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2011年5月

2011.05.31

 運動会

 土日月と流れて火曜に行われた運動会。

 お弁当を作ったのに途中雨が降ってきて家で食べた・・・という体験を一度しているので、早朝の段階でキッパリ延期になったのはありがたかったけれど、平日開催だと子供たちは各々の教室で食べるので、一緒にワイワイできなくて少し残念だった。

 それにしても・・・

 子供たちが全力でがんばる姿にはいつも感動する。

 我が子は出てないリレーなのに、応援していると毎年涙が出てくる。

 小さい頃から知ってるような子が大きくなって、鉢巻き締めてリレーの選手していると、立派になったなあとうれしくなる。

 足の速い子には速い子なりの、遅い子には遅い子なりの緊張があるだろうから、そのキリキリドキドキを想像すると自分まで同じ気持ちになってしまう。

 うちの子の良いところは、自分の出番は大したことなかったけど、他の子の応援をすごく一生懸命やっていたところ!

 次男にとっては初めての小学校の運動会。運動場も六年生も大きいなあ、すごいなあって感動したようだ。

 小学生の頃、母が友達の写真をバシャバシャ撮っていたのだけど、その気持ちがよーくわかるようになった。近くで見れた場合、特に今日みたいに、平日の開催で来られないお母さんのことを思うと、その分まで、と思って撮ってしまう。

 小学校の頃は母のことをお節介オバサンだと思っていて、「こんな、もらってもうれしくなさそうな写真たくさん撮ってどうするんだよ?」と冷めた目で見ていたけど(申し訳ない気持ちで友達に渡していたけど)、今の私はバッチリ母に似ている。

 オバチャン化したのか元々の性質なのか、よくわからない(笑)

                       

               

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2011.05.29

 ドイツに学ぶ(追記)

 フランスのサミットで、日本は原発推進を(フランスとの結託見え見え・・・)、ドイツ、スイスは脱原発を表明した。

 前々から思っているけど、小さな国ニッポンは、どうして、スイスやドイツみたいに毅然とできないんだろう。

 ドイツで昨日行われた脱原発デモの記事。

 http://bit.ly/m2H9ug

 デモの前に、誰かが「私は基本、ドイツという国の姿勢を信頼しているので」と書いていたけど、私もそれは大いに感じている。

 98年の11月から3ヶ月、妹が住んでいたドイツ・ミュンヘンを拠点にヨーロッパを旅したけど、ドイツは当時から、ゴミの分別やリサイクルがしっかりしていたし、エコバッグも当たり前だった。

 イタリアやスペインの電車の時刻は信用できず、フランスもまたストライキなどで運行そのものが信用できず(実際、行きのエールフランスも、到着後のTGVもストライキのため一時動かなかった)、そんな中で、ドイツというのはいかにも正確で信頼できた。

 最初はヘラヘラニコニコしないドイツ人というのが頑固で面白味がないように感じたけれど(後で思えば気候が国民性に与える影響は大きい。冬だったし、口開けてヘラヘラできるギリシャと違い、雪積もるドイツは寒かった)、あちこち回るとドイツの厳格さに安心した。

 旅の少し前の時期、日本でダイオキシンが話題になった時も、週刊誌のグラビアで、ドイツの岩塩だったか(よく憶えてないけど塩の山みたいな)、とにかく国土内にある、自然の埋蔵施設がしっかり整っていて、日本とは大違いだと思った。

 今回の原発でつくづく思ったのは、人間が最終的に処理できないものに頼ってはいけないということ。

 使用済み核燃料をどうしたらいいのか、というのは、結局のところしっかりした答えが出せないまま先送りにされている。

 だいぶ前に、新聞で宇宙ゴミについて特集していたけど、地球を取り囲んで、宇宙開発のために生じた不用機器(どう処理したらいいのか解決できていないロケットやら人工衛星やら様々な部品やら)が今も回り続けてるんだよ。

 こーんなに!!!(ウィキペディアの画像より)

Photo

 これ、おかしいでしょ。問題でしょ。

 バッカじゃない??って思いませんか。

 新しい開発を進める前に、負の遺産をどうしたらいいのか、というより、その都度生じるマイナス面を片づけていかなくては、未来の子供たちに申し訳ない、ってのがふつうだろうよ。恩恵をバッチリ受けながらも(天気予報だとかインターネットだとかも含め)、後処理ができないほどの開発はいらない、と思う。

 (まあ、私も、片づけするより新しいことやりたくなってしまうので、その欲望に関して強く批判できる資格がないんだけど) 

 短い滞在期間で、「ドイツは強い国だと思う」ってメモした憶えがある。漠然と、これからを生き残っていく国力や国民性を感じた。

 日本の今の危機は、チャンスでもあるはず。

 なんとか転換できないものかと、仲間たちと話しています。

 男が政治をやってきた、しかし、そういう社会を許してきた(時代背景的にやむを得ないのではなく、男たちとたたかってでも子供を守るための社会を実践できずにきた)女にも責任がある。

 こういう時よく例に出る、スウェーデンの女性議員の多さ。

 少子化対策とかともすべてつながっている。

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 昨日のブログに関して、facebookでは、友達からコメントをもらい、東京がアウトとはどういう意味か、木下さんにも改めて尋ねました。

 このブログにもコメント欄を設定して、いい意味での議論の場にすればいいけど、私はネットの恐さも感じているので、安易には設定せずすみません。でも、前々から、マザーの声を結集的なことをやりたいし、その都度の問題について、私を抜きにしても語り合えるような場をつくりたいと思っていたので、そういうこともできそうなサイトを準備中です。

 (一方的に発信するより読者さんの気持ちもお聞きしなくては、と思って、この部分に最初は方法を書いたけど、自分自身の容量を超えそうなので控えました。どうしても、という方は3月14日分のコメント欄もしくはツイッター、facebookからお越しください)

 facebookについては、私とつながるってよりも、日に日に人数増えている(今4000人近い)「福島第一原発を考えます」という公開グループに入るのもオススメです(原発反対ではなく「考えます」というのが基本姿勢かと)。今、既存のメディアは信用できなかったり、情報が遅かったりするし、住んでいる地域によっても有益な情報は異なってくるので、自分で取捨選択する時だと思う。

 (facebookのアカウントがないと見れないのかもしれないけど・・・↓)

 http://on.fb.me/jzmhfe

 私も今、元々の柱の「伝える」に関し、様々な方法を実験中で、個人的に「日原」から再び本名(生まれた時の名前)に戻した活動をしたいと思っています。

 この状況に、小説書くより別のことしたい(しなくちゃ)、というのが、私なりの感性です。

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 (追記)このところ原発の話題が続いていたので、友達から原発に関する別の見方について教えてもらいました。私自身、安易に原発反対と言いたいわけじゃなくて、夫が電力会社勤務ということもあり、化石燃料を使い尽くすわけにはいかないことやコストの面でも原発の有効な面も聞いています(発言って本当に難しいけど、夫自身、推進派でも反対派でもない)。

