スポーツ

2009.11.30

 ボクシング

  
 おゆうぎ会で、まあるい感動を受けた夜、忘れていたボクシング世界戦を慌てて見た(間に合った)。

 内藤vs亀田戦、いい試合でしたね。
 登場してきた時から、亀田選手の方が顔や空気に余裕があった。
 それにやはり、上り調子の若さにはかなわないところがある。
 内藤選手の強さややさしさも本物だろうけど、あれやこれやを経て再び立ち上がってきた23歳の長男は強いと思う。


 3年前、亀田選手がライトフライ級でチャンピオンになった時、私も多くの人たちと同様、「いくらなんでも亀田の負けだろう」と判定に疑問を持った。そこで実況をしていたTBSの土井さん(大学時代の先輩)にメールで質問したらとても丁寧な返事をくれた。

 私は土井さんのことを信頼しているけれど、当時、土井さんもいわれのないバッシングを受けただろうから、今回実況するのかどうかTBSの判断も難しいところかな?と思った。でも、聞こえてきた声は土井さんの声でうれしかった。


 登場シーンにて。
 内藤選手も亀田選手も、それでしか生きられない男の強さと美しさ、哀しさを漂わせていた。
 きっと実況している土井さんも(ついでに僭越ながら今書いちゃってる私も・・・)。


 <才能は祝福ではなく欠落である>

  
 これは確か、村上龍さんの言葉を吉本ばななさんが紹介してた気がするけど不確か・・・(どこかの病院でふと手にしたばななさんのエッセイ本で妙に印象に残った部分)。

 才能は、神からのギフトであると同時に苦しみだと思う。
 そして、どんなことでも突き詰めれば突き詰めるほど、孤独を余儀なくされる。


 亀田選手は明らかに成長した。
 (個人的には三男大きくなったなーと、お母さん目線でもあった)

 試合後の彼の涙は美しかった。

  
 今朝、速攻で土井さんにもメールしたけど、参考までに、2006年8月21日(『ダリア』以前)の旧ブログより。
 当時、以下のブログを読んでさらに反論してくる男友達もいたけど(一瞬ケンカになりつつ、今も仲良し・・・男友達とのつき合いは、遠慮なくケンカできるし引きずらないのがいい)、腐敗してるように見えるテレビ界にもちゃんとした人はいるってことを、あらためてお伝えしたいです。

    
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  『68 信頼』

   
 ☆少し前に書いた文章です。 

 8月2日の亀田興毅選手の世界戦の判定には疑問を持った人も多いと思う。
 私もその1人だったので、試合の翌日、実況をしていたTBSの土井アナウンサーに問い合わせてみた。

 土井さんは大学時代のサークルの一年先輩で、ずっとお世話になっているお兄ちゃんみたいな存在だ。
 曲がったことが大嫌いな正義感のかたまりみたいな人なので、世間で言われているような「TBSが介入したのではないか」とか「筋書きがあったのでは?」という疑惑について、メールで率直に尋ねた。

 内容次第では土井さんとの関係も切れてしまうかもしれないとドキドキしながら返事を待っていた。すると、忙しいだろうにその日のうちに返事をくださった(山のようにメールが届いていたそう)。

 本当は全文を掲載したいくらいだけれど、迷惑がかかってはいけないので、短くまとめさせてもらうと、

 まず、
 「ボクシングの世界戦に介入できるほどの権力はテレビ局にはない。
 結果だって最後まで知らなかったし、もし筋書きかけるならもっと簡単に勝たせるし、あんな騒動になる事なんかさせないだろう」

 から始まり、ジャッジについても詳しく説明してくれた。

 「・・・・・全体の印象ではなく各ラウンドでつけるので、印象と結果が食い違った。それで騒動になるんですよね。ボクシングには往々にしてあります。
 となると、問題は各ラウンドで亀田がとれたのか?になるが、採点基準は有効打、アグレッシブさ、ディフェンス力、リングゼネラルシップの4つ。リングゼネラルシップは戦術、試合運びなどの事で、言い換えればうまさ、ズルさとなるかな。これのどこに重きを置くのかは各ジャッジに任されてます。つまり、手数が多い、相手に合わせてパンチを返していた、だからランダエタとなるか、手数と言っても手を出してるだけ、ダメージを与えるものではない、ならば強く打って、効いているパンチを出している、前に出て攻めている亀田に10点となるかは人それぞれなんです。
 それを解説の鬼塚、竹原、畑山は話しているんですね、判定は難しいものになる、と。・・・・・」

