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2011年4月

2011.04.30

 ハッピーバースデー☆

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 おめでとう。むーくん!!

 かよちゃん電話くれたのに、出れなくてごめんね(柔道だった)。

 こんな感じだったよ♪

        

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 ヒューマニズム

 内閣官房参与の小佐古敏荘東大大学院教授の辞任のニュース。

 ご覧の方も多いと思うけれど、改めて。

 http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011043090065846.html

 新聞には出てなかったけど、私はこの部分を大きく伝えたい。

<年間20mSv近い被ばくをする人は、約8万4千人の原子力発電所の放射線業務従事者でも、極めて少ないのです。この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは、学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたいものです。>

 「NHK科学文化部」のブログに全文が出ています。

 http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/200/80519.html

 今、原子力発電所に関わっている人たちの多くは、業務と「良心」との間で揺れていると思う。

 世の中、戦争だとか原発だとかは、男たちの決定のためにバカなことになっているとも思うけれど、今みたいな非常事態において、最前線で動いてくれているのも男たちだ。

 防護服を着て原発の収束に当たる人たち、捜索活動をする人たち、自衛隊の人たち、科学者たち・・・。被災地の、とんでもない現場のど真ん中にいるのは男の人たちばかり。

 ありがたいと思う。

 男だ女だ言うけれど(私は元々男と女は違うと思っている)、やはり男の人は頼りになるのだと思う。

 公の会見で、ヒューマニズムにより涙を流した小佐古さんの姿を忘れちゃいけない。

 そしてそれは、おおごとだ。

 震災に関しても、原発に関しても、具体的なことはなかなかできないけれど、政府の情報をうのみにしないこと、すべてを吹っ飛ばしてヒューマニズムの観点から抗議をした人が現れたという事態を重くとらえ(だからと言ってこの後の言葉が続かないけど)、事態をしっかりと観察し、見守り、言うべき時は意見を伝えたいと思う。

*********

 今日は次男の7歳の誕生日。

 午後6時過ぎから始まった陣痛は、日をまたぐと思ったのに、あれよあれよという間に進み、メリメリメリっという勢いで、11時半に生まれてきた。

 この世に生まれ出たいという次男のエネルギーを身体で感じた。

 今、人々のヒューマニズム、父性や母性がむき出しになりつつある。

 本当に大切なことを、今一度考えていきたい。

          

       

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2011.04.28

 リアルと在野

             

 水曜。息子の柔道で一緒だったママ友達二人とランチした。一人はシングルマザーで某自動車メーカーの社員食堂で働いていて、もう一人はスーパーでパート(ダンナさんはペルー出身の日本人)。ようやく、ようやく実現した束の間の会食。色んな悩みがあったけど、母してる私たちはそれだけでガンバッテル気がした。
 子供を持つことは今やマイノリティーみたいな意見?をどこかで目にしたけど、確かに子供を持ってる「層」というのはある(その層も様々)。
 子供を持つことがたいへんになってる世の中っておかしくないか?という思いは前々からある。

 以下、あれやこれや思いを書いたけど、結局まとまらないので消した。デリケートな問題なので、不十分なままUPできないなあ。

 彼女らと話していて、つくづく人生というのはトントンだと思った。

 私はあくせく働く必要はなく、そのことを申し訳なくも感じたけれど、私には三つも治らない病気があって、結局はあくせく働けない。その分(ってわけじゃないけど)、頭を巡らせ、今ひとつのことを立ち上げようとしている。

 それは、経済的に裕福ではないお母さんたちにも届けられるようにネットで始めたいと思っている(すでに動いているよ!) パソコンは昔は高級品だったけど、今や小学校の授業でもあるので、意外と多くの家庭に普及している。

 自分も出版に関わっておきながら申し訳ないけれど、本を買える人と買えない人ってあるし、これからますます二極化していく気がする。

 震災以来、小説を書く気分ではなくなってしまった。震災前に予定していた内容があったのに、全く入り込めない。

 編集者さんにガッカリされそうだけど、私はやはり泣けるくらいに、手を荒らしながら働いているお母さんたちが大事。こんな時代に、一緒に子育てしていくお母さんたちを励ましたい。例えば冒頭の二人は、小説など読んでる暇がない。私の母もそうだった。4年前、小説の帯の推薦文を重松清さんが書いてくれた時、幼稚園のお母さんたちで重松さんを知っている人はごくごく少数だった。そういう世界に私は今、いるんだよなあと半分は失望し、半分は痛快に思った。私は小説が好きだけれど、はまり込んで読んでいる人は生活から遠い人も多い。高尚とか高潔とか知の追求とか、なんだかなーになっちゃった。私も今や、リアルじゃない小説には入り込めなくなっている。

 今日見たツイートで、斉藤環さんがこう書いていた(フォローしてないけど回ってきた)。

 <地震被害の影響は広い範囲で長期的な影響をもたらす。おそらく地震以前と地震以後では「何がリアルか」という判断のありようが、位相的にずれてしまうだろう。安克昌のいわゆる「リアル病」は、そうした変化を徴候的に言い当てていた。>

 確かにそう思う。

 もともとリアルじゃないものは、読めなかった。

 テレビ、美術、小説と渡り歩いてきて、私にとっての今のリアルを始めたいのだと思う。

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 以下、企画のための覚え書き。

 在野

 ないならつくる!

 女たちが集うサロンのような家(白石家)

 <ラウンジバー菊>的な

 須藤元気 枠にとらわれない表現 <僕はこの災害を契機に、人間の価値観は所有や支配から共有や協力へと大きく変わるのではないかと考えている。>

 キレイぶってる、オシャレぶってる世の中への違和感

 人生折り返し? ならば一層自由に。

 迷ってきたこれまで 迷わないこれから

 人のことを思いやるけど、人のことは気にしない。

 性教育のガイドライン

 コンテンツ

 悲観からスーパーラッキーへ

 『WORLD ORDER』より・・・

 自分の価値観で生きる ~Live by your own rules~

  新しい発想は、たいてい常識のワクの外にある  ~The cutting edge is never normal~

 捉え方を変えると世界が変わる ~The world is in your own eyes~

      

               

  

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2011.04.26

 坊主と蕎麦と香港

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 先週木曜、次男が前髪を自分で切り、一部ハゲ状態になった。常に動き回っている次男はおでこに前髪がかかるとすごく嫌らしく、丸坊主を望んでいたけど、入学式はひとまず床屋さんでふわふわの天パを残したスポーツ刈りにしてもらっていた。それでもじゅうぶん短いのに、思ったら即行動の彼は、「前髪うるさい!」と切ってしまった。

 もうこれは仕方がないので(前もやってるので、怒るより笑える)、例年より早く坊主。でも、我が家は夫がバリカン担当で、仕事で忙しいため週末に、ということになり、金曜は写真の状態で登校した。

 連絡帳に「自分で髪を切ってしまい、からかわれるかもしれませんが(当然です)あまりにひどかったらフォローお願いします」と書いて送り出す。本人は全く気にしておらず、クラスのお友達も何も言わなかったらしい(気づかなかったのか、気づいても触れちゃいけないと思ったのか・・・笑)。

 晴れて今は坊主です。一番下の連絡帳の「おしっこ」は、検尿の連絡でした。一番上は、金曜に次男が摘んできてくれた花。

 日曜は、何度か書いてる大学OBたち(競走部のオヤジランナーたち)と、美味しいお蕎麦を食べに行った。去年の9月に(私は)初めて出かけ、ここにも書いたところ。

 お願いした時間から逆算して蕎麦を挽くところから始め、外のかまどで茹で上げるという手のかかったところで、 「蕎麦っていうのは穀類なんだなー」とか「蕎麦って確かに蕎麦の『実』から作るんだなあ」って感じるような、一皿一皿に気のこもったところ(お店ではなくてご主人の自宅なので「蕎麦処」という感じ)。

