旅行・地域

2009.08.12

307 逗子の旅

 転勤族だった妹家族が、ダンナさん(Tくん)の転職により、逗子市民になった。

 逗子と言えば、昔っからいいイメージ。

 大学時代、鎌倉に出かけた時、緑豊かで情緒溢れる町(街より町が似合う)の雰囲気に、「関東で結婚するとしたら、この辺に住んでみたいなあ」とぼんやり思ったことがあった。横須賀や三浦半島にも不思議と縁があったし、海と山があって東京に近いというのは、本当に魅力的だと思っていた。

 今回、子連れで逗子を目指し(あたふたドキドキ)、JR横須賀線の「北鎌倉」~「鎌倉」~「逗子」という並びを目に(耳に)しただけで、「こんなビッグネームの近くに妹は住んでいるのか!」「まさに私の憧れの土地ではないかっ!」と興奮してしまった(妹たちの最寄りの駅は、逗子の隣の「東逗子」)。

 実際に降り立ったり、車で移動してみて、想像以上の緑の多さにびっくりした。

Photo_2 「或る朝の小道」(この坂を上がると妹たちの住むマンション。ちなみに駅から5分もしないうちにこの風景)

Photo_11 蛍が飛ぶという川(こちらも駅からすぐ)

Photo_3 「夏空」

Photo_10  マンションのリビングから見える風景。

 このパノラマは本当に心地よかった。私の住む豊橋の家よりずっとずっと緑に囲まれている。おまけにこのマンションには住民やその関係者が利用できる温泉施設まであるのです。私たちもちゃっかり入らせてもらったけど、本当に素晴らしい。温泉棟へ移動する途中、会う人会う人が心地よい笑顔で挨拶し合うところも素敵だった。・・・と書くと、まるで億ションのようだけど、そんなことはないです。リタイアしたお金持ちが暮らすような場所に若くして居を構え、仕事に出かけたり、子供を育てたりするというのは、いいことだなあと思った。Tくんの勤務地は近いけれど、逗子から東京へ通う人が多いのも納得(実際テレビ時代、激務にも関わらず頑なに逗子から通い続けているディレクターがいた)。

 今回の旅を振り返ると・・・(かなり自己満足な備忘録です。恐ろしいほど長くなったので(当ブログ史上最長)、興味のない方はスルーしてください)

 <7日> 

 子供たちにとって、初めての新幹線。「新幹線って速いねー」「景色がびゅんびゅんに見える!」

 ニコニコした若い車掌さんに「この子達、新幹線、初めてなんです」とお伝えしたら、「どこまで行くのかな?お天気が良くてよかったねー。楽しんで行ってきてね」と、期待以上に丁寧にやさしく話しかけてくださった。感激。息子たちは車内販売も気になり、無駄に買い物したり(ふだんは買わないけど記念だもんね)、お姉さんに手を振っていた(笑)。

 ゴロゴロバッグを引きずりながら、新横浜から横浜線、横浜から横須賀線に乗り換え、東逗子へ向かう。逗子から東逗子への短い時間に隣り合わせた老夫婦(80歳くらい)が息子たちに微笑みかけてくれたので、「愛知から来たんですけど、いいところですね」と伝えたら、「いいところですよ~」とのご返事。長年住んでいらっしゃる地域についてすぐに「いいところですよ」と応えられる素晴らしさ。

 妹と姪っ子の野衣(のい)ちゃんが迎えに来てくれて、待望の再会。遠距離恋愛してるボーイズとガールを会わせるために、私ら一生懸命。

 夕方は、思いつきで逗子の海水浴場へ(車で10分)。

 キマグレンの「音霊」もすぐそこに建っていた。台風の影響で波が高く、ボディボード率高し。海の解放的な空気はやはりいい。

 少し海で遊んだ後、親子で水着のまま沖縄料理の海の家へ。沖縄そば、島らっきょう、もずく酢、てぃびちなどなど・・・。ビールも飲みたかったけど(海の風ってどうにもこうにもビールに合う)、運転する妹に悪いし子供もゾロゾロなのでこらえる。

 その後、ドライブしながら妹宅へ。葉山の御用邸を初めて見る。葉山も想像以上に緑が深かった。逗子~葉山は、「都会から近くて少し自然があるところ」かと思っていたけれど、そんなことはなかった。都会に近いのに、田舎のようにふんだんに緑がある。おまけに富士山まで見えるらしい。こぞって住みたくなるのもわかるわ~と思った。

 6時過ぎ、Tくんと再会。本当にさわやかで、感じのいい、最初っから緊張しない(笑)いいひとなんだーー!!

 温泉に行った後、ビールを飲みながらTくんと語る(つまみは、豊橋名産「ヤマサのちくわ」)。子供たちを寝かしつけた後、妹とTくんに甘えさせてもらって東京へ向かう。編集者さんと作家さんたちとの飲み会。とーっても有意義な時間でした。

 <8日>

 寝ようと思えば眠れる状況にあったのに、一睡もしないまま早朝逗子に戻る。午前中ゴロゴロさせてもらい、午後からは近所の流水プールへ。妹の友達の、やけにハイテンションなファミリーに出会う。この日、妹は歯痛のため行かなかったのに、ノイちゃんに声をかけ、私を見るなり手を振られ、「妹と間違えてるのかな?」と思ったら、しっかり「お姉ちゃん」と把握していた。私も人からよく「(クスリ)やってるでしょ?」と言われるけど、人から見たら私のテンションの高さもこんなだろうか?と不安になる(笑)。温かい友達に囲まれて妹も良かったなあと思った。

 うちの子供は初めての流水プール。私も子供の時以来入り、まったく流しそうめんの気持ちになった。

 思ったより早くノイちゃんが眠くなり、帰る。泳ぎ足りない長男を、Tくんがハイキングに連れて行ってくれる。長男、美しい風景と達成感に大満足で帰宅。

 夜は、妹宅で焼肉。ミノがおいしかった~!!