 その上で、昨日何度目かの再放送の、NHK「ネットワークで作る放射能汚染地図」を見て、福島の人たちの苦しみは、理不尽極まりないと思いました。http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2011/0515.html

 常に視点はニュートラルでありたいけれど、何発電であれ、電力をつくるということより(人類が不便な暮らしに戻ったとしても)、そもそも最も重要なのは、子供たちの命を守ることだと思うので、しっかり考えなくちゃと思います。

 私は闇が本当に闇だった田舎育ちということもあり、現代社会ほどの発展には違和感があるけど、自給自足できるほど肝はすわっていないし、基本怠惰だし意外に病弱なので、書きながらも説得力はないというのも補足しておきます。

      

              

          

 

    

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2011.05.28

 クレイジーでも

 クレイジーでも発信すべきことは発信するよ。

 耳の痛いこと書き出したら、離れていく人もいるけど、私というフィルターを信じてくれる人に向けて書き続ける。

 震災以来アクセスは増えていて、個々の記事を時間かけて読んでくれる人も多い。この短文時代に熱心に読んでくださってる方々、ありがとう!

 さて、木下黄太との癒着はつづけるぞー!

   ☆癒着を辞書で引くと・・・①(離れているべき)粘膜や皮膚がくっつくこと

                   ②好ましくない関係で深く結びつくこと

 らしいのでこの場合は「連携」とした方がいいのかもしれないけど、癒着な気分。

 まずは彼のツイートと小沢一郎インタビュー(私が見る限りテレビや新聞では報道されてないけど、出てもいいような発言だし、やはり情報は今や自分で収集しなきゃと思う)。

 <小沢一郎発言は、もちろん菅おろしが目的ですが、この原発事故の危機が深刻化している現状踏まえて、巧いタイミングで攻めてきている発言です。菅が日本にいない事もあり、絶妙かと。ただし、東京もアウトになるかもという危機認識はその通りと思います。ようやく大物政治家が発言したなという感じ。>

 ウォールストリートジャーナルより・・・

 http://jp.wsj.com/Japan/Politics/node_242207

 また、今日見た木下のツイートより。衛藤利恵さんに向けてのものだけど、いいこと書いてるのでここでも。

 < ヨーロッパでチェルノブイリを体験している日本人の声は経験に裏打ちされていて的確なものが多い。その人々を守った感覚が今の日本にはない。福島はいうに及ばず、首都圏も、当時のヨーロッパどころの危険レベルではないのに。全ての人々の認識を変えさせねば。>

 今日は、木下さんのブログについて、地元の県会議員さんと市議会議員さんに伝えました。

 ツイッターでは山本太郎氏にも。

 小沢氏の発言を一言抜粋するのなら、今の日本の課題は当然、「要は早く原発の放射能を止めることだ。」

 それがなかなか難しい今、できることとして、人と人をつないで、力強い動きに備えたい。

 夫は最初からメルトダウンについて言っていて、福島原発についてチェルノブイリと同列に並べていた。素人判断では大差があると思っていたのに(思いたかったのに)、残念ながら様相が一致どころか超えてしまいそう。

 不安をあおるんじゃなくて、危機意識をみんなで持たなくちゃと思う。

 福島からの距離に安心するんじゃなくて、この先何十年もつづく放射能の問題、福島や東北の分を支えていくのは、私たち子供や孫の世代になるのだから。

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 と書きつつ、問題だった我が家の件ですが、

 昨日夫が会社を休んで、夫婦ともども先方に謝罪し、おさまりました。

 次男は、「迷ったら行く」「迷ったらやる」というタイプで、注意しても行動を止められないことが多々あったけど、今回で重々反省したと思う。長男も次男も、持ち前のエネルギーを将来世のために発揮してほしい。

 今日は運動会延期で、家族でオーブンレンジ見に行ったり(20年使い続けたものがついに壊れ)、ダラダラしています。

 (追記) 須藤元気氏の活動にも、頭が下がる。

 『Team WE ARE ALL ONE』 公式サイト http://www.genki-tohoku.net/

     

          

                                

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2011.05.26

 全力少年 (追記あり)

 次男にまたしてもトラブル。

 詳しく書くのは控えるけど、悪気なくやったことで知らない人の物を傷つけてしまい、お詫びと弁償。

 火、水、木とごちゃごちゃが続き、そういう運気なのか?

 いよいよ「謝る母親」突入か??

 夫に報告後、凹んでいたのを友達に慰めていただき(みなさまのおかげで生きてます)、そんな中、たくさん子供たちを見ているお方からの言葉に涙が出た。

 「わんぱくは男の子の勲章だ!!」

 「いい勉強したね、次男坊!!」

 

 落ちた気持ちを上げようと、思いついてスキマスイッチの『全力少年』を聴いているうちにまた泣いてしまった。

 最後の方の歌詞。

 <紛れもなく ぼくらずっと

  全力で少年なんだ

  セカイを開くのは ぼくだ>

 いつもなら笑えそうもない素人さんのこのプロモに励ましていただきました。

 http://youtu.be/43kSK8sDSHg

 バカっぽさがまさに少年!

 ちなみに、音は悪いけど、本家はこちら・・・(二人の笑顔が最高)

 http://youtu.be/MfzH0qJ3oYE

 スキマスイッチの大橋くんは妹のダンナさんに似てて、常田くんは元彼に似てる。

 なのでスキマスイッチを見ると、いつもその二人を思い出す。

 はーーーっ、萱野稔人さんhttp://diamond.jp/articles/-/2997のお母さんに、彼の幼い頃の武勇伝を聞き(笑っちゃうほどすごい)、うちはまだまだ甘いなあと思ったけれど、毎度凹む。

 まずは大きな母親になりたい。

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 いつも大好きだけど、特に心に沁みた高野さんのケーキと言葉。

 http://bit.ly/lssHM7

  

 ケーキ作りの工程や、味わった時のふわりとした美味しさ、こみ上げる気持ちなどを想像し、本当に共感します。

         

      

 

       

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2011.05.25

 母子疎開ネットワーク「hahako」

 大友良英さんのリツイートで知りました。

 母子疎開ネットワーク「hahako」

 http://hinanshien.blog.shinobi.jp/

 こういう情報を求めていそうな人が近くにいたらお知らせください。

 一昨日話した埼玉の親友(1歳の子がいる)も、疎開情報を気にしていて、例えばイタリア政府観光局やドイツなどもかなりいい待遇でやってるんだそう(往復の航空券と滞在費負担など)。でも申込者が多くて、福島に近い人からだそう(ちなみにこんな情報http://www.travelvision.jp/news/detail.php?id=48775)。