 途中出していただいた、畑からとりたてのアスパラの天ぷらも甘くて瑞々しくて絶品だった。

 写真を撮ってこようと思ったのに、 ご主人の気迫に押されて、でき立てをすぐにいただかなくちゃ!と思い、全く忘れていた。

 手元に残ったのは、宴の、「お見せできませ~ん」という人とモノの写真だけ(笑)

 その日は、今までオヤジ飲み会にお連れした美女を二人ともお呼びした。

 二次会のカラオケでは、絢香×コブクロの『WINDING ROAD』に初挑戦。先輩たち(前回コブクロの『桜』が素敵だったお二人)に事前に課題曲としてお願いしてあったもの。

 マイクの追加までお願いしてノリノリで・・・(2回歌って3回目はさすがにやめた)。

 もうほんと、バカみたいだけど、気合い入れて遊んでるよ。

 その翌日は小学校の授業参観。4年生と1年生を半分ずつ見て、胸がいっぱいになる。PTA総会中に突然大雨が降り(ゲリラ豪雨とも言えるような突然ぶり)、300人近くのお母さんたちの心は同じ、「洗濯物が・・・」。

 うちはたまたま夫が家にいたので、しまってくれて助かったけれど、「家族全員の布団が干してある」と後ろの席の人が言っていて、大いに同情した。

 なんだか色んなこと詰め込んで書いてるけど、facebookで大学時代の友達と久々につながり、一人は香港で二人の男の子を育てていて、もう一人は横浜で5歳の女の子を育てていた。

 二人とも目を引くような美女で、東京で出会ったばかりの頃を思い出した。

 その二人が今週末、香港で会うという。

 子連れの二人を想像して、うれしいような、温かいような気持ちになる。

 いろいろ、いろいろあっただろうけど、生き延びてきたお互いのこれまで、生き延びていくお互いのこれからにカンパイ!!(照れるけど、そんな気持ちです)

     

      

                     

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2011.04.23

 ヨガ・スマイル・カルチャー

 雨の土曜日。近くの市民館でヨガの講座に参加。

 この講座、毎年人気で昨年の申し込みでは外れ、二度目にして当たった。

 講師はインド人のウッパル先生(71歳)。

 長いこと外交官をしていた方で、英語でのヨガ(先生の毎日の朝の体操という感じ)と、インドに関するミニレクチャーも付いていて、日本人の奥さん(地元出身とのこと)が通訳してくれる。

 始まる前、奥さんらしき人と会って、お互いに微笑み合う。

 知らない人でも、その人が開かれた人であるということは、笑顔を見ればわかる。

 ヨガは、予想以上に「おばちゃん層」が参加していて(私もおばちゃんだろうけど、正真正銘のおばちゃん?)、真面目なおばちゃんの顔も、呼吸する時の先生の顔もおもしろくて、途中ヤバかった。昔、島根に住んでいた時、大倉正之助さんの大鼓を目の前で観たんだけど、その時も笑いが止まらなくてまいった(私がおかしいのかと思ったけど、子供たちも大笑いで、笑わずにいられる大人が不思議だった)。

 ゆるやかな時間が過ぎ、帰りに、図書館で借りていた『どうで死ぬ身の一踊り』(西村賢太)を返却し(市民館で返せる)、予約してあった、辰巳芳子さんの『あなたのために いのちを支えるスープ』を借りた。

 

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 「玄米スープ」目当てだけど、他にも色々勉強になりそうな出汁や汁ものやスープがいっぱい!

 午後は、たまたま市内の子供館(ココニコ)で、長男が『パティシエになろう』を受講したので送っていく。講師は地元のケーキ屋さん(マッターホーン)。

 親子でカルチャーづいてるなあと思った。

 贅沢な気がしてちょっと恐縮。市民講座は8回で1500円だけど(息子の行った講座は500円)、そういう生涯学習的なことは、うれしいくせに気後れしてしまうよ。

 明日は市議会議員選挙。

 さっき家の前を知り合いの議員さんの選挙カーが通ったので、カーテン開けて手を振った。向こうも気づいてニコニコ笑顔。

 うるさい選挙カーも、知り合いのものだと待ち望んでいた焼き芋屋さんのアナウンスみたい。

         

                

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2011.04.21

 music music !!

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        (本日の来客&食卓の思い出の写真・本文とは関係ない)

 相変わらずハマると延々と観る!聴く!

 須藤元気の「WORLD ORDER」とちゃっかりマイミクになり、そこからの情報。

 DELL Streakの総集編(デル製品のキャンペーン?)で、4月30日までの限定公開。

 音楽もパフォーマンスも好きだけど、差し込まれるメッセージを読んでると泣けてくるし、元気が出る。

   http://youtu.be/nv2suydVdj4

 結局のところ、元々私が好きな人たちや好きな言葉が今、一層心に響くことになったのだと思う。

 さてさて、5月3日は、念願のNETWORKSライヴin名古屋。生のハマちゃん(間に共通の恩師がいる3年来の心の友☆)にようやく会える。ハグするぞ!あの音に包まれるぞ!!

 こちらは、ライブ音源の無料DL(ライヴ情報も出ています♪)

   http://www.naturebliss.jp/WNDU/?p=803

  「Ab-Rah」(何かの賞をとったPVです↓息子たちも大好き!)

      http://www.naturebliss.jp/WNDU/?p=227

 音楽は強いなあと思う。          

   

   

            

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2011.04.20

 「欲張る」と「頑張る」

   
 本日色々あったので、箇条書きに・・・。

○前回触れた県会議員の先輩に、メールで記事を伝えたら、すぐにご返事くださった。
 一部抜粋。

 <あなたの仰るように、善意や思いがあっても、どう生かせばよいのか、わからないことが世の中には意外に多いと思います。今回の大震災への支援も同様な面があり、半島のおばちゃん達の会話も良く理解できます。貴重な生の声をお知らせいただき、本当にありがとうございました。・・・・・>
 
 それに対するお礼。

 <お忙しい中、本当にありがとうございます。
 実現はともかく、自分たちの声を聞いてもらえる人がいる、
 というだけで、みなさんの意識は変わってくると思います。・・・・・>

 まずは、政治が手に届くところにあるような感覚がうれしい。


○次男が入学して2週間。兄弟で登校するのがこんなにいいものだとは思わなかった。小学校の話を二人でするのが何とも微笑ましい。幼稚園も一年重なったけど、その時は二人とも同じ体験はあっても、共有するほどの「言葉」をまだ持ってなかったんだなあ。子供たちが可愛くてたまらない。


○Facebookで、地元で有名な音楽評論家の方(豊橋在住だけど全国区の人・・・もともと存在は存じていた)とアニキ達のコメント通してお友達になり、メッセージを送ったら、なんと私の『赤土に咲くダリア』をすでに読んでくださっていた。超恥ずかしいけど、超うれしい!!!
 しかも、通と思う音楽関係の名前を出しても、さすがにことごとくご存じ!!こういう話とスケール感を地元で共有できることが本当にうれしい。


○今進めている企画について、友達と語る中で、50代と60代の尊敬する人物の話になった。
 その二人は能力が高く、人望が厚く、エネルギーと愛情に満ち溢れているスーパーな人たち(共通して控えめで謙虚)。友達が評した「欲張らないんだろうね」という言葉が心に残った。
 自分を振り返ると、「頑張ること」と「欲張ること」を混同してしまった時期があったと思う。
 幼くて若くて仕方なかったと思うし、頑張ることも欲張ることも自分を向上させてきたけれど、自分の身の丈以上のことを望むから病気になったりしたんだと思う。
 ものすごく声が美しくて声量もある歌手が、張り上げた声ではなく余裕の声で歌う時に、豊かなものを感じるように、力をつけることも大切だけど、身の丈に合った、もしくは、ゆったり気持ち良くやれることを実行していきたいと思う。
 ここまで来ると、人との比較ではないし(運命も、能力も)、自分は自分でじゅうぶん幸せ。
 欲張らずに頑張ろう。

