映画・テレビ

2011.02.26

 『あしたのジョー』

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 映画 『あしたのジョー』 http://www.ashitano-joe.com/index.html

 『キャタピラー』を浜松まで観に行った友達と(・・・火曜日に観て書いたけどUPが遅れました)。

 私がこの映画に興味を持ったのは、何ヶ月か前にネットで見た、山下智久と伊勢谷友介の減量ぶりに驚いたからだった。「役のためにそこまでやるなんて!!」 その本気に打たれ、これは絶対観ようと思った。

 いざスクリーンで観て、その迫力に驚いた。

 美形の二人が完全にボクサーになり切っているんだから。

 ボクシングに詳しい人の感想も聞いてみたいけど、詳しくない私からしたら、ボクサーの動きと体をつくっていった二人の根性に感服。

 映画自体は、なんだか不思議な印象で、よかったとも悪かったとも言えない。原作やアニメを知っている友達は「あれ、こんな話だっけ?って感じ」と言っていた。

 激しいボクシング映画のはずなのに、山下くんも伊勢谷くんもどちらかと言えば「静」のイメージなので、全体的に静かな印象だった。丹下段平役の香川照之は相変わらずの怪演ぶりで、「動」としての役割をバッチリ果たしていた。

 香川さんはボクシングに超詳しいらしく、先週聴いたラジオで言っていたけど、この映画のボクシング部分のほとんど監修役として呼ばれたそう。段平の役を演じている時が休憩時間で、山下vs伊勢谷のボクシングの演技指導をメインにがんばったらしい。

 香川照之って、ホントおもしろい(笑)

 私は彼を見ると、フランスの俳優、ドニ・ラヴァンを思い出す。タイプは違うけど、二人とも怪優というイメージ。ドニ・ラヴァンについては、一時期レオス・カラックスの映画にハマっていたので、『汚れた血』や『ポンヌフの恋人』等で彼の演技を追っていた。その後2008年公開のオムニバス映画『TOKYO!』内の『メルド』で、久々にちんちんが見えちゃってもお構いなしに突進してくる演技を観て、その身の差し出し具合がすごいな、と思った。

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 振り切った演技が、私の中では香川さんとラヴァンさんは重なる(ちなみに、その『TOKYO!』では、ポン・ジュノ作品に香川さん出てる)。

 怪優ということで言えば、伊勢谷友介もすごい。

 今回の減量や筋骨隆々ぶりは、山下くんもすごいけど、伊勢谷氏の徹底ぶりは恐いくらい。CG隆盛の今の映画界で、肉体を使ってあそこまで表現したことに驚く。いやー、、減量ピークの計量の場面は、引くほどの痩せっぷり(筋肉をつけた上での過酷な減量)。あそこCGじゃないよな??そのくらいスゴイです。

 伊勢谷友介って、東京藝大出身ということで、デビューの頃から一目置いてしまっていたけど(美術の仕事をしていた時、美大志望者たちの藝大信仰は本当にすごかったので)、美形でストイックで熱くて、さらに独自のプロジェクトもしていて・・・なんか、完璧すぎて立ち入る隙がない(笑)。

 それにしても、香川さんも伊勢谷さんも『龍馬伝』の撮影とも重なってたのかな?と思うとますます凄いなあと思う。

 まさに男の映画。男が男なりの単純さや純粋さや気迫で、徹底的に役になり切った印象でした。女にはあそこまでできないだろうな(女が裸で勝負するとしたら、ストリッパーものとかになるのかな?と思ってみたり・・・でも、それでは意味合いが違ってくるし、単純に男女の比較はできないんだなーと思った)。

 裸や無様な姿をさらしていても、ジョーも力石も美しかった。その美しさには隙がなく、冷徹に見えるほどだったので、結果意外に強い印象が残らなかったのかな??(これだけ長く書いておいてなんだけど)

 監督は『ピンポン』の曽利文彦さん。『ピンポン』はかなりポップで楽しかったけど(窪塚くんもARATAも中村獅童もよかった)、

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『あしたのジョー』はトーンが違う。でも、劇画チックな演出はさすがだな、と思った。

  

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 <余談>

 一緒に行った友達とは、いつも映画とエロと人間観察の話をしてるんだけど、映画の前に話したことで、印象的だったこと。

 「サブカルの人が40過ぎて鬱病になるのは、お日様に当たらないから(by吉田豪)」

 「藤村さん(私のこと)が渥美から東京行って、色んな出会いが広がってっていうのは、愛嬌のおかげも大きいと思うよ」

 「今の時代、大切なのは愛嬌とコミュニケーション能力(男も女もね)」

 彼とは「美人」の話をよくするんだけど(外見と内面のギャップがもたらず美人の不幸的な話・・・)。私は美人じゃない分、愛嬌とコミュニケーション能力が磨かれ、結果世界を広げている、という分析だそうだ(当たってる)。

 ☆『あしたのジョー』については、たまたま読んでいた三浦しをんさんのブログにも、伊勢谷氏の肉体改造&名演について書かれていておもしろかったので、興味のある方はこちらです。

  http://blog.goo.ne.jp/below923/e/e9ba9beef09e2aa1753def5f44d96a25

         

 

                 

     

      

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2011.02.10

 毎日かあさん

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 行って来ました。映画『毎日かあさん』 http://www.kaasan-movie.jp/

 「やっぱり、毎日母さんしてる人たちが多いのかな?」と思いながら映画館に行くと、同年代よりも、シニア層が多かった。レディースデーなのにガラガラで(地元ってラッキーだけど、大丈夫かな?と思う)、シニア層が多いというのは毎度のことで、『SEX AND THE CITY』の時もそうだった。