 それとは違うけど、今調べたらこういうのもあった。

 「チェルノブイリへのかけはし」 http://www.kakehashi.or.jp/?p=2754 

                    (↑これはその後、以下に訂正↓)

                    http://www.kakehashi.or.jp/?p=2915

 チェルノブイリの時も、ベラルーシの子とか、しばらくヨーロッパのどこかに疎開して、体内汚染物質が抜けると元気になったんだって。

 私もまずは友達間だけど、そういうお手伝いを少しずつしたいと思っています。

 それに、私も旅好きなので、これを機会に・・・と前向きに考える親子が増えたらいいのになあと思う。引っ越しは無理でも、移動して、のびのび空気を吸ってほしい。

*****

 本日は次男のお友達男子くんが遊びに来て、その子のおならにほのぼの笑っていたのに、直後、長男の担任の先生から電話で、長男が女の子の友達とケンカして傘を壊したと聞かされた(泣)。

 もともと仲の良い子なので、我が家に来てもらい、お母さんに電話して謝り、傘代を弁償しました。

 その子の家は母子家庭で(前にスガキヤのラーメンについて電話で聞いてきた子)、お母さんが夜遅くまで仕事をしているので、傘を買いに行く手間が申し訳なく、私が代わりに傘を買いに連れていこうと思ったけれど、お母さんとの相談により、そこまではせず(ケンカは二人が悪いし、お母さんもいつもうちで遊んでることに感謝してくれていて)・・・。

 私もかなりのお転婆&問題児で、先生や親を困らせたけど、親が誰かの家に謝りに行くとかはなかったので、女の子はそれなりに器用なんだなあと思う。

 男兄弟の母として腹はくくりつつ、毎度まいるよ(学校から電話かかってきたことない子もいるけど、うちは1年生の時からすでに5回目くらい)。

 人一倍やさしい子だけど、怒る時もそりゃある(かなりひどいことを言われたようだ・・・女の子に口で言われて男の子が手を出すというのはパターン)。

 受けとめられる母ちゃんでありたいけど、毎回「もうっ!」って思う。

             

           

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2011.05.24

 ごちゃごちゃの日

 広河隆一さんの新刊『暴走する原発』について本人のツイートで知り、初めて原発関連の本を買おうと思った。

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 ちなみに、刻一刻と変化する現況については、木下さんのブログを読んでください。 http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927

 で、調べるうちに、『福島原発メルトダウン』という広瀬隆さんの本も読みたいと思い、

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 アマゾンで買うよりも実物を本屋で比べてから買おうと思って出かけたけど、一軒目の書店では両方探せなかった。原発への関心が低い愛知では仕方ないとは言っても、こういう時、地元に失望する(今までも何度かある)。

 で、少し大きめの書店に出かけ、平積みを期待したけどないので(アマゾンでは50位以内の本ですよ)、店員さんに検索してもらった。「原発に関心持ってる神経質な女」と思われるんじゃないかなーと思いながら・・・ 

 昨日話した埼玉の親友も、「関東だと、関心持ってる人とそうでもない人と分かれていて、ちょっとでも心配すると『神経質』とか言われてそれも面倒」と言っていた気持ちがすごくわかる。

 結局、その書店では、『暴走する原発』は置いてあったけど、『福島原発メルトダウン』は売り切れで、迷ったけれど、『暴走する原発』を買った。広河隆一さんのことは何かの記事を読んだり、『DAYS JAPAN』編集長として知ってるくらいだけど、『DAYS JAPAN』の存続が危ない時に、知り合いの戦場カメラマンからもメールが回ってきたくらいなので、命懸けで取材してるジャーナリストだと思うし、本を買うことで、広河さんの活動の一助になればいいなあとも思った。

 と言いつつ、まだ読めてないんだけど、多くの人がすでに書いてるだろうけど、広河隆一氏と広瀬隆氏の名前の似た感じとか、生まれも同じ1943年で、二人とも同じ早稲田大学卒で、という共通点がすごいなあと思った。

 (危機感のない話で申し訳ないけど、昔歯医者の受付のバイトをしていた時に、「河合正男」って人と「川合政夫」って人がいつも同じ日を予約したがり、二人とも「カワイマサオさん」なので、呼び方に困ると思って、なんとか時刻を離そうと思っても、二人が同じ時間帯を希望するので困ったことを思い出したよ。ああいう偶然ってスゴイよなあ)

・・・と、福島の状態もごちゃごちゃ、広瀬広河で間違えて本買ってる人多いだろうなあというごちゃごちゃ、、、

 さらに今日は、息子たちの柔道の日で、「火曜日はお友達と遊ぶのはナシね」と言ってあるのに、次男と約束した仲いい友達が来てしまったことから始まった新たなごちゃごちゃ・・・

 二人が遊んでいることを知ったもう一人の仲良しくんが「くもん」の日なのに遊びに来たくなって(泣いちゃって)、じゃあ、4時半までね、という約束で3人そろって遊び出したところに長男が帰ってきて、長男は、柔道に行く前に宿題をやらなくてはと思っていたのに(また今日は宿題の量が多くて)、帰って来たところに次男の友達がわーわーの様子を見て、反射的に泣き出した。

 時間がない中で宿題やって、少しご飯食べて柔道行って、と張り詰めているところに、火曜はいないはずの次男の友達を見てパニクる気持ちもわかる。

 次男や次男の友達の「遊びたい」という気持ちを優先させちゃったけど、長男の気持ちを忘れていた。

 おまけに一人の友達が上着を忘れて帰り、次男は走って家に届けに行ったけど行き違いで、私が柔道行く前に届けて、というごちゃごちゃ。

 今日はみんなで学んだ。

 自分の思い通りにはいかないこともあるってこと、

 思い通りにいかないことに直面した時どうしたらいいか、

 私にとっては、1年生の次男のフォローばかり気にしていたけど、4年生には4年生の事情があるってこと。

 反省して、これからに生かそうと思う。

 そんな夜のクラムチャウダー。

Photo_3

         ホッ。

 福島も日本もあっちこっちたいへんだけど、やっぱり家庭には家庭のたいへんさがあり、日々をこなしていくことに精一杯。

 そんな中で子供を守るために引っ越しとか考えなくちゃならない地域もあるかと思うと、本当にいたたまれない。

 政府や報道が信用できない今、『DAYS JAPAN』は存続の危機から抜け出すだろう。

 広河さんや広瀬さんが求められる今は喜ばしくないと、本人たちも自覚してるんだけどね。

                           

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2011.05.20

 ヤノベ氏

Art128_01_6

  