 その他、久々に高校時代の先輩ともメールして、濃い濃い一日だった。

・・・と書きながら結局私は、欲張りに生きちゃってるよなあ。。。
 明日も欲張りな一日。うーむ。


       


  


             

             

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2011.04.19

 半島のおばちゃんの心

 「スナップえんどうは、中身がぱんぱんになった方がおいしいから、まだだなー、もう少しだなあと思って、ちょうど大きくなって、誰かもらいに来ないかな?と思っとったら、ちょうどアンタが来た」

 と言いながら、母がふわふわした緑の中のスナップえんどうの群れにはさみを入れていく。

 山と海が見えるいつもの畑で、スナップえんどうぎっしりと、キンセンカ、グラジオラス、つるバラ等々もらいながら、「私はこれがしたくて、ふるさとの近くにお嫁に行ったんだよなあ」と思い出した(母は私と話す時、いつも遠くに嫁いだ妹を気にかける)。

 11年前、結婚を決めた時、ぼんやりと、「夫50、ふるさと50と結婚するようなものだなあ」と思った。ずっとあちこち転々と暮らし、ふるさとではない土地で恋愛していた私にとって、思いがけず実家の近くに嫁に行けることには、大きな安心感があった。

 田舎が嫌で嫌で東京に出たのに、田舎の良さがもう一度味わいたくて戻ってきて、結果、年ごとに田舎の良さをますます感じる(そう思えるふるさとで育てたのは貴重でありがたい)。

 土地の恵みというのはすごい。豊かなものをいっぱい産み出してくれる。

 妹が住む逗子辺りでは、今回の震災や原発の件で、引っ越していく人も多いと聞く。

 にわかに住んだ土地と生まれ育った土地とでは愛着が違う。

 復興への意識も、人によって違うんだろうな、など思う。

 帰る前に、母と一緒に親しいおばちゃんの家に、キャベツをもらいに行った。

 春の陽射しに「はぜてしまった」売り物にならないキャベツ。

 段々畑を見ながら、おばちゃんと井戸端会議。

 「○○さんの親戚、みんな東北で、高台にある親戚の家に十何人が避難してきたらしいけど、青いものが全然ないって。その辺の野菜拾って送るって言っとったから、このキャベツも持って行ってもらった」

 「余ってる田畑やトラクターや耕運機なんていくらでも貸すのに」

 「親がいなくなっちゃった兄弟とか、ずっとは無理でも、下の子が卒業するまでだったら預かるのに。うち(娘たちが嫁に出て)、部屋余っとるし」

 実家では、両親、同居している弟夫婦で、真面目に復興支援の話をするそうだ。

 何もなくなってしまった農家の人で、引っ越して来てでもやる気のある人には、いくらでも土地や農機具を貸すと(言うまでもなく無償の話)。

 田原市が動いてるという話もあるけど(もうすぐ市長選だけど)、半島のおばちゃんたちは、「何とかしてやりたい、でもこうして話してるだけで、どうしたらいいのかわからない」と言っている。

 「ひとまず私がおばちゃんたちの思いを書いとく!」と言ったら、「書いて書いて」と言われたので、今書いている。

 前々から思っていることだけど、日本はもっと、農業をしている人や、農地を大切にすべきではないか(自給率だとかTPPだとか言う前に)。

 農業をしている人(というより、第一次産業全般)で弁の立つ人はなかなかいないから、それで、現場の声や正しい声が届きにくいような気がするし、いわゆるインテリ層で「自給自足」とか「有機農業」とかに走る人いるけど、私がそこに反射的に嫌悪感を持ってしまうのは、ふるさとで不器用ながらも目の前の畑を耕すことに精いっぱいの人たちをたくさん見てきたからだと思う。

 だからこそ、仲介する人が必要なのかな、と思ってみたり、

 世の中に様々な職業が発生していくプロセスを感じてみたり(善意を仲介するためだとしても無知な人からお金をもらう輩というのは、必要でもやらしーなあと思ったり・・・)。

 ひとまず私にできることとして、この文章を当選したばかりの知り合いの県会議員さんに届けようと思う。

 国全体で、助け合う時だし、私自身も、今までは自分のやりたいことに突っ走ってきたけれど、「残りの半生」みたいな言葉が具体的に感じられるようになった今、私にできる世のためになること、を少しずつやっていかなくちゃ、って思う。

 とはいえまずは家庭です。自分の子供の子育てです。

 掃除しなくちゃーーーー!!!

            

               

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2011.04.16

 カフェオレボウルと直感

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 平日の朝食はほとんど和食だけど、土日の子供と私はたいていホットケーキとかパンを食べる(夫は独自に麺類)。今朝、カフェオレボウルにカフェオレを注いだら、『ベティ・ブルー』みたいだと思って思わず写真を撮った。

 (アレです。青春期の女子が一度は通るフランス映画↓)

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 さらに思い出して、引っ張り出してきた三つのカフェオレボウルは、7年ほど前に高校の美術の先生がつくってくれたもの(抹茶茶碗っぽい)。

 一冊目の小説を出した時に、母校から呼ばれて小さな講演を行った。その時に私の本を読んでくれていた美術の先生(家に陶芸の窯を持っている・・・高校時代の仲間からすれば、私たちの頃からいた「ほもおだほもお」みたいな先生)、、、

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 その先生が、「小説に出てくるカフェオレボウルというものをつくってみたいけど、それはどのくらいの直径ですか?」など、後になって聞いてきた。

 そこで、私がイメージするカフェオレボウルを絵にして伝え(『ベティ・ブルー』についても)、そうして、彼がつくってくれて、わざわざ贈ってくださったのが上記の三つ。

 私はそういう「つくりたい!!」って人たちをたくさん見てきたので、そんなにびっくりはしなかったけれど(その熱意は何??って引いちゃう人もいるだろうけど。手紙もいちいち筆文字だったし・・・しかしそういう人も知ってるので)、とても感激した。

 (その後、「ほもおだ先生」は、20歳くらい年下の女性と結婚したら、音沙汰なくなった)

 ってことと関係あるようなないような、私の最近の頭の中。

 今企画していることが、朝起きるとやっぱり最初に頭に浮かぶ。ってことはやはり、進めようと思う。今までもそうだけど、「やってみたい」と思うと、「実現したもの」をまずは自分が見てみたいと思うから、やらずにはいられなくなる(きっと、ほもおだ先生のカフェオレボウルのように)。今までも直感や衝動で動いてきたけど、この年になると、それなりにいい意味での諦めや納得ができる。

 とはいえ、調子いいことばかりではなくて、実は一年前も引っかかったマンモグラフィーで今年も引っかかってしまい、昨日、精密検査を受けてきた。

 結果は大丈夫。

 石灰化(微細)というものがあるんだけど、授乳期のカルシウムでも写ってしまうことがあり、今のところはガンではなさそう。

 去年と同様、昨日も中学時代から知ってる他校の友達(エコーの技師さん)にバッタリ会い、色々教えてもらったよ。本当に狭いと言えば狭いけど、どこへ行っても知り合いに会ってしまう。おまけに、人間ドックの時のエコーの担当者は別の人だったけど、その人(初対面)が私のことを、その友達に「あの子は家の中ではおさまらない」と言っていたらしく、そんなにしゃべってないつもりなのに、どうして!?と思った。

