友達

2011.08.30

 同級生の活躍

 facebook掲載分より・・・

 

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 夜で暗いけど、久也(fromシンガポール)だよ!!(@なぜか蒲郡)
 10年ぶりに会ったけど、驚くほど全っ然変わってなかった。頭もハゲてないし、キックボクシングで鍛えたらしく、太ってない。

 17時前に待ち合わせ、お互い全く知らない蒲郡駅近くの居酒屋に入り、限られた時間内で話したいことだらけ。話題はあっちこっち飛んだ。

 「オレ、○○やねん(事情により編集:笑)」で始まった会話は、私:「あなた、変わってないし、ちゃんと成長してるね」 久也:「な、オレ、思慮深くなっただろう」(お互い爆笑!!)でお開き。
 その間になされた会話で印象的だったのは、日本経済のヤバさと、世界で信用されていない日本の政治。象徴的な言葉は、「地に堕ちた赤いパスポート」。

 東大出て、数々の会社を渡り歩き、起業して今シンガポールにいる彼が、社長らしく的確な言葉で「主婦でもわかる経済学」を説明してくれて、常に先を見ている彼が、日本を捨ててなくてうれしかった。「オレたちの世代にできること」を真剣に考えていた。

 彼の魅力は、私の想像を超えていること。初めて出会った高校一年生の時からそうだった。そして久々に会った彼は、変わらず想像を超えていて、頼もしかった。

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 『世界一のあきらめない心』 江橋よしのり 8月31日発売

 友達の本が出るそうです。なでしこ長者とかバブルとか言われてるけど(笑)、大学時代の彼、就職活動の頃の彼、その後のお互いプータローの時期、私の小説がたまたま賞に残った時に「作家」とか「書くこと」について語ったことなど、断片的に思い出され、感慨深いです。色んな形で「表現すること」をあきらめない仲間がいる。エバちゃん、おめでとう!!

  http://sgk.me/qM2779

 

 

 

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2011.06.27

 魔女と早稲女

 赤ちゃんのいた三泊が過ぎ、静かになった夜。久々に会った友達との時間は、思いのほかあっという間だった。離れていても、目に留まるキーワードが同じで、驚くほど心や温度が近かった。私はまるで異性の好きな人を見るかのように、彼女の表情や話し方を愛し、彼女との語らいをずっとずっと楽しんだ。

                        ☆

 最初にびっくりしたのは、私が「見て、これ」と示した、ペットボトル入りの白濁した液体について友達がすぐに、「あ、乳酸菌でしょ。私も作った!」と言ったこと。何が何やら?の人も多いと思うけれど、私は木下ブログのコメント欄で最初に知った放射能を除去するという液体。「放射能 乳酸菌」で検索すれば出てくると思います(私はまだ成功していません)。

 その後、洗濯の時には同じ洗濯用洗剤(arau)を使っていることも判明。ふと出た話にすべて同じ温度でついていける。育児も料理も自然療法も、はまり過ぎず、いいところを自分の判断で選び取って・・・。3泊4日の間に出てきたキーワードの中で象徴的だったのは、文化人類学者の船曳健夫さんの整った顔立ちについて話し合えたこと(笑)

 3日目に伊良湖方面に一緒に行き、実家の両親と結婚式以来の対面を果たしてもらい、両親も、大好きな友達(しかも子連れ)との再会を楽しんだ。友達のことを心から歓迎している両親を見て、我が親ながら「ほんとにいい人たちだよなあ」と思ったり、両親の描いた絵を「うわあ」としゃがみ込んで見てくれる友達の姿を見て、この子の感性、本当に好き!と涙が出そうになった。

 11年前、一緒に泊まった伊良湖ビューホテルへ向かう道で、彼女が「まーちゃんの実家、本当にいいところだよね」としみじみ言ってくれて、大学時代、彼女の研究によって、自分の田舎の良さを再認識したことを思い出していた。

 

                         ☆

 東京に出たばかりの頃、東京の夜が明るいことに驚いた。

 夜道でも楽々歩ける。

 私のふるさとでは、夜は本当の闇だった。

 前後左右が確認できないような闇も経験した。

 当時、沖縄の妖怪について研究していた友達は、「闇が闇であることの大切さ」について訴えていた。アニミズムについても。

 私たちのゼミは「社会発展論」と言い、「物質文明がもたらした悪」だとか「本当の豊かさとは何か」について、みんなで議論した。

 皮肉にも、まったく、今の日本の現状と重なる(そんなものは、ずっと重なり続けていたわけだけど)。

                         ☆

 