  こんな時、ヤノベケンジ何て言ってるだろう?と思って、検索したらツイッター始めたところだったのでフォローしてみた。

 初期の頃の作品で、アトムスーツ着てチェルノブイリ行ってたけど、その頃は実生活でガイガーカウンター必要とする事態が起こるなんて思わなかった。とはいえ、彼が予見していたとも思わないし、予定調和でいいから、今、もっともらしいこと言ってほしい。

 ヤノベ氏が出てくるきっかけとなったキリンビールのアワードに一時関わっていたので(のちのグランプリ受賞者の助手をしていたので)、原宿の展覧会場で彼とすれ違ったことがある。いかにも血気盛んな人に見えた。

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 と、上記を昨日ツイッターやfacebookに書いた後、私のツイート読んでくれた?という勢いで、ヤノベさんが熱い言葉を書き始めた。おもしろい。

 電力会社に関することも書いてるけど、最初に心を打たれたものを転記・・・

 この言葉、大いにうなずくし、今後の指針になる!何度も読み返したいと思う。

 ☆補足です http://bit.ly/jzDIQJ

 トラやんとかも出てきたので、私にとっては、アトムスーツ、初期の印象だったけど、作家本人にとっては中期なのか、でも、この先も創作活動を続けていくとしたら初期に含まれるかもしれないし、書き方難しいな、と思った。

 黙して語らず、よりも、私は今、本人の言葉が聞けて、すごくうれしい。すべてが吹っ飛ぶような今、みんな思いを放出したらいいと思う。

          

          

            

                

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2011.05.19

 ある主婦の訴えと『ひろしまのピカ』

 facebookやtwitterで最近つながった人も多いので、一度説明しておくと、

 私は、一昨年、10万人に1人という珍しい病気になり、またそれは、書いていた小説と同じ病気を呼んでしまった、という奇妙な偶然でした。ちなみに、その時の主治医が1年半後の今、近所に開業という、常々不思議な偶然に囲まれて生活しています(たいていは嬉しいシンクロニシティが多い)。

 その病気の体験はヘビーで、意識だとか潜在意識だとか深く考えざるを得ませんでした。以来、負の情報(正しい正しくないではなく、自分を落ち込ませるような類のもの)はなるべく頭に入れないようにしてきました。

 震災後、このブログでは、基本姿勢として、人々を励ますことができるようなことを書くように心がけてきたけど、一昨日久々に話したジャーナリストの友達(木下黄太さん)の訴えを読んだり聞いたりして、これは、私も一緒に伝えなくちゃ、と思いました。

 私は何ごとにおいても、ヒステリックにものを言い、ヒステリックに動く人のことが苦手で(親しい友達との間で、有吉が高木美保に名付けたという「ヒステリック農業」という言葉がツボで、食事や育児に関しても、偏った動きに走る人のことを冷やかに見ています)、震災後の色んな人の動き(運動やデモや)も、冷静に見てきたつもりです(冷静に見られる環境にあることはありがたいわけで)。

 原発については、どこかでいい方に向かうだろうと思いたいところがあって、努めて楽観視してきたけど(須藤元気やマイミクの竹炭屋のおじさんがポジティブな気を送ろうとする姿勢に共感してたし)、どうも、どんどん深刻化していて、これからも長期にわたる問題のようで、そんな時に、たまたま木下さんの活動を知り、本人と話し、なんとかしなくちゃと思いました。

 なんとかしなくちゃ、と言ってもなかなか何もできないんだけど、とりあえず、今までの前向きブログから、耳が痛いことでも伝えるべきことは伝えよう!という姿勢に変換しようと思ったわけです。

 木下黄太のことは、前回も書いたけど、実物や性格を知ってるだけに、何をそんなにがんばってるんだろう?と思うんだけど、彼がそこまでがんばらなくちゃならない事態なんだなあと思うわけです。「ぼくは政府をゆるしません」だとか「一緒にがんばりましょう」とか訴えてる彼を見ると、涙が出そう。敵もいっぱいいるし、ボロボロだと思う。

 一見トガってるけど、不器用でどうしようもなくやさしい人なんです。昔会った時の印象は、ひげもじゃで、太ったヨークシャーテリアという感じでした。震災後、10キロくらい痩せてるらしい。それはよいことじゃん、と言っておいたけど。

・・・と、前置きが長くなったけど、彼が今日載せてた、主婦の方の文章の転載。

 http://bit.ly/igdL5S

 この方、facebookにいるので、プロフィールを拝見したけど、決してヒステリックな人じゃないです。

 混乱した文章から、たいへんさが窺える。

 ああ今、事態は、『ひろしまのピカ』なんだな、って思った。

 小学校3年生の時に読んだ、原爆の絵本。

Photo

 一昨日は、東京にいる大学時代の友達が、「原発の話、見たくも聞きたくもない」と書いていた。今、お母さんたち、本当にたいへんだと思う。

 今は、政府やマスコミの報道より、信頼できる人のブログやtwitterがいちばんの情報源になっている。

 現実としての仕事に追われる男と、現実としての生活を心配する女との間で乖離や衝突が起こり、夫に話を聞いてもらえない妻(母)たちがいっぱい木下さんのところに駆け込んでるらしい。

 どうしたらいいのか、ということが、うまく見つからないけど(原発からの距離もあり、私が今いる愛知は平穏で)、探っていけたら、と思います。

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 昨日は、初めて会う人(知り合う前から私の本を読んでくれていた)とランチし、お互いの恋の話をした。恋するその人は初々しくて可愛かった。

 先週長男が一緒に宿題をやった男の子は、宿題をがんばるようになったそう。

 入学後、初めて大泣きした次男は、きっかけとなった相手の男の子と仲良くなった。

 毎日毎日変化してるし、成長してるし、「生きてる」って思う。

 もともと「生きてる」ことをビビッドに感じさせられる人生だけど、今余計にそう思う。

 木下さんだって、真面目に原発のことばかり考えてるわけじゃなく、一昨日は相変わらずアホだった(私はアホ担当)。

 みんな、生きてる。

 先が見えない今を生きながら、生き延びる手立て(子供たちを守る方法)を一緒に探っていきたい。

             

 

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2011.05.17

 木下さんのこと

 前回のつづき。ジャーナリスト木下黄太さんのブログ。

 http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927

 震災を機に、あれだけ忌み嫌っていたツイッターを始め(正確には非公開&閲覧専門だったのをツイートし始め)、2週間前に「プロジェクト福島」の件から大友良英さんをフォローした。その大友さんの今日のツイートで木下さんのブログを知り、色んな意味で動揺した。

 11年前出会った時、日本テレビの報道記者だった木下さんが、単独で自分の名前を出してブログで発信しているということ、会わなくても信頼している彼が、福島原発に関し使命に駆られるようにして取り組んでいること・・・メルトダウンの報道とともに、最初はいよいよ原発に関して逃れようもなく知らなければならなくなったのか、と若干うんざりした。