 映画が始まる前に、こういう時よく報告する男友達にメール・・・

 <思ったより、「毎日ばあさん」率高し!>

 しかし、毎日ばあさんたちもきっと、育児を終えた人たちで、かつて「毎日かあさん」していた大先輩なんだよなあと、尊敬してみる。

 映画は、役者さんが演じているのに、まるで本当の家族の日常を切り取って見せてもらったような、不思議な気持ちに包まれた。

 元々好きなキョンキョンと永瀬さんの魅力が全開だった。

 可愛いキョンキョンとかっこいい永瀬さんではなくて、二人とも疲れた顔や、みっともない姿さらして、がんばっていた。

 元夫婦とかそういう見方よりも、二人ともいい役者さんだなあ、としみじみ思った。

 根底にあるヤンキー臭みたいなのも、すごくいい。

 メイキングで言ってたように、子供たちとの関係づくりに気を配ったそうで、全編わたって、本物の親子であり家族に見えた。それってすごいこと。互いに信頼し合う関係性がいい映画をつくっていた。

 ある家族の風景を見せてもらいながら(マンガでもずっと読んでるけど、西原さんの実体験は本当に壮絶)自分の家族にも思いを馳せる。

 よく書くことだけど、どうしたって時は過ぎ、子供は大きくなるのだから、日常のひとつひとつの表情や風景を、見逃しちゃいけないな、と強く思った。

 ネタバレになるので詳しくは書かないけど、エンドロールの感動は、『ニューシネマパラダイス』のラストを思い起こさせた(もちろん泣いた)。

 家族って愛しいな。

 人間って愛しいな。

 雰囲気的に、超大作とかそういうものではないので、スクリーンで見ることをお勧めします!という感じでもないけど、懸命に子育てしているお母さんたち、ご一見を!という映画です。

 空いてる映画館で、観客たちの笑いの沸点が低いことに、世代の違いを感じた。

 きっと、今育児まっただ中のお母さんたちは、例えば子供が泥だらけになるシーンや、おしっこ漏らすシーンなど、「わはは」と笑うよりは、「そうだよね~、ほんと、この後たいへんだよね」と思ってしまうんだけど、育児が過去のものになってるお母さんたちは「そうそう、こんなことあったよね」とひたすら楽しそうに笑っていた。

 私らにとって生活は、まだまだ生々しい(笑)

 映画など、行ってる余裕ないのもよくわかる。

 それにしても、『毎日かあさん』って、見事なタイトルだと思う。

 毎日新聞連載だから、「毎日」って付けたんだろうけど、確かに「かあさん」って、本当に毎日なんだよね。

 帰りにもらってきた、毎日新聞の号外チックな映画紹介より・・・

*****

 働いて、

 子供を育てて、

 あんたを見送って。

 わたしのやってることは、 

 世界中の全部の女が

 やってることで、

 毎日はそれだけで

 楽しいよ。

*****

 女は包容力なんだな、と思った。

 それはもう、精子と卵子とか性器の形状からも宿命づけられてるんだなと思ったよ。

    

               

             

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2011.02.01

 JR東海 X'mas Express

 

 YouTube見だすと時間泥棒されちゃうけど、コカ・コーラのCMからたどっていった、JR東海の、おなじみクリスマス・エクスプレスのCM。

 http://www.youtube.com/watch?v=ZGu7SGxNWyo

 みんな、この雰囲気にあおられてたよね~~(笑)

 深津絵里、牧瀬里穂は、私と同世代、青春ど真ん中。

 コメント熱く書いてる人たちもいるけど、この時代って、携帯もなく、「新幹線乗ったよ」とか「今着くよ」というメールが逐一入るでもなく、来るのか来ないのかわからない中で、恋人たちは待っていたんだよね。

 私は今、どうしても距離が縮まった関係になじめないところがある。

 例えばアメリカにいる大切な友達とでも、スカイプ使えば早いのに、なんだか抵抗持ってしまうところがある。

 会えない時間に育つものもあるような気がしたり、距離は距離として重く感じたいし、物理的な距離をひょいと越えてしまうと、気持ちの面が追いつかなかったりする(感受性の問題だけど)。

 だいぶ前、インターネット登場の頃、UAが、「こわくてネットはやってない」と言っていたのがすごく印象に残っている。

 とっても便利になったし、人との距離は縮まったし、私はメールやネットの恩恵にも人一倍授かってると思ってるけど、それでも、あの時代の、「会えるか会えないかわからないドキドキ」や、(CMに出てる)連絡が取れなくて家まで足を運んだり、親が出ることにドキドキしながら自宅へ電話したような、あの不自由さの中に夢がいっぱい転がっていたことを忘れたくないな、と思う。

*****

 って書いた夜、新幹線の中からうれしいメールが来たー。私たちは、今を生きてる!(と、あっという間に翻る)インターネットは確かに革命で、私たちの子供はインターネット後からしか知らないけど、前と後を知ってるのって、人生の味わいが増しますね。

          

                  

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2011.01.09

 気高いひと

 NHKの新しい大河ドラマ、『江 ~姫たちの戦国~』 http://www9.nhk.or.jp/go/

 初回の、豊川悦司、鈴木保奈美、岸谷五朗を見て、90年代のドラマを思い出した人も多かったと思う。

 保奈美ちゃんの復帰、私はうれしい。

 いろいろ、いろいろ出ていた90年代は、さほど好きという女優さんでもなかったけど、とにかくピカピカ輝いていて目が離せなかった。『白鳥麗子でございます』や「カ~ンチ」の赤名リカや『愛という名のもとに』や、さらに引退前の『いちげんさん』のヌードもしっかり観ている。

 江たち三姉妹の母親役での復帰が決まった時、「私も3姉妹の母で、これをやるのは私しかいないのではと思った」と語ったのが話題になったけど、実際に初回の役どころを見て、ああ、保奈美ちゃんも色々あっただろうけど、今ではお母さんやってるんだよな、と妙に感慨深い気持ちになってしまった。

 相変わらず気高くて、これぞ女優という美しさと気の強さを感じて、痛快だった。

 東京時代、保奈美ちゃんを一度だけ見かけたことがある。

 その時彼女は、江口洋介と一緒にいた。

 渋谷のロフトの閉店間際、どこかの階で一緒になった。

 最初に江口氏を発見し、その隣にいたのが保奈美ちゃんだったのだ。

 メガネをかけていて、服装も地味で、見た目ではわからなかったが、話し出したら甲高い声がまさに保奈美ちゃんで、近くにいた人たちも騒ぎ出したことを憶えている。

 (ちなみにその日は、芸能人によく会った日で、原宿から渋谷まで彼と歩いていた時に、最初、ナインティナインに出会い、その後、ダウンタウン松本氏&今田耕司氏(握手してもらった)、最後に江口氏&保奈美ちゃんという豪華な日だった)