 これはとても参考になった(本当はもっと詳しく、薄氷の勝利に言及している)。
 私が素人なりの補足をさせてもらうと、第一ラウンドの亀田選手のダウンで、亀田が大きく不利という印象を受けたけれど、採点上はランダエタ:10対亀田:8という2点の差しかなく、その後の挽回は可能なわけだ(システムについて知らなければダウンは衝撃的なので10対0とかついているように思ってしまう人もいる)。印象と採点は違うということを冷静に受け取らなければならないと思う。
 あまり付け加えると言い訳のように受け取る人もいると思うので、土井さんのコメントをあと少しだけ抜粋させてもらうと、

 「個人的には亀田負けでもよかったと思うよ。まだ19だし、負ける事はなんら恥ずべきことではない。
 なかにはほれ見た事か、やっぱり口だけという人もいるでしょう。しかし、同じ位、亀田のがんばりを見直した人、よく最後まで立って戦ったと感じてくれた人はいたと思います。
 だから、もし筋書きがかけるなら、わたしなら惜敗ですよ!
 その方が亀田人気にはいいと思うもん!(笑)
 しかしながら、そんなものを持ち込めないのがスポーツの難しさ
 都合良くドラマティックにはなかなかならんのです」

 私はこの部分に、本当のことを見るような気がした。

 土井さんの言葉をなぜ信じられるかというと、それは「信頼」以外のなにものでもない。出会ってから15年の間に構築してきた関係により、私は土井さんのことを信じている。

 本当は、ホームタウンデシジョンや過去の試合例、試合の日程等についても色々教えてもらったけれど、長々と書くのは逆にTBSの言い訳や土井さんの弁護のように取られかねないので、ここでは書かない。

 長々と書く必要がないくらい、土井さんはスッキリ爽やかに亀田戦の結果を受けとめているのだ。

 雑誌もネットもまだまだ熱くなっているけれど、私にとっては同じ世界一でも、野球のWBCの時の方が「日本優勝でいいわけ?」とシラけていた。
 良いも悪いも、みんなマスコミに踊らされている。 

 結局、今回のゴチャゴチャで一番気の毒なのは亀田選手本人だと思う。
 私は、試合を観ながら、勝ちでも負けでも、最後まで闘い抜いた亀田選手は本物だなあと思っていた。
 いつも強気な亀田選手がリング上で時折見せた気弱な少年のような顔。
 素朴でストイックな修行僧のような素顔に、母親のような気持ちになった。

 メディアで見る亀田選手はガラが悪いし、大げさなパフォーマンスを好きになれない人も多いと思う。
 (素は土井さんいわく「好漢」らしいし、私もそう推測する)
 でも、尋常ではない厳しい練習に耐えているのも事実なのだ。
 19歳が48キロ台に身体をしぼり込む、そこには並々ならぬ強い意志や夢を追うたくましさがある。
 彼の努力や純粋さまでが今回の件で汚れてしまうのは悲しい。

 かつて、辰吉選手はボクシングについてこう言った。
 「一生のうちのたった30分がんばれば、人生変わるんやで!」
 その言葉は妙に説得力があったし、当時高校生だった私は夢が描けた。
 しかし、たった30分のために彼が血を吐くような努力をしていることも事実なのだった。

 ジダンの時にも思ったことだけれど、世界を相手に闘っている人たちに対し、軽々しくは口を挟めない。
 今回試合の終盤で解説の鬼塚さんが言っていた、
 「これが世界ですよ。いいんですよ。みっともなくても。
 なんとかリングに立ち続けて勝利を目指す。それが世界を獲る厳しさなんですよ」
 この言葉には、涙が出そうになった。
 世界を知っている人ならではの言葉、世界を相手に闘った人にしか許されない言葉だと思ったし、亀田選手への愛情を感じた(辰吉・鬼塚両氏に対しても色々言う人はいるけど、真相はどうあれ、私は彼らのがんばりを尊敬している)。
 鬼塚氏をはじめ、一緒に解説をしていた竹原氏、畑山氏のように、血を吐く苦しみを体験している人たちにだけ許される見解がある。

