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2011年7月

2011.07.31

 西原理恵子さん講演会

 『毎日かあさん』だけじゃなくて、『いけちゃんとぼく』も『パーマネント野ばら』も『ああ息子』も大好きな漫画家の西原理恵子さんの講演会に行ってきた。

 実は、西原さんには自分の小説を送ってしまったくらい(壮絶とも言える半生を送ってる方なので、「けっ、甘いんじゃ!」と足蹴にされそうで今となっては恐いけど)、共感するところがいっぱいある。

 子育てに関してだけではなく、海に近い田舎で育ったからこその自然の受けとめ方や、見えないものとの交信みたいなところに、うなずくことが多い。

 私は西原さんの世界が大好きなので免疫あったけど、真面目(品行方正系?)な講演と思って来た人たちは、若干引いていたと思う(笑)

 ヤンキーネタやビンボーネタやエロネタがひとしきり披露された後の、何とも言えない会場の笑いがおもしろかった。真っ最中に笑うのではなく、間が空いた後目と目を合わせて笑うしかない、みたいな空気。

 印象的な話がいくつかあったけど、特にこのご時勢響いたのは、西原さんが華僑の生き方を褒めていたこと。

 国家を信用せず、商売と家族を大切にして生きている彼ら。ユダヤ人だとか、日本なら在日韓国人だとか・・・

 国が自分たちを守ってくれると思ったら大間違いだし、本当に大切なものは国を超えるもんね。

 もうすぐ華僑と結婚した友達に会う予定なので、色々聞いてきます。

 その他、男の子と女の子両方育ててる西原さんが「男の子の方が100倍手がかかる」と言っていて、そうそうその通り!!と思った。私は女の子を育てたことないけど、ダメと言っても聞かない度合いは男の子の方が高いと思う。不器用だし、何歳になっても危ないし、予想外のことが起こりまくるし・・・。

 夏休み、楽しくスタートしたけど、やっぱり疲れる(笑)

 声がでかいとか動きが大きいとかそれだけでも、ダメージが・・・

 一昨年のように9月にダウンしないように、ほどほどにがんばります。

 豊橋について触れてくれた西原さんのブログ。

 http://ameblo.jp/saibararieko/day-20110730.html

 

 

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2011.07.29

 今年の夏は今年だけ!

 

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 夏休みの定点観測行事のうちのひとつ。岐阜・ひるがの高原のログハウス。

 去年はこんな感じ・・・(ブログの仕様が変わってしまったので、文字のレイアウトが変です) http://bit.ly/pc4V9K

 一昨年・・・http://bit.ly/oHmgiX 

 てなわけで、毎年同じメニューを、毎年同様夫が作る。 

  豚の炭火焼き、残りを使ったサンドイッチ、鶏肉と野菜の白ワイン&パルメザンチーズ煮、花火、プール、花火・・・。

 次男の目の前にある飲み物は、帰りに土岐のアウトレットで飲んだGODIVAのショコリキサー!!http://bit.ly/hQRyNF 念願の美味でございました。

 最後の写真は、宿のお兄さんが捕まえてくれたミヤマクワガタ!! 今、元気に家にいます。

 

 11年前、夫と二人で出かけたログハウス、2泊の間何を話していたんだろう(笑)

 子供が小さい時は、子供たちの間が持たず、ブロック持参で出かけた。

 行き帰りの車内も、退屈をしのぐのがたいへんだったし、授乳中だった頃は私自身、身体がしんどかった。

 今は楽々で、ありがたいけど、今年は、大きな兄弟ゲンカが起こり、なかなか怒りがおさまらない長男(反抗期)を見て、ああもう、親の腕をすり抜けていく時期が来たんだなあと思った。

 部活も始まったことだし、「家族4人で仲良く山のおうち」というのも、だんだん難しくなっていくだろう。

 花火の楽しみ方も変わっていくだろう。

 クワガタに歓喜しなくもなるだろう。

 くっついて眠るのも・・・

 当たり前のことだけど、子供の成長とともに、定点観測行事の味わいも変化していく。

 今年の夏は今年だけ!!

 毎日を、めいっぱい楽しまなくちゃ、ね!!

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 楽しい思いに自ら水を差すようではあるけど、

 東大・児玉教授の国会発言を文章化してくれた人のブログ。http://t.co/NcOWYwh

 色んな情報あったけど、現時点での信頼できるまとめだと思う。

 状況を悲観するんじゃなくて、じゃ、何ができる?と前向きに立ち​向かおうとしてくれる人たちがいることがうれしいし、私にできる​こととして、家族を守りつつ、情報をシェアし続けます。

 

 

 

 

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2011.07.28

 青い思い出

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 ログハウスの写真まとめる前に、ツイ友の津田大介さんの写真から拝借(以下、facebookに載せた内容)

 「AO入試」という言葉がまだ一般的でない頃、私もこの「全国自​己推薦入試」を受験して早稲田に入りました(私たちで3期目だっ​た。「おしん」の小林綾子が同様の入試で立命館に入り、石田ひか​りが亜細亜大学に入った頃。八木沼純子は同じ年の教育自己推、広​末涼子は8年下の教育自己推)。

 私が高校3年生の頃、部屋に貼っていたポスターと文面がほとんど​変わってなくて、その青臭さというか泥臭さに、少し笑いつつ、泣​けそうになってしまった。

 元々は文学部の指定校推薦に出そうと思っていたのに、私たちの年​で急に消えちゃって、一般入試の前にダメもとで挑戦した入試。

 文面通り、北海道から沖縄まで全国から受験生が集まっていて、緊​張したけど、楽しい入試だった。その後、プロ野球に行った人もオリンピックに出た人もいました。
 社学は男女ともユニークな人が多くて、大好きな学部でした。

 それにしても、このポスターの中の、デーモン小暮のかっこ内が(​悪魔)ってのに笑った!

 

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2011.07.23

 花火! 