 でも、割とそのすぐ後に、保奈美ちゃんは江口氏ではなく川井さんと結婚してしまった。

 時は流れて今は、とんねるず石橋氏の奥さんで、三姉妹のお母さんで女優復帰だから、ただただすごいなあと思う。

 引っ張ると、豊川悦司にも、下北沢で会ったことがある。

 その時も同じ彼といたんだけど、我ながらゲーノージンをよく発見する方で、彼にも「キミといると芸能人によく会うなあ」と言われていた。

 豊川氏は長身でとってもかっこよかったんだけど、その時はなぜかズボンの丈が短くて、彼と一緒に丈のことばかり話していた記憶がある(笑)

 あの頃輝いていた人が、今も輝いていることも、すごいなあ、うれしいなあと思う。

 『江』 なんたる運命!という女性たちがいっぱい出てくる(脚本の田淵さん自体すごい)。上野樹里ちゃんも好きだし、しばらく見たいと思う。

            

           

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2010.12.14

  映画 『ノルウェイの森』 いやはや・・・

 原作が好きで、心待ちにしていた映画。http://www.norway-mori.com/index.html

 来週から子供の冬休みに突入なので、慌てて出かけた。

 以下、これから観る人、情報を入れたくない人は読まないでください。

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 ツイッターで、よく知らない峰なゆか氏が公開前に、「もうおもしろくないとかいうレベルじゃなくおもしろくないっつーか、私がこの映画の原作者だったら一生人前に出たくないほどなんだけど、村上さんはだいじょうぶなのかしら。心配です。」とつぶやいていた。 相変わらずツイッター苦手な私はあまりつぶやかない11人しかフォローしてないのに、そこにまで回ってくるんだから相当リツイートされたつぶやきだと思う。それ以外にも、「まったく感情移入できなかった」など読んでも、「それでも!」という思いで行った。

 結果・・・

 いやー、ひどかったというか、なんというか・・・。

 私は自分も創作を志しているので、誰かが懸命につくったものに対し、あまり悪い評価をすることはないです(ブログの読者さんならご存じの通り)。

 でも、この映画に関しては、

 ①はしょり過ぎ

 ②もったいない

 ③(もう一個、何か大きく思ったのに忘れてしまった・・・)

 エンドロールで原盤の『Norwegian wood』が流れた時、私には空々しく聴こえた。大勢関わっているスタッフたちも、いったいどう思っているのだろう、とか・・・。

 原作を読んでいる人と読んでない人では受けとめ方が大きく違うのか、興味のあるところ。あの展開で、映画だけ観た人にはわかるのかな?

 確かに原作の『ノルウェイの森』はセックスと死が二大要素(テーマ)となっている。でも、映画では、上下巻分の小説を、まるで早送りするかのように描いていて、その結果、セックスと死の寒々しさばかりが目立ってしまっていた。

 役者さんはみんな頑張っていただけに残念。

 特に、松山ケンイチと菊地凛子、水原希子ちゃんは、小説の役が乗り移っていたと思う。玉山鉄二の美しさだって・・・。

 そもそも、トラン・アン・ユン監督の『青いパパイヤの香り』も『夏至』も好きで、特に『夏至』では、緑色があまりにも美しく、全編にわたる映像美も素晴らしかったので、『ノルウェイの森』がたとえどんな堕作になったとしても、絵画や美術作品を観るような気持ちで、映像美を楽しめたらいいと思っていた。

 しかし・・・

 トラン・アン・ユンが大物なだけに、スタッフが遠慮したのか?

 村上春樹が許諾してくれただけに、引っこみがつかなくなったのか?

 日本語の原作を読んでいるスタッフと、フランス語訳された『ノルウェイの森』を読んでいた監督との間に、隔たりがあっても当然だし、コミュニケーションの問題もあっただろうし・・・。

 せめて、せめて、と思うのは、

 脚本であり、配役。

 例えば、原作の『ノルウェイの森』では、深い哀しみに縁取られた物語であろうとも、エロスがそこかしこにちりばめられていようとも、健全性を表す象徴として「緑」の存在があり、緑の作るおいしい料理があり、重い物語をはねのけるくらいの生への希求みたいなものが感じられ、だから私は好きなのだ。

 でも、映画では、私の好きな(重要だと思われる)シーン、例えば、緑の家のベランダで火事を眺めるシーンや、緑がギターを弾きながらでたらめな歌を歌うシーン、入院中の緑の父親に、ワタナベがきゅうりを食べさせるシーン、、などなどがないので、生命力を感じられる場面があまりに少なく、「え、またやるの?」「え、また死ぬの?」的な印象になってしまっている。

 また、暗い物語にあって、サバサバと、ある面コミカルな印象で現れるレイコさんが、映画では女っぽかったのがいけなかった。原作のように、カタそうな髪で、しわくちゃで(と言っても38歳だけど)、ある程度男っぽければ、映画全体が違ってきたと思う。

 あと、ものすごく個人的な趣味の細かいことを言えば(原作と比較してはいけないとは思っても、それでもね)、直子の髪はもっとさらさらで、緑は、アウシュビッツって言われたみたいにベリーショートで、とにかくレイコさんの髪はツンツンであってほしかった。

 と書けば書くほど、かえって、松山ケンイチくんの素晴らしさが際立ってもくる。

 彼は完全に村上春樹の小説の主人公だった。人が良さそうで受け身で曖昧な感じが・・・。

 何かのインタビューで、彼が「撮影は1年前で、今観ると、今の自分にはできない演技をしている。そういう意味では、自分が少年を演じられた最後の作品だと思う」みたいなことを言っていて、それは本当にその通りだと思った。