 そして私は、世の中が何と言おうと土井さんを信じている。いつもと変わらぬ温かさ、誠実さでキッパリハッキリ爽やかに解説してくれた先輩を。

 社会に出て変わってしまう人も多い中、人が時に汚い世界と呼ぶようなテレビ界・スポーツ界で昔と変わらないまっすぐさを貫いている。もちろんプロとしての柔軟さを身に付け成長を続けながら。そして今なおスポーツに愛情と誇りを持ち続けている。今回のような騒動があってもその姿勢はブレない。ブレないからこそ勝敗にウソはなかったと信じられる(土井さんは会社や背後に丸め込まれるようなヤワな男じゃないです)。試合のあった週のブロードキャスターで土井さんは上記に書いたようなジャッジの説明をしたが、話に入る前に「これからお話ししますのは弁護などの類いのものではな くて、ボクシングという競技についてさらに理解を深めて頂くためにするものです」と言った。それは彼の本心だ。ボクシングが本当に好きな人だし、責任を持って仕事に臨んでいる。私は変わらない土井さんを尊敬している。


 私が土井さんのメールを受けて送ったお礼のメールの末尾に書いたこと

 「あーーー、嬉しかった。
 何より、土井さんが土井さんでいてくれることが嬉しかった!!!」

 私にとって、今回は、荒れ狂う大波のような世論に反し、渦中にいる土井さんは意外にも凪だったことが大きかった。気が抜けるくらいにそのまんま。
 べつに世のすべての人に、土井さんの言うことを信じて欲しいなんて思っていない。
 私は、私の先輩を信じる。ただそれだけのこと。
 肥大化していく情報や噂のなかで自分なりの真実を見つけたい時何を基盤にするか。

 それは信頼だと思う。

     
 この文章がなかなかまとまらない間にお盆で実家に行き、両親と弟(スポーツ好きで2日もそれぞれの仕事が忙しいのに手を休めて中継を観た)に「この間の亀田戦どう思った?」と聞いてみた。
 みんなの返事は「亀田よくやったと思うよ~~。なんであんなに騒ぐのか分からん」とのこと。
 ほんとにうちの家族はのん気というか素直というか、、、幸せな人たちだなあと思った。
 (どんなことでも、考え過ぎることは幸せを見失うような気がした)


                


              

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2009.08.02

304 潜在能力

 インターハイ陸上、女子3000メートル決勝。

 彼女がスタートから飛び出した時、その勇気に驚き、涙が出た。

 最初から最後まで、震えを感じながらの応援だった。

 彼女の名前は、鈴木亜由子ちゃん。地元・豊橋の高校3年生。

 決勝に揃った、亜由子ちゃんよりも持ちタイムの速い子達を差し置き、先頭でレースを引っ張った。

 本来、先頭が似合う亜由子ちゃんだが、この3年間は、とてもつらい期間だったと思う。

 1年生で疲労骨折を経験し、その後、昨年にも二度目の手術。リハビリ、リハビリの毎日。その状態で、インターハイは3年連続出場した。

 亜由子ちゃんの存在を知ったのは、彼女がまだ小学校6年生の時。

 市内の大会の1000メートルで、「半世紀は破られないだろう」と評される記録を打ち立てた。

 その後、紙面上で活躍を追っていたが、中学2年生の全国大会で800メートル、1500メートルの二冠に輝き、その姿をぜひとも生で見てみたいと思い、亜由子ちゃんが3年生の時、市の競技場に出かけた(2006年7月のこと)。

 初めて生で見た亜由子ちゃんの走りは感動的だった。まるで野生動物のように無駄のない美しい走り。競技終了後、思わず歩み寄ると、走っている時の集中力が解けた彼女は、色白でとてもかわいらしかった。その時の感動を前のブログに書いた後、別の大会で亜由子ちゃんに声をかけると、そばにいたお父さんがなんと私のブログを読んでくれていた。

