292 友情
前々回の末尾に書いた、七夕に空を見上げて一緒に泣いた友達(Kちゃん)に、とある件でメールした。
その返事の中にあった・・・
「M(←私のこと)とは久々なのにいつも会って遊んでるような感覚がいつもあるんだよねっ。久々ぢゃぁないっていうかさぁ。でもいつ会ったかなぁって考えると一年以上会ってなかったりするんだよねッ。」
とあったので、
「Kちゃん、それはねぇ~、私たちの心が奥底でつながっているからだよ!
それが友情ってもんだよ!!」
と書いておいた(まあ、それまでの内容が人と人との関係性についてだったこともあり・・・)。
彼女との思い出は、小学校時代の水泳(課外活動)の練習にさかのぼる。
私たちは自由形リレーのチームメンバーで(私がスタートで彼女がアンカー)、練習の合間に当時流行っていたドラマ、『不良少女と呼ばれて』の物まねをしていた。
彼女がショーコでチェーンやカミソリを振り回し、私がアサオでバイクにまたがる役(わかる人だけわかって。「ショーコ、乗れ!」ってやつです:笑)。
中学の時には、休日、禁止されている二人乗りで、バッチリ学校の前を横切ってしまい(バイクじゃなくて自転車です)、翌日、担任の鬼教師に一緒に殴られた。
殴られることはよくあったが、私は他にも体罰教師二人に特別に呼び出され、「なぜ同じくらいの成績の友達と遊ばないのだ」と延々と説教されたことがあった。私は、こいつらアホだと思い、「私(の素行)が悪いのは私のせいであって、友達のせいではない。友達とは絶対に別れない」と涙を流しながら訴えた(「大人たちを絶対見返してやる!」ってのはこういう瞬間に芽生えた)。
Kちゃんと私は、土曜の部活の時、お互いの弁当について情報を交換し合った。
お互い家が自営業で忙しく、弁当を作らざるを得ず、Kちゃんが我が家のから揚げの味付けを褒めてくれた時は本当に嬉しかった。
高校受験の前、Kちゃんが私に英語のわからないところについて真剣に聞いてきた。その時、私は彼女から信頼されていると思った。それもたまらなく嬉しかった。
成人式で帰省してきた時、Kちゃんは入院中だった。
初めての子を帝王切開で産むために。
お見舞いに行って見た赤ちゃんは、頭が長かった。新生児って、かわいいというよりは生々しいんだなと「現実」を教えてもらった。
Kちゃんはベッドに横になりながら「みんなは振袖なのに私だけ・・」と嘆き(ちなみに私は振袖は着なかったが)、傷の痛みのため涙を流していた。しんみりした空気の中、Kちゃんが私に、「東京で彼氏できた?」と聞いてきた。「できたよ」と答えると彼女は、興味津々の目(涙目)で、「Hした?」と尋ねた。私だけではなく、一緒にいた友達にも キッチリ同じ質問をした。
おいおい、母親になったというのに、最初の関心がそれかよ?と爆笑だった。
子宮の病気になり、会社を辞め、おまけに失恋してどん底だった23歳の夏、ふるさとに帰省してきた私をKちゃんは温かく迎えてくれた(久しぶりに会う同級生たちを何人か集めてくれていた)。一時は捨てる覚悟で飛び出したふるさとなのに、私には確かに帰る場所があるということに感動し、涙が出た。この恩は一生忘れないと思った。
その後の変遷も、お互い確かめ合いながら今がある。
私が本を出した時、彼女は手紙をくれ、私が息子を産んだ時、彼女はお祝いに大きな鯛の姿造りを持ってきてくれた(ご実家がお魚屋さんなのです)。
彼女は「母」に関して、大先輩である。私よりシャバを知っている。
こんな風にして、友情は続いていくんだな。
これからも、様々な友と、一緒に年を重ねていくことを楽しみにしています。
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