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2009年4月

2009.04.30

254 スニーピーのアイスケーキ☆

   
 地元に新しくできた施設のカフェで、その施設の社長さんとランチ。
 社長さん、というよりアニキは大学のOBにあたり、私の地元におけるネットワークの大もととなっている。かっこよくて面白くて素敵な人!地元にこんな先輩がいてくれることは、本当に心強い。
 近くの公園には偶然、長男たちの学年が遠足に来ていて、小学生の集団を見ながら「息子、いるかな?」&「あの集団が家に帰ってくるまでにはちゃんと戻っておかなければ」と思いながらのお食事。
 話は色々だけど、特にアニキは4人のお子さんのパパでもあるので、子育ての先輩から学ばせていただくことも多い(まだお会いしたことのない奥様超リスペクト)。 
 途中、地元の某老舗企業の社長さんと、知り合いのデザイナーさんがお隣の席へ。これまた偶然。
 その社長さんは高校のOBにあたり(初対面だが、お名前は存じていた)、また、デザイナーさんは大好きな人なので、お二人に会えて嬉しかった。
 アニキと社長さんとデザイナーさんの会話に、「ビジネス」を感じ、新鮮な気持ち。
 小さな地方都市だけど、ユニークな人たちがたくさんいる。地元で生きていくからには、地域を愛し、めいっぱい楽しんでいきたい。
 ふだんは子供中心の人間関係が多いけれど、違った角度からの風ってものも、やはり時には浴びたいものだ。
 上記の施設やカフェについては、5月末、内覧会にお招きいただいているので、その時じっくり書かせていただきます(地元のお店やイベントに関しては書く人が少ない分、検索で割と上位に出てきてしまうため、大切なものに関しては、心を込めてしっかり書かせていただきたいと思っています)。
 
 そして、本日のメインは、次男の誕生日!
 いつもは楽しみと節約を兼ねて手作りケーキでお祝いするけれど、次男の希望で、サーティワンのアイスクリームケーキ☆
 スヌーピーの乗ったコレです。http://www.31ice.co.jp/contents/product/icecreamcake/ic017.html

 ちょっとした出費だけど、私も幼い時、初めてアイスクリームケーキを食べた時の感動を憶えているので、「食べてみたい」という時に食べさせたかった。次男はバスの行き帰りも幼稚園でも、お友達や先生や運転手さんに「スヌーピーの!」の嵐(笑)。

 結果、ろうそくに火をつけるのも、切って取り分けるのも時間とのたたかいだったけど(笑)、スリリングな体験とおいしさに、子供たちは大喜びでした。ま、大人は、同じ値段でシングルアイスがいくつ買えただろう、と思ってしまうのだが・・・(笑)。

 待ちきれずアイスは先に食べてしまったけど、夫の帰宅後に、もう一度お祝い。

 長男主導で、紙ふぶきやクラッカーでパーティ気分。長男は、この日のために、こっそり幼児向け雑誌を買い、その中のシンケンジャーの付録を組み立てていた。大きな『烈火大斬刀』に次男は感動。ふだんはケンカばかりだけど、そんなやりとりに涙。

 もう5歳。
 おっぱいがなかなかやめられず、「おっぱい、もうバイバイね」と言うと、「ほいじゃ、ちちは?」と言い、右胸が「おっぱい」、左胸が「ちち」という名前だと信じていた次男が5歳だなんて、感慨深いな。
 スヌーピーのことを時々「スニーピー」と言い間違え、それが可愛くていつまでも「スニーピー」と呼んで欲しいけど、子供はどんどん大きくなっていく。
 
 無事5歳。

 おめでとう。そして、ありがとう。

   

            

                

          

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2009.04.29

253 ヤッターマン

 深キョン、かわいい~!!

 生瀬さん、ボヤッキーにしか見えない~!!

 というのが第一の感想。

 映画 『ヤッターマン』、長男とともに行って来ました。

 http://www.yatterman-movie.com/

 そもそも「行こう」と思ったのは、今、長男・次男が、ヤッターマンに夢中なこと(現在放送されているものではなくて、カートゥーンネットワークで観る70年代のもの)と、4月最初の、小学生の帰りが早い期間に、「こんなに好きなら兄弟の下校後、連れていこうかな?」とふと思い立ったのが始まり。

 ところが、インフルエンザで兄弟とも倒れ、その間に上映時間が変更され、帰宅後が難しいので、29日に行ってきた。次男の熱は冷め、長男は観たいと言い続けるので、長男だけ連れて・・・。

 深キョンは、いつの間にセクシーキャラになったのだろう?と不思議な気もするけど(私にとっては『山おんな壁おんな』での巨乳キャラもびっくりだった・・・『神さま、もう少しだけ』の女子高生役(金城武と共演)のイメージが強く、こんなに息の長い、しかも独自のキャラを確立する女優さんになるとは思わなかった)、この映画が当たったのは、深キョンドロンジョ様の存在がとても大きいと思う。