 タイトルの「魔女」は、友達が、おうちのお寺(ダンナさんがお坊さん)で行われたイベントで、龍村ゆかりさん(『地球交響曲』のプロデューサー、監督の奥さん)や佐藤初女さん(『地球交響曲第二番』に登場したおばあちゃん。おむすびで有名な・・・ふきのとうの天ぷらや宝石のような梅干しも思い出される)や映画『13人のおばあちゃん』 http://motherspirit.org/grandmother/movie.html に出たブラジルのおばあちゃんたちに会った時の印象について、「魔女大会だった!」と言ったことに由来。

 そのニュアンス、わかり過ぎるほどわかる!!

 「初女さんの米を研ぐ時の手つきが魔女なの!」と、うっとりと語る彼女。私もこのブログで、『西の魔女が死んだ』について書いたり、友達の家の魔女みたいなグレートマザーについて触れたり、自分自身について「魔女修行」と書いたりしたけど、要するにそういうことなんだなあと思う。

 「生活のため」「子育てのため」「生きていくため」の知恵や家事の技術など熟練し、達人となった女性はまるで「魔女」や「魔法使い」のよう。魔法と言えば、産婆さんの技術だって魔法だと思う。

 前回分でも触れたけど、大学生の頃、彼女と私をつないだ『地球交響曲』という映画に直に関わっていたような大人たちと今、直接の交流を持っていることを光栄に思う。つながりを深めているのは、「新しい命」という共感。

                          ☆

 友達と過ごした三泊四日は本当に実り多いものだった。

 会わない間、お互いにたいへんな時期もあったけれど、それらを乗り越えて、生活においてキャッチする情報やものごとが驚くほど共通していた。

 彼女との井戸端会議を内なる井戸端会議にとどめてはいけないな、と思った。

 これまでにも、女たちは、大切なことを井戸端会議で話し合ってきたのに、残念なのは、それを外(男たちの社会)へ届けようとしなかったことだと思う。

 私は、原発推進!と声高に訴える女の人を周囲で見たことがない。原発の問題はてこでも動かないほどのお金や利権だとかが絡んでいる話らしいけど、それらを進めているのは男たちだ。

 残念だけど、原発の問題は、男対女のたたかいのように感じてしまう(私の周囲の男性は、原発について父性とも母性とも受け取れる取り組みをしていたり、紳士的なコメントをくれる。ならばいったいどこの男たちがおかしなことゴリ押ししてるの?)。

 滞在中、友達が、1歳の息子くんを甲斐甲斐しく世話していて、かつて、赤ちゃん期だった子供に全身全霊を捧げていた自分を思い出した。

 赤ちゃんの世話ってこれほどまでたいへんなことだったんだなあと驚いた。

 その労力を体験として知れば(ただでさえ命を生き延びさせることがたいへんだということを知れば)、伸びゆく命の邪魔になるようなモノは排除するのが当たり前なのに。

 私はここで、まだものごとを考えているに過ぎないけれど、なんとか実行に移していけないかな、と思っている。心配は尽きないけれど、現状から子供を守りながら、次なるステップへ、未来へ向けて・・・。

 同じタイミングで、Facebookでは、別の早稲田時代の友達(5歳の娘ちゃんがいるワーキングマザー)が、会社の中から見た「男社会」について綴っていた。それを読んで、「そうか、男社会の中からでしか変えられないこともあるんだろうな」と思った(「今や企業活動のテーマは、競争ではなく共生ではないでしょうか?」と書いていて、大いにうなずいた)。