 というのも、2,001年の9.11同時多発テロ事件の頃も、同じように私に真実を見よ!と訴えてくる男性がいて(イラク戦争の悲惨な写真を送ってきたり)、私はその人と喧嘩状態になってでも、そこまでの真実は知りたくなかった。なぜなら、私は生まれたばかりの子供を育てることに必死で、どうしようもできない現実など知らない方がましだと思ったのだ。

 しかし、今回は知らないわけにはいかない、自分の国でたいへんなことが起こっている。いよいよ知らなければならないのかと半分緊張した。

 もう半分は、身を呈して、という姿勢で、最前線で取材し、あちこちに出向いて人々に伝えるべきことを伝え、人々の意見を聞いている木下さんの姿に、単純に純粋に感動した。

 木下さんが呼びかけた、facebookの「福島第一原発を考えます」という公開グループは2,500人を超える人が参加していて(どんどん増えていて)、ブログに寄せられるコメントを見ても、政府やマスコミが信用できない今、確かに一つのムーブメントとなっていた。

 何かが始まっている、と思った。

 その中心に、あの時のあの人がいることが率直にうれしかった。

 そして慌ててfacebookとツイッターから木下さんにメッセージを送り、すぐに返信が来て、その上、「今なら少し電話で話せる」と書いてあるので、速攻で電話した。大友さんのツイートを見てから1時間以内の展開。

 10年ぶりに話した木下さんは、まったく変わってなかった。

 変わってないというのは、たった一度しか会ってないのに最初からお互い気をつかわないという不思議な関係性のことで、彼自身は話の速度や声のトーンから、良い方向に変化していると思った。

 彼は今、日本テレビに所属した状態で、会社を敵に回してでも、人として伝えるべき真理を伝えようとしている。

 私が知り合った時の彼は、オウム事件、阪神大震災、東海村の臨界事故等を取材した経験を持っていて、なんだかセカセカしていた。今も時間がなさそうなのには変わりないけれど、何かから解き放たれた、何かをふっ切ったような印象があった。

 すべてを書くことはできないけれど、私たちは10年前、その時の同じ次元でものを言い合い、10年後の今も、数段階上がった同じ次元でものを語っているように感じた。

 納得し合ったのは、「これからの半生」という言葉。

 自由にやりたいようにやっていいんじゃない?と・・・

 彼は、「自分でも自分がどうしてこういう状況になっているのかわからない」と言った。

 すかさず私は、「神と人間の間に行っちゃったんだよ。そこに位置しちゃったから使命感とか役割とか果たすしかないんだよ」「迷った時にはひたすら受け身でいればいいんだよ」と伝えた。

 彼と私に共通しているのは、互いに雄大な自然に囲まれて育った体験があること。

 霊的な、とかスピリチュアルな、とか言うとうさんくさいけど、これまでの自分たちの経験や出会いという点と点がつながって、どんどん線になっていっているダイナミズム。これは只中にいないとなかなか理解できない。

 私も私なりに不思議な偶然や病気の体験から、自分に課せられた役割を感じざるを得ない。

 やりたくないことをやっている暇など、ないのだ。

 「ガタンゴトンと高速で走る電車に乗ってて、各駅で開いたドアから乗って来る人やものごとに対応してるうちに、行くべき先にたどり着くらしい」

 「とにかく課せられた宿題を解くしかないようだ」

 それもすごくわかる。

 なぜだかそうなっちゃったんだね。

 10年ぶりの電話で、真面目に福島原発について語りながらも、私は10年前と同様に、余計なことが言いたくてたまらなくて、「ねえ、今もひげもじゃなの?」とか「××とは×××××なの?」とか、茶々を入れ、そのすべてに、こちらが望む以上の反応を示してくれた木下氏。

 本当に人がいいのだ。

 「アンタも変わらないね~」とついついアンタと呼びたくなるほど(氏は私より6つ年上)、常に難を抱えたいかにも厄介な女の世話をさせられる羽目になってる。木下氏が信頼できるのは、数々のエピソードから、やさしいなあと思うから。弱ってる人のことが見捨てられないのだ。

 彼のことを悪く言う雑誌もあるし(実際、facebookで彼のことを触れたら、心配してくれた男友達もいて)、つい昨日もホリエモンがツイッターで彼の批判をしていたらしい。確かに彼に非がある話もあるだろうけど、私は私のものさしで考えているので、私にとっての木下氏がいい人ならそれでいいし、今の彼は今の彼として私は信頼している。

・・・と、真面目に書いてきたけど、久々の電話の8割は、ここには書けないようなどうでもいいキワドイ話で、ふだんよくしゃべる私が口を挟めないくらい、木下ベッカムよくしゃべったぞ(笑)・・・木下ベッカムは漫画の名前で、途中帰ってきた息子に「誰?」と聞かれて「木下さん」と伝えたら「木下ベッカム?」と言うので「そう」ってことにしておいた。

 神妙に話し始め、途中「官邸」だとか「菅直人」だとか言ってる彼に向かい、最後には、「子供が帰って来るからあと5分でまとめてね」とか「しかし、アンタもよくしゃべるね~」って言っちゃったよ。まったくもう!

 ふだん緊迫した現場で、緊迫した顔して事実を訴え、多くの人々に「どうしたらいいんでしょうか?」と頼られてる木下さんが、「誰にも話せないことを話せる相手ができて良かった」と言ってくれたので、私はそのお役目を担うことにします。

 誰にも話せないことって、社会のヤバいことじゃなくて、自分の周辺のヤバいことなんだけどね、お互い(笑)

 

 それにしても、不思議な関係だ。

 そもそも、今日の展開もおもしろかったけど、11年前、ひょんなことからネットで知り合い、会う前に文学にも造詣が深い彼に処女小説を読んでもらい、初めて会った時(私は結婚の直前)に、彼が買っただったか買う予定の土地を見せてもらった。

 地震取材を散々した彼が、研究に研究を重ねて買ったその土地は、世田谷の轟渓谷の近くにあり、東京においてはとても強い地盤の上とのことだった。あの時の渓谷の、東京とは思えない風景も記憶に残っている。そして、ご自慢の土地を見て、「高いのに狭い!!」って言った私(笑)

 まあいいんだ、お互いの無垢なところで不思議につながってるから(過去私の地元から衆議院選に出馬した知り合いと木下さんが仲良しだったり・・・今回も避難の候補地に豊橋もあったとか)。