 ドロンジョに深田恭子をキャスティングしたひとは、すごい(うまい!)と思った。

 私にとって、ドロンジョは、「やっておしまい」とか「~~かい?」という言葉づかいから、幼い頃観ていた時から「お色気おばさん(年増とか熟女のセクシー)」というイメージが強く、そのまんまでいけば、杉本彩とかが当てはまりそうだけど、それでは面白くない。深キョンの胸は大きいのかもしれないけど、いやらしさを感じない。鳩胸のせいかな?  なーんかちょっと不十分な点は演技にも滑舌にもルックスにもあるのだけれど、かわいいから許す!さわやかだから好感持てる!という感じで、とにかく大当たりだと思った。

 パンフレットも買ったけど、細部にわたり、男子の映画!だと思った。

 行こうか迷っていた時、すでに観ている男友達に「7歳大丈夫かな?」と聞いたら「変なフェティシズムに目覚めなきゃいいけど」とのコメントだった。そんなわけで若干心配していたけれど、親の私はちょこちょこドキッとしつつ、息子にとっては関係ないようで(言葉にできない、ぬぬってのはあったと思うけど)、最初から最後までゲラゲラ笑いっぱなし。めいっぱい楽しめたようでした。

 櫻井くんの「心正しきヒーロー」ぶりもピッタリだったし、甲本ヒロトさんの挿入歌も良かった。~褒めちぎってるけど、絶対おすすめ!って映画ではないです~

 映画の前半で、ヤッターワンがテーマソングをバックに走り抜ける映像を観た時、私はだーだー泣いていた。幼い頃、私も確かにヤッターマンが好きで、トラクターをヤッターワンに見立て、男の子に混じり片手で取っ手にしがみついていた。田舎の畑にふと転がっているトラクターのメカっぽさは、ヤッターワンそっくりだと思っていた。特に赤いトラクター!

 30年経って、息子と肩を並べてヤッターマンが観れるなんて幸せだなあと思った。

 話がごちゃごちゃだけど、実写とアニメとCGの融合については、15年前の『ナチュラル・ボーン・キラーズ』を思い出した(ジュリエット・ルイスが好きで観たものだったけど、原作はクエンティン・タランティーノ、監督はオリヴァー・ストーン)。

 あの頃の日本映画では、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』のポップ感は到底無理だと思っていた。

 それが、今や日本のCGも、たいしたものだなあと感心した。

・・・と、映画を観たお昼過ぎ、興奮しながら帰ってきたら、夫がミシンで次男の枕カバーを縫っていた(笑)。台所には、夫の作ったチャーハン。次男はちょうど、アニメのヤッターマンを観ているところだった。

 うちは、相変わらず夫婦仲は良くないけど、子供を育てていく組み合わせとしては、まあまあいいんじゃないかな、と思う。

 それにしても、ヤッターマンのファッションは、本当にかっこいい。映画では伊賀大介さんがスタイリストをしていたけど、なんと言っても、70年代アニメの袖口が広がったつなぎとかベルボトム、帽子の形、素肌にペンダントとかハートやドクロのモチーフとか、うまくできてるよ。

     

          

 

        

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2009.04.26

252 逃避と宇宙と文学

 私にとって小説を書くことは書道に似ていて、<真っ白な紙に、息をつめて、集中して、筆をおろす>。最初の一筆をおろしたら、書き直しはきかないので、最初が肝心。 と思っていた。

 小説の場合、実際には、その後書き直しをしていくのだけれど、やはり最初に出てくる言葉というのは重要で、それによって方向性や空気、重さも変わってしまうのだから慎重にならざるを得ない。

 そう思って、小説を書く時は、ひたすら一人になりたいと思っていたけれど、二週間まるまる子供が休むという初めての状況に、そんなことも言ってられず、子供の看病の合間に書いてみたら、意外に進んだ。

 というわけで、書道の時の、張り詰めるような緊張感と、ま、いいや~書いちゃえという感覚を同居させて進めていこうと思った。生活そのものがいつも試行錯誤。

 こんな内情を、無名の私がここに書くということが、いかにかっこ悪いかはよくわかっているけれど、モヤモヤが今の私のありのまま。この二週間、子供第一に考えながら、無駄な抵抗のように、ちょびっと自分の創作についても考えてみたってことで・・・。

 さて、絶対観るべきと思っている映画。

 『スラムドッグ$ミリオネア』  http://slumdog.gyao.jp/

 監督のダニー・ボイルと言えば、やはり『トレインスポッティング』。あの映画の疾走感は大好きだった。東京時代、渋谷の映画館で観たけれど、若者の、映画館にぐるぐる巻きの長蛇の列も印象的だった。『スラムドッグ$ミリオネア』も、ガツンと心臓に突き刺さる映画、のような気がする。映像と、音楽と・・・浴びてきます。

 とはいえまずは、インフルエンザ明けの長男の希望で、『ヤッターマン』の約束があり(7歳大丈夫か?という不安も持ちつつ)、深キョンドロンジョ様を先に観ることになりそう・・・(もちろん楽しみ)。