 各々が各々の立場で、よりよい未来のためにがんばりたい。

                         ☆

 私たちは早稲田の杜で出会った、いわゆる早稲女(ワセジョ)だ。

 「ワセジョ」って、昔から気が強いとか可愛くないとか言われてきたけれど、実際には、才色兼備が多く、文句なしに美しい子、頭のいい子、魅力的な子がいっぱいいた。

 今こそ、ワセ女みたいな女たちが行動するべき時なんじゃないかな、と妙に熱い気持ちになる。

 昔の女たちが井戸端会議レベルから脱せられなかったとしたら、私たちは子を守るためにも井戸端会議から飛び出して、社会に向けて発言していきたいと思う。

                         ☆

 一時疎開という名目で久々に会った友達と、バカ話にいっぱい笑い、真面目な話を熱く語り、震えるような感性を共有し合って涙を流した。本当に素晴らしい時間だった。今後のためのエネルギーとなった。

 今の埼玉は不安もあるだろうけれど、友達にはぜひとも今後も、ダンナさんとのお寺を地域の人々が集い学び和む、発信拠点にしていただきたい。

                          ☆

 大好きな大好きなちゃこ様

 ジュニア魔女のささやかなサミットだったね。

 この時期に会えて本当によかった。

 お互い、生きものとしての自然を大切に、それぞれの地で、がんばろう。

 子供たちは毎日、くーちゃんの物真似して「ピッ」とか「これ?」って言ってます(笑)

                    ☆思い出写真☆

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            海へのピクニックに鮭と梅干しのおにぎりを持って行き、

             途中立ち寄った実家で母がひょいと詰めてくれた

           おかず(新じゃがの粉ふきいも・漬けたばかりのらっきょう・

          とったばかりのきゅうり・ひじき・キムチ すべての食材に力有り)

 

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            パン作りの達人のちゃこに、簡単にできるパンを教わる!

        

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        子供たちにやさしく教えてくれるちゃこ。アジアの街角の風景っぽい。

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              見よ!達人(じゅうぶん魔女)の手の早ワザ。

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           イースト(発酵)なしで、じゅうぶんふくらんだパン!

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           お別れの日のランチ。夫作のオクラのインドカレー・

           鰯の酢漬け・漬けたばかりの私作のらっきょう&ピクルス

           

                     また来てね!

          

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2011.06.24

 夏至の日のできごと

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 夏至の日に、映画『夏至』を教えてくれた人と会った。旅の前に豊橋に寄ってくれた。

 時間差で豊橋に到着した大学時代の友を「夏至の人」に引き合わせた。

 その友は20年近く前、私に映画『地球交響曲』を教えてくれた。

 いちばん最初の『地球交響曲』のパンフレットには、「夏至の人」が書いた解説文が載っている。

 彼と彼女が話す様を見て、私はとてもうれしかった。

 大好きな人+大好きな人 meet in 豊橋!

 仏教、ネパール、文化人類学と、私からしたらアカデミックな話が続き、友達が一時疎開の地として考えているトルコについて尋ねたら、夏至の人は「トルコは100回以上行ってるよ。アフリカへのトランジットもたいていトルコだから」と言った。

 そのスケール感に笑ってしまう。

 原発事故がなかったら、やってこなかったタイミングの友達。たまたまの流れで、前々から会わせたかった二人をつなぐことができて、うれしかった。

 私がガイガーカウンターを注文したと伝えたら、二人に「豊橋でなんでそんなものがいるんだよ!」と爆笑された。二人の危機感は私以上だし、私の危機感も理解している上でのその反応。

 「ミーハーだなあ!」と笑い飛ばしてくれて、張り詰めていた心がすっと和んだ。

 三人で笑いながら話している間、友達の赤ちゃんは、すやすや眠っていた。

                         ☆

 1歳の赤ちゃんを見ていると、本当に宝物だなあと思う。

 宝物のような友達が、宝物のような赤ちゃんを連れてやってきた。

 子どもたちを守ることを基盤に考えたら、世の中もっとやさしくなれるはずなのに。

 友達は出会った頃の友達のまんま、お母さんをしていた。

 何の違和感もない。生きものらしい彼女が生きものらしく育児している。

 セットの母子が美しくて、いとおしくて、いつまでも眺めていたくなった。

 久々に会う友達との3泊、長く感じるかと思ったら、そんなこと全然なくて、話しても話しても話が尽きない。おもしろ過ぎる!!