 小学校の夏祭りのフィナーレを飾る花火。

 去年は打ち上げ花火だったけど、今年のメインは手筒花火でした。

 豊橋は花火王国で、ちょっとした行事に花火が上がるけれど、中でも「手筒花火」は郷土の名物。

 他地域の方に向けて、ウィキペディアより http://bit.ly/huzIp1

 観光コンベンション協会のHP http://www.honokuni.or.jp/toyohashi/

 

 私の写真は、前回の蝉を撮影したモードのまま切り替えるのを忘れたので、ぼんやりだけど・・・(つまり、この火の下に人がいるわけです)

 

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 手筒花火が始まる直前、空いている場所に行ったら、たまたま校長先生が太ったおじさんと話をしていた。二人の会話に耳を澄ませたら、「セシウム」がどうのこうのと言っていたので、おっ、校長先生の危機意識が知れるからちょうどいいと思って、聞き耳を立てていた。

 そしたら、オザケンに似た愛情深い校長先生が福島の子供たちへの同情をひとしきり述べ、「福島は最初の爆発の時点でみんな退避させるべきだった」と語り出したので思わず、「先生、私もそう思います!」と会話に参入(笑)。そこから真面目に給食の話などもしたかったのに、せがまれておんぶし、校長先生と同じ目線になっていた次男が「校長先生、何歳?」と失礼な質問をしたので(しかもタメ口)、もうっ!と思ったら、校長先生はにこやかに「186歳」と答えてくれてホッとした。

 その後、校長先生とそのおじさんの知り合いらしい、やけにフレンドリーな中学生男子がやって来て、校長先生はどこかへ行っちゃったけど、その中2男子とおじさんとあれこれ話しながら花火を見た。

 花火の迫力に子供も異様に興奮してたけど(「一瞬、心が抜けた」等々)、私も自分がつくづくお祭り女だと呆れた。手筒をなんとPTA会長とかが上げ出したので、笑えて笑えて(立派なことだけど、苦手な人だとまいるだろうなあと思い・・・)、さらに、やるだろうなと思っていた、次男の同級生の男の子のお父さん(幼稚園から一緒)が上げた時には、大声で応援した。

   「カズオ、行けっ!!」

   「カズオ、ファイト!!」

   「カズオ、かっこいい!!」

 とか、面と向かってカズオと言ったこともないのに(なぜ名前を知ってるかというと、魚屋のそのお父さんは次男たちの間で人気者で、「カツオ」という名前だと信じられていたので覚えた)、大声で応援していたら、隣のフレンドリーな中2も、同じことを声変わりした大きな声で叫んでくれて、二人で大盛り上がり(笑)。

 続いて若手の先生までも勇ましく手筒に挑み、そこでも中2と一緒に「○○先生、かっこいい!!」「おつかれ~」とか言って騒いだ。

 またその中2の子(バレー部)が本当に爽やかないい子で、「うわっ、私、余裕で中2に恋できる!!」と思った(笑)。ゲレンデや海辺で恋に落ちる構造とか、たまたま今読んでる本に39歳子持ち女性と22歳大学生男子の恋愛話が出てた影響もあるけど。

 中2くんと自己紹介し合って、「またどこかで会いましょう」と握手して別れ(そのセリフを私より先に彼が言うところが心憎い)、カズオに会いたいと思ったら、まずはカズオの奥さんに会い、「かっこよかった~」と褒めたら、カズオ登場(笑)。私、この人とは縁があって、去年も彼がトイレから出てきたところにバッタリ会い、「今から打ち上げ花火に点火する」と言われた。

 法被にねじり鉢巻きがスッゲー似合うお祭り男!!

 カズオに中2と応援してたことを伝えたら、「さっき、花火の二本目やらされたのは完全に嫌がらせだった」とボヤくので、「熱いのにたいへんだね」と同情したら、「でも気持ち良かった」と言うので、どっちやねん!!と思いつつバイバイ。

 カズオより中2にもう一回会いたいと思いながら、子供と夜道を走って帰った。

 念ずれば通ず。願いは叶う。と思っているので、またどこかの祭りで成長したタケシくんに会いたいし、彼みたいに大人たちとの会話に臆することなく加わり、地域への愛情が感じられる中学生に会えてうれしかったです。

 

 

 

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 滝!

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 夏休み初日。

 毎年行っている阿寺の七滝へ。

 台風の影響で水量が増えていて、とても見ごたえありました。

 ちなみに、去年の滝!(ブログの仕様が変わったので、文章のレイアウトがおかしいけど)

 http://hihararara.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-005b.html

 

 家族の毎年の行事が決まってきたので、定点観測みたいに子供の成長ぶりがわかる。

 そして、家に戻ってきたら、蝉の幼虫が奮闘中だった。

 

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 なんとも露わな姿・・・。動きが鈍いので、力尽きてるのかと思って心配したけど、生きてる様子だった。

 そして夜。 無事に殻から出られたかな?と子供たちと見に行ったら・・・

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 ホッ。なんとか成功!!
 

 翌朝見に行ったら、無事に飛び立った後でした。

 途中の、だいじょうぶかな?という姿を見た分、無事に成虫になれてホッとした。

 足踏みしても、頼りなくても、ちゃんと成虫になる力を持ってるんだな、と思ったら感動し、そうだよな、無事に成人してくれたらそれでじゅうぶんだよな、と思った。

 

 

 

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2011.07.21

 すってはくのが深呼吸

 昨日回ってきて、おもしろかったもの!

 「ドイツユーロスポーツが、NHKアルゴリズム体操に出演した なでしこJAPANの動画見て「これが世界一になった日本の斬新な練習方法!」と誤報」 

 ピタゴラスイッチもアルゴリズム体操も、今はご無沙汰になっちゃったけど、子供も私も大好きだった。

 今日から夏休み。

 午前中、毎年行く滝に行き、鮎を食べて、午後からは、兄弟の個人懇談会。

 毎年のことながら先生の話を聞くうちに泣けてきた。

 次男は大きくなって、がんばってるなあと感じたし、

 長男は、ダメだなあという部分も出てきたけど、それでも、とってもやさしいし。

 ともかく、二人とも、一日も休まずに通っただけで立派でした。

 

 滝の写真は次回UPします。

 

 

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2011.07.20

 日々雑感

     


     
 ふうっ、色々あったよーーー

 色々、色々あると、まとまらないから書けないよーー


 ☆歯医者に兄弟を連れていき、それぞれが診察台に座る姿を眺めて、「大きくなったなあ」と涙が出そうになった。

 歯医者や病院で泣いたことはほとんどない二人だけど(恐そうとか痛そうという空気を絶対にこちらが作らない!)、それぞれの診察台に伸びる足の長さや(複数の先生がいて、複数の椅子のある歯医者なので)、一人で「うがいする」とかできるようになったんだなあ、という事実に気づいて、ひそかに感動。どこへ行っても、道具に興味津々の二人なのであった。


 ☆小学校での初の試み「着衣水泳」の日に、用意してあった水着と衣服の入ったプールバッグを、長男が見事に忘れて行った。

 プンスカプンスカ怒りながら学校へ大慌てで届けると、廊下に出てきた先生が「朝、(忘れて)泣いてましたよ」と教えてくれて、息子が救われたのなら母ちゃんも救われる、と思った。

 しかし!