 <9日>

 江ノ電で鎌倉の大仏を目指そうかと思ったけれど、ぶらりと江ノ島まで行ってイタリアンでランチをし、引き返すうちにみんな暑さでヘロヘロ。江ノ島は若者に溢れ、パピコを買いに入ったローソンは、見たことのない長蛇の列だった(並んでるうちにアイスが溶けるような・・・)。子供たちは茶髪の兄ちゃんから「よおっ!」などと話しかけられる。みんないい感じに壊れている(笑)。

 ビーチボールを求める若者と店員さんとのやりとり・・・

 店員さん:「何色にしますか?」

 若者:「男は黙ってピンク!」

 こんな会話があちこちでなされていた。

 鎌倉駅で江ノ電のおもちゃを買って帰る。このページの上から7つ目のおもちゃ。これが不思議なんだよ。http://www.enoden-net.com/goods/goods_esharyo.html

Photo_4 「江ノ島が見えてきた~♪」の図(江ノ電より撮影)。

 大学時代に乗ったことのある江ノ電の素朴な感じと、「えっ」と思うほど民家の近くを通る箇所や海の見える瞬間の感動が忘れられず、再び乗れてうれしかった。

 大仏は、また次回。子連れだと本当に思うように進まないけど、まあそういうもんだろう。

 夕方は、横須賀のTくんのご実家へ。

 ご両親とは、Tくんと妹の結婚式以来の再会。博識で深い魅力をお持ちのお父様とお洒落でキュートなお母様が私は大好き。おいしいお茶をいただいた後、近くの公園へ出かけたら、模範的ともいえる夕立に遭遇。みんなで濡れて走ったけど、大粒の雨が気持ちよかった。

 その夜は、おいしい中華料理店へ。楽しくお喋りしながら、色んなものを、たらふくいただきました。騒ぐ兄弟を連れて、中華と言えばこのところ「王将」のみだったこともあり、格別においしく感じました(ごちそうさまでした)。

 みんなで温泉に入って、おやすみなさい☆

<10日>

 この旅の(子供にとっての)メイン、東京ドームシティでの『シンケンジャーショー』http://www.tokyo-dome.co.jp/cgi-bin/schedule/User/hero_top/schedule-hero_top.cgi

 これ、私はともさかりえちゃんのブログでその存在を初めて知ったのですが、東京方面では、シンケンジャーの番組中のCMでショーについて流れていて、びっくりした。ちなみに、愛知辺りでは同じ後楽園グループでもCMは「熱海後楽園ホテル」です。

 ノイちゃんも、息子たちの影響で今のところシンケンジャーが好きなので、禁断のディズニーランド(我が家も妹家もさほど興味ないけど、せっかくなら、、と一瞬)と迷った末、こちらを選んだ。当日は雨だったのでよかった。

 入場時、突如現れたシンケンレッドに一同騒然。売店から未会計の商品を持ったまま飛び出してくるお母さんはいるわ(←妹のこと)、親子でポップコーンをぶちまける人はいるわ、みんなめちゃくちゃ(笑)。

 握手で迎えられ、いざ会場へ。

 ステージを縦横無尽(特に縦!飛ぶわ落ちるわ)に使ってのショーは、想像以上に迫力があり、子供は大喜び、私は早々に涙。なんというか、手足をピンピンに伸ばしてのアクションスター様の演技に、子供を楽しませようというプロ根性を感じ、とても感動した。

 雨やら人混みやらにヘロヘロになりつつ帰路へ。救いだったのは横須賀線はたいてい座れるということ。

 その日はTくんのお誕生日だったので、手巻き寿司とロールケーキでお祝い。

Photo 子供たちのために尽力してくれたTくんにシンケンジャーの歌とケーキでお祝い。Tくんにとって、ますます素晴らしい一年となりますように☆

 最後の夜、次男は「ノイちゃんと一緒に寝たい」と泣く。兄弟はノイちゃんが本当に大好き。

 

 <11日>

 帰宅予定の日。

 台風を心配しながら寝たのに、朝起きたら妹が、「お姉ちゃん、台風どころか、地震で新幹線止まってるよ」と言う。

 地震については、明け方感じていた。寝ぼけまなこで目に飛び込んでくるニュースが震度6とは、阪神大震災の朝を思い出した。

 このブログでも書いたけど、一昨年は、たった4回の上京中、2回新幹線が2時間遅れた。またしても起こってしまったか、、と大らかに受けとめつつ、よりによって子連れの時に・・・。私の運不運に子供たちを巻き込みたくないなあと思う。

 妹が「お姉ちゃんって、本当に天変地異を呼ぶ女だよね。かわいそう通り越して笑えてくる」と言った。私も毎度笑ってしまう。かつて一緒にフランスを旅した時、私が妹たちと別れ、一人で南フランスへ向かおうとした途端TGVがストライキを起こしたことや(急遽パリの知人宅に3泊)、結婚直後、夫婦で宮崎・高千穂峡の風流な滝を目指した旅で台風にぶち当たり(東海豪雨の時です)、ボート乗り場が決壊&村の災害対策本部の腕章をしたおじさんと滝の周辺を巡った体験等々を知っているので(もともと雨女だし)、「お姉ちゃん」の移動と共に巻き起こる異変を妹はつくづく感じている。不謹慎な物言いになってはいけないし、もっとたいへんな事態を呼ぶ人もいるだろうけど、私も「なぜ?」といつも思う。とはいえ、こういう事態も度重なると慣れてきて、運に身を任せることを体で知る。