 紹介していただいたお母さんは、偶然、私の処女作『チョコレート色のほおずき』を読んでくださっていて、さらに高校の先輩にもあたったので、一気に打ち解け、以降はお互いの節目ごとにメールを交わし合ってきた。

 中3時の全国大会でも1500メートルでダントツの優勝(全国大会の舞台で2位以下を50メートル離すような圧倒的勝利)、ジュニアオリンピック3000メートルでも大会新での優勝。マスコミが騒ぎ、増田明美さんも褒め称えていた。

 私は、自分が中・高で800メートルに取り組んでいた経験もあって、完全に亜由子ちゃんのファン。その後のテレビの特集番組も必ず拝見し、亜由子ちゃんのご家庭(おじいちゃん、おばあちゃんも同居のお米屋さん。お姉ちゃん、お兄ちゃんもいる7人家族)の、今どき珍しいほどの温かさにも何度も泣かせてもらった。

 上記のようなこれまでを、走馬灯のように巡らせながらのテレビ観戦。

 地区予選でのタイムナンバーワンは、京都の久馬さんという1年生。新しい子が出てきたもんだと思う。その他、同じ愛知には、亜由子ちゃんの中学時代からのライバル伊澤さんがいる(昨年、全国高校駅伝で初優勝した高校のメンバー。ちなみに豊橋出身。豊橋すごくないですか?)。亜由子ちゃんを通して知った藪下さんは名門・須磨学園なんだなあなど、興譲館、諫早など、高校駅伝の強豪校の選手が並ぶ。

 多くの誘いを断わって亜由子ちゃんが進んだのは、地元の名門進学校。陸上という面においては、その選択が正しかったのかどうか、迷いを感じたこともあったと思う。私も、レベルは雲泥の差だけれど、高校時代、私学へ進んだかつて自分より下位だった子に追い抜かれた経験があるので、ケガをしてしまった亜由子ちゃんが、思うように練習できない日々は本当に苦しかっただろうと想像する。

 お母さんの言葉をお借りすると、<3ヶ月間松葉杖の生活で、その後歩くことから始め、なんとかGWの東三大会頃から少しずつ走れるようになりました。>これが、今年のこと。<本当に薄紙をはぐように>・・・この言葉が亜由子ちゃんや、ご家族の気持ちを表していると思う。

 それらを、それらを経ての、亜由子ちゃんの飛び出し。

 ふだんは心やさしくて謙虚な亜由子ちゃんが、勝負となると一変する。

 最初の400メートルを71秒、1000メートルを3分04秒というスピード。久馬さんも、伊澤さんも亜由子ちゃんの後方。途中、久馬さんが前へ出ても、亜由子ちゃんはひるまない。中学時代、華々しい記録を作り、当時の彼女からすれば、どうってことないペースだったのかもしれないけれど、亜由子ちゃんは今、高校時代の彼女の未知を走っていると思った。ただでさえ中・長距離は、突っ走って、どこで息が切れるかわからない。ましてや、ケガによるブランクを経ていたら、どこが自分の限界なのか見定めにくい。そんな状態で、亜由子ちゃんは、迷いなく自分のレースをしようとしていた。きっと、これまでの思いを胸に、悔いのない走りをしたかったのだろう。その思いがひしひしと伝わってきた。

 最後のスプリント勝負で集団が崩れ、結局は、現在の実力ナンバーワンと目されていた伊澤さんが優勝。亜由子ちゃんは、8位だった。

 中学の時の優勝インタビューは亜由子ちゃんだった。同じ地元で、その陰に隠れ、きっとくやしい思いもしてきた伊澤さんが、この日はインタビューを受けた。

 アナウンサーも解説者も、両者の関係にはまったく触れなかったけれど、私にとっては(きっと一部豊橋市民にとっては)、様々な思いが交錯する感動的な3000メートルだった。

 伊澤さんの順調な成長も素晴らしいけれど、私はやはり、亜由子ちゃんの潜在能力はとてつもないと再確認した。

 長距離には様々な要素が絡み合うと思うが、例えば心肺能力。冬の間、ライバルたちと駅伝で競い合える強豪校の生徒と違い、亜由子ちゃんの高校では、ほとんど孤独なたたかいだったと思う。