 そして、今日注文した本 『星はまたたき 物語は始まる』 小山慶太著。

 http://www.shunjusha.co.jp/detail/isbn/978-4-393-33290-0/

 小山慶太さん、というより小山先生には、大学時代、教わったことがある。

 一般教養の、『物理科学』だったと思う。授業の内容は、今となってはほとんど憶えていないけれど(あらゆる授業をひたすらサボるという、もったいない学生時代を過ごしてしまったので)、教科書となっていた、ブルーバックスの科学書が面白くて、理系の人なのに、こんなに面白くて読みやすい本を書けるなんてすごいなあ、と思った憶えがある。

 今回のこの本のテーマも、たいへん魅力的ではないか。

 小山先生の文章への信頼(授業も確かに面白かったと思う)があるので、迷わず読みたいと思った。それに、日常どっぷりの今の私には、宇宙的な視点が必要と思い・・・(笑)。

 本はやっぱり素晴らしいな。

 お手軽に日常から連れ出してくれる。

・・・さて(逃避はこのくらいにして)、アイロンかけなくちゃ!!

                

          

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2009.04.24

251 美しい余韻

          
 ジャムを煮たフライパンで

 翌朝 フレンチトーストを焼いたら

 ほんのり 苺の香りがした。

 日常も こんな風に

 美しい余韻に 新しいよろこびを

 重ねていけたら いいのにね


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 草彅くんについては、気の毒でならない。
 彼がそこまでため込んでいたものは何なのか?
 キャンセル、中止の数々に、背負わされていたプレッシャーの重さを思う。それが職業と言えばそれまでだけど、職業を選択する意志が芽生える前から芸能界というところに入れられてしまったわけで・・・。だいたい、34歳にしてアイドルと呼ばれてしまうこと自体おかしいわけで。彼自身の幼稚化というよりは社会の幼稚化を痛感する。メディアは彼に「いいひと」を押し付けてはいなかったか。
 私は酔っ払って裸になったことがないので、本当の気持ちはわからないけれど、深夜服を脱いで雄叫びをあげるという野性に彼を走らせてしまったのは何だったのか(まったく何も憶えてないだろうし、何もないのかもしれないけれど・・・「全然憶えてないんですよねっ」と、爽やかな顔で笑って欲しいもんだ)。
 コンクリートの都会で、分刻みのスケジュールで、自分の顔があちこちにあふれていて、おかしくならないほうがおかしい。いいひとこそ、苦しい。
 過ちは過ちだけど、ゆっくり休んで欲しいです。
 
 共感した、元東京地検特捜部長の河上和雄弁護士の話の一部。
 <一人のタレントが酔っぱらったという話にメディアも騒ぎすぎで、大臣がコメントまでする問題ではない。笑い飛ばして済ませばいいと思う。>


  

     
      

         


            


       


             

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2009.04.21

250 苺 / 『アイシテルー海容ー』

 春が終わりを迎え、初夏にさしかかるようなこの時期、苺が安くなる!

 いつも行く野菜&果物が安いスーパーで、行くたびに苺の値段チェックをしているが、ついに、一箱(4パック入り)298円!!!

 「とちおとめ」の粒が小さいものです。

 「女峰」「章姫」「あまおう」「とよのか」等々いちごの種類はあるけれど、私は、甘さと酸っぱさと歯ごたえを残した「とちおとめ」が一番好きです。昔懐かしい野の苺の味がする。

 この季節、苺の甘さはいまひとつになるけれど、そんな時はジャムがいい。

 というわけで、ウキウキしながら一箱買い、家に帰ってジャム作り。

 なんと、1パック50粒ほどの苺が入っていました(合計200粒!と言ってもジャムにすると大した量じゃない)。

 いくつか子供のおやつにした後、洗って、砂糖をまぶして一晩おいて、出てきた汁と共に煮込む。特に保存用というわけでもないので、甘さやレモンは気分しだい。

 実は、長男と入れ替わりで熱を出した次男が現在欠席中・・・。人様にうつしちゃいけないから、両者しっかり休ませています。金曜は兄弟とも元気元気だったのに、土日に一転、次男がぐったり(今は熱も下がり元気です)。

 春休みが明け、ようやくと思ったら、くらくらするような4月。幼稚園&小学校の参観をこなしたら、もう、ゴールデンウィークではないか。

 失われた4月・・・。

 苺を煮詰める甘酸っぱい香りに満ちた部屋で、

 次男と二人、

 煮詰める煮詰まる。

 ぐずぐず、ぐつぐつ、ぐつぐつ、ぐずぐず・・・。

 甘くて、酸っぱい、むせかえるような昼下がり。

 「苺」という漢字は、草かんむりの下に「母」。なんか意味あるのかな?