 この危機にたくましく生きてる彼女がうれしかった。

                          ☆

 疎開先に考えているトルコも、沖縄も、彼女のかねてからの人脈による。

 沖縄で助けてくれる映画監督さんは、彼女たちの披露宴で印象的なスピーチをした人だった。

 私も彼女を助けたいと思ったし、そんな風に、彼女がご縁に守られ支えられている様子を知り、友として誇らしくもあった。

 大好きな友達の話はまだつづく。

           

               

  

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2011.06.05

 お好み焼き壮行会

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 きよみちゃん(http://bit.ly/jD3UWr)が、もうすぐバンクーバーへ旅立つので、壮行会を彼女のご実家のお好み焼き屋さんで行った。写真は宴の後のお庭の風景と先輩セレクト&作成のjazzCD(すごく手がかかってる!レコード音源からだったり、ジャケット写真を一枚40分かけてスキャンしてくれたり・・・)

   ☆花林 http://g.chaoo.jp/shop/karin/

         http://bit.ly/ldLzhB

 まず、お好み焼きを始めとするお料理、とっても美味しかった!!友達の実家ということを抜きにしても、本当にどれもこれも美味しかったし、お料理にも、お店にも、ポップにも温かい心づかいが感じられて、とても良かった。近所に欲しいなあというお店です。

 きよみちゃんのお母さんは噂以上の美女だったし、お兄さんもかっこよかった。

 早稲田の先輩4人と私&きよみちゃんで、話題は相変わらず色々だったけれど(ある先輩の同じ話の同じフレーズを23回くらい聞いたり、その他、「バンクーバー→きれい→ガス灯・・・の流れは暗記できるくらいだったわ♪)、なんと言っても私にとっては、別れ際が印象的だった。

 きよみちゃんへのはなむけ的贈り物は前々から決めていて、本になる前の(なるかどうかわからない)原稿を渡そうと思っていた。

 3月まで書いていた『人間の存続』という長編(原稿用紙で400枚くらい)と、『乳』という短編(40枚くらい)。今まで編集者しか読んでいないものをケースに入れてラッピングして・・・。

 それを渡したら、きよみちゃんが泣いてくれた。

 それを見て、私も涙・・・。今でも思い出すと泣けてくる。

 

 『赤土に咲くダリア』を出したばかりの高揚と不安の時、ふと発見したきよみちゃんのブログに励まされた。こんな若くて可愛い子が読んでくれたんだ!共感してくれたんだ!ってうれしかった。

 彼女の涙に、本を介して支えてもらっていたのは私の方なんだ、ということを改めて感じた。

 きよみちゃんとハグして別れ、先輩の車に乗り込んでからも、涙が止まらなかった。自分でもびっくりするくらい・・・。

 本が出てから昨日までの3年半の間に、彼女はダンナさんの闘病と死を経験した(喪主も)。私は、書いていた小説と同じ病気になり、入院。それなりに長い間、不安の中にあった(今やその時の主治医が近所で開業)。

 二人とも、死とか運命というものについて、深く感じ、考えざるを得なかった。

 

 きよみちゃんとネットで出会ってからこれまでの間にあった色々なこと。

 初めて会った同じ週に先輩たちとの飲みにお連れし、昨日で私は会うのが4回目。先輩たちは3回目。だけどみんな、昔から知ってるみたいな和みの時間(少し距離のある彼女の実家にみんなで行くというシチュエーションもおもしろかった)。

 外国へ旅立つ彼女のこれから・・・

 私たちの車を見送って、いつまでも手を振ってくれるきよみちゃんの姿が小さくなっていき・・・・・・見えなくなった後、ずっとずっと泣いていた。

 可愛くて可憐で、人懐こくて頭の回転速くて、楽しくて頼もしくて、だけど存在そのものに生きる刹那を感じさせてくれるきよみちゃん。丸ごと守りたい気持ちになる。

 きよみちゃんの未来に幸多かりしことを、心から祈っています。

 

               (小声で)彼女が書いてくれたブログ♪ http://amba.to/iUtyDT

           

               

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2011.04.12

 週刊プレイボーイ (その後追記)

 『週刊プレイボーイ』で、桑嶋くんが石田紗英子さんのグラビア撮ったそうです。

 「写真良いよ!何故なら俺が撮ったから!」らしいので、よかったら是非☆

 http://wpb.shueisha.co.jp/2011/04/11/3868/

 昨日はたまたま奥さんの方と電話で話しました。

 大竹くんhttp://www.moostudio.jp/cgi-bin/koji_otake/index.aspの家で4年前に再会して以来、むしろ奥さんと仲良くしてる!

