307 逗子の旅
転勤族だった妹家族が、ダンナさん(Tくん)の転職により、逗子市民になった。
逗子と言えば、昔っからいいイメージ。
大学時代、鎌倉に出かけた時、緑豊かで情緒溢れる町(街より町が似合う)の雰囲気に、「関東で結婚するとしたら、この辺に住んでみたいなあ」とぼんやり思ったことがあった。横須賀や三浦半島にも不思議と縁があったし、海と山があって東京に近いというのは、本当に魅力的だと思っていた。
今回、子連れで逗子を目指し(あたふたドキドキ)、JR横須賀線の「北鎌倉」~「鎌倉」~「逗子」という並びを目に(耳に)しただけで、「こんなビッグネームの近くに妹は住んでいるのか!」「まさに私の憧れの土地ではないかっ!」と興奮してしまった(妹たちの最寄りの駅は、逗子の隣の「東逗子」)。
実際に降り立ったり、車で移動してみて、想像以上の緑の多さにびっくりした。
「或る朝の小道」(この坂を上がると妹たちの住むマンション。ちなみに駅から5分もしないうちにこの風景)
このパノラマは本当に心地よかった。私の住む豊橋の家よりずっとずっと緑に囲まれている。おまけにこのマンションには住民やその関係者が利用できる温泉施設まであるのです。私たちもちゃっかり入らせてもらったけど、本当に素晴らしい。温泉棟へ移動する途中、会う人会う人が心地よい笑顔で挨拶し合うところも素敵だった。・・・と書くと、まるで億ションのようだけど、そんなことはないです。リタイアしたお金持ちが暮らすような場所に若くして居を構え、仕事に出かけたり、子供を育てたりするというのは、いいことだなあと思った。Tくんの勤務地は近いけれど、逗子から東京へ通う人が多いのも納得(実際テレビ時代、激務にも関わらず頑なに逗子から通い続けているディレクターがいた)。
今回の旅を振り返ると・・・(かなり自己満足な備忘録です。恐ろしいほど長くなったので(当ブログ史上最長)、興味のない方はスルーしてください)
<7日>
子供たちにとって、初めての新幹線。「新幹線って速いねー」「景色がびゅんびゅんに見える!」
ニコニコした若い車掌さんに「この子達、新幹線、初めてなんです」とお伝えしたら、「どこまで行くのかな?お天気が良くてよかったねー。楽しんで行ってきてね」と、期待以上に丁寧にやさしく話しかけてくださった。感激。息子たちは車内販売も気になり、無駄に買い物したり(ふだんは買わないけど記念だもんね)、お姉さんに手を振っていた(笑)。
ゴロゴロバッグを引きずりながら、新横浜から横浜線、横浜から横須賀線に乗り換え、東逗子へ向かう。逗子から東逗子への短い時間に隣り合わせた老夫婦(80歳くらい)が息子たちに微笑みかけてくれたので、「愛知から来たんですけど、いいところですね」と伝えたら、「いいところですよ~」とのご返事。長年住んでいらっしゃる地域についてすぐに「いいところですよ」と応えられる素晴らしさ。
妹と姪っ子の野衣(のい)ちゃんが迎えに来てくれて、待望の再会。遠距離恋愛してるボーイズとガールを会わせるために、私ら一生懸命。
夕方は、思いつきで逗子の海水浴場へ(車で10分)。
キマグレンの「音霊」もすぐそこに建っていた。台風の影響で波が高く、ボディボード率高し。海の解放的な空気はやはりいい。
少し海で遊んだ後、親子で水着のまま沖縄料理の海の家へ。沖縄そば、島らっきょう、もずく酢、てぃびちなどなど・・・。ビールも飲みたかったけど(海の風ってどうにもこうにもビールに合う)、運転する妹に悪いし子供もゾロゾロなのでこらえる。
その後、ドライブしながら妹宅へ。葉山の御用邸を初めて見る。葉山も想像以上に緑が深かった。逗子~葉山は、「都会から近くて少し自然があるところ」かと思っていたけれど、そんなことはなかった。都会に近いのに、田舎のようにふんだんに緑がある。おまけに富士山まで見えるらしい。こぞって住みたくなるのもわかるわ~と思った。
6時過ぎ、Tくんと再会。本当にさわやかで、感じのいい、最初っから緊張しない(笑)いいひとなんだーー!!