 その日の帰り、今度は水泳部の練習を終えた長男がプールバッグをどこかに置き忘れてきて、学校から電話。長男は、自分が忘れてきたことすら気づいていなかった。

 たいへんさを味わわせるために、走って取りに行かせた。


 ☆インド人の先生の「おじいちゃんの健康体操」的ヨガもいいけど、久々に出た、昔美容師さんだった知り合いのレッスンに感動。

 身体のラインが美しいし(スタイルという問題ではなくて、筋肉とか骨格とか)、私はヨガには精神性を求めたいので、先生の言う言葉にいちいち泣けそうになる。

 いやほんと、最初から霊的な魅力を感じていたけど(巫女さんみたいな)、美容師さんよりヨガの先生断然合ってる!(美容院でお世話になり、その後インドに修行に出かけ、、という子) 

 レッスンの最後「今日も、自分の心と身体に感謝して過ごしましょう」

 本当にそう思う。


☆前々から決まっていた飲み会に参加したら、初めて会うオヤジが嫌な人でどっと疲れた(本人見てもいいもーん!)。

 ものごとに関し、否定や批判から入りたがる人っているけれど、どうしてまずは「すごいね」って肯定できないんだろう。すべて上から目線。

 ふだん、肯定的で、愛情深くて寛容な人たちに会っているので(というか、時間のない今、そして、人生折り返しの今、気持ちのいい人と会わないともったいない)、久々の感覚だった。

 それが尾を引いているのだけど、元々モヤモヤした感情を分析したり、言語化することが好きなので、そういう意味ではいい社会勉強になった。

 私は私的な感情を約束事には持ち込まないので、依頼されたお見合い話については協力していく。最近レディ・ガガに○○された相手だって。


 ☆台風接近中の夜。家の中で台風勃発。

 長男の問題だけど、あることに関して、今まで嘘をつかれていたことが判明。

 ショックだし、悲しいし情けないし、でも、今ならまだ取り返せる、やり直せる、今気づけてよかった!と考えることにした。

 私も、小学校5年生の頃、親が悲しんでいるのがわかっても、それでも自分の行動を改めることができなかった(私の場合は、学校の先生への反抗だけど)。

 長男の場合は、私の時の革命家精神(笑)とは違い、怠け心によるものなので、とりあえずDSを取り上げることにした(DSをやりたいために嘘をついていたので)。

 DSについては、平均的なおうちからすると、与えるのを遅くしたけど(3年生の誕生日(1月))、想像以上に中毒的にハマってしまった。

 色んな対策を考えながらも守られず、どうしたものかと考えあぐねていたので、家族会議!によって、いったん取り上げることにしたのは、子供にとっても私にとっても良かったと思う。

 本当に、DSをやるようになってから、明らかに親子関係も兄弟関係もおかしくなったし、長男本人が目に見えてダメになっていった。
 今回DSを手放すことで、もう一度大切な時間を構築し直したい。


 以前、知人が関わった小澤俊夫さん(オザケンのお父さんで、昔話研究家)の講演会の映像を見て、たいへん参考になった(オザケンが言葉に敏感な王子様に育ったわけがよーくわかった)。

 「子供には時があるよ」

 「木にも「こうありたい」という形式意志があるんだから、子供にだってある」

 「子供は、「愛されている」「信頼されている」「価値が認められている」という三つの自覚があれば、あとは自分でやっていくよ」


 大らかに見守る部分と引き締める部分と必要で、私の場合は、あまりにも大らかに見守り過ぎてしまったので(大らかというか大ざっぱ、放任?)、小学校4年生の今、ちょっと親子で反省して、がんばり直そうと思った。

 プールバッグを忘れて忘れて、ポカっというミスが多い長男について、夫婦で激論した夜の、夫と私の一部やりとり・・・。

 「キミは毒が飛んでるとか気にしてて、子供が九九八十一ができなくなってもいいのか?」

 「これからなんて、どこの国に行ってもたくましく生きていける子になるのが一番だ!!」


 勉強はできないよりはできた方がいいに決まってるけど、大げさではなく、これからの日本たいへんだよ。IMFの介入もあり得るし、食料問題も医療問題も財政問題も、本当にたいへん。できることなら、海外に出したいって思っちゃうもん。

 私は、日本が日本という国を守るためにも、食料にしてもガレキにしても、放射能を拡散するようなことはせず、近い将来確実に増えるであろう健康被害の補償をするためにも、健康な人は健康に働き続けてもらえるように、守らなくちゃと思うよ。

 汚染地域をなんとか救って、汚染されていない地域をいかに守っていくか。


 ってことなどを、ごちゃごちゃごちゃごちゃ考えています。
 こんな色気のない、今日は入籍記念日。

              

                 


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2011.07.14

 「脱原発」表明と小学生の日常

           

 昨日の、菅さんの脱原発会見を見て、思わずツイッターとfacebookの公開グループに書き込んだこと。


<何はともあれ、「脱原発」を表明したのは大きいと思う。​はじめに脱原発ありきで色々ととのえていったらいいと思​う。市民のレベルで脱原発と言っただけでも何やかや言っ​てくる人多いのに、ダメなところは多々だとしても、色ん​な裏や勘違いだとしても、命すら狙われるような問題なの​に、表明したことはよかったと思います。このまま女たち​の支持集めて、政治にちゃんと生活者の視点が入るきっか​けになってほしい。>