 少年から大人へ少しずつ変化していく時の、あどけなさと凛々しさ、どうしようもない力に翻弄される戸惑いなどがものすごく上手に表現されていた。

 水原希子ちゃんは、本当に、いるだけで空気が変わるような存在感だったけど、松山ケンイチ&菊地凛子氏の役者魂は、すごいなあと思った。

 しかし、まあくどいけど、こういう映画が、興行として成り立つことが不思議。

 『ポニョ』の時も、後半の丸投げ感に、あ然としたけど、それでも、あの絵の質感には素晴らしいものがあった。

 『ノルウェイの森』は、原作でも映画でも、恋愛や生殖のみではないセックスが描かれていて、「セックス」というものをあまりに特別視、神聖視している人にとっては、ちんぷんかんぷんな物語だと思う。

 私は、『ノルウェイの森』に描かれる精神の病にしても、セックスにしても、原作に関しては作者のいわんとすることがわかるつもりでいるので、ことさら、残念。

 映画館を出た後、思わず、映画好きな男友達にメールしたところ(「あなたの予想通りひどかった」)、教えてくれたブログ。

 http://d.hatena.ne.jp/zoot32/touch/20101213/p1#p1

 そして、春樹好きを大公言している、内田樹氏のブログ(これで褒めていたら内田氏最悪と思ったけど、似たような違和感を持っていた)。

 http://blog.tatsuru.com/2010/10/28_1451.php

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 さてさて、この後は、りえちゃんの『アブラクサスの祭』(もうすぐ公開)

  http://www.aburakusasu.com/index.html を観るのと、

 『ノルウェイの森』のお口直し的に、『あしたのジョー』(2月公開・ちばてつや氏も絶賛らしい)  http://www.ashitano-joe.com/

 と、

 キョンキョン&永瀬正敏の元夫婦が、最強タッグで夫婦役を演じる『毎日かあさん』 

  http://www.kaasan-movie.jp/ (←予告編だけで涙)を観に行こうと思う!!

          

  

                

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2010.09.17

 『空気人形』

  

 秋の訪れをこんなにうれしく思うのは久々だ。

 一年前に公開された映画 『空気人形』をようやく観た。

 どうしても観たいと思ったのにはワケがあって、昨年の入院中、友達から送られてきたメールによってだった。

 内容は、「『空気人形』を観に行ったら、帰り際☆☆さんに会ったんだけど、『主役の子、藤村さんに似てたね』と言ってたよ」とのこと。

 この会話が私のいない場所で、男同士で行われた、というのも大きい(私はいつまでもそういう乙女心を引きずりながら生きていくと思います)。

 『空気人形』については、公開前に河瀬直美さんのブログで、カンヌで観た際の感想を読んでいたので、HPだけはチェックしてあった。その時出ていた「主役の子(人形役の女優さん)」が可愛かったので、そのメールの内容を病室で読んで、ものすごくうれしかった。

 病気についてはほとんど誰にも知らせないまま入院したんだけど、その後ちょいちょい伝えた相手から届く心配のメールよりも、その映画館でのやり取りのメールが、正直、一番気分をアゲてくれた。

 ま、空気人形ってラブドールのことなんだけど、私は何の偏見もなくうれしかったぞ。

 叱られるかもしれないけど、以下、公式HPです。可愛いでしょ!(でも、トップページの写真には似てないです)

 http://kuuki-ningyo.com/index.html

 

 最初、☆☆さんは、何ゆえ私と似てると言ったのか?」と思ったのだが、途中からふと見せる表情が似てる~~と思い、笑えてきた。

 人形が人間のように動き出すお話なので、だいたい挙動不審の動きだし、それはかつて、自閉症の役を演じていた神木隆之介くんに似てると言われた流れと同じだろう。うーむ、私はやはり天然において挙動不審なのだろうか。

 それと何と言っても、パッツン前髪というか、おかっぱ頭のイメージなんだろうな。

 主演のぺ・ドゥナの画像を検索し、例えば、

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 この写真やら、    

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 この写真なんかは、我ながら、「え、私?」と思うくらい似ている(髪型的に大学生頃)。

 

  

 同時に、『空気人形』におけるペ・ドゥナちゃんは、私の姪っ子にも似ている。

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 姪っ子は間もなく4歳なので、人形が出会う人間界への驚きと感動を表すぎこちなくて可愛らしい動きや話し方と重なるというのもあると思う。彼女は完全に妹のダンナさんに似ているのだが、私とも似てるのだろうか?と映画を観て思った。

 可愛くて、悲しい映画でした。行間を読む文学みたいな映画。

 辻褄合わない部分もあるし、よくわかってないけど、随所でおろおろと泣いてしまった。空気の音を思い出すと切なくなる。

 色んな解釈があるらしいけど、私としては作中で朗読された吉野弘さんの『生命は』の世界観を受けとったつもりです。直接出せないけど、興味のある方は「メニュー」から詩をご覧になってください。世の中は、生命はすべて、何かと何かが作用し合って成り立っている。

 http://www.kuuki-ningyo.com/index01.html

 なんといっても、ペ・ドゥナありきの映画。以前宮沢章夫さんが演劇について書いていた文章で「未知の身体に出会いたい」とあったけど、その言葉を思い出すような存在感。是枝監督が熱心に依頼したというのも納得。

       

 ペ・ドゥナで検索していくと、以前ある人にすすめられた『ほえる犬は噛まない』http://www.firecracker.co.jp/hoeru_inu/index.html にも行き当たったので、映画詳しい人からしたら今さらだけど、これも観なければ。

 『ほえる犬は~』からピックアップした画像は、

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 これとか、

 

  

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 これ(笑)。

 念のため(正直な)子供にも見せたけど、「似てる」と言った。

 思うに、ペ・ドゥナちゃんからしたらイケてない顔が私に似てるかと・・・(笑)