Photo_6 余談ですが、本来の高千穂峡、真名井の滝。

 ここが濁流でどわーっでした(苦笑)。

 

 テレビには出てこない状況を知りたいとJR関係の窓口に電話しても、みんなテープの事務的な対応。遅れを覚悟で子連れで駅で待った方がいいのか?指定席券のある今日を見送った方がいいのか、明日頃からは帰省ラッシュに突入するし・・・というなかなか難しい選択。

 そんななか、藁にもすがるような思いでかけた「JR東日本 ご意見ご要望を伺う窓口横浜お客様相談室」。対応してくれた男性に、「新幹線について」と言うと、やはりテープ案内を教えてくれたのだが、そこで食い下がる。

 「素人なので、こういう場合の一般的なご意見をお聞きしたいのですが・・・。もしも教えていただいたことが間違った結果になったとしても苦情は申しませんのでお知恵をお願いします」と言って、上記の選択について尋ねる。すると、

 「今、新幹線が3時間遅れでも、点検作業が済み次第、私たちはダイヤが回復するように努めていきますから、14時52分発の新幹線でしたら、その頃にはだいぶ復旧していると思います」

 とのご返事。私は言った。

 「ありがとうございます。まったくわからないと、今3時間遅れなら、そのままもっと遅れていくことも想像してしまうので、そのご意見が伺えただけでも本当に助かります」とめいっぱいお礼をお伝えした。

 <ダイヤの回復に努めていく>という言葉に、鉄道マンの使命を感じ、感心した。

 専門的な場所にいる人たちからすれば、どうってことない常識が一般人にはわからず、焦ってしまうことにもなるので、やはり現場の「肉声」はありがたいし、丁寧に教えてくださる方には、過剰なほどにお礼を伝えたい。

 その男性の声に助けられ、運を信じ、とにかくまずは新横浜へ向かうことにした。子連れで向かい、子連れで引き返すことにもなるかもしれないので、慎重にならざるを得ないが、名古屋の会社からの夫のアドバイスにも助けられ、親子3人でドキドキしながら向かう。妹が車で新横浜まで送ることも提案してくれたが、妹も2歳の子を連れた身なので、妹たちまで巻き込みたくないと思った。

 地震に台風まで加わったらますます先が読めなくなるが、幸いなことに台風はそれていき、妹宅を出る頃、逗子の空は晴れていた。

 駅の近くのコンビニでゴロゴロバッグを宅急便にお願いし、妹親子とお別れ(この日Tくんはお仕事)。

 眠くなってしまったノイちゃんに握手してもらえなかった長男が泣き出す(笑)。気を取り直してもう一度握手でお別れ。

 最終日、のん気に帰るはずが緊張の出発。

 余裕を持って新横浜に到着すると、カウンターはすでに長蛇の列。改札前の駅員さんに聞くと、幸いなことに私たちの乗る予定の「ひかり」は運休になっていなかった(運休になってしまった方は本当にお気の毒だと思った。ちなみにその日の東海道新幹線は上下合わせて62本が運休になった)。その時点で新幹線は概ね2時間の遅れ。

 空いている「こだま」に変更したほうがいいかどうか尋ねるためのカウンターに30分待ちの列。息子たちにはみんなが座っている床にビニールシートを敷き、おもちゃで遊ばせておいた。ノイちゃんに見せようとじゃらじゃらとリュックに詰めてきたおもちゃ類を見た時はその重さに腹が立ったが、この緊急事態において、その「無駄なもの」が役に立った。息子が持ってきていたボロボロのバスタオルや毛布(ミスタードーナッツの景品)も、行きの横須賀線で発見した時は「なぜこんなものを!」と叱ってしまったのだが(おもちゃじゃらじゃらに加えて捨てようと思っていたタオル類が出てきた日にゃ:笑)、とても役に立ち、お礼を言った。 Photo_3

 その時長男が思い出した、小さい頃読み聞かせた本。

『なにもかもタオルのおかげ』 ぺトラ・マザーズ著 今江祥智訳

 途中息子たちがトイレに行きたがり、列の後ろの人に子供を一人お願いして、一人ずつ連れて行く。自分だけで子連れで旅をすると、こういう時はまいる。でも、おかげで話ができた後ろの女性は九州へ帰る予定の人で、「台風が来ていたので飛行機を避けたらこんなことに・・・」と嘆いていた。「お互いお気の毒様ですよね」などと話す。

 カウンターで相談すると、早く出発する「こだま」より、私たちが待っている「ひかり」の方が結局早く到着するとのことで、チケットは変更せず、そのまましばらく地べたで待つことにした。妹が持たせてくれたビニールシートがとても役に立った。

 ちなみに、妹が用意してくれた非常食。

Photo_2  最悪、夜を越すことも考え、歯ブラシやら着替えやらもたんまり持ち、我が家の定番、腹にたまる「黒豆せんべい」も。ビニールの中には様々な種類のお菓子がすべて2つずつ入っていた(同じものでないとケンカになるので・・・)。

 駅の構内で、みーんな困っているんだけど、私はその、みんなが同じ「やれやれ、まいっちゃうなあ」「新幹線よ、動いてくれ!」というシンパシーでつながっている状態が、正直楽しかった。どんな状況でもついついワクワクしてしまう自分がいる。

 地べたに座り、知らない人たちと同じ気持ちで過ごすのは興味深い体験だ。常識が消え、人と人との垣根が低くなる。ラグビー早明戦のチケット取りのために並んだ夜を思い出した。