 確かに絶対おさまらないのだけど。

 病気して、おとなしく暮らそうと思っていたけれど、やっぱり無理だな。

 精神と肉体のバランスを考えながら暴走しないようにゆっくりがんばる。

 そういえば、ドックの結果を聞きに行った時、担当してくれた男の先生(初めて会った人)が、マクロビに詳しい人で、持論を延々と語られた(おもしろいからインタビューしていた)。その先生は腎臓を悪くした経験を持っていて、さらに聞くと、「東京の研究所で働いていた時期に、顕微研究を長時間できるように首を強くしたいと思い、ドーピングしたら(筋肉増強剤を使ったら)てき面に腎臓が悪くなってしまった」とのこと。 

 おかしいだろ?(笑)

 しかし、おかしな人大好きな私はさらに突っ込んで色々栄養学のこととか聞いていたのだけど、そしたら、近くにいた看護師さんが「子供を育てていかなくちゃならないから、肉はダメとか添加物も気にしてばかりもいられない!!」と半ば怒り出し、お母さん目線でのその看護師さんのフォローもありがたい!と感謝しつつ、今度は先生が「(話しかけていた)野菜スープの話をさせろ」と怒り出し、いったいぜんたい、どうしてこうも、私の周囲の人はむき出しになるのだろう?と思っていた(よくあること)。

 診察室を出た私をその看護師さん(50歳くらい)は追いかけてきてくれて「あの先生、おかしいから、まともに取っちゃダメよ」と心配してくれたので「最初からおかしいなんてわかってたから、大丈夫ですよ。宗教みたいになっちゃうもんね」と言ったら、「あなたがあんまり真剣に聞いてたから心配になって」と言われたけど「大丈夫大丈夫!」と伝え、看護師さんの先輩お母さんとしてのその気持ちがありがたくて、抱きついて感謝した。

 今、日本列島全体で、色んな感情がザワザワしてるけど、こんな時こそ冷静に自分を保ち、他者を観察しようではないか。

 と言いつつ、最近、元気教の私。

 この時代↓をリアルタイムで見てなかったことが悔やまれる。でも、今のタイミングで「須藤元気」を知れて良かった。彼の言う、「僕はこの災害を契機に、人間の価値観は所有や支配から共有や協力へと大きく変わるのではないかと考えている。」この言葉にまったく賛同する。

 http://youtu.be/LRjCfdJbb6g

            

 

  

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2011.04.14

 「階段やで」

 今新しいことを始めようと頭の中で思いを巡らし、ここにも熱く書いたのだけど、UPするのはやめにした。

 書きたい、伝えたい、と思って①書くことと、②UPすること、③その記事が出続けることにはそれぞれに温度差があって、書いてまとめることで満足し、UPしたはいいけど、自己嫌悪に苛まれる時がある。

 なので、ひとまず温存。

 ただ、前々から思っていた、マザーの力を結集、的なことが大げさではなくやりたくて・・・。

 メディアを通して表に出てくるのは働くお母さんの声が多かったりするけど、思うように表には出られないけど、素晴らしい、世の中に必要な言葉を持ってる友達がいる。

 そういう声をすくいあげたい。

 そして、これからの時代、一緒に子育てしていくお母さんたちを励ましたい。

 やっぱり大切なのは子供だし、時代を悲観しながら生きていくより、どんな状況であれ前向きに生きていくこと(まずは親が自然にそう生きて子供が自然にその姿を見ること)は重要だと思うから。

 情報が多い時代だからこそ、上質な言葉が必要となってくるような気がする。

 そういう場を提供したい。 

 お節介にならない程度に、本質的なことを少しずつ。

 思い出すのは、15年ほど前、美大の友達が語ってくれたある場面。

 彼女が東大寺のお水とりに参加した時、よく憶えてないけど、夜、長蛇の列の中、少しずつ前に進む時、どこかのポイントから階段になった。そうしたら、前に並んでいた人が順に後ろの人に向かい、「階段やで」と示したんだそう。

 友達は東京の子なのに、みなさんに習って「階段やで」と関西弁で言い(おそらく得意気に)、後ろにつないでいったそう。

 段差を思いやって、前から回ってきた「階段やで」の言葉の連鎖。好意の階段。

 夜の二月堂、松明の光、思いやりがずずずーっとつながっていく様子を想像して、心がほっこりした。

 そのイメージで、過去ずっと続けてきた「伝える」を柱に、新しいことに向かって、少しずつ動き出すよ!(実現するかどうかは別としてね)

                      

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2011.04.13

 あたらしいおともだち

 次男は小学校が楽しくて仕方ない様子。

 まだ運動会の練習も始まってないのに、毎日半袖半ズボンの体操服で過ごしている。

 クラスのみんなはまだ長袖で、半袖半ズボンの体操服で来ているのは、次男とOくんだけだそう。

 そのOくんについて、次男はこう評した。

 「Oは、アホなのか元気なのかわからん!」

  いやいやいや、キミも全く同じだよ!

 「アホか元気かわからん」というのは、男子の健全な姿だと思う。それはそれは一生通じて・・・

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 春休み、卓球に夢中だった兄弟。

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2011.04.12

 週刊プレイボーイ (その後追記)

 『週刊プレイボーイ』で、桑嶋くんが石田紗英子さんのグラビア撮ったそうです。

 「写真良いよ!何故なら俺が撮ったから!」らしいので、よかったら是非☆

 http://wpb.shueisha.co.jp/2011/04/11/3868/

 昨日はたまたま奥さんの方と電話で話しました。

 大竹くんhttp://www.moostudio.jp/cgi-bin/koji_otake/index.aspの家で4年前に再会して以来、むしろ奥さんと仲良くしてる!

 (その後追記)

 石田さんのツイートより

 <週刊プレイボーイで撮ってもらった桑嶋さん。構成からポーズまで、一生懸命考えてくださいました。初めてのグラビアだったけど、桑嶋さんのおかげで緊張もほぐれて、桑嶋さんだったからあんな風に笑えたんだと思います。本当に感謝しています。>

 笑っちゃった!!

 何気なく書いた私のツイートも石田さん本人がRTしていた。

 <RT @ 『週刊プレイボーイ』で、桑嶋くん(高校の同級生の写真家)が石田紗英子さんのグラビア撮ったそうです。色々撮ってる人だけど、今回鼻息荒く宣伝してきたのでここでも・・・>

  さらには、大竹くんの分も・・・

 <RT @ 同級生の桑嶋維氏が雑誌プレイボーイで石田紗英子さんをの撮影を担当。彼の作り出す写真は人間味が溢れていていいですよ。>

 ツイッターってすごいと同時に、ほとんど丸裸なので気をつけなくちゃと思うわ~

 なんにせよ、良き友に感謝しろ、くわっぴ!!

             

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2011.04.11

 元気さんのつづき

 いやー、完全にしばらく須藤元気にハマる予定(笑)

 前回、ここに須藤元気さんのことを書いた時は、彼のブログにアクセスが集中していたようで(たまたまズームインでも紹介されたようで)、つながらなかった。

 今日読んでみて、被災地にボランティアに行っていたことや『WORLD ORDER』についても書いてあった。http://crnavi.jp/sudogenki/blog/2011/04/world_o.html

 この人、やっぱり只者じゃない。

 ☆ブログ http://crnavi.jp/sudogenki/blog/2011_04_diary.html

 プロフィールで見る多彩さにも笑う。

 彼に心を打たれるのは、持って生まれた肉体と精神を追求し、高め、「生」を思う存分楽しんでいるように見えるからだと思う。心身ともにすごく健やかだし。

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 元気さんとは別に、今日笑ったもの。

 ACのCMのEXILEヒロさんの次に出てくる男性って誰だろう?と思っている人は多いはず(友達はすぐわかっていたけど・・・)

 ネタなのか素なのかわからないけど、ここの人たちのやりとりがおもしろい。

 http://pika2.livedoor.biz/archives/3021505.html

         

    

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 花見・内覧会・選挙 

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 毎年行く近くの公園へ家族で花見。

 我が家はいつも、午前中に和菓子とお茶を持って出かける。

 桜の下で食べる桜餅や草もちは最高♪(野点のイメージ)

 ジャージ着てランニングで往復した後、服を着替えて、近所に新しくできたクリニックの内覧会へ。

 このクリニック、実は一昨年入院した時の主治医の先生が開業!!