 子供の不安を受けとめ、自分を盛り立て盛り立て過ごしているけど(夫も協力的だけど)、大切な予定もキャンセルせざるを得ず、正直、しんどい。

 こんなたいへんなこと、したがる人が減るのもわかるよな~と思いつつ、そんなことじゃいかん!という気持ちに迷いはないのだが・・・。

 生きものとしての器を試されている、今。

  

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 毎日書きたいことが多く、自分でも狂っているとは思うけれど(小説が進められない時にブログ数が増えているので(集中力のグレードの問題)、実際に半分狂ってはいるのだが)、上記を書いた後、日本テレビ系で始まったドラマ『アイシテル~海容』の原作本を読み、深く感動したのでここに・・・。

 ドラマは平日の22時放送なので、今の自分には難しいと思い、原作(漫画)を取り寄せました(以下、ネタバレあり)。

 小学校1年生の男の子が、小学校6年生の男の子に殺されてしまう話。原作の第一話ですでに男の子は死んでしまい、以降は、のこされた家族たち(被害者側、加害者側ともに)の葛藤を、マスコミや警察、家裁調査官の在り方も交え、リアルに描いています。すれすれのところで、あり得ると思わせてくれる展開。ほんの少しの過ちが、とりかえしのつかないことに結びついてしまう恐ろしさ。加害者と被害者の最後のやりとりも、切なくなるくらい「ある」と思った。子供はむき出しで残酷で強くて弱い。

 よく泣く私ですが、久々に大泣きしました。途中、吐きそうになるほどでした。

 <全ての母親に捧げる、渾身の物語>というキャッチコピーは大げさなものではないです。

 読んでいて思ったのは、誰か(育児の研究家みたいな人)が言っていた、

 「母親が子供をおもう気持ちよりも、子供が母親をおもう気持ちのほうが、ずっとずっと大きい」という言葉。

 どんな子も、自分の親がどんな親であっても、「愛してる」。それはきっと、親が思うより遥かに深く・・・。

 自分の道と、育児とのバランスに迷うお母さんは多いだろうけれど(ここ最近の私はずっとそうで)、今一度、子供との向き合い方について、考え直さなければと思いました。それなりにちゃんとやってるとは思うけど、それでも改めて・・・。

 作中の最後の方で、被害者の母親が加害者の母親に向けて書いた手紙の一部より・・・

  < 私は思うのです

    あなたと私は 加害者の母 被害者の母です

    でも 

    「嘆き悲しむ母」という同じ姿を

    鏡に映しているのではないかと >

 現実には、こんな風に「海容」で結ばれるような、そんな美しいものではないだろうけれど、誰もがみんなそれぞれの「母親」から生まれてきたということ、子は誰も「母親」が産んだということは、紛れもない事実であり、共感なのだと思う。

 子を産み育てることは、本当に本当に深い。

 それを軽んじるような自分や世の中であってはならない。

 目の前の今に感謝して、精一杯過ごさなくちゃ(そしていつかは、こういう壮大なテーマで書かなくちゃ)。

 おすすめです。よかったら、読んでみてください。

 ☆原作の紹介 http://kc.kodansha.co.jp/content/top.php/1000002584

 ☆ドラマのHP(観てみたいと思います) http://www.ntv.co.jp/aishiteru/

                             

                          

       

         

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2009.04.20

249 スーザン・ボイルさん

☆以下を書いた後、NHKの全国ニュースでもやっていたので、便乗感&既視感ありありですみません! 

 You Tube で話題だそうなので、すでにご覧の方も多いと思うけど、スーザン・ボイルさん。

 新聞記事で知り、慌てて検索しました。

 共同通信の記事によると・・・・

 <英テレビの人気オーディション番組で47歳の英独身女性が驚異的な歌唱力を披露、この映像が動画投稿サイト「ユーチューブ」に投稿され、世界中で大反響を巻き起こしている。

 番組は、11日に放映された「ブリテンズ・ゴット・タレント」。あまり目立たない雰囲気のスーザン・ボイルさんの登場に会場は当初、戸惑ったが、彼女がミュージカル「レ・ミゼラブル」の挿入歌「夢やぶれて」を歌い始めると空気が一変。澄んだ歌声と圧倒的な声量に約3000人の聴衆が総立ちになり、熱狂的な拍手を送った。>

 音が出ます↓

 (字幕なし) http://www.youtube.com/watch?v=d-KiGva9dV4

 (字幕あり) http://www.youtube.com/watch?v=vMVHlPeqTEg

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 新聞に出ていた写真(太眉で太り気味)がキュートで、これは見なくては!と思ったんだけど、47歳、スコットランドのとある町から出てきたスーザンさんの、人生を感じて涙が出た。

 本当の情報かどうか知らないけれど、大勢のきょうだいで育ち、親の介護に追われ、婚期を逃した女性のようで、だとすれば、人生の後半期に訪れたこの晴れ舞台が、本当に嬉しかったと思う。なにより、堂々としたたたずまいに、年を重ねた女性の素晴らしさ、誇らしさ、失うものは何もない、みたいな、たくましさを感じる。