 こんな時、親がイライラしたり不安になると、子供は当然楽しくない。せっかくの初めての新幹線。私は楽しい思い出にしたかったし、とにかく新幹線が遅れながらも動いている現状がうれしくて、本音でその場を楽しんだ。お菓子やトランプを広げたりしているうちに、意外にもあっという間に私たちの新幹線も電光掲示板に出てきた。

 結局、30分遅れで新幹線は新横浜に到着し、乗り込むと、指定席は快適なほどガラガラ。その後静岡や浜松で止まり、合計1時間遅れでの豊橋着だったけど、まったく苦はなかった。ただただ無事豊橋に着いたという幸福感でいっぱいになり、ホームに降りた。

 隣のドアで、車椅子の若い女の子がうまく降りられず、付き添いのお兄さんらしき人も困っていたので、さっと車輪を持ち上げ、お手伝い。

 息子たちの手をつなぎ、階段を上りながら、自分には両手両足があり、無事駅に着き、両手の先に子供の手のぬくもりがあるというのは、なんて幸せなことだろうと思った。

 何がよいとか悪いとか、何が幸とか不幸とかではなく、ただ自分の目の前の状況を肯定し、余力があるのであれば、誰かのために差し出したい。

 決していい子ぶるのではなく、本当にそう思う。

 天災は誰が悪いのでもない。駅員さんに文句を言っていた人も見かけたけど、私は誠実に対応していたJRの職員さんたちは立派だと思った。

 午後5時過ぎ、豊橋着。駅でお惣菜を買い、バスに乗って自宅へ。

 思いがけないトラブルのおかげで、旅の幸せを一層深く感じられた。

****

 今回、本当は早稲田にも行ってみたかったけど(子供も希望していたので)、子連れでの旅は、ひょいひょいとは動けず、予定を思うようにはこなせないということがよくわかった。

 気ままな一人旅を愛していた私としては、不自由を承知の上で、それでも旅をしたい。

 昨年の奈良への旅も、今回も、夫を含めた家族ではなく、私が希望して子供を連れていく時は、自分のお金から出している。旅の自由を得るためにも、ちゃんと稼ぎたいなあと思った。

 初日に会った作家さんが、たまたま少し前に北鎌倉で行われた澁澤龍彦さんの23回忌に参列していて、そのお寺がとても素敵だと教えてくれたので、ぜひ訪ねてみたいと思ったけど、予想外の雨と地震で断念。

 これも、自然の流れに乗った。無理して行かないほうがいいと思った。欲張りすぎちゃいけない。

 というわけで、駅から眺めるだけでも豊かな緑にただならぬ気を感じた北鎌倉(響きもいい)は次回のお楽しみに・・・。

 最寄りのバス停に着き、家の近くのコンビニに寄ると、ブラジル人と思われる若者が群れていた。その中の一人の右腕に「真由美」、左腕に「敏郎」とでかでかと刺青が彫ってあった。日系人という様子でもなく、「敏郎」とは思われない彼だったけど、いいのでしょうか?(笑)

 私の旅はヘンテコリン。私の人生もヘンテコリン。

****

 逗子は、夏が似合う場所だった。

 ふと見かけた「なぎさ眼科」、「かもめ薬局」という看板も、文句なしに似合う!

 青い空。色濃い緑。出会う人々がみんな穏やかで、ハメを外した若者も微笑ましくて、ゆったりとしたいいところだった。

 これからも、何度も訪れたいな。

 身内褒めではありますが、Tくんも、妹も、ノイちゃんも、本当に大好き。

 騒がしい兄弟がいっぱい迷惑をかけてすみませんでした。

 楽しい時を、本当に本当にありがとう!!

Photo_4Photo_8 キッズルームにて、プリンセスを囲んで。

           

   

       

            

                                                   

|

2009.08.04

305 山のおうち

 先週のまとめ・・・(ブログは何年もやってるけど、いまだにナゾが多く、以下、変な間が空いてしまっていて(直せない)すみません!)

 毎年行ってる岐阜の高原。

Photo_3 ログハウス(通称「山のおうち」)の外はこんな感じの森。

Photo_2  窓の外にも緑。

  

Photo_3 トイレやお風呂など、すべての部屋から緑が見える。

Photo  初日の夕食用、肉の丸焼き!

(豚のかたまり肉1キロくらいに、すりおろしたニンニク+オリーブオイル+塩コショウをまぶしてある。これだけで十分おいしいけど、お好みでローズマリーなどのハーブも)

  

Photo_5

 炭火の上に肉を置いて、アルミホイルで包んで、じっくり2時間ほど焼く。

  

Photo_7

 焼き上がり&サーブ☆

  

Photo_10  食事はこんな感じ。ソースはなくても十分おいしい。まさに外はカリッと中はジューシー。子供たちもパクパク!

  

Photo_11

 翌朝は、残った肉を薄切りにしてサンドイッチ。

 

Photo_12  近くの森を探検。

 湧き水を飲んだり、川で笹舟流したり・・・

 (動きのある写真はブレてました)

 

Photo_13

 お兄ちゃんのTシャツをつかむ弟の手(若干不安:笑)。

 

Photo_14  探検の後、プールに行き、お昼は手抜きのフランクフルト&おにぎり。

Photo_15  2日目夜は、鶏肉とじゃがいもとにんじんと玉ねぎの白ワイン煮。

材料をオリーブオイルとにんにくで炒めた後、白ワイン&パルメザンチーズをだばだばっと入れて煮込むだけ。

 すべての料理は夫作。食材の準備も運び込みも全部夫がやってくれるので楽チンだけど、プール遊びは私の担当(夫は水着になったこともない)。その家その家の役割分担ってありますよね~。我が家はもろもろ夫婦で協力するとケンカになりがちなので、ここは夫、ここは私、とハッキリ分かれてることが多い。