 (その後追記)

 石田さんのツイートより

 <週刊プレイボーイで撮ってもらった桑嶋さん。構成からポーズまで、一生懸命考えてくださいました。初めてのグラビアだったけど、桑嶋さんのおかげで緊張もほぐれて、桑嶋さんだったからあんな風に笑えたんだと思います。本当に感謝しています。>

 笑っちゃった!!

 何気なく書いた私のツイートも石田さん本人がRTしていた。

 <RT @ 『週刊プレイボーイ』で、桑嶋くん(高校の同級生の写真家)が石田紗英子さんのグラビア撮ったそうです。色々撮ってる人だけど、今回鼻息荒く宣伝してきたのでここでも・・・>

  さらには、大竹くんの分も・・・

 <RT @ 同級生の桑嶋維氏が雑誌プレイボーイで石田紗英子さんをの撮影を担当。彼の作り出す写真は人間味が溢れていていいですよ。>

 ツイッターってすごいと同時に、ほとんど丸裸なので気をつけなくちゃと思うわ~

 なんにせよ、良き友に感謝しろ、くわっぴ!!

             

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2011.03.24

 つながる

 あー、小説だ、春休みだ、で忙しいのに、おもしろいことが起こってる~~

 桑嶋くんを介し、1年前書いた、矢崎監督の甥っ子さん(@山梨)とつながりそう。

 http://hihararara.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/httpwwwcinemaca.html

 しかも、ここに書いたロンドンの友達と、その甥っ子さんだってつながってしまう時代。

 facebook、震災、色んなことから、同世代パワーを感じてる。

 動き出す、今!

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 3年3組最後の長男は今日、半袖半ズボンで出かけた。

 いくらなんでも寒いだろっと思い、上着を着せようとしても、

 「いいじゃん、最後くらい、笑い者になって終わりたい!!」

 と言い張って聞かなかった。

 痛みよりも芸人根性を優先させてしまうのは、これまた母と同じ。

 果たして彼は、お別れも、半袖も、ケロッとして帰って来た。

 子供って強いなあ。

 ☆先生(若い女の先生)に感謝のお手紙をひそかに渡していたことが判明し、やるなあと思った。そういうところもスゲー似てる!対先生ってより、ラブレターチックなところがね♪

 

          

                  

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2011.03.21

 謝恩会その後。

     
 謝恩会、少し赤字が出て、その分を私と幹事友達とでコッソリ負担した(書いてるからコッソリじゃないけど・・・そもそも色んな事情で会費700円に抑えたので、精一杯だったし、よくやったと思う~)。

 友達の方が多くかぶっているので、私はその分も負担したかったけど、最終的に聞いたら彼女は、「その分、どこかで地震の募金にして」と言ってくれた。
 
 感動して涙出そうだった。
 
 常々、「いい女」と思ってる友達だけど、ますます&やっぱり「いい女」と思った。


 <謝恩会 自粛>

 の検索で来る方へ。

 地域にもよると思いますが、実施して私たちはよかったです。ホテルのパーティー会場で盛大にやる園もあるけど、うちはもともと幼稚園のホールを使って手づくりで行う小さな規模だったので・・・。

 謝恩会の費用を、義援金として被災地へ送っている園もありますが、私は、ただでさえ、卒業でさみしい思いをし、さらに今回の地震で少なからず悲しみを受け、不安定な思いをしている子供たちが、少しでも楽しみ、和める時間になるのなら、いいなあと思います。
 
 そのうえで、この地震のことは大人も子供も忘れられないできごと、復興に協力すべきできごとなので、幼稚園や保育園での思い出を胸に、大きくなった時に、社会のために愛を注げる人になってくれたら、と思います。


<謝辞 被災地> <謝辞 例文 地震>

 等の検索でいらした方へ。

 私は、地震前に文章を書いてあり、今回、地震のことをその場で盛り込むか迷ったけれど、結局は具体的に地震に関する言葉は入れませんでした。
 アドリブのスピーチだったら言っていたと思うけど。

 言霊というのは大きいし、私は、地震のことを敢えて言わなくとも、みなさんの心や念頭には当然あるので、あらかじめ用意していた言葉を伝えることによって、各々が地震と関連して、自分たちの今や未来に思いを馳せてくれたらいいなあと思いました。