 建築前の驚きを書いたブログはこちら・・・

 『日常曼荼羅』 http://hihararara.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-a82d.html

 私の病気は10万人に1人という珍しい病気で、地元では診てくれる先生が市民病院のその先生しかいなかったんだけど(それも医師不足で週3日の診察)、その先生が、家から150メートルの場所に偶然開業なさった。というわけです。

 大勢の関係者がニコニコと迎えてくれて、ピカピカの病院に入ったら、すぐ先生が! おじいさんとお話していたけど、思わずキャーと手を振ってしまった(振り返してくれた)。

 隣にいた奥様にもご挨拶をし、「救っていただいたので」と感謝の気持ちを伝えた。

 一通り院内を見学した後、先生と握手。先生は寝癖がはねてて、相変わらずメガネが曇ってた(磨いて差し上げたい) 奥さんも、とっても気さくないい方だった。

 薬局の裏側にも入らせてもらい、子供たちにとっても興味深い時間でした。

 下がらない熱に困り果てて市民病院を訪ねた時、初めて会った先生と、今日の晴れやかな笑顔の先生を頭の中で対比させながら、帰り道、涙が出てきたよ。

 こんな不思議ってある?

 まあ、とにかく不思議な偶然が多い人生だけど、私は今、地球の上で生きてることが楽しいよ。

 それにしても、内覧会って大好き。

 子供たちとは3年前、アークリッシュの内覧会にも行ったけど、ピカピカの建物と、フレッシュな従業員さんたち、これからの希望に満ちた空間と人々の笑顔・・・。まあ、病院にはお世話にならないことが一番ではあるけど、まさにホームドクターがそばにいてくれて、心強い!!

 その後は、県会議員選挙の投票に出かけ、私にとっては高校と大学のOB、夫にとっては高校の柔道部のOBに当たる先輩に投票してきた。

 言葉にしてしまうとどうってことないけど、私の周囲は、「ご縁」でいっぱいです。感謝感謝。

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 一夜明け、私が投票した浅井よしたかさんは無事当選しました。個人的に支援を呼び掛けさせてもらった方、ありがとうございました。

 田原市(定数1)で初当選した山本ひろしさんも知り合いです。

 校区は違うけど、妹さんとピアノ塾が一緒だったのと、山本さんが町会議員時代、広報誌の「議会だより」に執筆を依頼されたり、渥美町最後のパーティーに呼んでいただいた関係でお話し、今も年賀状を交わしています。とてもさわやかな方です。

 誰もが思っていることだろうけど、震災後、地方自治の重要性はますます高まっていくと思うので、地域の政治家を応援したいと思っています。

 大げさに言えば、ブレーンになりたい!!

 生活者・主婦目線での思いを伝え、子供たちのためによりよい地域になったらいいなあと思う。

 地域に責任を持つこと。前々から考えていたことだけど、どうしたって今、その意識が高まっているので、そのうち改めて書きたいと思っています。 

       

    

                    

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2011.04.10

 須藤元気って何者?(スゴイ)

 知ってる人からしたら、何を今さら?だろうけど、須藤元気って多方面にわたってすごい。

 格闘家だったことや、文筆家としても有名なことは知ってたけど、まさか、音楽家(パフォーマー)でもあったとは・・・

 先月、音楽&格闘技好きな男友達がミクシィの日記で、須藤元気の『WORLD ORDER』シリーズの新作PVについて紹介していて、初めて見たけど、今日もまたツイッターで音楽好き(というよりCDも出してる)友達が同じPVについて触れていて、改めて調べてみた。

 おもしろい。

 まず、『WORLD ORDER』について・・・。

 公式HPの説明の部分。

 http://worldorder.jp/biography/

 ちなみに新作PV http://youtu.be/r-qhj3sJ5qs

 ↑これだと、現実感がないかもだけど、このパフォーマンス↓を見ると、本当に踊ってるんだ、と痺れる。

 http://youtu.be/SgQGNKAgNwU

 なんだろう、言葉でうまくまとめられないけど(この感覚を与えてくれたことが重要)、完全にアートだなあ(須藤さん関連の動画に対する外国語のコメントの多さもすごい)という思いと、躍動感と人間の肉体の動きのおもしろさに感動する。大げさに言えば、「生きてる」ってこういうことなんだな、とも感じるし、人間って何でもできるんだな、という勇気を与えてもらえるような・・・。

 

 すっかりハマってしまい、須藤元気の入場シーンを見ていたら、以下のもの(代表作ではないかもしれないけど行き当たったもの)に感動して泣いてしまったよ。

 http://youtu.be/VwUASl4aiwQ

 ダンスって揺さぶられるなあ。

 須藤元気の、まさに既成概念にとらわれない「表現者」としての活躍、素晴らしい。

 

 記事を見ている中で、須藤元気の結婚相手の写真が出てきて、「嫁の前髪がおかしい」とか「思いのほか可愛くなかった」とか失礼なこと書いてる人いたけど、私は、この奥さんの写真を見て、ますます須藤元気のアーティスティックな才能を信頼したくなった。

 まったくもって、私好みの奥さん(笑)

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 今日は本当は、オカザイルのダンスについて載せようと思ってたんだけど、須藤元気になってしまった。世の中が落ち込んでる今、肉体の躍動を見ると、感動するし、勇気が湧いてくる。

 最後に、須藤さんの震災に関するメッセージ。

 この人、使命感持ってるなあ。宇宙人とか教祖のにおい、ぷんぷんする(褒め言葉として。とにかく今日は須藤元気にヤラれた・・・)。

 http://youtu.be/pCS7JWTcyJo

 ☆これ書いた後、友達に須藤元気について色々説明していただいた。ズバリ「変な人」だと・・・。色んなことひょいひょいと超えていける精神性と身体性がおもしろい。今後も注目しよう。

         

          

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2011.04.09

 願いは叶う~一歩踏み出す

 小学校の退任式の日。

 長男は、大好きだった晴子先生に、式の前にバッタリ会えたそう。

 「いないかな~」と思って、駐車場を見ていた時、ちょうど車から降りてきた先生を発見。駆け寄って挨拶をしたそう。

 照れること、言いたくないことはすぐに「忘れた」という息子たちなので、最初は「どんな風に?」と聞いても「忘れた」と言って片づけようとしたけど、その後、「全校生徒で話したの俺だけだと思う」とか、「ほかにも、『晴子先生だ』って言ってる子はいたけど、近くまで行ったのは俺だけだった」など、ポツポツと話した。

 これを聞いて、私は褒めた。

 「そういう風に、『会いたい』って願っていれば会えるし、いざ会えたら、恥ずかしがらずに声をかけることは大切だよ。先生だってきっと喜んでくれたよ!」                  

                      ☆☆☆

 昔々、バルセロナを旅していた時、サグラダ・ファミリアで、彫刻家の外尾悦郎さんにバッタリ会った。http://youtu.be/CEQ1y-4tIyQ

 旅の直前に、外尾さんを特集したドキュメンタリー番組を見て感動し、会えたらいいな、と思っていた。常に目につくところにいる人ではないけれど、私が巡った時はちょうど見えるところで作業をしていて、私は吸い寄せられるようにして、立ち入り禁止の工事現場に入っていった。何の迷いもなかった。