 そして、スプリント力は筋力の強化が大きく左右する。

 そう思うと、長いブランクや足をいためないようにプールやゴルフ場での練習を経て、ようやくトラックを走れるようになった亜由子ちゃんが、それでも全国8位(入賞)というのは、つくづくすごいことだ。

 本来の彼女は比類なきスプリント力を持っている。

 今回は、スピードによる足への負担を回避するために、800や1500ではなく、3000メートルに挑戦したそう。

 彼女の走りは、まだまだ終わらないと思った。

 一貫して、伝え続けていることは、亜由子ちゃんには、幸せな人生を送って欲しい、ということ。走ることは素晴らしくとも苦しいことに変わりはない。私もそのよろこびと苦しみ、進路に関する葛藤を少しは知っているので、安易に「がんばって」とは言いたくない。

 彼女がこの先、どんな道を選ぼうとも、彼女の人生を勝手に応援したいと思っている。

 亜由子ちゃんの走りを初めて見た時、「日本の宝だ」と思った。

 郷土の宝のみならず、日本の宝の今後を見守るお手伝いを、すみっこのほうで、そーっとさせていただきたいです。

 亜由子ちゃん、ご家族の皆様、おつかれさまでした。

 感動をありがとうございました。

<追記> 後日、我が家に亜由子ちゃんがご両親とともに寄ってくださいました。その時のお話で、上記のインターハイ決勝、亜由子ちゃんは足への負担を考慮して、スパイクを履かなかったそうです。アップシューズで全国8位というのは、偉業だと思います(特筆すべきことと思い、追記しました)。これからも、ゆっくりがんばって欲しいです。

            

           

     

                     

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2009.06.10

276 Viva 稲葉!!

      
 プロ野球オールスターのファン投票中間発表で、「日本ハムの稲葉選手が両リーグ最多の62086票を集めた」という新聞記事を読んだ。まだ中間発表だけど、6万を超えるというのはぶっちぎりの首位。
 稲葉選手の活躍や人気は、本当に本当にうれしい。

 過去にも書いたけど、稲葉さんは同じ学年にあたり、六大学野球時代、神宮球場で何度も姿を見た(稲葉氏は法政~ヤクルト3位指名)。
 当時の同じ学年でプロ入りした選手(私が神宮で見たことのある選手)を思い出してみると、織田(オリタ・早稲田~巨人2位)、川村(立教~日本石油~横浜1位)、河原(駒澤~巨人1位)、高木(駒澤~西武4位)。上下の学年に広げると、仁志、川上、高橋由伸等々いるけど、同じ学年で憶えているとしたら、上記の5人。河原と高木は六大学ではなく東都大学リーグだけど、当時の駒澤はとても強く、二人は全日本大学野球選手権で優勝した時のメンバー(高木くんがキャプテン、河原くんがエース)で、その選手権はウグイス嬢を務めていたので印象に残っている(高木くんは同じ愛知だし、高校時代から活躍を見ていた。ちなみに稲葉氏も愛知)。
 河原選手は今、中日に所属しているが、川村と高木は昨年引退し、織田は10年前に引退している(現在は球団職員・スカウト担当)。

 織田くんに関しては、早稲田の同じ学部に同じ自己推薦入試で入った友達なので、入学当初からつながりがあり、エースとして活躍していた時期も、プロ入り後の変遷も近くで見てきた(今は年賀状友達だけど、元々スポーツ選手というよりは優れたビジネスマンとしても活躍できそうな頭の良さだったので、現職もがんばっていると思う。余談がついつい出てきちゃうけど、ドラフト当時、長嶋監督が織田くんについて「彼には図抜けたヘッドがありますから」と言った話を思い出す:笑)。

 説明が長くなったけど(何が言いたいかと言うと)・・・同学年の選手の大学時代を思い出すと、稲葉選手は決して華々しい存在ではなかった。
 やはりエースが目立つので(現在の六大学でも斎藤くんが注目されるように)、織田くんや河原くんのほうが目立っていたし、稲葉選手は野球選手としては痩せていたので(足が長くてとーってもかっこよかったけど)、これほどまで、息長く、第一線で活躍することになるとは思わなかった。偉そうな物言いで申し訳ないけど、一時期の選手たちをたくさん見た印象では・・・(タイプとしてはオリックス4位だったイチロー選手と重なると思う)。