Photo_16  おまけ・・・別の日に出かけた滝の風景。

 

 緑はいいなあ。 窓の外ぐるり緑というのが、これほど心地よいとは。

 暮らしつづければ、心持ちも変わりそう。ケンカも減りそう。森が邪気を吸い込んでくれそう。「気」の違いって、本当にありますね。

 夏休みは毎日すべてが思い出作り。

 もちろん、イライラも悶々もするけど、家族でベッタリ過ごせる期間なんて意外と短いんだよね。

 思い出って大きいね。愛しいね。思い出が積み重なっていくと、この先もがんばれるような気がする。

 夫は「人生でくじけそうになった時、助けてくれるのは『楽しい思い出』」と言う。育った家庭で複雑な思いを抱えながら過ごしてきた夫がそう言うのは、なかなか泣ける。

 子供とベッタリ過ごせる間に、楽しい思い出、いっぱいつくっておこう!

 ところで、正真正銘の「森のおうち」に住んでいる知り合い(と呼ぶにはおこがましい、ちょっと知ってる)お方のブログ。最初に見た時、うっとりしました。

 写真も文章も大好き☆ http://blog.greetings.jp/

                     

        

  

                    

        

                              

|

2009.07.25

300 なんとかジャーの思い出+メッセージ

 夏休み。ラジオ体操行ったり、カキ氷作ったり、滝に出かけたり、昼ご飯にそーめん 食べたり、クーポン券持ってマック行ったり、割と典型的に過ごしています(今日も小学校の夏祭り)。「宿題やれよ~」「プリントの上でポテトチップス食べるな!」「そんなにテレビ見てたらお兄ちゃんうるさくて宿題できないでしょ」「あんたら一日中ケンカばっかじゃん!」とか、どこのご家庭でもある風景かと・・・(笑)。

 日常どっぷりのこんな時は、ブログがトリップの場所になる。

 てなわけで、あるひとつの、ニューヨークの思い出。

☆☆☆☆

 子供が「ゴーオンジャー」以来、「シンケンジャー」にも夢中になっていて、「なんとかジャー」(戦隊もの)にまつわる印象的なできごとを思い出した。

 大学卒業直前、棚からぼたもち的にニューヨークへ出かけた。

 私は大学4年の正月を過ぎても就職先が決まっていなかったので、卒業旅行という熱意も余裕も当然なく、うだうだ過ごしていた。お先真っ暗の状態だったのに、見るに見かねたサークルOBのアナウンサーの紹介で就職先が決まり、加えて大学時代に入院した分の学生保険金(入学と同時に加入させられている生協のもの)が思いがけず舞い込み、気持ちの余裕とまとまったお金が手に入った。

 当初は東京に出ていたきょうだい3人で韓国へ焼肉ツアーに出かけようとしたが、よーく考えた時、どうしてもニューヨークへ行きたいと思い、一人旅でニューヨーク~ナイアガラの滝のツアーへ申し込んだ。

 とまあ、この旅もかなりの珍道中で詳しく書こうと思うと長くなるので(謎のガイドさんの無駄に長いハグから始まり、タダでマンハッタン観光ツアーに参加。バッファロー空港からインドの大富豪とタクシー乗り合わせでナイアガラの滝へ・・・シェラトンでのパーティ用の魚を吟味するインド人につき合わされスーパー巡り、挙句国境で止められる等々)、ここまでずるずる書きながらも割愛します。

 書きたいのは「なんとかジャー」の思い出。

 ニューヨークにて。念願のブロードウェイでミュージカルを観ようとチケット売り場に並ぶと、思ったより値段が安かった。ならばせっかくなのでよい席で観ようとお願いしたら、『キャッツ』は最前列の席だった。

 間近で観る舞台に感動しつつも、最前列となると他のお客さんがハイソで落ち着いた印象で、ニューヨークの猥雑さが感じられず、少し残念に思った。

 そのため、翌日の『美女と野獣』は、わざわざ少し劣る席にしてみた。

 すると、舞台は遠のいたけど、その分、周囲の観客が大衆的になり、うれしかった。 みんなとってもウキウキしていた。

 その時隣り合わせたのが黒人の親子。

 私の隣の女の子(たぶん6、7歳くらい)は私が隣に現れた途端、お母さんに向かって何やら興奮気味に話しかけていた。

 お母さんに聞いてみると、「『○○ジャーにそっくり!』と言ってます」みたいな返答だった。どうやら、アメリカで放送されている日本の「○○ジャー」に出てくる女の人に私が似ていたらしい。

 たぶん彼女にとって、それなりの?日本人だったらみんなヒットしたと思う。

 ただ日本人というだけでそこまで喜んでもらえるなんて、感激だった。見たことない○○ジャーよ、ありがとう!という気持ちだった。

 その黒人の女の子とは写真を撮ってもらい、今も大切にしまってある。

 今の息子たちの「なんとかジャー」に対する熱を見ると、あの時の女の子の興奮ぶりを思い出す。

 『キャッツ』の完成度高いダンスよりも、『美女と野獣』のきらびやかな舞台よりも、女の子のくりくりした目が強く印象に残っている。

****

 ☆300回を機にコメントの設定も考えましたが、200回時のコメントで、励ましのお言葉をたくさんいただいたので、今取り組んでいる小説がなんとか形になってから設定したいなあと思っています(みなさんとの語らいは楽しみだけど、そこに甘えちゃいけない気がして・・・)。いずれにしても、400回では設定させていただきます。

 「これは!」って時は随時いただいているので、200回部分のコメント、思いついたらずるずるっとさかのぼって、どうぞご利用ください。

 家事育児の合間の文章修行&発信ですが、今だから湧き出てくる言葉、ブログにしかできないことってのもあると思っています。いつも読んでくださってありがとうございます。

 P.S. 亜由子ちゃん、ガンバレ!!        