 というわけで、前線で戦う彼を、つかず離れずサポートしたいと思っています。今はまだ平穏な愛知にいるからこそできるフォローもある。

 「僕がやってることは、放射能との戦いだけど、それ以上に大切なことがあると思ってる」と色んなことを含んで彼は言った。

 今回のできごとは、単に地震や原発事故におさまらない、地球規模、宇宙規模での変動だということもお互いに認識している。

 走り出してる木下号のたどり着く先にはいいことが待ってるらしいので(社会の状況と彼のプライベートはリンクしてるらしいので)、それを信じて私も私の活動をがんばろうと思う。

 

 有益な情報をいくつか教えてくれたけど、そのうちの一つ。

 静岡大学の小山真人先生がお書きになっている危機意識が、木下さんとも近いそうです。http://sk01.ed.shizuoka.ac.jp/koyama/public_html/Welcome.html

 ネガティブな情報は知らないように知らせないようにともしてきたけれど(一昨年の病気の体験により)、そんなこと言ってられない事態なので、勉強させてもらいます。

      

                         

      

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 緊迫とふんわり

 10年ぶりくらいに、ジャーナリストの木下黄太さんと電話で話した。長々と。

 木下さんのブログ。

 http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927

 彼のことを書くには、少し説明が必要なので、またじっくり書きます。

 最前線にいて、敵も味方も多くて、緊迫してる彼だけど、私と話す時は、ひたすらふんわりした空気を感じる。彼の故郷の徳島を想像するからかな?

 ブログは広く知られてほしいので、さっそく載せるけど、また改めて書きます。 

 彼とつながることを心配する人もいるけど(雑誌で叩かれていたり、ホリエモンのツイッターでも話題だそう・・・今見たけど、確かにそれはいかんねえ~)、私は全く偏らないので大丈夫。

 どんな問題に関しても、常にニュートラルでフラットな姿勢を保っているつもり。

 今って、生きものとしての直感や嗅覚が試されていると思う。

               

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2011.05.15

 5月の晴れた日曜のボヤキふたつ

☆夫はどんな人かと聞かれたら、答える一つの例として、「安売りのしいたけを買ってきて、ベランダで干ししいたけ作るような人ですとも言える。役に立つけど、ノロケではないこの感じおわかりいただけるかと・・・


☆すこし前に松尾スズキさんが、プリントとか書類とか様々な手続きに関するハンパないストレスに関してツイートしてたけど、私今、衣替えから現実逃避。自分のものでさえたいへんなのに、どんどん大きくなっていく子供のもの、これは来年も着れる、これは無理で弟へ回す、これは甥っ子か、でも妹に息子が生まれるかもしれないし、これは思い出あるから捨てられない・・・とかやってると、かなり難しい数式を解いてる(解けない!)気がしてきて、すごーく困る。同性兄弟二人でさえこんな感じ(私の処理能力のなさにより・・・ホント向かない)。みんなどうやって乗り切ってるんだろう??

 うーん、ツイッターとfacebookに載せたこと、ここにも載せてみたけど、やはりそれぞれに向く書式ってあるなあ。実験中!

                           

           

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 春~連休写真少々

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2011.05.12

 変化と普遍

 facebookとツイッターに思わず書いちゃったこと。

<長男が今、毎日宿題を忘れてくる子を連れてきて、一緒に宿題をしている。その子とは1年生の時以来久々に会ったけど、大きくなっていてびっくりした。女子から汚いと言われたり、忘れ物が度重なっていて、みんなが困ってる子。その子をフォローしようとしてる長男に感動して、今私は泣いている。>

 4年生になり、1年生の頃見かけた子を再び見かけ、その子の変化に驚くことがある。

 良い方向へ変化している場合もあれば、残念ながら逆の方向も。

 上記の友達は、もともと、だいじょうぶかな?というところがあった。

 普通という言い方は好きではないけれど便宜上、普通学級についていけるかな?という不安があった。彼と関わった思い出はこちら・・・『Tくんの歯』 長いけど(そのくらい衝撃的なできごとだった)、ここに出てくるSくんが彼。 http://bit.ly/ldPcfL

 女子たちが「汚い汚い」と言っているので(友達のお母さんから聞いた)、今見てみたけど、そこまで汚いわけじゃない。Sくんのおばあちゃんには会ったことがあるけれど(だいぶ高齢)、お母さんはどんな人か知らない。でも、なんとなく生活はたいへんそうだし、Sくんも、やはりギリギリのところはありそうで、ノートはボロボロだった。

 今回は、Sくんが明日宿題を忘れると、みんなの席替えができないそうで、みんなはSくんを責めてばかりで何もしないけど、長男は一緒に宿題をやろうと思ったらしい。

 長男は、今、学級代表を務めている。

 決して優等生というタイプではなく、おちゃらけ男子3人が立候補して、じゃんけんで決めた結果。

 「思ったよりたいへんだった」と言いながら、クラスの世話を焼いていて、頼もしいけれど、長男のやさしさに切なくなる時がある。

 我ながら自分もやさしい方だと思うけど、長男も次男もやさしくて、涙が出るほどうれしいけど、擦り減らないでほしいなあと思う。

 Sくんには、宿題を済ますという習慣をおぼえてもらって、家で実践してほしい。

 もちろん、ハナから限界はあることだけど、少し世話を焼こうと思います。

・・・とここまで書いて、今、Sくんの宿題の様子見てきたけど、やっぱり普通学級は、苦しいかなあという気もする。

 どうしてもやれない子に、やれと言うのは難しい。それなりに理解はできるけど、持続力などに難がありそう。

 きっと先生も判断に困ってるところだろうけれど。

 過去、「みんな違って、みんないい」

 って書いたけど、違いが明らかになっていくのを見るのって、切ない気持ちになる。

 子供たちの世界は、そのまま大人の世界も表している。

 各々が、各々の役割を果たせますように。

 同時に、

 役割など持たなくても、生を受けたみんなが無理なく生きられる世の中になったらいいな。

 

         

           

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2011.05.10

 ぬいぐるみのイノチ

 連休中に次男が100円ショップで買ったサルのぬいぐるみ。

 以下三点。ポーズはぜんぶ次男がつくったけど、イノチが宿って見えるから不思議。

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 瞳、キラリン♪ (写真だとあんまりだけど、本当にすもうしたり、踊ってるみたいだったよ)

 この子たちは、ナイナイの岡村に似てる(着せてる服は長男が靴下で作った)。

 次男のぬいぐるみ好きは、スヌーピーをパトラッシュと呼び始めた頃から始まった。

 この写真も好き(去年の夏)。

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 かわいがればかわいがるほど、ぬいぐるみにイノチが芽生えてくるから、本当に不思議。

        

             

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2011.05.08

 その都度の熱に浮かされて

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 ドミューン・フクシマが始まった。http://www.dommune.com/fukushima/