 本人を目の前にして、興奮気味に「会えてうれしい!」と語ると、外尾さんも歓迎してくれて話が盛り上がり、帰りにお土産まで持たせてくれた。教会の外壁用のヴェネチアグラスの欠片と、外尾さんの作品集にサインまで書いてくれて・・・。

 教会から出た私は、キャーキャー飛び跳ねて喜び(近くにいたスペイン人たちに怪訝な目で見られつつ)、一緒にいたフランス人の友達も「incredible!!」と大興奮していた。

 その時に外尾さんが言った言葉が忘れられない。

 「こんな風に、立ち入り禁止のところへ入って来るのはいけないことだけど、礼儀正しいのはいいことだ。若者は一歩を踏み出す勇気を持たなくちゃ」

 息子の昨日の行いは、何も悪いことではなく、少しの勇気で先生にお別れの言葉を直接言えて、本当に良かったと思う。

 そうやって、行動できる人とできない人といるとは思うけれど、私だって、幼い頃は、一歩を踏み出すのに勇気がいったし、一歩を踏み出すことで批判されることもあったし、傷だっていっぱい作ってきた。

 だけどやっぱり、信念を持って一歩を踏み出すことによって、世界は確実に広がる。

 息子たちはまだまだ人生の始まりの時にいて、今後様々な場面に出会い、悩みや葛藤を重ねながら、自分なりの歩み方を見つけていくと思う。

 今回先生に声をかけたような小さなできごとが、やがて大きな夢へと発展していったらいいし、子供が迷った時、それが大きな目で見てよい方向へのものであれば、親として背中を押すお手伝いをしたいなーと思う。

      

           

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2011.04.08

 ツイッター始めます。

 本日3本目。

 勢いで、ツイッター始めます。

 もともと登録はしてあったけど、非公開にしてて、閲覧か@専門だった。

 ツイッターが流行り出したタイミングは、療養中だったこともあって、広げるより閉じたかった。それに、とにかくツイッター的世界が気持ち悪かった。

 体力回復し、縁あってfacebook再開し、この激変期に新しい形の「伝えること」に興味あって、試しに少ーしずつやってみる。

 興味を持ってもらえる方は、

   いずみ@anslium

 で検索してください。

 ただいま、大好きな男友達5人とだけつながっております。

 

 子供二人が小学生になり、また、今回の震災は、言葉ではまとめられないけれど、すごい変動だと思っているので、小説ではない新しいことを始めようと考えています。

 世の中も、私も、転換期。

          

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 不思議な感じ

 一昨年、スティル病を患った頃、集英社にいる友達から取材依頼があった。

 仙台在住の井上きみどりさんという漫画家が、女性の病気に関する漫画を連載中か企画中で、そこに出てくれないか、というものだった。

 友達は、まさか私が新たにスティル病を患っているとは思わず、過去に経験した子宮内膜症について語ってほしいとメールをくれた。

 内膜症を患って、それをネタに小説を書いた経緯もおもしろかった様子で、きみどりさんは、取材のために仙台から愛知に来てもいい、とのことだった。

 元気な時だったら私もおもしろがって引き受けるけど(取材の場所を東京にしてもらえば、遊びながら行けるし)、さすがに退院直後でまいっていたし、そもそも、書いていた小説と同じ病気になるという恐ろしい体験の中にいたので、「さらに新しいネタができたよ!」と思いつつも、そんなことをネタにしたら罰が当たるんじゃないかと思い、友達には申し訳ないけれどお断りした。友達も、まさか私がさらに病気になっているとは思わず、心配してくれた。

 ということがあったんだけど、最近、レイチンと懇意の産婦人科医の吉澤加奈子さんのブログで、きみどりさんの立ち上げた『震災にあった女性のための、からだとこころの救急箱』に関する記事を読んで、ああそうか、きみどりさんは仙台だった。など思い出した。

 吉澤さんも無料メール相談に協力している。 

 http://ameblo.jp/kanako-yoshizawa/entry-10852804311.html

  

 きみどりさんのブログを検索したら、連載はそろそろ最終回とのことで・・・。

 (この記事に出てくる担当編集者の「ヨシ子嬢」が私の大学時代の友達)

 http://hi-kimidori.cocolog-nifty.com/kimy/2011/04/post-d4b3.html

 すでに本にもなっていた。

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 もしかしたら、ここに載っていたかもしれないと思うと(漫画化されて:笑)、不思議な気持ちになる。そして、こんなに大きな地震が起こり、親友と親しい(必ずそのうち会いそうな)女医さんが協力することになったと思うと、これまた不思議。

 相変わらず、ある部分においては、点と点がことごとくつながって線になってる。 

        

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 兄弟で登校

 昨日は、次男が自分で歩いて学校へ行く、最初の日だった。

 長男・次男が一緒に登校するのが、これほどまでよいものだとは思わなかった。

 幼稚園の頃は、朝起きても、すぐにご飯を食べずにダラダラしていた次男だったけれど、昨日は起きてきてすぐ、お兄ちゃんと向き合って、ご飯とお味噌汁と目玉焼き、さらにパンまで食べた。長男が体操服が好きなので、次男も当然のように体操服を着て、兄が着ていた緑色のスタジャンを羽織り、集合時間より早く行きたがる(笑)

 「班長を呼びに行きたい」とまで言い出すやる気。

 とにかくうれしくて、ウキウキわくわく出発していった。

 ふだんはケンカばかりの兄も、うれしそうに、兄弟そろっての登校。

 微笑ましいというか、頼もしいというか、本当に素敵な光景で、始まりの日の清々しさをこの先忘れたくないな、と思った。

 二人とも昨日の下校はお昼前。「お帰り!」と迎えた時、次男は、照れくさいような安心したような何とも言えない笑みを浮かべ、鼻の穴をぽっと膨らませた。その顔も忘れたくないな、と思った。

 お腹ペッコペコで、用意しておいた焼きうどんをたらふく食べた。

 その日次男は、「早く授業が始まってほしい」だの、「班長さんが迎えに来るの、甘やかされとってヤダ!」など言い出した。まーとにかく、いいも悪いも、負けん気や自立心が強い、典型的な次男。そのくせ、夜はなかなか寝付けない繊細さも持っている。

 4月は情緒不安定になって当然なので、兄弟の気持ちをしっかり受けとめたいと思う。

 長男の時は親子で不安も大きかったけれど、次男の小学校生活はひたすら楽しみ。困ることも多いけど、突飛で宇宙人的なので、何をやらかしてくれるか、わくわくする(男の子の親として、謝る覚悟もした上で・・・)。

 

 今日も二人、元気に登校(やっぱり体操服:笑)。

 長男はお弁当持ちで、初めて「でかベン」と呼ばれる弁当箱にご飯とおかずを詰めたら(あれ、想像以上に入りますね)、ちょうどいいバッグがなくなり、長男希望の、ショルダー型の保冷バッグに入れたら、「どんだけでっかい弁当持って行くんですか?」という状態になった。バッグを変えようとしたら長男が「これ、笑われそう?」と確認。本当に彼は、笑いをとりたくて仕方がないようで、嬉々としてそのバッグで出かけた。

 手ぶらにこだわる男なので、色々かぶったりランドセルにぶら下げて、とにかく両手を空けたいのだよ。

 長男は午後から退任式。

 1年生と2年生の時にお世話になった先生が、それぞれ退職と転出される。

 二人とも男の子3人のお母さんという先生で、すごく頼りになった。

 親子とも、大好きな先生だったので、とてもさみしい。

 先生へのメッセージが昨日の宿題で、そこに長男が書いていた言葉・・・

 「先生の声がよく聞こえたので、聞こえないとさみしいです」

 二人とも、小学校の太陽やお母さんみたいな存在で、次男も見てもらいたかった。

 どこかでバッタリ会いたいなあ。

 さてさて、今日と来週は、次男を途中までお迎えに行く。

 長男の時は、もろもろたいへんだなあと思っていたけど、楽しむ余裕が今回はあるね。

        