        

               

                     

|

2009.02.08

211 空海さま

 金・土と、夫の会社の保養所がある、蒲郡市の三谷(みや)温泉に行ってきました(うちから車で40分くらい)。

 その保養所に行くと、必ず寄って来るのが、三谷の弘法さん(どなたかのサイトより拝借・・・)http://www.sukima.com/19_gama01_02/20kongo.htm

 もう5回目くらいの対面かな?(笑)

 私は、空海さまには、ちょっとしたご縁を感じている。そのご縁はUAから始まった。

 島根県に住んでいた97~98年頃、子宮の病気や当時一緒にいた人との関係に悩んでいた私は、もともと好きだったUAのこの歌が心に沁みた。

 デビュー曲の 『HORIZON』。 その歌詞の中に、

      <そうねもし この世に言葉なんて なければ

        私たち ずっと 一緒に 居れたのに

        探してた 永遠は 永遠に 

        空と海 溶け合う日を夢見てた>

 という部分がある(ラスト)。

 一緒にいた人とは、言葉によるケンカが絶えず、言葉の素晴らしさとともに、恐ろしさを感じていたので、20代前半にして、その歌詞を書いたUAってすごいなあと思っていた。

 のちに読んだ、『Wasteland』のUA自身による歌詞の解説では、『HORIZON』は、別れた彼のことを思い出して書いたらしく、ってことは、村上淳氏よりも前の話で、どんだけ早熟?って思うくらいの天才ぶりだと思った。・・・今読み直すと、『気狂いピエロ』のことにも触れている。

 まあとにかく、その歌を繰り返し聴いては、言葉について感じ考えていた。また、当時は出雲市の島根医科大学病院に子宮内膜症の検診で定期的に通っていて、いつも自分で車(彼の車)を運転して行く時、UAのCDをよく聴いていた。

 道路の左側には日本海が現れて、その海が見える瞬間と、この『HORIZON』がシンクロすると、それはそれは海と空の青が美し過ぎたのでした。

   <空と海 溶け合う日を夢見る>

 という詞や、その他細々したことが重なり、空海に興味を持ち始めた時、仕事で出会った初老の男性が、偶然、高知新聞から出た空海の漫画本の企画に関わっていた。私が「空海に今とても興味があるんです」と伝えたら、その場で『弘法大師 空海』という分厚い歴史漫画をプレゼントしてくれた。

 どんな流れでそうなったのかはよく憶えていないけれど、とにかく今も私の手元には空海の漫画本がある。

 その後、空海と縁の深い高野山にも二回行き、いつか無事に子供が授かりますように、とお願いした。

 そして今、三谷の弘法さん。

 三谷の弘法像は、正式には、「子安弘法大師像」だそうで、由来はわからないけれど、赤ちゃんを抱いている。

 私が三谷の弘法さんに初めてお会いした時はすでに子供がいたと思うけれど、妹の赤ちゃんをお願いしたら、次に来る時にはお礼参りができた。お力をいただいたのかな?

 我が家では、なぜか、サンタクロースにプレゼントをお願いする前に、この弘法さんのことが出てくる(クリスマス前に行ったことがあるからかな?忘れた)。

 「いい子にしてないと、弘法さんが見てるから、サンタクロースのおじさんも、プレゼント持ってきてくれないよ」と夫が言う。

 神さまっぽいものってつながりで、わからなくもないけど、今となっちゃ、その関連がナゾ(笑)。ただ、間違いなく、うちの息子たちの心には、サンタクロースと弘法さんがタッグを組んで刻まれている。いいのかしら(笑)。

 空海のことを思い出して書くつもりが、忘れていることが多く、ダラダラの文章になってしまいました。

 ただただ、空海にはご縁を感じています。なんてったって、名前がまず、素晴らしい!!!

                   

        

|

2008.12.12

188 ポン・ジ・アスーカルの思い出

 幼稚園のクリスマス会で友達と「胃腸風邪」の話になり、思い出した場面。

 新婚旅行でブラジルに行った時、ポン・ジ・アスーカルという、巨岩でできた山にロープウェイで向かった。

 パッと見つけたサイト↓。この中の、上から三つ目の写真に出ているラグビーボールを立てたような山です(ちなみに大好きなイグアスの滝が下の方にいっぱい出ているのでご覧ください)。

 http://b-tabi.com/rio5.html

 山からの眺めを堪能した後、ロープウェイで戻ってきた途端、私は酔ったようで、そこのけそこのけ、という状態でトイレを目指し(驚いて道をあけてくれたブラジルのみなさんのギョッとした顔を思い出す)、吐きました。

 その後も気持ち悪さがおさまらず、夫とガイドさん(日系二世のおばさん)の前で屈み込んでふうふうやりつつ、頭の中では「できちゃった結婚でやって来た浮ついた新婚と思われたらどうしよう?」と無性に恥ずかしくなり、吐きながら必死にガイドさんの方を振り向き、「妊娠じゃないですからっ!」とか「私、今、生理ですからっ!」とか、求められてもいない弁解をしていた。

 その時の自分の妙な必死さが、我ながらバカみたいで、今思い出しても笑える(今日も友達に笑ってもらった)。確かに私にも新婚の時代があったわけだけど、新婚の甘いイメージがすごく嫌だったんだよなあ。