 あの頃、を知るだけに、今の活躍が本当にうれしい(同学年というのはまた、どんな分野でも格別ですよね)。

 人生において、その人がいつ光を浴びるのかって、本当にわからないものだ。
 運やめぐり合わせも大きいけれど、なによりも、稲葉さん自身の努力がとても大きいと思う。
 スポーツ選手は一般社会と思えば、選手生命に限りがある分、老成するのも早いとは思うけれど、稲葉氏のまさに、現在の日本野球界のリーダーといえるような発言を目にすると、正しく年を重ねている同世代という気がして尊敬する。36歳といえば、いっぱしの大人。今は若く見られることを素敵と思いがちだけど、稲葉さんを見ていると、ちゃんと大人をがんばっているようで、かっこいいなあと思う。

 <人生において、その人がいつ光を浴びるのかって、本当にわからない>ということに関して言えば、上記、立教出身の川村丈夫選手についてもそうだった。
 川村選手はとってもいいピッチャーだったのに、当時の立教は打線が弱く、勝ち星に恵まれない大学時代を過ごした。プロ入りしてもおかしくないような選手だったのに、卒業後は日本石油に入った(詳しい経緯は知らないし、オリンピック絡みもあったと思うけれど・・・「絶対オリンピックに出たい」と言っていた仁志が日本生命後すぐ巨人に入ったので、その辺の本当の事情は昔も今もよくわからない)。
 そして、社会人野球で活躍中、アトランタオリンピックの代表に選ばれた。オリンピックのマウンドでの勇姿を見た時は、感動して涙が出た。大学時代から、上記の同学年5選手はオリンピックの強化合宿等にも参加していたと思うけれど、実際にオリンピックに出たのは川村さんだけだったから(「くん」だ「さん」だ勝手に書いてるけど、川村さんに関しては同い年でも「さん」と呼ばずにはいられない孤高のエースという雰囲気だった)。

 何を持って「光」とするかは、その人のとらえ方しだいだと思うけれど、人生には浮き沈み、光の濃淡が確かにある。光の裏側には影があるし、表立った活躍をとらえてのみ、素晴らしいとは言い切れない。

 ただ、かつて同じ球場に集っていた大学野球のヒーローたちのその後を勝手に追ってみて、たった5人の例からも、人生というのはおもしろいなあというのがわかる。ついでに言えば、私たちの卒業時には北海道にプロ野球の球団はなく、卒業後ヤクルトに入った稲葉選手が、現在北海道で活躍しているというのもおもしろい。
 
 1994年のドラフト会議。
 以下の多数の選手のなかで、現在も第一線で活躍している選手がどれだけいるだろう。
 ドラフト会議でプロ入りが決まった瞬間が、人生においていちばん光を浴びた瞬間だった、という選手もいると思う。

 稲葉氏の現在に最大級の敬意と賛辞を贈りつつ、現在はプロにいないかつてのヒーローたちが、幸せな人生を送ってくれることを勝手に祈っています。

 1994年度新人選手選択会議(日刊スポーツより)

http://www.nikkansports.com/baseball/professional/draft/2008/history/history1994.html

      

                        

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2009.03.25

234 WBC

 冷めた目で眺めていたくせに、決勝、食い入るようにして観ました(幼稚園、小学校とも、修了式の日だったので、子供たちはそばでプラモデルを作っていた)。

 イチロー、すごかったですね。

 最後、優勝が決まった瞬間は、とても感動しました。

 イチローを外せとガヤガヤ言われ、優勝できなかったらイチローと原監督が戦犯扱いされかねないようなこれまで。決勝の、最後まで、勝ちと負けが表裏一体だった韓国戦。

 ねばってねばってタイムリーヒットを打ったイチロー、セカンドベース上でもクールな表情を崩さなかったイチロー。さすがだと思いました。

 解説の清原さんが、イチローの打席で、「イチローに始まって、イチローで決めて欲しいですよね」と話した時、「イチローに終わって欲しい」と言わない機転に、無意識なのか、解説上の決まり文句なのかわからないけれど、そちらも(まだ解説者としては日が浅いだろうに)、さすがだと思いました。