 いやー、ペ・ドゥナ、私的に要チェックだわ。

 冒頭の内容に戻るけど、            

 病気で苦しむ人に少し余裕が出てきたら、病を離れた男として、女として、人間として喜ぶようなコメントを伝えたいと思う。

 自分の経験からも、これこそ免疫力上がる!って思ったからね。

 しつこいけど、支えや思い出となった画像(笑)。

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2010.09.05

 三人

  

 前回書いた番組。録画してじっくり見た。

 Dさんも、宇多丸さんも、ふざけてるようでいて根は真面目な、ワセダの先輩らしいなあと思った。

 やさしさや愛情も深い。

 いつ頃からか思っているけど、表現して、特に「お客さん」があることを意識してる人というのは、サービス精神や気配りが旺盛で、きめ細やか(見せてないけど見えてくる)。

 そして、司会の佐野元春さんにすでに集約されているけど、シンガーソングライターという、「言葉」と「リズム」の両方が身体に染みついている人のショーは(たとえ講義形式としても)、間の取り方やゲスト、聴衆との呼吸が本当に巧み。

 番組の端々でちょっとした感動を得ていた。

 最後、学生から「どうして、一人の活動ではなく、ライムスターとしてやってるんですか?」と質問された時、Dさんが言葉を返した後、「三人集まると、いいんだって」と言っていたのが印象的だった。

 番組を見ている途中から、Dさんと宇多丸さんって、なんか、おとーさんとおかーさんみたいだなと思っていた(どっちがどっちというわけではなく)。その空間においては子供である学生たちのために、強くやさしく彼らの世界を教えていた。

 Dさんいわく、「(MCの)二人だとケンカになったらお終いだけど、DJ JINがいるから」

 ほんと、三人っていいな、というのは、自分が育ったきょうだいで感じてきた。

 二人だと対立になってしまうことも、一人合いの手が入ってくれると違ってくる。

 お盆に私と妹が久々にケンカのようになった時も、弟が「お前ら、どっちもどっち」と諭してくれた。

 自分が持った子供たち二人を見ていても、「ああ、三人だったらこんなにひどいケンカにならないだろうに」と思うことはよくある。

 三人きょうだいは理想だったけど(三人以上になると社会が形成されると思い)、男の子二人授かって、早々に断念。

 もうこれは、自分の身体がもたないからだけど、三人以上が理想とは今でも思う。

 夫婦というのも、二人だから苦しい時がある。

 だからと言って三人で夫婦を形成するのは世の中に「男」と「女」しかない限りなかなか難しい。

 ラブラブと二人で支え合うだけの夫婦なら二人で完結するだろうけど、その先に子供を育てるとか一緒に仕事をするとかいう目的ができた場合は、二人というのはなかなか難しくなるのだと思う。

 ソングライターズとは外れた話になったけど、「そうか、二人ってのは、あらかじめ難しいものなんだな」と知っておくだけでも心持ちが違う。

 これから、子供の成長とともに、夫婦の間に子供が入ってくれたり、子供二人の間に夫か私が入ればおさまることもあるから、我が家は我が家でがんばるけどね。

<三人寄れば文殊の知恵> 

   とか

 <三本の矢>

 とか言うみたいに、「三」ってのは元々必要とされる数なんだろうな。

 読んではないけど、山崎ナオコーラさんの『この世は二人組ではできあがらない』も、なるほど、と思っていた。

 

 佐野さん、ライムスターさん、ありがとう! 静かに熱い、いい番組だ。

               

         

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2010.08.30

 スターの話☆

 「事務所から禁止されてるんで恋愛はしません」

 と言うような芸能人は素敵と思わないけど、型におさまり切らない人間くささが出ているスターに出会うと、さすがだなと思う。

 先週たまたま見た、A-Studioに中島美嘉さんが出ていた。

 彼女は、自分の中学には行きたくなくて、友達の中学によく行っていて、運動会や卒業式もそちらで出たそう。

 中2の時の担任の先生がとてもいい先生で、不登校の彼女を心配してくれたけど、それでも行けなかった。

 その時の先生に対しては感謝と申し訳なさを感じていて、デビュー後、先生の携帯電話の番号を友達に聞いてもらい電話を入れて、コンサートに招待したそう。

 自分からそのエピソードを語ったわけではなく、鶴瓶さんの取材によってそれらの事実がわかったのだけど、淡々と素直に過去を語る彼女がとても素敵だと思った。

 学校という枠にはまらない、大人の想像を超えている子供っているし、でもその子供も、ちゃんと本物の愛情はわかっているんだよな。

 また、その気持ちへの感謝を時間が経ってもちゃんと行った中島さん素晴らしいな、と思い、感動的な青春ドラマをみるかのように涙が出た。

            ☆☆☆

 日曜に見た『いいとも増刊号』の一部。

 俳優の桐谷健太さんがテレフォンショッキングに出ていて(最近知ったばかりのお方・・・今見たら誕生日一緒だった:笑)、自分がいかに目立ちたがり屋だったかのエピソードを披露した後、最近の自分の妄想について語っていた。

 ざっくり言えば、こんな感じの話。

 「どんどん時代がさかのぼっていって、自分が父親に、おじいちゃんになって、昔の人になって、猿になったんですよ」

 「猿から今度は爬虫類になって、魚類になって、プランクトンになって、地球・・・オレの祖先って宇宙!おーっ!!」

 「・・・って、この話をさんまさんにしたら、『お前捕まるぞ』と言われました(笑)」

 と笑い話にしてたけど、私はこの話にも勝手に感動してしまった。

 昔『STUDIO VOICE』の写真で、瞳からどんどん写真が移り変わっていって、最後には瞳と同じ丸い形の地球の写真で終わる、というのがあったんだけど、それにも似た感動。

 そうだよな、そうだよな、私たちはその昔プランクトンで、海から産まれて、海は地球からできて、地球の母は宇宙だよな。

 その壮大さと、宇宙や地球に抱かれるような安心感に感動。

 と、芸能界って、一般社会でははみ出し者かもしれないけど、確かにすごい人たちがいるんだよなあ(もちろん、え?と思う人もたくさんだけど、確固たる自分を昔から持ってる人って素敵)、って思った。

 昨日の24時間テレビのマラソンも、ついつい気になって見ちゃうけど、はるな愛ちゃんが、最後まさかゴールできるとは思わず、エンドロールの時慌てて見て、びっくりした。

 菊地さんが

<はるな愛ちゃんがマラソンなんかしたら死んでしまうのではないか。肉体改造者には無理しないで貰いたい。>

 とつぶやいていた通り、私も途中は気の毒で、彼女の顔がどんどん美青年になっていくさまや、サービス精神や愛嬌が良過ぎて、そのやさしさが痛々しくて、この企画本当にやだなあって思っていたけど(『24時間テレビ』って嫌いなのに見てしまう)、ゴール後、感動を口にしている彼女を見て、すごいなあ(色んな意味で)と思った。

 ところで、私にとってのスターの原型は・・・

 ジュリー!!