 正直、そこまで騒ぐほどなのかどうかはわからないけど、なにより、ギャップが話題なんだろうなあ。人々の偏見も垣間見える。

 本題とは関係ないけど、審査員の顔や仕草を見て、欧米人ってのは、表情豊かだなあと思ってみて、ふと思い出したこと。

 日本人は表情が乏しいと言われるけれど、それは人種としての顔のつくり(表情筋)にもよるところが大きい(卑下することはないという意味で・・・)。というのも、かつて、美術作家のアシスタント時代に、「Plastic Smile」というプロジェクトというか作品で、様々なモデルさんの胸像の型取りをした時のこと。「笑い顔をつくってみて」とお願いすると、外国の方(私が手伝ったのは、フランス人1人、イギリス人2人、オーストラリア人1人だけだけど)は、口の形がわかりやすい笑顔になった。顔の肉がやわらかいというか、口角が上がりやすいというか・・・。 

 それに対し、日本人というのは(こちらは30人くらい型取りしたと思う)、笑顔を作ってみても、意外に口角がはっきりとは上がらない。フランス人の友達に笑顔を作ってもらった時は、そのあまりのわかりやすさに驚き、互いに笑顔を作り、鏡を見て顔のつくりの違いを納得し合った。これは新しい発見だった。

 あと、上記の番組で、登場人物が何回か口にしている「incredible」。これは、「信じがたい」とか「素晴らしい」って時に使われるけれど、私は恥ずかしながら、この言葉は、 10年前旅したヨーロッパで初めて知った。日本で習った英語では「unbelievable」のほうがポピュラーだが、ヨーロッパでは、「incredible」の方を圧倒的に耳にした(まあ、一緒にいたフランス人の友達が大げさだったせいもあるけど・・・)。育つ国によって、メジャーな英単語というのは異なるんだなあと思った。イギリス英語かアメリカ英語、口語、年代によっても違うんだろうけど、例えば、3ヶ月のその旅で比較的たくさん話をしたドイツ人、フランス人、ギリシャ人、インドネシア人が多く口にしがちな言い回しもそれぞれ異なっていて、その国の英語事情が垣間見えて興味深かった。

 と、スーザンさんを見て、別件二つも思い出しつつ(外国に詳しい方にとっては、目新しい発見ではなくてすみません)、スーザンさん、映画になりそうだよなあ。 世界的に高齢化は進んでいるし、高齢のスターがこれからどんどん出てくるような気がする。47歳なんてまだまだ若い。楽しんでほしいな。

   

                        

       

              

          

           

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2009.04.18

248 逗子

 息子の看病でヘロヘロだった時にかかってきた、妹からの電話。

私:「もしもし、なに、急ぎ?(過去にひどい言い方をしてきたので、これでも努めて穏やかに・・・)」

妹:「ううん。昨日の夜ね、逗子のバーに行ったら、ふつーに<キマグレン>がおったよ!」

私:「えっ?逗子のバー?家族で行ったの?」

妹:「うん、そうだよ。<バナナズバー>ってところで、見たいライヴがあったじゃんね」

私:「なにあんた素敵なことしとる?(笑)」

妹:「そうだら~(←誇らしげに)、やっぱりこの辺って、素敵なんだよねー」

 妹家族は、かつて転勤族だったが(実際、妹が嫁いだのは函館だったが)、子供の誕生を機にダンナさんが転職し、今はダンナさんの実家の近くの逗子に定住している。

 しばらく、ライヴと、いかにしてキマグレンの二人に遭遇したかの話になり、妹はキマグレンに話しかけてないとのことだったので、

私:「今度会ったらさ、ウソでいいから、『私も好きなんですけど、お姉ちゃんがもっと好きなんです!』って言って握手しといてよ!」

 とお願いした。

 とはいえ昨夏、『LIFE』を200回以上連続して聴いた後は、聴いてなかったりするのだが(今も二人の爽やかさは大好きだけど、毎度のことながら、去年のあの熱はいったい何だったんだろう・・・)。

 かつて東京にいた頃、なぜだか三浦半島と縁があったこと(父が青春時代を過ごした横須賀&三浦マラソン参加&「海を語るシンポジウム」の司会~加山雄三氏の船でパーティなど)や、友達と出かけた鎌倉辺りや江ノ電が好きで、関東で結婚するなら、この辺に住みたいなあ、文化人って人たちがこぞって住みたがるのも分かるよなあ~と思っていた。

 その土地に、妹が住むようになるなんて、笑っちゃうけど、うらやましい。

私:「なんていうバー?」

妹:「<バナナズバー>、あれ?<ハバナズバー>?<バハマズバー>だったかな?」

私:「・・・豚に真珠だな(笑)」

 なんにせよ、妹は、やさしいダンナさまと、ダンナさんにそっっっくりな娘ちゃんと洒落た海辺の街で暮らしていくのだ。根本きこさんのカフェも自転車の距離らしい(って、妹はナチュラルテイストってやつが好きだけど、私はもっと毒々しいんだけど)。

