小説も出て、幸せだけど、モヤモヤは晴れずにいる。
 自分で自分を持て余すのは幼い頃から常だけど、
 なんなんだ、私? 『求めない』が売れるわけだ(買おうと思う)。
・・・なーんて時に届いた、このメールが、心の底を温めてくれた。

 みんな生きてる。
 生きてるって、温かいな。

               


                   

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2007.12.01

19 がたがた言うな、走ってみろ

        
 占い上、私にとっての厄月、10月11月を抜けて、今日は快晴の12月1日!!

 朝一番、宅急便が届いた。

 大学時代の先輩からの贈り物。

 銀座のチョッコレイト!と、切り絵が美しい、クリスマスカラーのメッセージカード。

 なかには、「出版おめでとう」の言葉と、先輩の感想。。。

 18の頃からの私や、私の家族を知ってくれている先輩から、心のこもった言葉の数々。

 そのなかにあった、イギリスの元F1レーサー・マンセル氏が、うるさいマスコミ陣に向かって吐いたという言葉。
 
 「がたがた言うな、走ってみろ」

 この言葉を引用してくれた先輩に、大きな大きな愛を感じます。


 今回の出版では、多くの人の愛に支えられている。

 とりわけ、すべてを超越したかのように見守ってくれている女友達の懐の深さに感謝。
 やっぱり女は強いし、大きい。

 私には、スーパースペシャル、ブリリアント、マーヴェラス、ファンタスティックな友達がいてくれる。
 本当に心強い。

 今すぐ抱きつきたい先輩に感謝して、チョコレートを子供に隠れてこっそり一粒いただいた。

 涙が出そう。。。


 今、すでに次の作品に取り掛かっています。
 すでに、というより、プロの作家のひとたちは、常に複数の作品を平行して書いているんだろうけど。

 書くことは本当にたいへんな作業で、大げさに言えば、血反吐を吐くようなところがある。
 それでも、次に進みたい、新しい世界を描いてみたい、と思う自分の底力がうれしかったりする。


 しかし、今は子供が第一。
 家庭のことを心配してくれる男友達(女友達は私の根本を信じてくれてるのかな?)もいるけど、大丈夫。

 私は、私の足元がいちばん大切だし、
 日常や生活を大切にすることで見えてくる世界を書きたい。

 LoveやLife以上に大切なものはない。

 迷いのない、根っこがあるから羽ばたける。
 だからこそ、自由になれる。


 がたがた言うな、走ってみろ。


        
☆今日12月2日の産経新聞の書評面・著者インタビューに載っています。
 近くで買えないのでまだ見てないけど、千葉にいる妹の写メールで見ました。
 写真が、ああ写真が・・・。ふだんの自分とは違う顔なので、なんとも複雑な気持ち。
 しかししかし、膨大な本のなかから取り上げて大きく載せてくださって、たいへんありがたいです。

         

               
 


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2007.11.17

13 極上の夜☆

 
 俗っぽいタイトルですみません。
 でも、ほんとにそう思ったんだよ。


 友達のダンナさんが海外出張でお留守のため、友達のおうちに、親子で泊まりに行った。
 子供同士も仲良しのおうちで、前々から私にとっての聖地(って言うと大げさだけど、本当に心地よいおうち&家族)。

 興奮状態の子供4人をなんとか寝かしつけた10時過ぎ。
 お風呂から上がってリビングのテーブルを見ると、ワイングラスと牛肉のたたきとチーズが置いてあった。
 このセッティングだけで、もうテンション上がりまくり!!

 子供を持つ前は、毎晩夫婦でワインを飲んでいた。バカラやティファニーのワイングラスだって時には登場した。
 それが・・・。
 酒は飲んでも、ワイングラスからはほど遠い生活に突入。
 外で飲むにしても、子守りを夫に任せてでは、気が引けるのが実情。

 誰に気兼ねすることもなく、ワインをワイングラスで飲めるなんて!!!

 友達も私も、ボジョレー・ヌーヴォーをバカにしてしまうタイプなのだが、それでも、時節柄、友達がボジョレーを三本用意してくれていた。私はチーズを三種類持っていった。
 試しに開けてみた、ドンペリ似のラベル付の一本が大当たりだった!
 今までボジョレーで当たったことなどなかったのに(バカにしてるくせに、毎年、契約農家のワインなどと言われるとついつい買ってしまっていた私)、まるで熟成されたかのような深い味わい。
 
 あー、赤ワインがうまい!なんて何年ぶりだろう。

 じゃんじゃん飲んで、食べて、話して、幸せな時間だった。

 途中から、共通の20代のお友達も参入。
 彼女は車なので、ぶどうジュースで乾杯(気分だけ同じ色)。

 それから2時過ぎまで、みごっとに、子供の話はしなかったね。
 恋愛やらセックスやら、時事ネタやら、サインをどうするか?の話(笑)。

 やっぱり少し無理してでも、こういうリラックスの時間は大切にしたい。


 翌日、子供は起きても、かーちゃん二人はギリッギリまで寝倒す!!