温泉に行った後、ビールを飲みながらTくんと語る(つまみは、豊橋名産「ヤマサのちくわ」)。子供たちを寝かしつけた後、妹とTくんに甘えさせてもらって東京へ向かう。編集者さんと作家さんたちとの飲み会。とーっても有意義な時間でした。
<8日>
寝ようと思えば眠れる状況にあったのに、一睡もしないまま早朝逗子に戻る。午前中ゴロゴロさせてもらい、午後からは近所の流水プールへ。妹の友達の、やけにハイテンションなファミリーに出会う。この日、妹は歯痛のため行かなかったのに、ノイちゃんに声をかけ、私を見るなり手を振られ、「妹と間違えてるのかな?」と思ったら、しっかり「お姉ちゃん」と把握していた。私も人からよく「(クスリ)やってるでしょ?」と言われるけど、人から見たら私のテンションの高さもこんなだろうか?と不安になる(笑)。温かい友達に囲まれて妹も良かったなあと思った。
うちの子供は初めての流水プール。私も子供の時以来入り、まったく流しそうめんの気持ちになった。
思ったより早くノイちゃんが眠くなり、帰る。泳ぎ足りない長男を、Tくんがハイキングに連れて行ってくれる。長男、美しい風景と達成感に大満足で帰宅。
夜は、妹宅で焼肉。ミノがおいしかった~!!
<9日>
江ノ電で鎌倉の大仏を目指そうかと思ったけれど、ぶらりと江ノ島まで行ってイタリアンでランチをし、引き返すうちにみんな暑さでヘロヘロ。江ノ島は若者に溢れ、パピコを買いに入ったローソンは、見たことのない長蛇の列だった(並んでるうちにアイスが溶けるような・・・)。子供たちは茶髪の兄ちゃんから「よおっ!」などと話しかけられる。みんないい感じに壊れている(笑)。
ビーチボールを求める若者と店員さんとのやりとり・・・
店員さん:「何色にしますか?」
若者:「男は黙ってピンク!」
こんな会話があちこちでなされていた。
鎌倉駅で江ノ電のおもちゃを買って帰る。このページの上から7つ目のおもちゃ。これが不思議なんだよ。http://www.enoden-net.com/goods/goods_esharyo.html
大学時代に乗ったことのある江ノ電の素朴な感じと、「えっ」と思うほど民家の近くを通る箇所や海の見える瞬間の感動が忘れられず、再び乗れてうれしかった。
大仏は、また次回。子連れだと本当に思うように進まないけど、まあそういうもんだろう。
夕方は、横須賀のTくんのご実家へ。
ご両親とは、Tくんと妹の結婚式以来の再会。博識で深い魅力をお持ちのお父様とお洒落でキュートなお母様が私は大好き。おいしいお茶をいただいた後、近くの公園へ出かけたら、模範的ともいえる夕立に遭遇。みんなで濡れて走ったけど、大粒の雨が気持ちよかった。
その夜は、おいしい中華料理店へ。楽しくお喋りしながら、色んなものを、たらふくいただきました。騒ぐ兄弟を連れて、中華と言えばこのところ「王将」のみだったこともあり、格別においしく感じました(ごちそうさまでした)。
みんなで温泉に入って、おやすみなさい☆
<10日>
この旅の(子供にとっての)メイン、東京ドームシティでの『シンケンジャーショー』http://www.tokyo-dome.co.jp/cgi-bin/schedule/User/hero_top/schedule-hero_top.cgi
これ、私はともさかりえちゃんのブログでその存在を初めて知ったのですが、東京方面では、シンケンジャーの番組中のCMでショーについて流れていて、びっくりした。ちなみに、愛知辺りでは同じ後楽園グループでもCMは「熱海後楽園ホテル」です。
ノイちゃんも、息子たちの影響で今のところシンケンジャーが好きなので、禁断のディズニーランド(我が家も妹家もさほど興味ないけど、せっかくなら、、と一瞬)と迷った末、こちらを選んだ。当日は雨だったのでよかった。