 以上、僭越ながら、同じ体験をした者の感想として、お伝えします。


 明日は、がんばったメンバーで、「おつかれ様会」をします♪ 最後の最後で思い出が増えました。


           


            
                   

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2011.03.06

 どストライク

 火曜にきよみちゃんと初めて会い、土曜には、競走部の面々との飲み会にお呼びし、一緒に飲んで歌った。

 我ながら、この勢いと流れに驚くし感動するし、笑う。

 怒涛の流れってあるし、縁ってのも本当にある。

 私はそういう目に見えないものは貪欲にキャッチする。

 きよみちゃんとは、会って2回目とは思えないほど、絶妙に合う。本当に可愛いし、リアクションが最高☆

 これまで、レイチン、ようちゃん、きよみちゃんと、私が人生で出会った女友達の中でも、特筆すべき美女たちを飲み会にお連れしたけど、今回も、どストライクだった。

 オッサンたち、私の功績を褒めて欲しい(笑)。

 しかし、我ながら、人が喜ぶ顔が見たいんだよな。

 何年か前、尊敬する学者さんに、「キミは人と人をつなぐ役目をするからね」と言われ、改めて「そうか~」と納得したけど、この人とこの人を会わせたら絶対双方喜ぶだろうな、というものには、尽力したくなる。

 今回も、最高におもしろい飲み会だった。焼肉→スナック。

 途中、○さんが、☆さんの演出で、トイレのドアから出てきて、バラくわえて足上げてトシちゃん歌った姿には寝転がって笑った。

 過去何度か、スナックでのおもしろいカラオケ名場面には遭遇してきてるけど(ゴールデン街「かぼちゃ」で、△氏の階段上がりながらの『フォルテシモ』とか。ねー、のぶちゃん♪)今回は、それを凌いだかも。あんな人、見たことない(笑)。

 あちこちのお店のママが、営業的ではなく本気で笑ったり、歌声に聞き入ってる姿を見ると、先輩たちを誇りに思う!

 足技?披露のきよみちゃんも、甘く澄んだ歌声も素晴らしかった。

 □さんのまっすぐな一言も沁みた。

 スナックでの帰り際、ママが私に掛けてくれた一声がすごくうれしかった。 

 いつの間にか私たちの話を聞いててくれて、その中から思いがけない声援を・・・。

 歌い踊る私を見てくれた上で、「あなたなら上手にできるわよ」ってのは、妙な説得力があったし、励みになったよ。思わずママの細い体を抱きしめちゃった。

 がんばるね、ママ! 

 

 その日の昼間、彼らは、公園を25㎞も走っていたのだった。

 しかも、昨日のブログで書いた、次男の卒業遠足の発着点となった公園だったので、私は、少し早めにお迎えに行き、走ってるオッサンたちと1周ご一緒した。ジーンズのまんまで。

 9月には、途中で断念せざるを得なかったランニングだったけど、今回は、なんと、話をしたまま一周回ることができた。うれしかったし、感激した。半年間、自分なりに少しずつ走っていたおかげだ。

 人生って、自分次第で変えていくことができるんだよなー・・・

 なんだか不思議で最高の土曜日だった。

 きよみちゃん、みなさん、ありがとうございました!!

 この日歌ったお歌・・・『閃光少女』『桃色吐息』『ダイアモンド』『天城越え』『Automatic』『六本木心中』・・・

 特に、きよみちゃんと一緒に歌った『ダイアモンド』は、今後二人が揃う時は毎回歌いたいくらいに気持ち良かった。林檎ちゃんはいざ歌うとすごく難しいんだけど、『本能』を歌いこなしたきよみちゃん、アッパレだった。『天城越え』は私にはまだ早いと恐縮だったけど、マイクのおかげで、うまく歌えた。『六本木心中』は、みんなで踊った。

 朝からお弁当を作り、公園で次男を見送り、大切なママ友たちと謝恩会の打ち合わせをしたのが、うそみたい。

 どっちも自分で、どっちも楽しい。どれも大切。

         

               