 

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2011.04.06

 入学式~流れ星☆

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 お天気もよく、桜も満開で、とても幸せな入学式でした。

 3年前、長男の入学式の時の次男は、直前に階段7段跳びをして、右足の小指を骨折し、ギプスをしていた。

 物置からベビーカーを引っ張り出して来て、もう大きくなった次男をベビーカーに乗せて小学校へ向かった。とてもたいへんだったけど、思い出すと笑えてくる・・・。

 その次男が入学なんだから、笑っちゃうし、感動する。

 卒園式があんなにさみしかったのに、親子とも、新しい生活に向かっている。

 夜は、近所の焼き肉屋でお祝いした。

 ホルモンを食べながら長男と夫が肉について語り、それを見て私が次男に「デブとデブが肉の話してる」と小声で言ったら、次男のツボにはまったようで、げらげら笑っていた。

 いつの間にか長男は太ってきてしまい(完全に夫の遺伝子)、本人は笑いにしてるけど、なんとかせねば・・・。

 途中で、同じ幼稚園だった仲良しくん親子に会い、小学校談議。一番下の写真は、折り紙や手芸が得意なそのお母さんが作ったおしぼりの「ひよこ」。本当に上手だった!

 焼肉屋(2階がお店)を出たら、夜空を流れ星がさーっと流れていくのが見えた。 

 家族四人で「あっ、流れ星☆」と感動!!!

 思わず手を合わせ、空に向けて祈った。

 言葉にならない願いはやはり、日本の平和について・・・。

 それにしても、あんなにくっきりハッキリ流れ星を見たのは初めて。

 それも家族で見られて感動(夜道を歩きながら兄弟大はしゃぎ)。

 まー、色々あるけど、運命共同体、という気がした。

          

    

        

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2011.04.04

 思想家のふるまい/ホットステーション/地球

 東京から帰省中の、大好きな友達からお誘いがあったのに、この春休みはあまりに 忙しくて(こんな私でも人様のための謝恩会の準備で小説が遅れ、そこに妹たちや息子の友達の予定が複数入り)、次男の入学準備が後手後手に回り、不安だったので、いったんは断った。

 ところが、昨日、準備の目途が立ったので(体操服の名前付けとかそんな程度だけど、やってみないことには心配で)、急きょ友達の家に行ってきた。

 その家のことは何度か書いてるけど、私にとって(というより、周辺の友達やら、広い年代の主婦たちにとって)ホットステーションとも言える場所で、色んなユニークな人たちが集う。様々な友達とも、夫とも、その家を介して知り合った。

 文化系の話題について一目置いている友達が、私がここに書いた、ミナ・ペルホネンと中島ノブユキさんについて反応してくれたことがうれしくて(それを私に伝えたいと思ってくれたことが愛しくて)、それだけでも満足だったのに、その後、さらに興味深い展開。被災地に届ける物資の仕分けや積み込み作業をしていた友達のお母さんとお姉さん(こちらも友達)が帰ってきて、その物資を自分の車で届けるという男性とも、じっくり話ができた。

 その男性は栃木の人で、友達のお母さん(グレイトマザー)とのご縁で、名古屋や豊橋の知り合いから集まった物資を届けに行くらしい。

 すでに一度被災地に行っていて、今回二度目。でっかいシボレーには段ボールがいっぱい積み込まれていた(ふだん何をしている人かは謎)。

 実際に被災地に行ってきた、という人と、初めて話した。

 現地は、「すごい」とか「凄まじい」とかいう言葉を超えているそう。

 報道されない現実もあるけど、ここに書くことは控えます。

 フリーな立場でブログに書くことで伝えられることもあるけど、知らなくてもいいことまで知らせる必要はないと思うし、私なりのフィルター。

 その人はいわば、スピリチュアルな人で(同じ空気の人をよく知ってる)、宇宙目線でものを語っていた。

 話が深まる中で、私が、「これから背負って生きていく子供たちが可哀想」と言ったら、「そんな風に考えるのは間違ってる。これからを生きていけるのはスーパーラッキーだと思わなくちゃ」みたいに言われた。

 まさか「スーパーラッキー」なんて言葉が出てくるなんて思わなかった。

 それを受けて、友達のお母さん(本当に、シャーマンみたいな人)が、「そうよ~私たちは戦後の復興を見てきた世代だから、それと同じよ」みたいなことを言った。

 二人とも、煙草をスパスパ吸いながら・・・

 可哀想を一喝され(生意気な私も、その家ではいつも一刀両断されるけど、それがとても心地よいのだ。そもそもが温かいし、開放的だし)、目が覚める思いがした。確かに、真の意味で、前向きな希望を持ちたいと思った。

 戦後の復興期を生きてきた、私たちの親の世代(もっと前の世代)からは、日本がぐんぐん成長していくおもしろみを聞かされたことがある。それが再現されるのだろうか。

 戦後と震災後とはまた違うし、原発(核)のいやーな感じというのは独特だけど(『未来少年コナン』の世界か!?)、どうしたって、この激変期に今地球にいる私たちは、生きていかなくちゃならない。子供を育てていかなくちゃならない。

 今、育児真っ最中のお母さんたちは不安がいっぱいだと思うけど、お母さんの心の持ち方次第で、子供たちが確実に変わっていく。変わってしまう。だとしたら、私たち世代のお母さんたちで結束して、なんとか前向きに子供たちを育てていきたい。

 今私、バカみたいに泣いてます(笑)

 友達の家でも泣きたかったけど、振り返っている今、泣けてくる。

 なんだかすごいことになったね。

 

 前々から思っていたことだけど、宇宙や地球の方が先で、人間なんて本当の本当に新参者なのに、我が物顔でふるまい過ぎたと思う。地球や宇宙の自然な変動で、人間がふるい落とされたって仕方のないこと。

 頭で思っていたそれが今、現実化しているだけのこと。

 みんな地球の子孫なんだもの・・・。 

 というわけで、自分よりずっと大きな人から、ありがたい言葉をいただけて良かったです。帰り際には、これから物資を運んで配ってくれる手と握手をした。「(自分たちの思いも持って)行って来てください」と・・・。

 子供たちのことを可哀想だと思って育てていくのと、「スーパーラッキー」と思って育てていくのとでは大きく違ってくる。

 ひとりひとりが、今生きていることに幸福感と使命感を持って、できる範囲でがんばっていけたら、って思います。

 長いついでに。

 本当は今日伝えたかったことは、内田樹さんの地震直後のブログでした。

 内田さんのことも、ここで何度か書いてるけど(複数の知り合いがつながっていて、私もいつかつながりそうだけど)、強気な感じが苦手だった。

 でも、個人的感情と客観的評価を混同したりはしないので、内田さんの書くことで素晴らしいと思うことにはいつも励まされてきた。 

 今回のブログも、冷静で素晴らしいと思った。これぞ、有事における思想家のふるまいではないか、と思う。

 http://blog.tatsuru.com/2011/03/13_1020.php

 

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 今日は手土産にロールケーキを持って行った。

 最初は友達と子供たちとで食べることしか考えてなかったのに、後から人が増えて、そのロールケーキを薄く切ることで、みなさまにも少しずつ食べていただけてよかった(もちろん、もっと多めにお持ちすればよかったけど、ロールケーキを選択してよかったな、と思った)。

 順々にロールケーキを食べにくる子供たちの光景も、大人たちのためにロールケーキを薄く切るもてなし方も、すべてが童話になりそうだった。

 そして、以下は、明日中に抽選の申し込みが締め切られてしまうイベントだけど、東京方面で興味ある方、よかったら是非!!