入場時、突如現れたシンケンレッドに一同騒然。売店から未会計の商品を持ったまま飛び出してくるお母さんはいるわ(←妹のこと)、親子でポップコーンをぶちまける人はいるわ、みんなめちゃくちゃ(笑)。
握手で迎えられ、いざ会場へ。
ステージを縦横無尽(特に縦!飛ぶわ落ちるわ)に使ってのショーは、想像以上に迫力があり、子供は大喜び、私は早々に涙。なんというか、手足をピンピンに伸ばしてのアクションスター様の演技に、子供を楽しませようというプロ根性を感じ、とても感動した。
雨やら人混みやらにヘロヘロになりつつ帰路へ。救いだったのは横須賀線はたいてい座れるということ。
その日はTくんのお誕生日だったので、手巻き寿司とロールケーキでお祝い。
子供たちのために尽力してくれたTくんにシンケンジャーの歌とケーキでお祝い。Tくんにとって、ますます素晴らしい一年となりますように☆
最後の夜、次男は「ノイちゃんと一緒に寝たい」と泣く。兄弟はノイちゃんが本当に大好き。
<11日>
帰宅予定の日。
台風を心配しながら寝たのに、朝起きたら妹が、「お姉ちゃん、台風どころか、地震で新幹線止まってるよ」と言う。
地震については、明け方感じていた。寝ぼけまなこで目に飛び込んでくるニュースが震度6とは、阪神大震災の朝を思い出した。
このブログでも書いたけど、一昨年は、たった4回の上京中、2回新幹線が2時間遅れた。またしても起こってしまったか、、と大らかに受けとめつつ、よりによって子連れの時に・・・。私の運不運に子供たちを巻き込みたくないなあと思う。
妹が「お姉ちゃんって、本当に天変地異を呼ぶ女だよね。かわいそう通り越して笑えてくる」と言った。私も毎度笑ってしまう。かつて一緒にフランスを旅した時、私が妹たちと別れ、一人で南フランスへ向かおうとした途端TGVがストライキを起こしたことや(急遽パリの知人宅に3泊)、結婚直後、夫婦で宮崎・高千穂峡の風流な滝を目指した旅で台風にぶち当たり(東海豪雨の時です)、ボート乗り場が決壊&村の災害対策本部の腕章をしたおじさんと滝の周辺を巡った体験等々を知っているので(もともと雨女だし)、「お姉ちゃん」の移動と共に巻き起こる異変を妹はつくづく感じている。不謹慎な物言いになってはいけないし、もっとたいへんな事態を呼ぶ人もいるだろうけど、私も「なぜ?」といつも思う。とはいえ、こういう事態も度重なると慣れてきて、運に身を任せることを体で知る。
ここが濁流でどわーっでした(苦笑)。
テレビには出てこない状況を知りたいとJR関係の窓口に電話しても、みんなテープの事務的な対応。遅れを覚悟で子連れで駅で待った方がいいのか?指定席券のある今日を見送った方がいいのか、明日頃からは帰省ラッシュに突入するし・・・というなかなか難しい選択。
そんななか、藁にもすがるような思いでかけた「JR東日本 ご意見ご要望を伺う窓口横浜お客様相談室」。対応してくれた男性に、「新幹線について」と言うと、やはりテープ案内を教えてくれたのだが、そこで食い下がる。
「素人なので、こういう場合の一般的なご意見をお聞きしたいのですが・・・。もしも教えていただいたことが間違った結果になったとしても苦情は申しませんのでお知恵をお願いします」と言って、上記の選択について尋ねる。すると、
「今、新幹線が3時間遅れでも、点検作業が済み次第、私たちはダイヤが回復するように努めていきますから、14時52分発の新幹線でしたら、その頃にはだいぶ復旧していると思います」
とのご返事。私は言った。
「ありがとうございます。まったくわからないと、今3時間遅れなら、そのままもっと遅れていくことも想像してしまうので、そのご意見が伺えただけでも本当に助かります」とめいっぱいお礼をお伝えした。