 昔は野球に夢中になっていた私だけど、この頃はご無沙汰で、代表メンバーも知らない若人ばかりでした。そんな中、ベテラン(チーム最年長)としてがんばっていた稲葉選手。

 稲葉選手は、同じ愛知県の出身で、同学年に当たります。

 前も書いた気がするけど、神宮球場で、法政大学時代の彼の活躍を観ていました。ウグイスの時はお名前をコールしたことも何度もありました。

 卒業後ヤクルトに入り、現在は日本ハム(ちなみに、ヤクルトに入った頃は、まさか北海道にプロ野球の球団が誕生するとは思ってなかったと思う)。足の長いスレンダーな彼が、ここまで長い間第一線で活躍するとは思いませんでした。日本シリーズでのMVPも感慨深かったけど、このWBCも勝手ながら感慨深い。

 私と同じ36歳の選手というのは、ベテランなんだ。という事実にふと気づき、かつて抱いた頼れる「ベテラン」のイメージとして、巨人の中畑選手のことが思い浮かびました。

 調べてみると、中畑選手は、35歳で引退している。

 引退の頃の中畑選手なんて、高校生だった自分からすれば、立派なおじさんだった(小6の時にはサインをもらったことがあった。ちなみに、「○○くんへ」と書かれ、ショックだった:笑)。

 中畑選手は、引退を決めたシーズンの日本シリーズで代打本塁打を放ち、まだまだやれそうなのに~というところで、華々しく引退していったので、「絶好調!」という口癖とともに、「お祭り男」の印象が強く残っている。ちなみにその日本シリーズでは、近鉄の加藤投手が強気のインタビューで巨人を挑発したので、そんな意味でも印象深い。巨人3連敗ののちの4連勝。あれは忘れ難い。当時の私は(どちらを応援してるわけでもなかったけど)、クラスで「加藤が」「中畑が」なんて口にしていた。ちなみにこのシリーズには原監督も出場していた。

 あの頃の、楽しげなオッサンたちの年を、私は追い越してしまったのね(笑)。

 イチローは私より一つ年下(イチローも愛知出身で、大学時代の後輩には彼と塾が一緒だったという子もいた・・・野球の名門、愛工大名電高校に進んでいるけど、県内一の進学校も狙えるくらい賢かったらしいです)。私たちはすっかり、チームリーダーとか、ベテランと呼ばれる年に突入しているんだなあ。ま、野球で言えばということではあるけど・・・。

 それにしても、日本人も、韓国人も、とても優秀だと改めて思った。アメリカは主砲が出てないってのも分かるし、その辺の矛盾も含めた上で・・・。全体的にはマッチャーさんの決勝前のブログに共感。http://loverock07.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-f69e.html

 欧米人と比べ、体格や体力で昔は劣っていたのかもしれないけれど、遜色ない体格を持つようになり(「ダルビッシュはムービースターのようだ」と外国メディアが報じたという記事を読んだ時、いろんな意味でうれしかった)、その上、頭脳の緻密さ、手先の器用さ、勤勉さというのは、世界のどの国にも負けないと思う。

 ところで、野球選手って、日本人だけ見ていても、色んな顔があるからおもしろい。地域性が顔に表れているような・・・。竹内久美子さんの『シンメトリーな男』もついつい思い出してしまう。スポーツ選手ってどこか法則性があるんだよな。当然と言えば当然だけど。

 

      

                          

             

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2008.08.18

141 たたかう女は美しい

         
 開幕前は冷めていたのに、
 オリンピックに夢中です。泣いてます(笑)

 最近最も感動したのは、柔道女子の最重量級、決勝戦。 
 塚田選手の闘志が素晴らしかった。

 5分という試合時間が、誰の時よりも長く感じました。

 自分より大きな選手、それも、今まで負けている選手に向かっていく気持ちってどんなものだろう。
 最重量級は、男子も女子も、びっくり人間大集合みたいな迫力を感じて、失礼ながらちょっと笑いも伴ってしまうのだけど、試合が始まったら、息が、胸が、詰まるような時間でした。