 同じ田舎で育った私たち姉妹の、それぞれの行く末が楽しみだ☆(この夏は、一週間ほど遊びに行く予定です)

 調べたところ、バーの名前は<バハナズバー>

 「豚に真珠」って言っちゃったけど、この名前は間違えてもおかしくないね。

 http://www.vahanasbar.com/HawaiianStyle_vahanasbar.html

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 ☆イチローの新記録達成、すごかったですね。

 彼のバット職人さんが岐阜県の方ということもあって、こちらの新聞等ではよくお顔を拝見するのですが、お名前が、久保田五十一(いそかず)さんと知ってびっくり!!! イチローの背番号51と重なるではないか。

 この偶然に驚き、もしや、イチローの活躍後に付けた芸名?なのかな?と思って調べてみたけど、そのような情報はなく・・・。

 神がかった人は、様々な伝説をお持ちだよなあ。

<上記を書いた翌日、新聞に出ていた記事によると・・・「五十一」の名は、父が五十一歳の時に生まれたから。自身の入社五十一年目に、背番号「51」が達成してくれた快挙。・・・>

 とありました。入社五十一年目ってのもすごいなあ。「バット職人として半世紀」だそうです。

☆今週末より、雑誌『edu』のHP内の、子育てブログ集に、私のブログも加わりました。

 存在を知ってもらってなんぼ、と思い、先月衝動的に申し込んだものです。

 以下のページの、カテゴリー「子育て」内、ずずずーっと、下から二段目に、<NEW『緑の下で深呼吸』>と出てきます。紹介文は先方が考えてくださったものです。

 http://web-edu.jp/blogportal/bloglist.html

 今後も慎重に、ピンポイントで営業活動をしたいと思います♪

         

                

           

                        

                      

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2009.04.17

247 シートベルト

   
 ふたたび加速。シートベルト、カチャ。

 長男は結局、熱が上がったり下がったりという、インフルエンザB型の典型的な症状をたどり、月曜から今日(金曜)まで休みました(感染を防ぐため、熱が下がってから2日は出席停止ということもあり)。今は元気です。

 私がこのところ悶々としてしまったのには、子供の病気以外にもワケがあり、編集者さんの反応が遅れていたこともあったのだが、昨日久しぶりに電話で話し、とにかく今は、書いている小説を最後まで仕上げることにしました。編集者さんは、単純に超多忙の日々だったようで。

 迷いながら書き進め、章ごとに編集者さんに送り、その反応が滞ると、とても不安になる。
 このご時勢、よほどのものが書けないと、なかなか本にはならないからね。
 駆け出しの今は、一作一作が勝負。
 軌道に乗るまではたいへんです(って、そこまでして「小説」を書き続けたいとは思ってないこともまた厄介。エッセイで食える人になりたいなあ・・・)。
 今書いているものは、250枚くらいまで来たけれど、それを全部捨てちゃう覚悟もできています。

 と、そんなわけで、編集者さんからの電話に安心して、またやる気になり、がんばるぞ!と思っている。

 頭の中で加速のスイッチが入り、シートベルトをカチャッとしてみて、ああ、私にとって、家庭や子供という存在はシートベルトなんだなと思いました。
 
 私はひとりだと、絶対暴走してしまう。
 実際、独身時代、私の行動を、「狂ってる」と言う人もいました(特に島根時代)。
 糸の切れた凧のようにさまよっていた私だったけど、それを地上にたぐり寄せてくれたのは、「子供が欲しい」という、ただその願いだったと思う。

 産んで、子供に縛られているようだけど(自ら選んだことだけど)、私の場合、子供のおかげで、人の道にとどまっていられる。

 シートベルトみたいに窮屈なもの、縛り付けられるものは大嫌いで、妊娠中はラッキー♪とばかりに外していたけれど(今は法律が変わって妊婦も免除されないけど)、実はシートベルトがあるおかげで、安心して加速できる。
 実際の運転では暴走しちゃいけないけど、守るべきものがあるから逆に暴走できるってのはあると思う。
 いや、守るべきと言いつつ、結局は、子供や家庭に守られているんだな。

 というわけで、行きます、加速して(思うように動けない状況に変わりはないけど)。
 メンタル面のバランスがポイント。
 実はかなり悶々としたんだけど、追いつめられて(勝手に自分を追い込んで)、新しい発見もあった。
 創作のモヤモヤを子供にぶつけることなく、生活の張りだと思って感謝して、スピードを上げて緩めて歩みます。

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 昨日から始まったフジテレビ系ドラマ 『BOSS』

 2月に講演でご一緒した村瀬さんがプロデュースしています。

 あの時、夜9時過ぎの新幹線で東京へ戻り、深夜にかけて脚本家さんと打ち合わせと言っていた(どんなドラマかまだ内緒だったけど・・・)。昨日、テレビの中で動く役者さんたちを見て、私も勝手に感慨深かった。

 錚々たる面々を相手にがんばっている同世代。

 http://wwwz.fujitv.co.jp/BOSS/index.html

        