 延命だ人気取りだ、他に先にすることがある等々、色んな批判もあるけれど、私はまずは、「よく表明した」って褒めたらいいのにって思う。

 公開グループの書き込みに、「原発問題は人種問題です」というのがあって(もちろんその言葉に至るまでには他のやりとりがあったわけだけど)、私たちが知らない国際的な闇が原発に関してはあるんだろうなあ、と思った。そんな中での「脱原発発言」は、すごい勇気のいることだと思う。勘違いでもいいから、その路線で進んでほしい。


 私が原発反対と思う理由はいくつかあるけれど、いちばんは、最終的に処理できない放射性廃棄物が出るのに、その負を未来に先送りするという感性が嫌だからだ。

 廃棄物が出ても、埋める国土が余っている国ならまだいいかもしれないけど、国土が狭く、地震の多い日本には向かない施設だと思う。

 これほどまで今、日本が痛手を負っているのに、ここで大幅な思考の転換(というより当然の倫理に立ち戻る)を行わないなんて、もったいないし、直接的な被害に遭っている人たちに申し訳ない。

 原発事故はまだ収束にはほど遠く、日本中に汚染が広がっているから問題は山積みだけど、それでも、「脱原発」目指して、少しずつ進んでほしいし、私たちも自覚を持ちたい。


 今朝の宮沢章夫さんのツイートに同感。

<脱原発を宣言した首相を、その一点において、支持したい。道は険しいだろう。横槍は入るだろう。おいそれとは、この国のシステムが変わるとも思えない。でも、少しでも前に進んでくれればと。>


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 話は変わって、たった今、長男の同級生の男の子2人、女の子3人がやって来て、学校帰り、長男を含む10人くらいでのもめ事について言いに来た。

 最終的に、長男が、Mちゃん(私もよく知ってる子)の帽子を引っ張ってゴムが切れたらしく、それでみんなで私に話を聞いてもらいに来た様子(たぶん話しやすい親だと思われてる)。 

 長男の、女の子とのトラブルは1年生の時から多過ぎるので(女の子に絡まれやすいというか、しつこく悪口を言われ、長男が手を出すというパターン)、めんどくさいな~と思って表に出たけど、話を聞いてみると、見事にみんな悪い(笑)

 男の子も女の子も、口々に精一杯自分の思いを話すうちに、頭の中がまとまってきたようで、何が悪かったか冷静に振り返ることができた(息子のことを弁護する男の子もいて、みんな頷いた)。子供同士の思考の中に、「大人」がうまく入ることって大切だなあと思った。

 悪口を言い始めた女子もいけないけど、手を出したうちの息子も悪いし、でも、男子も女子も、関係ない子たちまでが口出しし過ぎている。

 最初は見事にみんな悪いと思ったけれど、口出しせずにはいられなかったみんなに、仲間を思いやるという良さを感じた。

 1年生の頃から知ってる子たちが、4年生になってちゃんと成長してるんだな、と思った。
 なので、「みんな悪いけど、みんな友達を思いやって、よかったってことだよね」と伝えたら、みんな満足そうにしていた。

 帽子のゴムについて、Mちゃんが「お母さんが妊娠中で直せないから」と言い出し、そこからMちゃんの本音が炸裂・・・「お母さんが恐くてケンカしてゴムが切れたと言えない」 よく事情を知る友達も「お母さんに怒られると思って、それでMは泣いちゃった」

 「今から帽子持っておいで、私が直すから」と伝えたら、男子の一人がゴムを結ぶかどうにかして直してくれたらしい(男対女のケンカではなく、男子と女子で敵と味方が入り乱れての大ゲンカ:笑)。

 話を聞くと、Mちゃんのお母さんはお父さんよりも恐いらしく(会ったことありますが、元ヤンさんです)、私が「妊娠してるとお母さんもたいへんでイライラしちゃうし、Mちゃんがいちばんお姉ちゃんだからMちゃんを怒っちゃうんだね」と言ったら「でも、やさしい時もあるよ。服買ってくれるし」という、なんだか切ない状況だったので(笑)、「ゴムがやっぱり直ってなかったらオバチャンのところに持っておいで。私が直すから!」と伝えたら、Mちゃんは心底ホッとした表情を浮かべた。

 その後は、長男とMちゃんで謝り合って、みんなで一緒に遊びに行った。


 みんな、色々ある。

 だけどみんな、懸命に生きてる!

 そう思ったら、泣けそうになった。

 はっきり言って、今日来た子たちは、前々から親に放っておかれてるように感じていた子たちで(誰もがそう思ってるグループ)、私も最初は身構えていたけど、精一杯話をしてくれる子供たちが可愛くて、これからも、話を聞くことくらいはできる地域の大人でありたいと思った。


 私たち世代で、子供たちの未来のために少しでもがんばろう!!

            
     

                     

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2011.07.12

 島根の話

 土曜日。自宅の電話に見慣れない着信番号。

 誰かと思ったら、島根のMさんだった。

 美術作家のアシスタント時代、一年間、島根県の大田市に住んだ。

 Mさんは、その時知り合った現在61歳の女性。

 会った瞬間から気が合って、島根を離れてからも時々お手紙のやりとりをしたり、ふと電話をくれたりする。

 Mさんには、私と同じ年の娘さんと、28歳の息子さん、22歳の娘ちゃんがいる。きょうだいの一番上と一番下の年の差は、17歳!!

 私が島根にいた時と、今との大きな違いは、石見銀山が世界遺産に登録されたこと。

 Mさんの独特のしゃべりを、そのまま再現できたらいいんだけど、割と標準語に近い大田弁で、「ほんに、新しいお店がいっぱいできて、ピザやら団子やら何やら太っちゃう」と、町の変化を語ってくれた(ちなみに、出雲は東北弁みたいなところがある)。

 Mさんが住んでいる、大田市大森町は、町並み保存地区に指定されていて、昔ながらの民家を改築してお店にしたり人々が暮らしていたり、それはそれは風情のある素敵な場所だった(それは今も)。