<ダイヤの回復に努めていく>という言葉に、鉄道マンの使命を感じ、感心した。
専門的な場所にいる人たちからすれば、どうってことない常識が一般人にはわからず、焦ってしまうことにもなるので、やはり現場の「肉声」はありがたいし、丁寧に教えてくださる方には、過剰なほどにお礼を伝えたい。
その男性の声に助けられ、運を信じ、とにかくまずは新横浜へ向かうことにした。子連れで向かい、子連れで引き返すことにもなるかもしれないので、慎重にならざるを得ないが、名古屋の会社からの夫のアドバイスにも助けられ、親子3人でドキドキしながら向かう。妹が車で新横浜まで送ることも提案してくれたが、妹も2歳の子を連れた身なので、妹たちまで巻き込みたくないと思った。
地震に台風まで加わったらますます先が読めなくなるが、幸いなことに台風はそれていき、妹宅を出る頃、逗子の空は晴れていた。
駅の近くのコンビニでゴロゴロバッグを宅急便にお願いし、妹親子とお別れ(この日Tくんはお仕事)。
眠くなってしまったノイちゃんに握手してもらえなかった長男が泣き出す(笑)。気を取り直してもう一度握手でお別れ。
最終日、のん気に帰るはずが緊張の出発。
余裕を持って新横浜に到着すると、カウンターはすでに長蛇の列。改札前の駅員さんに聞くと、幸いなことに私たちの乗る予定の「ひかり」は運休になっていなかった(運休になってしまった方は本当にお気の毒だと思った。ちなみにその日の東海道新幹線は上下合わせて62本が運休になった)。その時点で新幹線は概ね2時間の遅れ。
空いている「こだま」に変更したほうがいいかどうか尋ねるためのカウンターに30分待ちの列。息子たちにはみんなが座っている床にビニールシートを敷き、おもちゃで遊ばせておいた。ノイちゃんに見せようとじゃらじゃらとリュックに詰めてきたおもちゃ類を見た時はその重さに腹が立ったが、この緊急事態において、その「無駄なもの」が役に立った。息子が持ってきていたボロボロのバスタオルや毛布(ミスタードーナッツの景品)も、行きの横須賀線で発見した時は「なぜこんなものを!」と叱ってしまったのだが(おもちゃじゃらじゃらに加えて捨てようと思っていたタオル類が出てきた日にゃ:笑)、とても役に立ち、お礼を言った。
その時長男が思い出した、小さい頃読み聞かせた本。
『なにもかもタオルのおかげ』 ぺトラ・マザーズ著 今江祥智訳
途中息子たちがトイレに行きたがり、列の後ろの人に子供を一人お願いして、一人ずつ連れて行く。自分だけで子連れで旅をすると、こういう時はまいる。でも、おかげで話ができた後ろの女性は九州へ帰る予定の人で、「台風が来ていたので飛行機を避けたらこんなことに・・・」と嘆いていた。「お互いお気の毒様ですよね」などと話す。
カウンターで相談すると、早く出発する「こだま」より、私たちが待っている「ひかり」の方が結局早く到着するとのことで、チケットは変更せず、そのまましばらく地べたで待つことにした。妹が持たせてくれたビニールシートがとても役に立った。
ちなみに、妹が用意してくれた非常食。
最悪、夜を越すことも考え、歯ブラシやら着替えやらもたんまり持ち、我が家の定番、腹にたまる「黒豆せんべい」も。ビニールの中には様々な種類のお菓子がすべて2つずつ入っていた(同じものでないとケンカになるので・・・)。
駅の構内で、みーんな困っているんだけど、私はその、みんなが同じ「やれやれ、まいっちゃうなあ」「新幹線よ、動いてくれ!」というシンパシーでつながっている状態が、正直楽しかった。どんな状況でもついついワクワクしてしまう自分がいる。
地べたに座り、知らない人たちと同じ気持ちで過ごすのは興味深い体験だ。常識が消え、人と人との垣根が低くなる。ラグビー早明戦のチケット取りのために並んだ夜を思い出した。