 セクシーとは何であるかを感覚的に彼から学んだ。

 当時私は保育園児(笑)。

 http://www.youtube.com/watch?v=JX3dHdTt9OI

 

 

       

                    

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2010.08.23

 『キャタピラー』 (追記あり)

     Caterpillar

 ☆久々に熱くて長い文章です(しかもまとまりがない)。

 映画 『キャタピラー』 

    http://www.wakamatsukoji.org/

 何ヶ月も前から絶対観たい!と思っていて、公開日の8月14日には当然豊橋でもやるだろうと思っていたのに上映はなく、仕方がないとは言っても地元に軽く失望し、お隣の浜松市まで観に行ってきました。

 上映館はこちら・・・シネマイーラ http://cinemae-ra.jp/

 映画好きで通い慣れてる男友達に乗せていってもらった。

 以下、ネタバレも、激しい表現もあるので、気の進まない方は読まないでください。

                        ☆

 想像以上に強く迫って来る映画だった。

 万人におすすめする映画ではないし、冷静に分析した場合、綻びもたくさんある映画だと思う。ただ、私が過去に観た映画の中で、いちばん揺さぶられた。最近ではあり得ないほど号泣した『スラムドッグ$ミリオネア』や、たまらない気持ちになった『ラスト・コーション』よりも・・・。

 目の前(スクリーンの中)で起こっているできごとや、戦争という確かにあった現実、しつこくしつこく描かれる生々しい夫婦のやりとり(マックスかと思われる演技からさらに先に行く。そのしつこさこそ心の機微を表していて素晴らしいと思った)、外見的にも内面的にもむき出しにさらし合う役者の迫力、、、それらを突き付けられ、随所でただただ泣くしかなかった。防衛本能として涙が目を覆う、みたいな・・・。

 言葉で簡単にまとめられない思いがこみ上げた。

 寺島さんが脱ぐことに対しとやかく言う人もいるらしいけど、私は彼女自身が言うとおり、女優としてまったく自然なことだと思うし、この映画では、彼女がどんな演技を見せようとも(もはや、演技という言葉を超越してると思うが)、彼女の凛々しさや美しさが際立っていた。

 帰りの車で友達と話した中で(過去に松井冬子展やら、レオス・カラックス目的で『TOKYO!』(←これはハズレだった)を一緒に観に行った友達で、話があれこれ出てくるというのはやはりいい映画だと思った)、私が、「ほとんど密室劇だよね。二人の演技にあれだけ引き込まれるってのはすごいと思う」と言うと、彼は、「2時間(実際の上映時間は84分)耐え得る寺島しのぶってすごいよ」と言った。年間100本?くらいの映画を観ている彼はそれなりの観察眼を持っていると思う。その彼が「寺島しのぶって本当に今生きてる人かな?って思えるくらいあの時代の人に見えた」とか、「アップもいっぱいなのに、不思議な顔(褒め言葉として)だよな、あんな女優はいない」等々言い、私も納得だった。

 確かに映画一本分、ほとんど寺島さんと夫役の大西さんの演技だけど、まったく飽きることなく魅せてくれる(観続けられる)ってのはすごいことだと思う。

 ベルリンで賞をとった頃、テレビでなかにし礼さんが寺島さんに敬意を表しつつ、「女優は人間ではないんですね。魔界の人が人間の役を演じているんです」と言ったのだけど、まさにその言葉の通りだった。現実感たっぷりで生々しく演じているのに、それとは裏腹に大げさに言えば神々しさすら感じた。あそこまで振り切った演技というのはなかなか見られない(あそこまでやれたら気持ちいいだろうな、とも思った)。

 『赤目四十八瀧心中未遂』(←何度も書くけど原作からして好きな世界)でも相手役を演じた大西さんの演技も凄かった。

 戦争で手足を失い、性欲や食欲がむき出しになる夫の生々しさ。苦渋の表情で対応する妻。よろこびではないセックスシーンがたびたび出てくる。イロモノ扱いする人もいるけど(実際、表現なんてイロモノや見世物でなんぼとも思うし)、セックスと歪んだ栄光(勲章や新聞記事)でしか自分の生を確認できない夫と、それを受け入れるしかない妻の悲しさは、見ていてとてもつらかった。

 寺島さんにしても大西さんにしても、ほとんど負の状況や表情をさらしているわけだけど、振り切った(突き抜けた)演技が本当に素晴らしかった。寺島さんの表情は本当に多彩。黒目の輝きやニヤリとした射るような視線。ハッとするし、おどろおどろしいばかりではなく、時折笑いもこみ上げてしまう。

 すぐれた作品に出会うと、ついつい観客として、と、表現者としての二つの見方をしてしまうけれど、観客として観た場合、戦争というのは、どうしようもなく愚かなことだと思った。

 人がまるでミンチ肉のように殺され、命や性が軽々と搾取されてしまう。

 国民すべてが洗脳されているかのようなあの時代に生まれたら、自分はどう折り合いをつけていただろう。

 私の正義感というのはどっちに傾いただろう?