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2011.02.24

 ただひたすら快楽的に

 『あしたのジョー』について書いてあるんだけど、今日のできごと・・・。

 ピンポンや電話が重なる日ってありますよね? 今日は電話の日だった。

 ○シングルマザーから恋の相談。

 ○高校の同級生から選挙に関する話。

 ○桑嶋くんからFacebookその他の話。

 特に久々の桑嶋くんとの話はおもしろかった(奥さんとはよく話してるんだけど)。

 なんというか、お互いの毒の吐き具合が似てるので、「オレも悪いけど、おめーも悪いよなあ」って、失笑と爆笑を交えながらの会話。

 桑嶋くんは写真家で、最近は『H』の表紙で二宮くんと松ケン撮ってたり、ドラマ『悪党』http://akutou.asahi.co.jp/の交通広告(200種類のポスター)とか撮ってる。ちなみに彼について書いたブログはこちら http://bit.ly/gfnpu7

 

 例えばこんな話・・・

 私:「Hはケチなんだよ。コイツちっちぇーなあって思う時あるもん」

 桑:「ポルシェのミラー気にしてた話しておいたよ。(Hが1500万即金で買ったというポルシェを駐車場に入れる際、豪快な話しぶりに反して、ミラーが傷つくことを恐れていた姿がおかしかったので桑嶋くんに報告してあった。その他、Hに関しては、アタッシェケースネタや猿飼ってた話、真面目な銀行マン時代にフェイクファー着て行って注意されたとか、ネタがあり過ぎるのだけど・・・」

         (中略)

 私:「マンションって、この住所? 港区・・・・・○○タワー××××号室?」

 桑:「そうそう、だからHが海外行ってる間、そこの部屋の鍵をまーちゃんがもらって、東京の事務所にすりゃいいんだよ」

 私:「それにしても、Hのダンスの発表会の時の女たちひどかったよね?顔がひどいとかじゃなくて、『東大(男)狙おう』って空気がひどかった」

 桑:「あのサークル、業界ではすごいんだぜ」

 ☆Hとは、東大出て、メリルリンチとか渡り歩いて起業した男で、今、電通の顧問もやってるらしい。おそらく、同級生の中でいちばん稼いでいる。私はHのお母さんに「どうやったらああいう子が育つのか?」を真面目に聞きに行こうと思っている。いいも悪いも、突出した男。

 その他、例えば、

 私:「Eくんは今、ソニーミュージックエンターテインメントだよ。年末メールしたよ」

 桑:「Eって、あのメガネかけてた、背の高いE?」

 私:「そうだよ、真面目そうだった。でもね、10年以上前だけど美術の展覧会で大阪行った時来てくれて会ったけど、すっごい垢抜けててかっこよかったよ!」

 ☆Eくんとは、慶応出て、アーティスト担当してる。陸上部でも一緒だったけど、昔からチョー頭良かった。私の処女小説を、新人賞応募前に読んでもらった思い出もある。

 桑:「それにしてもOの家のクーラーは・・・(割愛)」

 ☆Oくんとは、東京藝大出て、バイオリニストしてる人。高校時代から異彩を放っていた。3年半前、桑嶋くんと15年ぶりに豊橋で再会した時に、Oくん不在のO家を会場とさせていただいた。

 つまらないと思っていた高校時代だったけど、こうして書くと、おもしろい同級生いるなあ(笑)。その他の爆弾話は内緒です。

 電話の終わり頃、私がしみじみと、「なんか気をつかわないねー」と話したら(何度も書くけど、高校時代の桑嶋くんは、ジュノンボーイの本選に出たくらいの美少年で俳優もちょっとやってたし、誰もが思わず緊張してしまうような相手だった)、「誰が、誰に?」と聞くので、「私が、桑嶋くんに」と言ったら、「キミは誰に対しても気をつかわないでしょう!」と笑われた。

 私、けっこう気をつかって生きてるんだけど、桑嶋くんにとっての印象がそうなら、それもいいか!と思った。

 電話は夕食の準備時で、長々話したい時は、子供が何をしようとしても「いいよ、いいよ、やって、やって」となってしまうんだけど(お母さんたち、経験ありますよね?)、この日は、次男が「実験」と称して、小麦粉とホットケーキミックスと水と砂糖を混ぜてこねこねしていた。長男は、途中まで準備してあった、唐揚げ用に鶏肉を切ってくれた。子供たちも桑嶋くん一家に会ってるので、好意的でもあった。

 電話を切って、天ぷらにしようと思っていたレンコンと人参を、次男のこねこねした衣を使って揚げた(笑)。茹で過ぎたブロッコリーも、長男が細かく切り過ぎた鶏肉も、次男の実験衣も、とっても美味しかった!