            

 

                                             

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2009.04.15

246 感謝。

          
 前回の予防接種について、私も同感!!というコメントやメールをいくつかいただきました。
 励まされるなあ。
 ありがとうございます。
 ブログを読んで、時々友達が「泣けた」とか「共感」とかメールを届けてくれるのだけど、それを読んで、今度は私が泣いている。

 今、思うように表現活動ができないけれど、このブログが人様の心に届いてくれているのなら、私が書く意義もあるのかな?と、うれしくなる。書く意義ってのは、おこがましいな。自己満足で書いているのに、一緒に共感してくれる方の存在は、とても大きいし、伝えることってやはり大切だよなと思わせてくれる。

 それにしても、思うのです。
 この頃の女性は、母は、ちゃんと自分を持っている!と。
 というか、手前味噌で言わせていただくのなら、自分の考えを持った、自立した女性が、このブログを読んでくれている。

 昨日、大学時代の友達と、たぶん10年ぶりくらいに電話で話し(ホワイトプランのおかげです:笑)、彼女は今、引っ越したばかりの関西で2人の男の子を育てているのだが、自分のことや、仕事など、思うようにできないよねーと語り合った。

 身内などの助けがない中で、育児中の女性が働こうと思うと、なかなか難しい。
 子供の急な病気など、対応の方法を幾重にも考える必要があり、公的なお助けが不足している今、やりたいことを諦めている人も多い。
 でも、家庭を中心としている(中心とせざるを得ない)お母さんたちの中に、潜在的にすぐれた女性はたっくさんいる!!

 世の中では、働くお母さんの声の方が表に出てくる機会が多いけれど、そういうワーキングマザー(例えば、勝間和代さんや佐藤悦子さんや経沢香保子さんみたいな方々)は、育児よりも仕事の比重の方が高かったりする(これは質とかそういう意味ではなくて単純に時間的に)。

 多くのお母さんは、コアで働きたくても、思うように働けずにいる。
 順調に仕事と育児を両立できるのが一握りのお母さんという状況は、なんとか変えていかなくてはならないし、また、育児中心にがんばっている女性の、大げさに言えば地位向上みたいなものもなんとかできないものだろうか、と思ってみたりする。

 ムーブメントを、いかにして起こすか。

・・・と、インフルエンザの息子抱え、考えております(笑)。
 昨日は小学校の先生の家庭訪問でした。

 オフィスに行けば仕事があるのとは違って、私の場合、自分が書かなきゃ作品にならないという状況で、この頃、やはり小説は今の私には厳しいなあと、ひしひしと感じています。
 小説は、どっぷりずぼーんと沈み込みたいから。
 「小1の壁」とよく言われるけど、思えば『ダリア』を出せたのは、待ってました!という渇望感や疾走感とともに、兄弟とも幼稚園だったという物理的な要因も大きい。

 図書館でふと読んだ、山本文緒さんと角田光代さんと唯川恵さんの座談会で、唯川さんが「犬を飼うのは難しいですね。没頭して書き続けたい時に『散歩』とか無理ですから」とおっしゃっていたが、おいおい、犬どころか、あたしゃ男子2人抱えてどうすんだよ?と思ってしまった(それに、息子ってなんだか犬っぽいし:笑)。

 これが自分の選んだ人生。
 人生には、時期・時機がありますね。
 諦めるのではなくて、どう乗り越えていくか。
 どう糸をつなげていくか。

 なんだか、愚痴っぽくてすみません。
 書き進められない間に読んだ、水村美苗さんの『日本語が亡びるとき~英語の世紀の中で~』、何度目かの車谷長吉さんの『赤目四十八瀧心中未遂』、西原理恵子さんの『この世でいちばん大事な「カネ」の話』、どれもおもしろかったです。
 『赤目・・・』は、私の中での小説の完成形みたいな部分もあるので、そこを基準に考えると、自分の作品は「チンケな豚。」(作中の言葉より)に思えてしまう。
 いずれ小説を中心にするにしても、今は向き合い方について、ちょっと考えなくちゃなりません。
 きっと、多くのお母さんも、自分の道について、同じような思いを抱いていると思う。

 ガンバレみんな。ガンバレ私。


・・・と、これを書いた後、ひとつの企画が頭に浮かびました。要は今の私には小説頭が難しいんだけど、書くことは好きなので、地道に企画をあたためて(小説も根気よく続けて)、いつか花を咲かせたいと思います。

・・・と、この後、思い浮かんだ企画をある人に送ったら自分の熱が冷めて、別の方向へ・・・(我ながらまいるよ私)。
 困ったことに、私はブログやエッセイではほのぼのしたいんだけど、創作においては、どうしてもヒリヒリした場所に自分を追い込みたくなるようで。すぐに形にするのは難しくても、やっぱり頭の中でネタをあれこれ動かしていたいと思います。
   