 学校で先生に反抗しまくっていた頃の自分は、親から「連合赤軍とか学生運動の時代だったら間違いなくやってただろうね」と言われたし、私もそうだろうと思った(重信房子に憧れを感じてしまうような中学生だった)。

 でもそれは独身の頃の考えで、例えば親となった今考えてみると、夫や息子を戦争にとられたら、家族の生き方やそれを含んだ自分の生き方を肯定するためにも国家の洗脳の通り、戦争を正しいと思ってしまうかもしれない。

 いつの時代に生まれても、人間は、自分の生を肯定したい気持ちが働くのではないか。

 『キャタピラー』の中でも、四肢を失い、言葉も話せない夫に戸惑いながら、夫を軍神と崇める国家や戦争は正しいことなのかと葛藤する(正しいと思いたい)場面が出てくる。

 間違ってる!と公に言えない環境で、突き付けられた運命や人生を肯定しながら生きていた、肯定しなくちゃやりきれない人たちがいっぱいいたと思う。

 また、映画では、生々しいとは言っても凛々しさがただよう美しい俳優・女優さんが演じていたわけだけど、実際には、もっともっとぐちゃぐちゃでボロボロの暮らしを余儀なくさせられた人たちがいっぱいいたのだ。

 先人が歯を食いしばってつないでくれたおかげで今がある。

                       ☆

 幼い頃、地元の半島の先端で行われるお祭りに行くと、毎年決まって、手足の不自由な「軍人さん」が軍服を着て座り、寄付を求めていた。

 子供は興味津々で眺めるのだけど、母は「ああいう人たちは、国からお金をいっぱいもらってるから寄付しなくてもいいの」みたいな冷めた反応だった。

 一緒に映画を観た友達も、幼い頃に同様の(軍人さんも親の反応も)体験があった。

 映画でクマさん演じた、若松監督の言葉を借りるのなら、「頭のおかしい人」というのも、そっくりな雰囲気の人が私の町にも確かにいた。

 そう考えてみれば、戦争にしても、弱者的な人にしても、自分の小さい頃はその名残りや現実を確かに見られる環境にあった。

 戦争体験を語ってくれるお年寄りも身近にいたし、家の裏の崖には防空壕もあった。

 今、私の子供たちは、日常において戦争の残像に触れる機会はほとんどない。

 知らない子たちに知らせよう、というよりは、このまま知らずにいられる社会を守っていかなくちゃと思う。

                        ☆

 映画を観た夜は、なかなか眠れなかった。

 そのくらい衝撃が強かった。

 昨年病気をしたこともあって、今の私は戦争という事実や負のものを必ずしも知る必要はないと思っている(頭に入れた時のダメージの恐ろしさを身を持って知ったから・・・)。実際、この映画は、途中で逃げ出したくなるほどの迫力があり、苦手な人は苦手だと思う。

 でも自分自身に向けては観るべきだと思ったし、観て良かったと思う。

 若松監督の作品は、パリで観たピンク映画を皮切りに、切望して観た『エンドレス・ワルツ』、『実録連合赤軍 あさま山荘への道程』等々あるけど、性や暴力など一貫して、きれいごとではない「人間」を深く描いている。

 寺島さんの演技を見ても、なぜそこまで、と思うほどにさらし、差し出していて、それはもう、表現者としての業や性だと思うし、私も共感する。

 読み応えあるパンフレットより、若松監督の言葉ひとつ。

 「僕はね、社会の中でうまく立ち回っている人間には、ちっとも興味を感じないんです。」

 寺島さんの言葉。

 「つまり、監督も私も、人間が好きなんです。一生懸命さが滑稽な人間、哀しみの中にあって笑ってしまう人間、そういう不可解な人間という存在が、好きなのだと思います。」

                        ☆

 この映画は、史実や若松作品に興味のある人よりもむしろ、ふつうの家庭生活に慣れきっている層にもガツンと響くと思う。夫婦とは何か考えさせられる。

 映画で描かれる夫婦には子供がいないけれど(子供ができなかった)、戦時中子供がいたら、もっとぐちゃぐちゃでたいへんだっただろうし、同時に、子供がいたらもっと将来に希望が持てただろうなあと思った。

 いつにも増してまとまりのない文章だけど、本当にまとめられない思いのあふれる(今もあふれ続けている)映画でした。

・・・と、私は熱く書いちゃったけど、一緒に観た友人は、ゆる~いmixi日記書いていた。

 色んな見方あるし、江戸川乱歩の『芋虫』も読みます。なんというか、『キャタピラー』は反戦映画ではあるけど、男女の心理描写(支配・被支配、SM的要素も含め)、夫婦、社会、性の問題(身体が不自由になっても男性機能が残ったというのは、夫婦にとって幸だったのか不幸だったのか)等々色々とふくらんでいく映画だと思う。しばらく抜け出せないほど強烈だった。

<追記> 結局、書いても書いても書き足りない思い。『キャタピラー』のことを文章にするなんて無理!かつてイグアスの滝の素晴らしさを書こうとしてすぐに諦めたみたいに・・・。巨大な映画。パンフレットを読むにつけ、役者さんやスタッフの方々の並々ならぬ覚悟を知る。賞をきっかけに、この映画を観る人が増えたらいいなあ、受賞は本当に良かったなあと思った。

<追記2> 今、何気なくパンフレットとキャタピラーやシネマイーラさんのブログを眺めていて、裏表紙の、模様と思っていたものが、「もしかして、これってサイン?」と気づき、イーラさんに電話して確認したら、バッチリ若松監督と大西さんのサインだった!!(笑)

 イーラの館主さんともお話させていただき、まずは上映してくださったお礼をお伝えし(本当に地方に住んでると単館系の映画がなかなか観られないので・・)、その他、色々映画界の事情をお聞きできた。途中、豊橋のスロータウン映画祭の話になり、いちおう理事をしていることをお伝えすると、知ってる名前がぞろぞろぞろと・・・(笑)。連れて行ってもらったWくんのこともご存知で、話してみるものだなあと思う。

 『キャタピラー』の上映館に関しては、若松監督の単館系映画館を応援したい、という気持ちもあるんだそう(納得・・・)。シネマイーラさんも、名古屋のシネマスコーレさん(若松監督が立ち上げた映画館)も、この地域においてがんばってほしいなあと思った。ありがとうございました!   