 てなわけで、私にとって、ポン・ジ・アスーカルと言えば、必死に弁解した思い出(笑)。

 ちなみに(これも聞かれてもいないけど)、小説では、息子のことをイグアス産と書きましたが、実際はハワイ産です(どーでもいいね)。

 クリスマス会の後は、母の会委員でのお食事会でした。運動会やお遊戯会という大きなお手伝いが終わり、「おつかれさま」ということで。本当にみなさん熱心で、からっとしてて、いい人ばかりだった。行事の裏でのお母さんたちの仕事っぷりは、報酬が発生しないなんてもったいない、というくらい素晴らしいもの。こういう働きの大切さを、世の中の人にもっと分かってもらいたいなあって思う。

                       

                

              

|

2008.08.05

133 戻りました。

         
 奈良に3泊、岐阜の高原に2泊して、豊橋の自宅に戻ってくると、ここはまさに「平地」って気がする。
 うー、暑いよー。
 あー、現実がー・・・。

 宿泊したログハウスの近くで、たまたま夏巡業のため稽古していた陸奥部屋のみなさんに出会いました。
 親方は、元大関 霧島!!
 ちらっと生のお姿、拝見しました。
 かっこよかった~~!!
 レクサス乗ってたよ。足立ナンバーの。
 現役時代の霧島関、好きでした。
 渋くて、寡黙そうで。
 今も、とても素敵でした。

 帰りの車で、ハッと気づいたら、次男がビーチぞうりを、丁寧に丁寧に舐めていた・・・!!!
 しかも、裏側を。
 「やめなさい!!」ってよりも、あまりのことに、目を疑い、笑ったね。
 いくら奇行の多い次男でも、まさか靴の裏を舐めるとは・・・。 
 塩分とかミネラルとかが足りないのかな?って思っちゃったよ(石を舐める動物とか、土を食べる部族とか思い出した)。

 てなわけで、また。


             


             


           

|

2008.08.02

132 奈良の旅・奈良の女

 腰を据えてブログを書けないので、最近特に支離滅裂ですみません。        

****

 行ってきました。奈良の旅(7.29~8.1)。

 お互いに夫は会社なので、友達(Mちゃん)の運転で、助手席に私、2列目にうちの兄弟、3列目にMちゃんところの姉弟という状態で、愛知から奈良、奈良のご実家から吉野~天川等々移動した。

 最初から余談を挟むけど、以前読んだ佐野洋子さんのエッセイで、「車の運転がうまくて読書好きな女は離婚率が高い」という内容のものを読み、すごく納得したのだが(確かに両方得意、という女友達は少ない。ちなみに私は読書はするが、運転はヘタ)、Mちゃんは、車の運転がうまく、読書家なのに、夫婦は超円満。料理上手で、ヘラヘラ愛想を振りまくわけでもないのに人が寄ってくる(ひれ伏してくる?)。なんというか、たいへん多面的な女性で、人間離れした魅力があり(シャーマンのような)、彼女を見ていると、平塚らいてうが言った「元始、女性は太陽だった」を思い出す。

 もともと奈良の天川辺りに興味があったことと、Mちゃんの育った場所への興味が重なり、おまけにMちゃん一家は秋にアメリカに引っ越してしまうので、この夏しかない!と思い、連れて行ってもらった。

 紀伊半島については、10年前、当時の恋人とともにワゴン車で寝泊りしながらあちこち巡ったことがある。京都駅から赤目四十八滝~高野山~白浜(南方熊楠館など)~那智の滝~伊勢神宮といった旅。山奥で寝ていたら、車の前を野生の鹿が横切った・・・そんな旅。その時感じた、言葉では形容できないような土地の心地よさをもう一度体感してみたくて、未知の天川を目指したわけです。

 今回の旅について、感じたことはいっぱいあるけど、すべてを書き表すことは難しいので、印象に残ったことを書くと・・・

 ☆吉野~天川については、植島啓司さんの『聖地の想像力』という本にある、「聖地の分布は標高800~1200メートルあたりに集中している。しかも、やや盆地(すりばち)状になっていて、周囲の森や樹木の生気が沈澱しやすい場所というのが基本的条件として考えられるだろう。天河はまさにそんな条件にぴったりの場所なのである。」という文章がピッタリ当てはまる。

 Mちゃんとは、4~6月にかけて、近所の大学のオープンカレッジで一緒に「気功・太極拳」を習っていたのだが、その時、「気」というものを具体的に体感しているので、吉野や天川辺りに流れている気についても、なんとなく分かるような気がした。

 やはり山や草木や緑というのは素晴らしい力を持っているのだと思う。

 例えば、コンクリートに囲まれた都会の猛暑にイライラが高まっている人が、ふと、どこでもドアで山や森に連れてこられたとしたら、イライラがすーっと鎮まるだろう。自然は、邪気を吸い込み、人をやさしく包み込んでくれる。自然はやっぱりすごいのだ。

 有名な天河大弁財天にも行ったけれど、それよりも、私にとっては、「場」とのファーストコンタクトであった、丹生川上神社(下社)のほうが、ぐっと来た。車を降りた途端に感じた心地よさ。空気がまるくやわらかく、ポッと留まっているような、包まれるような感覚。山や木々のてっぺんや、空を見上げるだけで、わけも分からず涙が出てくる。樹齢500年というご神木も立派だった。ネット上に神社の写真や記事を載せている方がいたので、ご紹介。

  http://www.y-morimoto.com/jinja22/niu_shimo.html

 一人旅や、大人だけの旅なら秘境みたいな場所にぜひとも行ってみたいけれど、なんせ、4人の子供を連れて、えっちらおっちらの旅なので、目に付いた川で子供たちを遊ばせ、お腹が空いたらご飯を食べさせ(柿の葉ずし、めっちゃおいしかった~)、落ち着かないのも当然やむを得ない、楽しい旅でした。