こんな時、親がイライラしたり不安になると、子供は当然楽しくない。せっかくの初めての新幹線。私は楽しい思い出にしたかったし、とにかく新幹線が遅れながらも動いている現状がうれしくて、本音でその場を楽しんだ。お菓子やトランプを広げたりしているうちに、意外にもあっという間に私たちの新幹線も電光掲示板に出てきた。
結局、30分遅れで新幹線は新横浜に到着し、乗り込むと、指定席は快適なほどガラガラ。その後静岡や浜松で止まり、合計1時間遅れでの豊橋着だったけど、まったく苦はなかった。ただただ無事豊橋に着いたという幸福感でいっぱいになり、ホームに降りた。
隣のドアで、車椅子の若い女の子がうまく降りられず、付き添いのお兄さんらしき人も困っていたので、さっと車輪を持ち上げ、お手伝い。
息子たちの手をつなぎ、階段を上りながら、自分には両手両足があり、無事駅に着き、両手の先に子供の手のぬくもりがあるというのは、なんて幸せなことだろうと思った。
何がよいとか悪いとか、何が幸とか不幸とかではなく、ただ自分の目の前の状況を肯定し、余力があるのであれば、誰かのために差し出したい。
決していい子ぶるのではなく、本当にそう思う。
天災は誰が悪いのでもない。駅員さんに文句を言っていた人も見かけたけど、私は誠実に対応していたJRの職員さんたちは立派だと思った。
午後5時過ぎ、豊橋着。駅でお惣菜を買い、バスに乗って自宅へ。
思いがけないトラブルのおかげで、旅の幸せを一層深く感じられた。
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今回、本当は早稲田にも行ってみたかったけど(子供も希望していたので)、子連れでの旅は、ひょいひょいとは動けず、予定を思うようにはこなせないということがよくわかった。
気ままな一人旅を愛していた私としては、不自由を承知の上で、それでも旅をしたい。
昨年の奈良への旅も、今回も、夫を含めた家族ではなく、私が希望して子供を連れていく時は、自分のお金から出している。旅の自由を得るためにも、ちゃんと稼ぎたいなあと思った。
初日に会った作家さんが、たまたま少し前に北鎌倉で行われた澁澤龍彦さんの23回忌に参列していて、そのお寺がとても素敵だと教えてくれたので、ぜひ訪ねてみたいと思ったけど、予想外の雨と地震で断念。
これも、自然の流れに乗った。無理して行かないほうがいいと思った。欲張りすぎちゃいけない。
というわけで、駅から眺めるだけでも豊かな緑にただならぬ気を感じた北鎌倉(響きもいい)は次回のお楽しみに・・・。
最寄りのバス停に着き、家の近くのコンビニに寄ると、ブラジル人と思われる若者が群れていた。その中の一人の右腕に「真由美」、左腕に「敏郎」とでかでかと刺青が彫ってあった。日系人という様子でもなく、「敏郎」とは思われない彼だったけど、いいのでしょうか?(笑)
私の旅はヘンテコリン。私の人生もヘンテコリン。
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逗子は、夏が似合う場所だった。
ふと見かけた「なぎさ眼科」、「かもめ薬局」という看板も、文句なしに似合う!
青い空。色濃い緑。出会う人々がみんな穏やかで、ハメを外した若者も微笑ましくて、ゆったりとしたいいところだった。
これからも、何度も訪れたいな。
身内褒めではありますが、Tくんも、妹も、ノイちゃんも、本当に大好き。
騒がしい兄弟がいっぱい迷惑をかけてすみませんでした。
楽しい時を、本当に本当にありがとう!!
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