 また、メディアにも多く登場する、群言堂というショップ(ブランド)があり、その社長夫妻を中心に、文化の薫りがあふれる村となっていた。

 前も載せたことあるけど、こんな雰囲気。

 http://www.gungendo.co.jp/

 24歳の夏、東京から島根に移住を決めた時、過疎地の島根に何がある?と言われたりもしたけど、お世辞ではなく、豊かな暮らしがあった。

 私が暮らしていた頃の象徴は、「鄙家(ひなや)」という、築250年のかやぶき屋根のおうちだった。星空が美しい、山里のサロン。群言堂の計らいで広島から移築したという鄙家で、囲炉裏を囲んでみんなで語らい、イベントやコンサートも催された。町づくりの研究にやってくる研究者や大学生たちもいて、不便な田舎なのに常に多くの人の出入りがあった。

 島根での暮らしは、たった一年だったけど、本当にトリッキーというかエキセントリックだったというか・・・。

 美術の展覧会で、東京も何度か往復したので、東京の思い出と島根の思い出と入り混じっている。

 以下、ワケわからないと思うけど、思い出した断片(敢えて説明省きます)。

 全裸モデルの型取り、原宿の路上でパフォーマンスしていたら警察がやってきたこと(ゲイのヨハネス)、ホテルオークラの一室での深夜の展覧会、海辺に血の像を運んで溶けていく様を撮影(青と白と赤のコントラスト)、いつも手伝ってくれていたさわやかな男性(優秀快活なサラリーマン)が突然逮捕されたこと(新聞記事で名前を発見して手が震えた)。留置所にお弁当を持って行ったら、受けとれないと言われたこと(口封じのために毒がもられてる可能性があるので、差し入れは難しいと初めて知った)。私はいつも大勢の人をもてなす料理番だったこと(今より当時の方が料理に熱心だった)、大阪の展覧会がちょうど、サッカーのワールドカップ日本対アルゼンチン戦の夜で、路上駐車していたら駐禁切られたこと(岡田監督の実家の産婦人科も見た)、子宮内膜症の手術を島根医科大学病院で受けたこと(東京でも実家でもないところで、ひっそり手術したかった)、オーストラリアからの取材、ニュース23、NHK。嫌なことがあって、夜中、車を飛ばして海で泣いていたら、漁師のおじいさんに声をかけられ、おじいさんの奥さんのかつての浮気について告白されたこと(酒瓶が家にごろごろ転がっていて判明したらしい)、染織家の人からもらった真っ赤なショール(今も大切にしている)。初めて人の臨終の瞬間に立ち会ったこと。松江、出雲は旅したけど、結局石見銀山には一度も行かなかったこと。最後に見た日本海の海が、やけに青かったこと。まだまだまだまだ色々ある。

 その一年を少しずつ切り取って小説が書けそうだけど、書かないのは、その一年があまりに楽しくて、そして、苦しかったからだと思う。

 島根でしがみつくようにして書いていた小説は、のちに、群像新人賞で最終に残った。

 私の人生の中で、確実に濃い体験だった島根の暮らしを、Mさんとの電話で思い出した。あの時小学生だった娘ちゃんがもう22歳。Mさんの声を聞いていたら、泣けてきた。

 「島根は、福島原発に関しては遠くていいね」、と言ったら、「でもこっちにもあるからねえ」とMさんは言った。

 万が一愛知もヤバくなったら、西側に知り合いあんまりいないなーと思っていたところに、Mさんからの電話。そうか、私には島根で暮らした一年があった!と思った。

 ともかく、東京から愛知に戻る前に、ワンクッション、島根という田舎で過ごした体験はすごく大きい。

 大都市から離れた場所で、精神性高く暮らしている人たちにたくさん出会った。

 14年前の今頃だなあ。

 7月に引っ越したばかりの頃、鄙家で宴会があり、見上げた空は、満天の星だった。あの星空の感動は今でも覚えている。

 今調べたら、ちょうど当時の中国新聞の記事があった。

 この記事から3ヶ月後に、私は鄙家を訪れたことになる。

 http://www.chugoku-np.co.jp/Kanko/S205_97042801.html

 群言堂のHPより・・・(「鄙舎」と書くのかな。ともかく、こんな空間)

 http://www.gungendo.co.jp/hinaya/index.html

 最初はお客扱いだったけど、ここを去る頃はほとんど私もスタッフだった。最後の送別会も鄙舎でしていただいた。 

 青春は色濃いほどいいと思う。今も濃いけどね!

            

          

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2011.07.08

 七夕周辺

 富士山登った先輩たちは、無事箱根で宴会してるのかな??

 その間も、ハニーハウスでは、ハチミツが生産されてるのかな♪

 昨日は友達の実家に、5月に生まれた赤ちゃんを見に行ってきた。

 家族ぐるみのおつき合いなので、母とともに・・・。

 すごいなーと思ったのは、母が赤ちゃんの名前を当てていたことと、偶然その子と同じ誕生日だったこと。

 私も偶然とか霊感チックなこと多い方だけど、母は、魔女修行が仕上げ段階なんだろうな、と思った。

 友達は、色々経ての初産で、夫婦がとても仲良さそうで、素敵だと思った。

 幼い頃遊びに通っていた友達の実家で、友達も友達のお母さんも、私も私の母も、時折涙を流しながら、これまでと今について語り合った。

 ちなみに、田舎においてはかなり綺麗な友達のお母さん(九州出身)に、24歳の頃久々に会った時に言われ印象的だったのが、「まあちゃん、憂いを帯びるようになったわね」で、今回は、「まあちゃん、すっかり淑女ね」で、爆笑してしまった。。。淑女なんて自分からいちばん遠い言葉だからなあ(笑) そのお母さんにとって私のイメージは長いこと、「渚のハイカラ人魚」の頃のショートカットのキョンキョンらしく、それなりに大人(女)になっていく私の変化を楽しんでくれているのだろうけど、どうにも恥ずかしい!

 それにしても、、、

 私もよくしゃべるが、母もしゃべる!!!