 5月8日19時スタートで、現在は放送中(23時現在)。かぶりつきで見ているとか聴いているわけではないけど、応援したい。

 主要メンバーの大友さんのことは菊地さんとの共演や、映画やドラマの音楽で知っていたけど、先週、東京芸大での特別講義をUstreamで見て、こんなに温かい語り口の人なんだ!と興味が湧き(仕事のイメージから、クールな人を想像していた)、福島発のプロジェクトを応援したいと思った。

 何かせずにはいられない、っていうのは、自分も同じ性格なだけによくわかる。

 ドミューンフクシマの内容よりも、その心意気に感動しちゃって、私も触発されている。

 私がしようとしているプロジェクト!は、小さなものではあるけれど、呼びかけた3人の友達はみんな快諾してくれて、育児や日々の生活を大切にしながら、「外に向かって何かしたい」という秘めたる熱を感じ、感動した。あとお二人、声かけます。

 入れものとなる(おうちとなる)サイトの制作を弟に頼んでいるので、今は彼の仕事待ちだけど、なんとか実現させたい。

 ドミューンフクシマもそうだけど、今はどこに住んでいたって世界に発信できるんだから。

                       ☆

 昨日の深夜は、大学時代の先輩のブログを読んで泣いてしまった。

 ここだけを抜粋されることは嫌だろうけれど、ある放送局社員の地震直後の大切な記録だと思う。

 http://ameblo.jp/sendaihyakka/entry-10831028990.html

 

 大学の頃から熱い人だったけれど、今も熱い人でいてくれることがうれしかった。

 地震の前日、私の同期との飲みを綴ったブログには、「伝えたいことがあるうちは大丈夫。」と書いてあった。

 その言葉にも泣けた。

 私たちは、「伝えたい」という思いのもと、青くさいアナウンス研究会というサークルで同じ時間を過ごした。そして今も、「伝えたい」という気持ちを原動力に生きている。

 その原点を、久々につながった先輩から再び教えてもらえてうれしかった。

                       ☆

 香港に住んでいる大学時代の友達Sを、同じく友達のCちゃん(二人は同じクラスだった)が訪ねた。Sは二人の男の子の母、Cちゃんは娘ちゃんの母。子連れでの旅のひとときを、facebookに写真付きで載せてくれた。

 インターネットの登場って大きいな。

 Cちゃんが私の『赤土に咲くダリア』を持って行ってくれて、香港からのメッセージで、「Sはまーちゃんの本、一晩で読破してました。」と書いてくれて感動。帰国後にCちゃんが、「とても読後感よかったです!!! 」と送ってくれて、うれしかった。

 批判も浴びた小説だけれど、同じにおいの女性たちはわかってくれる。

 二人は本当にキレイで、大学で出会ったばかりの頃なんて憧れすら感じたから、その二人が香港で私の小説を読んでくれてたなんて、恐縮&感激。

 旅の間イキイキしていたCちゃんの娘ちゃんが元気で利発そうで可愛くて、そのようにコメントしたら、お返しの謙遜の言葉の後に、「我々一派に近いかも」とあって、うれしかった。

 我々一派に近い女の子の今後の成長が楽しみだよ♪

                        ☆

 それにしても私は、その都度その都度の熱に浮かされて、「~~せずにはいられない」で生きてきた。中学時代、学校や先生に反抗しまくってた頃から変わってないなあと思う。

 人生何度もわくわくできて、幸せ。

 元気か病気かの私だけど、気をつけつつ、がんばるぞ。存在そのものがビョーキだなあと思いつつ(笑)、ここまで来たら、このように生きていくしかないでしょう。

          

 

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2011.05.07

 ウッパルおじさんのヨガ

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            写真はDVDのイメージ。実際はもっとキレイだった。

 元外交官・ウッパル先生によるヨガのレッスン2回目。

 レッスンと言っても、「ウッパルおじいちゃんの朝の体操」といった感じで、私はとても好き!ヨガがブームになった頃からパワー系のヨガには興味なくて、とにかく思想を感じたいと思っていた。

 呼吸を意識したゆるめのAsanas(ポーズ)の合間にShavasana(休息&リラックス 屍のポーズ)を必ず入れる。

 このShavasanaというのが重要だと、奥さんが通訳してくれた。

 レッスン後、毎回インドに関するお話が少しあるんだけど、今日はレクチャーではなくインドのきれいな女優さんのヨガのDVDを観ることになった。南インドで撮影された、美しい映像。

 すっっっごく綺麗でスタイル良くて、観てるとエロい気持ちになるようなDVD。傍らで奥さんがしてくれる解説が興味深かった。

 その一つ。

 インドの女性は、ブレスレットや指輪、ベルト、アンクレットなど、素肌にアクセサリーを必ず着けている。「何も着けてないというのは、死体を意味するので、縁起が悪くならないように必ず何か着けています」とのことだった(何十年もインドに住んでいた人の話だから信用できる)。

 そういえば、インドの女性たちは、じゃらじゃらとアクセサリーを着けていることが多いし、私もインド綿の服が大好きで、若い頃はじゃらじゃら色々着けていた。

 次男の友達のフィリピン人のお母さんも、常にキラキラした何かを身に着けていて、最初は水商売系を想像していたけれど、それも思想によるものなのかな?と思ってみたりする(インドとフィリピンは違うかな?でも、インドネシア人の友達も何かと常に身に着けていたし、つながりがありそう)。

 母になっても女を捨ててないなーって思っていたけど、思想的な背景もあるんだと知った。

 そして、Shavasanaの重要性から関連し、インド人にとってのヨガについて。

 映像の南インドの風景は、緑が豊かだったり、水辺を美しい船が通ったり、ゆったりとしていたけれど、実際には、人々の喧噪がすごいとのこと。

 「ヨガというのは、結局のところ、自分の内面の問題なんです。喧騒から逃れて、自分の時間を持つことの大切さもあるんじゃないかな」

 「ポーズとポーズの間に必ずShavasanaを入れるのも・・・」と言って奥さんが言葉を探してる様子だったので、「リセット?」って聞いたら、「そうそう、リセットなんだと思う。リセットやリラックス」

 うーん。これは、すべてにおいて通じることだと思った。

 インドのようにエネルギッシュで人が多くてザワザワした国で、静謐な空気を持つヨガがずっと大切にされてきたのは、「一人になりたい」とか「一人の時間を大切に」とか「自分の内面との対話」が切実に必要だったからかもしれないな。

 リセット&リラックスの時間は、絶対必要。

 仕事でも生活でも、走ってる時ほど必要。

 子供が小さい、育児がいちばんたいへんな時に、「一人の時間が欲しい」というのは、まだ言いにくかったりするけど、やはりそれって重要なんだと思うし、広く認知されてほしいよね!

 

            

 

            

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2011.05.05

 NETWORKS

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 5月3日。念願の、NETWORKSのライブに行ってきました。at名古屋TOKUZO。

 どこから書こう!?