 力と力のぶつかり合い。
 塚田選手の、前へ前へ進む姿勢。
 特に、目が素晴らしかった。
 北島選手にも感じたことだけど、
 闘志がむき出しで、闘志が人間の殻をかぶっているような時の目。
 闘志や集中力が身体を超えるというか、
 みなぎる精神が外見をはみ出しているというか・・・。
 そういう時の選手って本当に輝いている。

 最後の一本は残念だったけど、相手の力も素直に認めざるを得ない。

 畳をおりて、泣いていた時は、どんな顔をして表彰式に出てくるのか心配だったけど、
 ニコニコと笑顔をふりまいてくれて嬉しかった。
 何もかも投げ打ってひとつのことに取り組む凄まじさと素晴らしさ。
 レスリングの四選手も合わせて、たたかう女は美しいと思った。
・・・・私も格闘技がやってみたくなった(笑)

 男子の石井選手については、国内の大会の頃から、井上康生選手や棟田選手たちとの闘いぶりを見てきて、ポイントを稼ぐような「勝てばいい」というような姿勢にずるいとか卑怯だとか思ったし、彼に対する批判ももっともだと思ってきたけれど、彼こそが代表にふさわしいとは思ったし、オリンピックでの闘いぶりは、すごく立派だったと思う。
 決勝こそ、守りに入っていたけれど、その他の試合は「勝てばいい」という消極的な姿勢ではなく、攻めていく積極性をすごく感じた。
 ど素人の私ごときが言えることではないけれど(まあ、夫も息子も柔道をやっているので、柔道談義は時々するけど)、石井選手本人も言っていたとおり「ヒールに回ったとしても、自分の柔道を貫く」、この強さが金メダルにつながったと思う。

 きっと、ちょっと変人なほどに(柔道界が封印したかった?と思われるほどに)我が道を行くタイプだと思う。
 と言っても、翌日の新聞によると、神経症にもなったくらいに不安を抱える性格らしく、不安だから練習せずにいられないそう。
 あの、往年のジミー大西を思い起こさせるようなキャラクターの今後が楽しみです!
 (石井のことを批判していたお上の方々が、彼に教えを乞うようになったらおもしろい)

 と、熱く?語りつつ、そもそも、オリンピックのJUDOに関しては不可解な点も多いから、しらける面も多々なのだけど(息子に柔道をやらせつつ、オリンピックに出てほしいとかは全く思わない)、塚田選手と石井選手のおかげで、締めくくりは爽やかでした。

 お盆も、実家でテレビにかじりついていて、息子たちには「またオリンピック?」と呆れられました。
 まさか大人になってから(も)、こんなに夢中になるとは思わなかった。

  
 あ、きっちり、海を見下ろすプール行ってきました。
 親子で日焼けし、ダルさが抜けません。
 夏休み、子供の相手で、いい加減、頭が茹だってきました(苦笑)。

            


           

          


                   

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2008.08.11

137 北島最高!!!

 北島選手、すごいです。

 私が言うまでもないことだけど、本当に素晴らしい。

 有言実行。シドニーより前、華と勢いのあるニュータイプの選手の登場をうれしく思っていました。「この子、頼もしいな~」ってワクワクした。

 アテネの「超気持ちいい」も私たちの想像を超えたコメントだったけど、今回の涙も、やっぱり超えてる!(何を、と特定できないけど、全てを超えてる)と思った。

 何がすごいって、その集中力だと思う。

 彼の一生における、平泳ぎの、おそらくピークというものを、

 2008年、8月11日、北京における、午前の1分間

 に集約できるということ(もう一山あるけど)。

 それは、本当に難しいことだ。

 体調や運動能力の照準を、大舞台に合わせる。

 そのために、最も必要なのは、精神力だろう。

 心・技・体。

 最大の場を、最高の場に変えられる。

 誰の想像も及ばない、彼の精神力に感服。

 あー、ほんと、かっこよかった!!!

 (今日は一日、掃除デー。ハッと気づいて親子で見られて良かった。雑巾抱えて、涙)              

 

            

   

          

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