 中島ノブユキさんのツイートより(今日の夕方のツイートで、そもそも、今日・明日しか申し込み期間がない)

 <4月6日の渋谷クアトロにおけるジェーンバーキンのコンサートでジェーンの伴奏者として参加いたしますー!:Jane Birkin 震災復興支援コンサート『Together for Japan』

 中島さんのピアノは本当に本当に素晴らしいです。ジェーン・バーキンも元々好き。彼のピアノにジェーンの声がのる浮遊感を想像しただけでうっとり♪(って本人にもメールした)

 寺島しのぶさんも出演するし、私好みだよ~~行ける人行ってね!!

 それにしても、不思議なタイミングで、会えなかった人に会えてよかった(そもそも予定外の訪問だったそうで)。

 もちろん大好きな友達姉妹(お母さんも、おばあちゃんも)にも会えてよかったし、やはりあの家の求心力はハンパないと思う!(地表をサーモグラフィーみたいに撮影できたとしたら、あの家は確実に、温度高い、まさにホットステーションだと思う)

             

            

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2011.04.03

 『銀河の星屑』

 以下(*****の下)は、3月8日に書いてあった記事です。

 地震前のその頃、書きたいことが重なっていたので、UPするタイミングを計りかねていたもの。

 下に書いたことというのは、日本の現況を思うと、なんだか幾重にも重なるような? 複雑な思いになる。

 たまたま、いしだ壱成さんが地震の一週間前に書いた原発に関するブログが話題にもなってるけど、それらは、予言していたとかではなく、日頃から、どれだけ問題意識を持っているか、ということなんだと思う。

 (すべては読んでないです→)http://ameblo.jp/isseiishida/entry-10819818986.html

 私が一昨年の病気以来、取り組んできた小説のタイトルは、『人間の存続』と言います。

 出版に至るか否かは、今は何とも言えないんだけど、大げさに感じていたそのタイトル、今は大げさではなくなってしまった(と言っても、私にとっては林檎ちゃんの『ありあまる富』みたいなイメージで名付けたんだけど)。

 昔手伝っていた美術作家が作品のコンセプトとしてよく、「死は生の対極にあるのではなく、生の中にある」と言っていた。日常の中で、どれだけ死を意識できるかによって、今回の震災も受けとめ方が違うのかな?と思いつつも、すべてが吹っ飛ぶくらい、あまりに巨大過ぎた。そしてまだ続いている。

 得体の知れない高熱を出していた一昨年の私は、自分の中に地震や津波を抱えているような状態だった。

 死も意識した。

 今は元気だけど、完治しない病気なので、くすぶった火や病気の芽は内包している。

 だから悲壮になるのではなく、だからこそ、刹那的に享楽的に生きてしまうのだと思う。

 今回の震災で、様々な境界線が吹っ飛んでいる。

 生と死の境が一瞬にしてあいまいになり、家と家の境界線、地区と地区の境界線、法律、道徳、色々なボーダーが消えざるを得なくなった。

 ただひとつ、みんなの共通の願いは「生きたい」ということ。

 本当に大切なものは何なのか。

 日本中の人たちが自問自答している。

 今回初めて意識した、という人は、今までが恵まれ過ぎていたんじゃないかな。

 なんだかまとまらないけど、かと言って、真面目に重たく考えればいいという話ではなく、私はやっぱり、「明日何が起こるかわからないから、今日を大切に生きよう」という20代の頃からの考えを変えずに、目の前の今を楽しみたいと思う。

 何を書いたって傍観者の戯言に過ぎず、失う痛みには言及できない。すみません、と思いながら・・・。

  

**************

 桑田さんのニューアルバムに収録されている、『銀河の星屑』が好き。

 (↓音出ます)

 http://www.dailymotion.com/video/xgtu5e_yyyy-yyyyy_music

 バイオリンの音色も印象的だけど、

 この歌詞、「蓮の御池」「御釈迦様」「痛みも苦しみも無い世界」「哀れみの献花」「人生にゃ未練がいっぱい」「お別れの歌?」「そんなバカな」「蘇れもう一度」等々続いていく。

 一聴、一読すると、さすが闘病体験を経て生まれた歌だなあと思うけれど、この間のNHKの特番で、この歌は、病気がわかる前の昨年3月にレコーディングされたものだと知った。

 本人もインタビューされていたけど、「予感」があったのだろうか。

 はからずも、現実がそうなってしまったのか。

 絢香が歌った「みんな空の下」も、絢香のインタビューによると、「つくった時はそんなつもりがなかったのに、(状況や心境が)同じようになった」みたいなことを言っていた。

 ものすごく僭越ながら自分の話を持ち出すと、私も、16年前に体験した不可思議な熱の体験を含む小説を書いていたら、一昨年、書き終えたタイミングで同じ病気になってしまった(入院し、半年間投薬治療を受けていたことは、このブログの長い読者さんはご存じ)。

 深層心理、潜在意識っておもしろいし、恐ろしい。

 当時、自分の体験について、色んな道のスペシャリストに質問してみた。「書いていた小説と同じ病気になっちゃったけど、どう思いますか?」って・・・。

 「自分で呼んだ」「偶然」という意見が多い中、精神科医をしている友達のダンナさんは、こう言った。

 「書いたから病気になったのではなくて、病気の兆候を無意識のうちに感じていたから書いたかもよ」

 この意見は、コペルニクス的転回みたいな感じで、目からウロコだった。

 いずれにしても、感じやすいタイプの人は、マイナスなことは考えない方がいいんだろうな、と思う。

 恐ろしい小説を書いて、平然としていられる人というのは、鈍感なんだろうな、と思ってしまう。

 私なんて、感即生、情即生、という感じなので(造語です)、気をつけなくちゃと思うよ。特に実体験がヘビーだったので(「事実は小説より奇なり」は本当にビビる)、今は断然絶対ポジティブ!!(悪いことは意識に入れない)って感じに過ごしています。

             

         

    

    

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2011.04.02

 My Hometown

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 もう、どんだけ好き?ってくらい、伊良湖ビューホテルが好き。

      http://www.viewhotels.co.jp/irako/

 お得なパックで、実家の両親と、妹親子とともに泊まってきました。

 12月のサンタバイキングに続いてのバイキングだったけど、やっぱりステーキが美味しいのと、特筆すべきは野菜。渥美産セロリと白身魚の甘酢和えとか、ブロッコリーとイカの和えものとか、菜の花とあさりのソテーとか、真っ赤なトマトとかパインとか、とても美味しかった。

 ホテルはそりゃまあ古くなったし、洗練されてないところも多いけど、やっぱり小さい頃からよく行っていたので、私のふるさとの原風景になってるんだと思う。

 結婚式やって、大好きな友達が集結してくれた場所でもあるし(写真のチャペルではなく神前式を選んだけど)、今回も、新しい思い出が増えました。

 朝5時半に目が覚めて、大きな窓から見える海と朝焼けに感動し、思わず外に出たら、波の音とウグイスの鳴き声に包まれた。

 自然の風景に浸らずにはいられなかった、イグアスの滝を思い出した。

 地球の美しさに感動しながら、どうしても津波と原子炉に思いが及び、手を合わさずにはいられなかった。

 

 実家は弟夫婦の息子の初節句で、立派な鯉のぼりが泳いでいた。さすが田舎!でかい!!

 妹の友達が作ってくれたロールケーキと、別の日の朝食のクレープ。りんごのフィリングは、ドライフルーツ入れて長男が作った。

 お別れ前の次男と姪っ子。

 家の前の道端に咲いていたすみれの花。

 春休みの思い出いっぱい。

 

 ☆ホテルから実家へ戻る海岸線で流れ、ピッタリだった『ロビンソン』

 ~大きな力で 空に浮かべたら る~らら、宇宙の風に乗る~

 http://www.dailymotion.com/video/x1iww4_yyyyyyspitz_news

                   

 

 

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