 NETWORKSのドラムの濱田くんとネット上で知り合ったのが3年くらい前。間にお互いの大好きな人が入っているので、会わなくても最初から信頼できた。

 以来、お互いの文章を読んだり、CDを聴かせてもらったり、秘密のお話をし合いながら過ごして来て、ようやく叶ったご対面!!

 ステージ上にハマちゃんが登場した瞬間、ニヤニヤしてしまったけれど、演奏が始まったら、圧倒された。

 CDで聴いていた音より、生の演奏、断然イイ!!

 CDもとても良くて、初めて聴いた時、「なんて素敵なことしてるんだろう」と感じ入ったけれど、演奏はさらにさらに、素晴らしかった。

 Vocalや歌詞がないこともあるだろうけれど、曲を聴いていると、すごく自由に映像が浮かんでくる。

 まず最初に浮かんだのは、でっかい宝石箱(おとぎ話に出てくるような)をパーッとぶちまけ、宝石が降りかかってくるようなキラキラ☆☆☆

 無数の光の粒子が見えるような気がした。以前、『金色の雨』と題して書かせていただいたけど、本当に不思議なくらい光をまとっている。

 『Ab-rah』の疾走感は、草原を駆ける野生動物の群れのよう。

 前も書いたけど、人工的な音なのに、ものすごく有機的で、聴いていると涙が出てくるのだ。

 言葉にして表すのが難しい、初めて聴く音の世界だけど、冒頭のアートワークや目にしていたコピーもことごとくハマっていた。

 <変拍子なのに拍がとれる!? >

 <巧緻な騙し絵のごとき洗練されたニュータイプ・ダンスミュージック>

 <キラキラ連なるシンセ&シンセベース、無限に繁殖するガットギター、絡み合う変拍子にびくともしない太〜く安定したドラムス!! >

 <16小節毎に新たなフレーズを聴かせ次々に変化していく楽曲は何度聞いても気づきや発見を与え、カラフルな高次元世界へと連れて行ってくれる。>

 うーん、ピッタリ!

 テキストにガッカリすることなくピッタリと思えるだけでもすごいのに、さらに、それを超えてる!!素人の私からすると、YMOみたいに評価されてもいいのに!って思っちゃった(後で話したバンドのメンバーさんに「大きく出ましたね~」と言われた:笑)

 とにかく本当に素晴らしかった。

 ずっとNETWORKSの音に包まれてみたいと思っていたけど、実現してよかった。連休中のなんやかやを整えて(主には潮干狩りの潮時との兼ね合いですが)、行ってよかった!!

 常に進化していってる彼らに関し、過去の作品を載せるのも申し訳ないけど、ご覧になって、お聴きになってください。 

 http://www.naturebliss.jp/WNDU/?p=227

 思わず身体が動いちゃうようなキラキラノリノリの音楽に、「終わらないで~」と思っていたよ。

 終演後、ハマちゃんとどう会えばいいんだろう?と思っていたら、ちょうど横を通ったので、「ハマちゃん!」と立ち上がったら、「まーちゃん?」とすぐにハグ!その後店の外で、バンドのメンバーさん(unique☆)とレーベルの女性(可愛い♪)とお話しました。

 本人たちを目の前にして褒めちぎるとわざとらしいので照れたけど、本当に感激だった。音も、ハマちゃんたちの人柄も。

 温かくてすこやかで、いい「気」に満ちていた。

 その夜の思い出写真☆(メンバーさんたちとも撮ってもらったけど、申し訳ないのでハマちゃんとのツーショットを)

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 その日は、出かける時から、とても幸せだった。子供を置いて出ていくことに慣れちゃってる人もいるだろうけど、まだ慣れないので、やはりありがたいと思う。

 大好きな人もハマちゃんも愛ある人だから信頼できて、不思議なつながりから「今日の出会い」を持てたことが幸せ。

 地元の音楽通の方たちから、「TOKUZO、いいライブハウスですよ!」と教えてもらっていたのも大きかった。座って食事できるお店とは知らずに行ったけれど、一人で飲んだ赤ワインも「おからと豆のサラダ」もTOKUZOが良心的な店だってわかるよ的(量が多い)「バゲット」も美味しかった。

 ライブ後に合流予定だった地元の飲みはお開きになっていたけど(またしても、30㎞走ったオヤジランナーたちとの飲み。5時前から始まっていたし、そりゃバテるよね)、せっかく夜出られたんだからと友達呼び出してドライブして帰った。

 この翌日は家族で潮干狩り。

 巧緻な騙し絵のごとき懲りない私の人生。

 本当によかったなー。今も、キラキラしたあの音が頭の中を巡っている。

                                    

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2011.05.01

 ブラジルのマンゴー

 果汁たっぷりの「デコポン」を見てふと思い出したこと。リオ・デ・ジャネイロのホテルで食べたマンゴー、美味しかったなあ!!!

 そのマンゴーは、旅の最初に着いたサンパウロの市場で80円くらいで買い、熟れるまで、イグアスの滝、ブエノスアイレスと一緒に移動し、最終目的地のリオ・デ・ジャネイロのホテルの一室で、ナイフとフォークで食べた。ヤンキースのTシャツを着て、短パンはいて食べてる写真が残っている。

 大きくて甘くて、本当に美味しかった(フィリピンとかの黄色いペリカンマンゴーではなくて、宮崎のマンゴーみたいに赤くて大きな玉)。

 今まで生きてきた中で食べた果物の中で、いちばん美味しかったと思う(もともと、フルーツではマンゴーか柿が好きです)。

 移動の間、大切に持っていたとは言っても、たかだか一週間程度だったけれど、それでも、ぶらぶらぶらさげて歩き、食べどきを待ったから一層美味しかったのだと思う。

 リオ・デ・ジャネイロのホテルからは、イパネマもコパカバーナも近くて、よく憶えていないけれど、太陽の陽射しが強くて(1月)、街路樹がわさわさしていて、すごくよかった。

 南半球では水が逆に回転すると聞き、バスタブやトイレの水が流れる様子を凝視していた。渦、渦、うず・・・。

 あの頃は、旅することが当たり前だった。イグアスの滝は、地球上で最も行ってみたい場所だった。あんな光景は後にも先にもないと断言できるスケールだった。

 ほんの少ししか知らないけれど、南米は私がとても好きな空気に満ちていた。

 だらだらしてて、緑に勢いがあって、すべてのものが、くっきりとした色彩を放っていて・・・。

 また行きたいなー。しばし、思い出でトリップ!!

 ☆「Rio de Janeiro」って、「一月の川」という意味だと知ってから、「リオ・デ・ジャネイロ」と区切って表記したくなったんだよな。

     

                   

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