                   

           

                      

           

                            

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2010.06.17

 『SEX AND THE CITY 2』!!

 結婚10年目の私、来月結婚式を控えた9歳年下の友達(Nちゃん)と、『セックス・アンド・ザ・シティ 2』を観に行きました。

 もともとは一人で出かけようと思っていたSATC。ドラマはほとんど見ないまま、『SATC(the movie)』を観て、「おもしろい!」と思い、「2」も気になっていた。とはいえ、上映時間が2時間半と知り、そこまで観たいか?と迷った(2はコケる場合も多いし・・)。

 でも、たまたまのタイミングで、5年ぶりに会うNちゃんが『観ときたい』と言い(その言い方は絶妙☆)、前日に決めて一緒に行くことにした。

 結果、観て良かった。

 おもしろかったし、想像以上に深い言葉もたくさんあった。

 キャリーの結婚生活に関する共感(とはいえ彼女は子供じみてると思うけど)、さらに、ミランダとシャーロットが育児についてお酒を飲みながら本音を打ち明け合うシーンには、「そうそう、そうだよね」と、頭だけではなく、体ごとたいへんさを思い出すように共感し、涙が出てきた。

 子供は可愛い。だけど自分の世界も持ちたい。

 サマンサの動物的?な叫びにしても、女性たちの大小様々な欲望をストレートに表現してあるこの映画、よくできてるなあと感心した。

 本音に迫りつつ、エンターテインメントとして飽きることなく楽しい。

 今回は中東の女性も「男と女」について考えさせる、ベタだけど絶妙な演出として登場し、いやはや、やっぱり全体的にうまくできてるなあと思った。

 1の時もそうだったけど、観客は熟年女性も多い。彼女らはニューヨークの事情をスクリーンでのお話と思うのかもしれないけれど、私たち世代は、「なぜ日本はまだこうならないんだろう?(例えばゲイの結婚が認められるとか)」と思って観たりするような・・・。SATCは、夢物語ではなく現実です。

 1に引き続き、オープニングはやはり好きだと思った。

 一度だけ一人旅で出かけたニューヨーク。

 夢を抱いた人たちが集まる高揚感。

 アメリカに住んでいたことのあるNちゃんは、これらの会話、聴き取れてるんだろうなあと思いながら、お尋ねするのを忘れた。

 Nちゃんとの再会も、とてもとてもいいものだった。

 会った瞬間、様々な感情がこみ上げて泣いてしまった。

 自分のことより、彼女が経てきたこの5年の重み(20代女子の5年は本当に本当に大きい)を想像し、その上で得た現在の彼女の幸せがまばゆくて・・・。

 初めて会った時の23歳のNちゃんは、ショートカットでボーイッシュな印象だった。顔が小さくて手足の長い(本人は細いだけとおっしゃるが)、うわあ、素敵だなあという感じの女の子だった。

 5年後、入籍ほやほやで来月結婚式という彼女は、髪が長く、すっかり大人の女性に変化していた。

 会わない間も、ミクシィやらブログやらで互いの状況はなんとなく知っていた。

 彼女の悩みは自分が経てきた悩みであり、年の差なんて関係なく、気が合うなあという思いは、5年経った今もなお、変わらなかった。

 「結婚」というのはきっと、いつまで経っても謎のままだと思う。

 映画を観終えて、一緒にご飯を食べながら、話のサンプルとしてSATCの4人が役立った(そういう点でも、本当によくできてる)。

 ランチはお祝いとしてご馳走した(と言ってもお安い場所で申し訳ない)。

 自分自身、結婚頃は年下の友達にさえご馳走していただき、それがとてもうれしかったので、絶対にご馳走したいと思ったのだ。

 Nちゃんと、このタイミングで一緒にSATCを観られて、とっても良かった。この先、さらにいい思い出に変わっていくと思う。

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 重なる時は重なるものだけど、この映画、さらりと書きつつ、無事映画館にたどり着くまでバタバタだった。

 2週間ほど前、小学校の理科の授業のために、モンシロチョウやアゲハの卵や幼虫を、持ってこれる人は持ってきてほしいとお達しがあり、長男が実家の「ばあば」にお願いしていた。それをたまたま一昨日、ばあばが実家の畑から持ってきた。

 さすが田舎の母ちゃんは豪快で、30匹ほどのモンシロチョウの幼虫・・・。私はぜんぜん平気だけど、おいおいという量。母が持ってきた大根の葉とともにそれらを観察箱に入れて(メダカが入っていたほとんど緑色の汚れたケースを洗って)、朝、霧吹きやらティッシュやら新聞紙やらとともに小学校へ運搬。

 その後次男を幼稚園へ送り、慌てて映画館へ(子供たちの帰宅時間を考えるとファーストショーしか無理だった)。

 前夜に洗濯物を干し、体力のない私は、帰って来てからのことを恐れて出かける前にカレーを作っておいた。

 映画から戻り、子供たちを迎えた後、予想以上によく食べる幼虫(なんといっても数が多すぎる!)のための大根の葉を分けてもらうため、よく行く近所のスーパーへ電話。

 恐る恐る電話したのに、快く「いいですよ!」との返事。

 子連れで伺い、私が大根売り場を眺めていると、おばちゃんが来てくれて、わざわざ用意しておいてくれた葉っぱをニコニコとくださった。

 もうほんとに、こういうの、涙が出るほど感動する。

 というわけで、クラスでも大喜びの幼虫のために(女の子にも人気らしい)、私はいつまで大根の葉探しをすればいいのだろう(長男が世話係になってるし、お持ちした分責任を感じてることもあり・・・)。キアゲハは育てたことがあるので、あの、凄まじいまでの食欲を知ってるだけに心配。キャベツに移行してくれたら楽になるのかな?

 早く無事さなぎになってくれ!!

 モンシロチョウの幼虫30匹と『セックス・アンド・ザ・シティ』のキラキラの世界の落差は、かなり大きくて楽しかった。

            

                     

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