 上記、友達からの電話の合間にかかってきた妹に言われた言葉(誕生日事典より2月4日分)がよみがえる。

 「毎日をただひたすら快楽的に過ごすのもいいですが・・・」

 当たってる。特に最近当たってる!(笑)

     

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2011.02.11

 愛しい友達

 ちょっと自慢させていただくと、私は男友達も多いけど、女友達も多い。

 そこんところは、妹が褒めてくれる。「ふつう、男に好かれる女は女に嫌われたりするけど、アンタの場合は・・・」みたいな口調で(イエイ!)。

 誕生日の日、ニューヨークやサンディエゴやマドリードや、東京や金沢や山梨からメッセージをいただき、自分の来たし方を見る思いがした。みんな本当に本当に大切な友達。

 速達でバースデーカードも届いた。

 「いつもがんばってるあなた。」というメッセージ文を見て、そのカードをセレクトしてくれた友達の思いを感じ、泣けてきた。

 中身は、私を深く知る友達ならではの温かい言葉に満ちていた。

 

 一昨日は、ブログで誕生日を知って思わずプレゼントを同封して、お手紙を送ってくれた友達もいた。ありがとう!

 <ブログでみる まーちゃんの日々はとてもキラキラしてる> と書いてくれていた。

 彼女の紡ぐ言葉には、いつもいつも泣かされる。

 いやー、そんなことないんだよ。いつもヨロヨロハラハラナヨナヨダラダラしてるんだよ(笑)

 ネットって嫌なこともあるけど、こうして、リアルタイムのおもいを受け取ってもらえ、友達や読者さんとつながれるとしたら、うれしいです。

 自分が好きでやってることだけど、「励まされる」と言ってもらえると、意味があるのかな、とちょっとした使命感も芽生える。

 そんなわけで、個人的にお返事する前に、この場で広く伝えたいことを・・・。

 <全く夫ってのは 基本育児には役立たないよね>

 その通りだよ!!!

 別の友達からもお誕生日メールとともに、<なんだかさ、男と女は親になる=親として育つスピード感に差がありすぎるんだよね>と、いただきましたよ。

 ちなみに、お二人は、私の結婚式の日に、ビューホテルの同じ部屋で泊まっていただいた二人だよ!同時期に、お祝いお送りさせてもらったよ。なんだか不思議だね☆

 前回の『毎日かあさん』分にも、育児に奮闘している友達へのエールを込めましたが、過ぎた今思うことは、「わからん夫に期待してイライラしなきゃよかった」って感じかな。夫もよくやってくれたけど、基本、子供の求めることって男ってワカランのよね。

 そこんとこ、女がするもの、として、最初から受けとめてる人は立派だと思うし、しかし、そうじゃねえだろ、男のことも鍛えなきゃいかんだろ、とも思うし。本当の強さって何なのかわからんね。

 それから、私は子供が小さい時は、自分の領域が欲しくて欲しくて、小説を書いたり本を出したりしたけど、子供がある程度大きくなってきた今、再び、もっと子供に注がなくちゃいけないかなーという心境になっています。

 子供が大きくなったら自分の仕事にますます注げる、と思っていたのに、予想外だった。

 それはきっと、もう何年かしたら、子供はまったく自分の足で進んでいってしまうから、ここ数年を注がなかったら後悔するのかな?という感じ。と言って、何か特別に考えてるわけではないけど・・・。

 お互いの自立はもちろん大切だけど、育児をめいっぱいがんばりながらも、常に自分の領域を欲してしまってきたので、反省もあるのかな。。。代を譲るとか子供に注ぐって、匙加減が難しい。

 ともかく、このブログはあくまでも私の表層で、実際はいつも迷いの中にいます。

 というわけで、ちゃこちゃん、ここには書けないこと(一部では「裏ブログ」と呼ばれている:笑)、お手紙します!!

 私に負けず劣らず大喜びだった、裁縫男子の長男♪

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