 途中、息子の下校時間が迫っていたので、母に向かって思わず「あんたはここに残ればいいから、私にしゃべらせて!」と言ってしまったくらい(笑)

 友達のお母さんがしみじみ言ったこと・・・

 「こんな幸せをもたらしてくれるなんて、赤ちゃんの力って大きいね」

 本当にそう思う。

                         ☆

 家に戻って、パソコンのことで、デルのサポートセンター(中国・大連につながる)に電話したところ、担当してくれた中国人の方が、二日前と同じ人だった。

 100人以上オペレーターがいるので、連続して同じ人に当たるのは珍しい。

 急に親しみがわき、「ちょっとだけ聞いてもいいですか?」と、日本の原発事故が、どのように中国で報じられているか質問してみた(日本が迷走している今、海外の反応はかなり気になる)。

 色々話した中で興味深かったのは、事故直後、海の汚染を恐れて中国でも塩が売り切れになったということ。中国なんて内陸の岩塩とか豊富にありそうなのに、岩塩は高く、海の塩の方が安いそう。ほとんど逆ナン状態だけど、お友達になったので(実は2年前お世話になった営業の子とは今もお友達)、今後確実に増えていくであろう中国からの輸入野菜の情報などおいおい聞こうと思う(韓国の水がだいぶ入ってきているように、日本のこの危機をビジネスチャンスととらえている外国は当然多いからね)。

                         ☆

 ☆二日前のりえちゃんのブログより・・・

 http://ameblo.jp/tomosaka-rie/page-2.html#main

 本人にも伝えたけど、おめでとう!!

 色々聞いていたので、二人の結婚が私もうれしい。これからも見守らせていただきます☆

 ☆今日のレイナのブログ。

 http://ameblo.jp/reina-park/entry-10947220682.html

 なんかすごく、元気もらった(ローリーさんは私も大好き)。

 どんな困難なことでも、絶対「叶う」と信じて前へ進みたいな。

 そして、ツイッターでだいぶ回ってるけど、お役立ち情報として。

 ☆「在日フランス人向けIRSN(フランス放射線防護原子力安全研究所)作成文書」

   http://genpatsu.wordpress.com/2011/07/06/irsn-bulletin-6/

 

 ☆室井佑月さんたちが始めた活動。「放射能測り隊」

 http://www.bigbenn.jp/hakaritai/index.html

 

 こういう動きは、今後全国で増えていくと思う。

 私が発注したガイガーカウンター、入荷は8月下旬だけど、さっき見たら、今回の入荷数3000個が売り切れになっていた。私が申し込んだ時はまだ残りが800個近くあったのに、ペースが早まった。

 室井さんのHPにもある通り、同じ地域でも数値に違いがあるので(庭の落ち葉のまだらな溜まり具合を見ていると、「これがホットスポットか」と思う)、ザックリと地元の感覚をつかみ、公表したいと思っています。

              

          

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2011.07.06

 永遠に近いくらいの赤への衝動

 この頃、ブログがなかなか書けないのは、頭の中の思いがごちゃごちゃし過ぎているからだと思う。ツイッターやfacebookで短くまとめたり、吐き出してスッキリしたり、ここにも書きながら、当然のことながらどれもこれも私の一部で、私のすべてではない。

 どのように書いてもすべてを理解してもらえるはずはなく、デリケートな問題は軋轢も生む。それが面倒で(そもそもブログなど自己満足だし)書かなくてもいいわけだけど、それでも伝えたいという思いはある。

 今福島にいる藤代冥砂さんが、こう書いていた。

<わずかまだ一夜の福島滞在だが、繋がっているはずのツイッターが遠くに感じる。正論も暴論も、遠くでがやがややっているように感じる。きっとこの遠外感が、福島の人たちの実感の一部なのかもしれない。もっとこっちの中でやってほしい、と。PC内の動きと、家を一歩出た世界のギャップは強いようだ。>

 この言葉、なんだかすごくわかるような気がした。

 3日と4日に福島で行われた広瀬隆さんの講演をネットで見た時、ここまで「聞いていただく」という低姿勢で臨んでも、それでも避難しない人が多いのはなぜなのだろう?と無力感にとらわれた。木下黄太に聞いても、「福島が一番聞かない」と言う。確かに私もふるさとを追われることになったら、簡単には動けない。土地への愛着や責任感は強い方だと思うので、復興をがんばりたい人の気持ちもわかる。でも、それどころじゃない核分裂が地中で続いている。お金の心配もあるだろう。受け皿を用意できないことが情けないし、悲しい。その間にも、子供たちには放射能が蓄積されていく。

 こんなことを書く私も結局は外側の人間だ。

 村上春樹のカタルーニャでのスピーチに違和感を覚えてしまった私だけど、写真家の藤原新也がキツイ表現をしていて、それもまた、上記の藤代さんの言葉とも重なっていた。

 このページの下の記事、『村上春樹の空論』(6月11日付。上の記事も興味深い)

  ☆ http://bit.ly/jEj5KU

 

 結局のところ渦中の人たちを救うのは簡単なことではなく、そうこうしている間に日本中も汚染されていく。

 なじみのない放射能に対する恐怖心って人それぞれだろうけれど、私にとっては、小学生の時の読書体験も大きいんだと思う。3年生の時に読んだ『ひろしまのピカ』、4年生の時に読んだ『アイリーンのとうろう』。 『アイリーンのとうろう』に関しては、2008年にこのブログでも書いてある。原爆投下後の広島を少し歩いただけの女の子が、大人になって娘を産み、その子が白血病になってしまうというお話。http://bit.ly/kfC4vg

 日本でまさか、放射能の恐怖を感じる事態が起こるとは・・・。でもそのこと自体、私自身も平和ボケしていたんだと思う。

 と、シリアスなことばかり考えているわけでもなく、毎日楽しいこともいっぱいで(備忘録としてのキーワード・・・ハウスオブクレイジー、九重親方、シャム猫の子猫、航空写真、富士登山、箱根5区・6区・・・)、たった今は、家の中でミツバチが巣を作っちゃって、窓枠からハチミツたれてきてる写真が届いた!そんな家、初めて見たよ。

 Photo

 子供らに「ハチミツのおうちに住みたい?」と聞いたら「住みたーい!」と即答だったけど、確かにこれ、困るよなあ(笑) 本当にいつも爆笑させてくれる大好きな先輩です!(ようちゃん、メールした後にこの画像が届きました☆)