 それでもしゃーなく起きて、朝食をいただく。
 食後、私の息子に友達が薬を飲ませてくれて、その間にうんちに行った友達の息子くんのおしりを拭く。

 こういう関係っていいな。 って、あらためて感謝した。

 Mちゃん、極上の夜をありがとう!!


      
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 小説の感想をくださった方々、ありがとうございます。
 女友達からは続々と感想が届き、男友達は沈黙・・・(笑)。
 落ち込みを披露して心配をおかけしたかもしれないけど、今は立ち直っているので、どんな感想でもウエルカムです。あ、やっぱり、お手やわらかにお願いします♪

 前回の最後に書いて、UP後に変更がありましたが、産経新聞の掲載は25日の予定です。
 中日の文化面にも本のレビューが載ります(いつかは未定です)。
 引き続き、よろしくお願いいたします。

            


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2007.10.28

3 相似形の母

          
 友達が大安の日に、出産のお祝い返しを届けに来てくれた。
 妹ちゃんも一緒。

 なんとこの姉妹、同じ日に赤ちゃんを産んだのだ。
 お姉ちゃんは三人目。
 妹ちゃんは二人目。
 それも、同じ病院で、1時間も違わない間に、同じ3600g台で!!
 お姉ちゃんのほうは男の子、妹ちゃんのほうは女の子。
 予定日が一日違いだったので、よもや、とは思いつつ、まさかそこまで重なるとは!!!

 この友達(Nちゃん)は、保育園から中学校までずっと一緒だった大親友。
 私の育った学区はたまたま保育園、小学校、中学校と、他校と合流せずに進学する。
 ベビーブームの当時で1学年75名程度。2クラスで12年間ベッタリ過ごすので、友達はみんなきょうだいのようになる。○○ちゃんちのおばあちゃんの名前も、△△くんちの犬の名前も知っているような仲。
 わいわい楽しみながらも、井の中の蛙具合がイヤで、早く飛び出したかったけれど、大人になった今でも会えばすぐきょうだいや親戚のように打ち解けられる関係というのは貴重で、ありがたい幼少期を過ごせたと思っている。
 そんな関係のなかでも、自分にとって、初めて「親友」と呼べたような間柄のNちゃん。

 Nちゃんには、小学校2年生の女の子と年長さんの女の子(うちの長男と同じ年)がいる。Nちゃんは仕事もしているし、もう二人でおしまいと言っていたのに、田舎ではまだまだ跡取りに男の子を求める声も根強くあり(Nちゃん自身、三姉妹で育ってダンナさんには養子さんに入ってもらっている)、一念発起し、三人目を考えるようになった。そして、自然に授かり生まれた赤ちゃんは待望の男の子!!Nちゃんの男気とも思えるような女っぷり(それはNちゃんだけの思いではなくてダンナさんや周囲を思いやっての決断)に、私は感動してしまった。

 8月、臨月の大きいおなかをしているNちゃんに会いに行くと、里帰りしてきた妹のTちゃんも、同じように大きなおなかをしていた。NちゃんとTちゃんは昔からそっくりで、そっくりな二人(大人になったので変化してはいるけど)が同じように大きなおなかをしている姿には笑った。
 そして、その1ヶ月後、無事に出産した二人プラス赤ちゃんに会いに行くと、おなかがおもしろいほどへこんだ(平らになった)二人が、それぞれの赤ん坊の世話を焼いていた。

 たまたまスペイン映画の『オール・アバウト・マイ・マザー』を観て、「女って、母ってすごい!!」と改めて思っていた時だったので、少し前までは大きなおなかだった姉妹が、それぞれの赤ん坊を抱えている姿を目の前にして、まるで映画のなかにいるような気持ちになった。やっぱり女ってスゲエ!!


 お祝いを届けに来てくれた姉妹に、我が家で少し休憩してもらう(あちこち配って、我が家が最後)。
 車に乗って帰る前に、二人がそれぞれ赤ちゃんにおっぱいを飲ませ始めた。
 少し離れた二人が向き合った状態で、腕に抱えた我が子にそっと乳を与える姿は、
まるで合わせ鏡のようだった。
 左側にお姉ちゃん、右側に妹ちゃん。

 なんだか拝みたくなるような美しい母の光景。

 二人がそっくりな顔で小学校の体操服を着て立っていた姿がよみがえる。

 おめでとう、Nちゃん。おめでとうTちゃん。

           

           

           

        

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