 ☆二日目の夜には、大塔村の「星の国」というバンガローに、現地で待ち合わせたMちゃんのお母さん&お義母さんと一緒に泊まってバーベキュー。炭おこしも、バッチリMちゃんがなさったのだよ。すごいよなあ。残念ながら雲のために満天の星とはいかなかったけれど、近くのロッジに泊まっていた同志社大学のお兄さんお姉さんたちに子供たちはいっぱい遊んでもらい、親も子も大満足だった(笑)。

 ☆四日目の帰路に着く直前まで、Mちゃんの実家の周辺の古墳など案内してもらったり(歴史に詳しくないけど、明日香村や高松塚古墳といったビッグネームもすぐ近く)Mちゃんの親戚の方にまでお会いし、Mちゃんのルーツやパワーの源を垣間見せてもらった。

 ☆豊橋で何度かお会いしているMちゃんのお母さんが私はとっても好きで、このたび泊まりでご一緒させていただき、ますます大好きになった。

 例えば、最終日の朝、早く目を覚ました子供を追って起きると、「もうちょっと寝とき~」といたわってくださり、それでも起きようかと思って階段を降りていったタイミングで、トイレから聞こえてきた声・・・。

 うちの次男のウンチに付き合ってくれていたお母さん。

 「大きいの出たね~見てみる?」

 コレ、子供が身近にいないと分からない会話かもしれないけれど、4歳くらいまでの子供は自分のうんちを見たがったりする。親としても、大きいうんちが出るのは健康な証拠でうれしい。子供の気持ち(よその子供なのに)に何気なく寄り添っているお母さんの声を聞いて、やっぱり私は、Mちゃんのお母さん大好き!って思ったのだった。

 ふだんMちゃんからふるさとや家族の話は聞いていたけれど、実際に足を運び、お会いしたり、土地の空気を体感したりすることってやっぱり大きい。

 しばし日本とアメリカとで離れても、この旅のおかげで、今後も深く語り合えるように思う。

 帰宅後、久しぶりに開けたパソコンで、河瀬直美さんのブログを読んだ。そこに紹介されていたニューヨーク在住の方の、『殯の森』に関する文章。

 ここ↓に出ている森の空気や、河瀬作品について、今回奈良で感じたこととも重なるので、紹介させてもらいます(長いです。書き出しに「暑い森」とあるけど、自分たちが出かけた場所はどこも涼しかったです)。

 http://nyckingyo.exblog.jp/8340793/

 『萌の朱雀』で初めて出会った、深い深い緑を思い出す。

 河瀬さんが奈良に住み続ける気持ちも、大いに分かるような気がした。

 どさくさ紛れに書いちゃうけど、河瀬さんには5月に『赤土に咲くダリア』とお手紙をお送りし、感想が書かれたお葉書をいただきました。頻繁に海外に出かけているお忙しい時期だったのにすぐに読んでくださり、温かい手書きのお葉書に感激しました。

 田舎に暮らし、自分のルーツを見つめ、次々と作品を生み出している一児の母の河瀬さんのこと、尊敬しています。

 私がこれまで出会った奈良の女性は、みんなキョーレツです。

 歴史の重み・深みと、山や森の生気を受けているからかな。

 旅の間、子供たちがずっと元気に楽しく過ごせてよかった(うちの兄弟のケンカが申し訳なかったけど・・・)。次男はだいぶ言葉がうつり、今も「~やで」とか言っている(笑)。

 Mちゃん、ご家族のみなさま、ありがとうございました。

 明日からは岐阜です。たまたま重なって・・・。では!

              

                 

 

|

2008.07.29

131 天川

          
 中日新聞(東京新聞も?)夕刊に連載中の宮城まり子さんのエッセイが、もうすぐ終了なのでさみしい。
 毎夕、宮城さんの少女のように純真な言葉を読むのが楽しみだった。
 あたたかくて、やさしくて。朗らかで、切なくて。
 その中で、最近ハッとした内容を・・・(第93回の書き出しを抜粋します)。

****

 「修行僧の『氷のやうに透み渡った』世界には、線香の燃える音が家の焼けるやうに聞こえ、その灰の落ちる音が、落雷のやうに聞こえたところで、それはまことであらう。あらゆる芸術の極意は、この『末期の眼』であらう」という川端康成の文章を吉行はほとんどそらんじていて、口伝えのように教えてくれた。
 安岡章太郎さんが淳之介が言ったと教えてくださった言葉です。

****

 このあとは、芸術ではなくて、宮城さんがおつくりになった、ねむの木学園の話になるのだけれど、宮城さんこそが透み渡った心をお持ちだから、やさしいやさしい学園ができたのだと思う(しかし、法律の改正でたいへんそうである・・・「改正」という言葉を、「改悪」と書く人の気持ちも分かるなあ)。
 私は毎度、感じることや書くことが、「何を大げさな」という気がして、自分で自分に疲れることもたびたびだけど(世の中のみなさまゴメンナサイ・・・)、透み渡った眼や心を持ち続けられるひとになりたい。そういう世界をすでに持っている人は意識しなくてもオッケーなんだろうけど。

 上記の言葉は、切り抜いて掲示板に貼っています。

 前置き?はこのくらいで・・・

    
 これから、

 大好きな友達の奈良の実家に遊びに行ってきます(夫は留守番)。

 最大の目的地は、天川!!

 ずっとずっと行ってみたかった場所です。

 土地の空気とパワーを感じてきます。

 


         

            

|