 明日は、5月に生まれたばかりの友達の赤ちゃんを見に行く。

 ごちゃごちゃの今の私に浮かんでくる歌はこれ。

 チャットモンチーの 『ハナノユメ』

 ☆ http://youtu.be/7atUby6fpdE

<薄い紙で指を切って 赤い赤い血が滲む これっぽっちの刃で 痛い痛い指の先>

<二本足で立つ 地球のすみっこ バランスとれてるかしら トランス状態 抜け出せなくてぐるぐるまわる 明日はどこ>

 この歌、初めて聴いた時、自分が気になってしまう、自分が書きたくなる作品の世界観と同じだと思った。それはたぶん永遠に近いくらいの赤への衝動。

 チャットモンチーのデビュー曲だったんだ、って今日知った。

 今は小説書いてる場合じゃなくて、新しいサイトを始めようとしつつ、最近のモヤモヤ、ふつふつした思いは、いつか創作へ向かうようにも思う。

           

          

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2011.07.03

 藤代冥砂さん

 ☆二本、同時にUPしています。

 写真家の藤代冥砂さんのツイートより

<拡散希望。福島に明後日から6日間の予定で個人として入ります。福島に住む人々、特に母子の状況を自分の目で見て持ち帰り伝えたいと思います。太平洋側から入り、いわきから内陸部、再び北部太平洋側へ抜けるルート。情報や声を求めます。meisafujishiro@gmail.com

報道写真家じゃなくて、女優達のグラビア写真をたくさん撮っていて、奥さんの田辺あゆみさんとの生活を撮った『もう、家に帰ろう2』が出たばかりの彼が福島を伝えることって大きいと思う。

今日、ニコニコ動画で広瀬隆さんの講演(郡山)も見たけど、政府が動かず、本人たちも動けず、でもどう考えたって避難・疎開した方がいい人たちに向けて、まさに人命救助という感覚で、動ける人たちが動く時だと思う。

フランスでは、日本を救う署名まで始まったらしい。国際社会が、日本に任せられない、という感覚で動き始めている(情けないけど、ありがたい)。

香港在住の友達から来ていたメールより・・・

<香港では東京から避難してきたフランス人がいっぱい。原発大国の政府が避難を指示するぐらいだから、っておもっちゃうね・・・>

チェルノブイリの体験があるヨーロッパ、そもそも、宗教的な背景もあってか、ヨーロッパは人道的で本質的だなあと思うことが多い。

ちなみに、冥砂さん一家は、妹家族が住む東逗子のすぐ近くの葉山にいたけど(妹は海で会ったこともあったけど)、早々に沖縄に移住している(移住直後は、田辺さんのブログのコメント欄、かなり荒れていた)。彼のことは、親しい人が一緒に仕事をしたことがあり、その印象もあって、信頼している。

 ☆冥砂さんのブログ http://meisablog.jugem.jp/

 

          

          

             

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 水泳/水色 

 日曜の午後、思いつきで、息子たちの大好きなプール(りすぱ豊橋 http://bit.ly/mea5oU)へ行った(夫は監督をするようになった大学の柔道部の試合)。

 毎年行くプールは3つくらいあるけど、同じ施設に行くと、子供の成長をはっきりと感じる。りすぱの次男曰く「フッフッのプール(つま先立ちで鼻の穴をかろうじて出せる深さのプール)」で、今年はゆうゆう足がつくようになっていた。

 次男は運動能力が高くて恐いもの知らず。昨年から一回転して飛び込みとかもやっていたけど(りすぱは禁止)、今年は、水中で二回転&後方回転も軽くやってのけた。

 対する長男は、運動が苦手。次男はかけっこも速いし、逆上がりも20回くらいぐるぐるだけど、長男はかけっこはずっとビリで、逆上がりも未だにできない(ちなみに小4と小1)。

 しかし!!

 長男は水泳は好き。それに、いつの間にか太ってしまったので、浮く!!

 今日は、最終的に25mプールを使って、自己流背泳ぎとクロールを混ぜためちゃくちゃな泳ぎ方だったけど、なんと足をつかずに続けて500m泳いだ。

 かなりびっくりした。

 学校でやっているクロールでは、まだ25mも泳げないのに、めちゃくちゃとはいえ、一気に500!(しかも、直前には225mクリアし休憩時間に入ってしまい、休憩明けに500)

 運動音痴で、弟にいつも負け、兄弟でやっている柔道も長男は嫌々だけど(私はやめていいと思ってるけど夫が)、、、

 そんな長男が、運動で生まれて初めてやる気を見せた姿に感動して泣きそうになってしまった。

 強迫観念のように、泳ぐと決めたら泳ぐ!って感じで、意地でも足をつかない姿が滑稽やら頼もしいやら・・・

 やっぱり得意不得意ってあるんだなあ。

 負けん気では常に負けない次男も、7mと、ちょっと足をついたけど15m、がんばって泳いだ。

 長男は、トータルすれば1㎞くらい泳いだと思う(次男でさえ500mくらい)。

 私も子供を見ながらどうしても泳ぎたくなっちゃうので、子供が休んでる合間に25mや50mを何本か。

 帰りに子供向けに用意してあった七夕の短冊にお願い事を書いた。

 兄弟が「クロール25m」とか「(ポケモンのDS)ブラックホワイトクリア」とか書く中、私もよほど「日本が平和になりますように」とか「原発収束!!」とか書こうかと思ったけど、トーンが違うのでやめておいた。

 最後、長男が「お母さんが病気になりませんように」と書いたのを見てまた泣きそうになる。

 一昨年、同じプールで子どもたちと思いっきり泳いだ翌日、私は原因不明の熱を出し、その後入院したのだった(スティル病で)。その時の体験は、親子に今も残っている。

****** 

 予想以上に長居したプールから慌てて戻り、ニコニコ動画で広瀬隆さんの講演会(@郡山)を見た。お名前と著書は存じていたけど、初めて広瀬さんのお話を伺い、想像以上にわかりやすく、そして、恐ろしかった。

 会場から拍手が起こりながらも、いちばん複雑な思いは(郡山の人たちの疎開や避難を訴えている)広瀬さん自身だろうなと思った。

 ニコ動に流れていた大量のコメントの流れで、細野大臣は本当に家族を疎開させてるのだろうか?と思い、「細野 疎開」で検索したら、いわゆる有名人の疎開情報が色々出てきて、その中で「UA 阿蘇」という文字を見つけた。

 やっぱりUAは疎開してるんだ~~と知る(第三子妊娠も今日知った)。

 食事の後(どうでもいいけど、夕食は夫が餃子を作ってくれてあった)、片づけもせずに講演を聞いていたので、遅くに洗い物を始めつつ、久々に、猛烈に聴きたくなって、UAの『水色』をかけた。96年に出た大好きなアルバム『11』より・・・

  (水色の歌詞の一部)

    季節は 限りなく 回り続けてるけど

    わたしの この心に 光る水色は

    いついつまでも 変わらない 空と海の色

 UAの歌声と歌詞に、またしても泣けてくる(泣くのは前々からちょっとしたことですぐなので、病んでないですよ!)。UAがまだ、その先に、村ジュンと別れることも、新しいダンナさんとの間に第二子を得ることも、家が火事になることも、震災や原発事故が起こることも、第三子を身ごもることも、阿蘇へ移住することも知らずにいた頃の歌声。

 UAの歌を聴くと、花鳥風月という言葉を思い出すけど、日本は美しく、特に『水色』の響きは、尺八など、ゆるやかでたおやかな日本の美を感じさせてくれる。

 私、自分の人生で、「あの頃は良かった」なんて思ったこと一度もなかったけど、『11』の頃の日本は良かったな、と思ってしまった。

 さて、しんみりしていても仕方がない。

 プールへ行っても、そこがゴミ焼却場の熱を利用しての施設であるために、思わず、「ガイガーカウンター届いたら、ここでも計ってみよう」と思ってしまった私で、今やどうしたって(この先何十年も)、原発のことは切り離せないけど、「いついつまでも変わらない空と海の色」が幻にならないように、地球に甘え過ぎないように、なんとかしたい。

 

 UA 『水色』 (乳が気になる映像だけど、素晴らしきアカペラ♪)  

    http://youtu.be/ny8LlCa6_2w 

           

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2011.07.02

 魔女・玄米スープ・地球

 予定が色々だったり、読むべき本がたまっていたり、ブログに書きたいと思うことが 多過ぎたりで、なかなか更新できずにいたけど、まとまらないまま書きます。

 まず、前回の記事で触れた、映画『地球交響曲』、『13人のおばあちゃん』の龍村  ゆかりさんにツイッターを通してブログを読んでいただいたら、すぐに返事をくださった。

 <魔女会議、フフフ(*^v^*) 師匠を探したのだけど、「貴女の師匠はいません、あなたの師匠になれるのは自然だけです」とあるシャーマンから言われ、妙に納得。自然のなかで暮らし魔女力アップに磨きをかけたいです。すてきなブログでした、胸がぽっとあたたかくなったよ。>

<渥美半島、20年くらい前メロン農家を取材しに行きました。大地としっかりつながって生きていこうね。易学的にも2010年から男性支配の連山易から女性主導の帰蔵易に入っています。>

 なんてチャーミングな方だろう! 世代ごとに似たような思いで走り続ける女性がいてくれる。会ったことないのに、すでに心近く感じるし、大好き。

 龍村さんが映画を通して世の中に伝えていること、そのアクションもすごいけれど、私も私なりにがんばりたいと改めて思った。

 そして、もう一人、ワセ女好き?という、メディアジャーナリストの津田大介さんにもお送りしたところ、読んでくれたかどうかは??だけど、ツイッターでつながった。同じ時期に同じ学部にいた旬の人。

 混迷の今は、つながるべき人とはつながって、今後に備えたいと思っている。

                         ☆

 見えない放射能とのたたかいはこの先も続くわけで(愛知で心配していることを不思議に思う人もいるけど、チェルノブイリやベルリンの本を読むと、日本の狭さにおののきます)、親子で身体を強くしていこうと思い、食べ物のお勉強。

 私はマクロビ信者ではないけど、いいところは改めて学びたい。

 自然食品系で昔から有名なオーサワジャパンは、東京時代4年住んだアパートのすぐ裏にあった。そのサイトに、いい記事が出ていたのでご紹介。

 『放射能汚染に対するマクロビオティック情報』

 http://www.lima.co.jp/radioactive/index.html

 

 この記事に影響を受けて、というわけじゃないけど、あらためて昆布を買ったり、ぬか漬けを再開したり、味噌汁の登場回数を増やしたり、玄米スープを作ったりしている。

 玄米スープについては、このブログでも前に書いたけど、本家の辰巳芳子さんのレシピで作ってみた。

 辰巳さんのものはすぐネットで出せないので、代わりに前もご紹介した、小島聖さんのブログより・・・

 http://blog.honeyee.com/hkojima/archives/2009/12/01/post-134.html

 まだお会いしたことないけど、大好きな高野久美子さんのものも・・・

 http://takanocake.exblog.jp/14620904/

 スープって面倒なイメージもあるけれど、玄米スープは簡単だし、玄米を炒る時の香ばしい香りがたまらないです。 

 その他、米のとぎ汁の乳酸菌も、少しずつ上達してきて(これでOKなのかどうかが??だけど・・・発案者の飯山さんににおいを嗅いでもらいたい)、さらに、「チェルノブイリへのかけはし」のブログで見ていたEMってものも試したいと思っていたところ、レイナのツイートで・・・

 EMのことを通して、レイナの友達の陶芸家・水野しづさんともつながった。

 http://ameblo.jp/nendojunkie/

 もともと存在は知っていたけれど、水野さんの名古屋にいながらの危機感や、地球的な感覚、大きな愛に共感した(乳酸菌や発酵食品など、考え、実践していることも近い!)。

 発言することって、反応によっては孤独を感じる瞬間も多いんだけど、冒頭の龍村さんや水野さんみたいな人に出会えると、このマザー感覚に間違いはないんだ、とうれしくなる。

 それぞれの地にいながら、地球を見ている人たちに共感するし、私もそうありたい。

 何も大げさなことじゃなく、私たちの吐息一つが地球にも宇宙にもつながってるから。

 先月急きょ関わった、大好きな学者さんの本も出版され、なんだか落ち着かないけど、目の前のことをひとつひとつ・・・

 もう7月ですね。

 こんなに日本中が共感で結ばれた年はないんじゃないかな(少なくとも私のこれまでの中では・・・)。意識によって温度差もできてしまっているけど、どうかどうか、みんなが少しでも救われてほしいです。

 <追記>

 今日は大好きだったおじいちゃんの誕生日。 じいちゃん、日本を守って!!

              

         

            

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