 ☆これを下書きしたのは昨日ですが、今UPの前にりえちゃんのブログを見たら「がんばれ私」というタイトルだった。つながってるなあとしみじみ。。みんな、それぞれの立ち位置でがんばってる。がんばろう。


             


        


            
 


         


            


        

               
 

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2009.04.10

244 アザラシの肉

   
 夕方、ヒレカツを揚げていた。
 「手伝いたい~~!!」と息子。
 「危ないよ」と私が言うと、
 「そうだ、油が飛んでも大丈夫なように・・・」
 と言って、台所から出て行った。
 私がヒレカツと格闘(というほどでもない)をしていると、背後に息子の気配。
 ハッと振り返ると、息子は、真冬のコートを着ていた。
 「なに、その格好?」
 「これで、油が跳ねても大丈夫!」
 ボアの付いたフードをかぶる息子を見たのち、フライパンに目を移すと、こんがり揚がっているカツが、アザラシの肉のように思えてきた。

 汗ばむような4月の厨房。
 私、半袖。息子、防寒服。
 油の跳ねる音を聞きながら、
 エスキモーの親子に思いを馳せる。

            

            

                   

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2009.04.08

243 桜めぐりと度胸だめし

   
 半日で帰ってきた息子2人を車に乗せて、桜めぐり。
 三箇所の桜を見た後、買い物と病院へ行く予定だったが、二箇所目の公園で、予定変更。

 その公園には池があるのだが、池から顔を出す岩の上に座っている少年を見て、親子で「スゲエ!」ということになり、その岩に、長男も「飛び乗ってみたい」と言い出した(次男もやりたがったが、どう考えても次男にはムリ)。
 メインの岩にたどり着くためには、二つの岩を足場とし、ピョン、ピョン、ピョンっと越えなければならない。
 長男にはまだ無理だろうと思った。
 しかし、岩に座っている少年に「何年生?」と聞くと、「3年生」と言う。
 しっかりしたお兄さんに見えたが、息子より一つ年上なだけ。
 それを聞いてやる気に火がついた息子。
 長男は、やる気はあるが、運動能力的には鈍いタイプ。
 私はまず、長男が「やってみたい」と言い出したことに驚いた。
 以前もそういうことはあったが、ごく簡単な場所で、あっけなく撃沈だった。
 息子の願いを叶えてやりたいとは思いつつ、間違いなく靴が濡れると思い、次に予定もあったので、「今日はやめよう」と言った。
 しかし、どうしてもやりたがる。
 こういう時は、そのやる気を尊重したくなる。
 
 ま、いっか、靴が濡れても、いったん家に戻ればいいか。

 ということにして、挑戦させた。
 岩の上の少年にやり方のコツを教えてもらっているうちに、わらわらと、その少年の仲間たちが集まってきた。
 みるみるうちに、少年10人くらいが輪になって(隣の小学校の3年生から6年生くらいの仲間)、息子の挑戦にあれやこれやアドバイスしてくれる。実践も交えて・・・。
 「お兄ちゃんたちは慣れてるけどさ、この子初めてだから教えてやって」と私もお願い。
 男の子たちはノリノリで教えてくれるし、聞いてない技まで披露してくださる。

 あーもう、ほんと、男の子っていいな。

 集まった少年たちは、華のあるリーダーから、声変わりなのかハスキーボイスの男の子、理屈くんやムチムチくんなどバラエティ豊か。
 みんなに囲まれ、後に引けない状況というよりは、さらにやる気になった長男。
 私も、「やるなら思い切ってやれよ。迷ったら落ちるからな」と監督口調(笑)。

 そしていざ、跳んだ息子。

 意外にも、成功!!

 ピョンピョンピョンっと一気には行けないけど、一つ一つ岩を踏みしめて跳びました。
 靴は濡れたけど(笑)。

 自信をつけて、何度もトライ。
 次男も、小川を長靴履いて渡っている。

 その後、少年たちは、東屋の屋根に猿のように上り、そこから飛び降りたり、色々と華麗なる技を披露してくれました。
 やっぱり体を使って遊ぶ少年たちはいいな。キラキラしてるし、惚れるぜ!と思う(笑)。

 「ありがとね!!」と言ってみんなと別れ、濡れた靴の長男、水が入りゲッコゲッコ言う長靴の次男を乗せ、もう一つの花見と買い物を済ませていったん家へ。その後、足を洗って病院へ。

 なにより、挑戦もせず「やめておこう」と思うよりは、無理かもしれないけど「やってみたい」と息子が思ったことが嬉しかったし、そのタイミングで叶えてやりたいと思った。やれることとやれないことのボーダーラインは、やはり体験して覚えていくしかないと思う。とはいえ、昨年の次男のまさかの階段7段跳び~骨折(ギブス&ベビーカーに乗せての長男の入学式参列)も経験しているので、親もまだ見守る必要があるけど。

 自分は、よい妻でもよい母でもないけど、「男の子のお母さん」というのは、我ながら合っていると思う。


             


                   

                  

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2009.04.07

242 おしゃべりガラスの戯言

 昨日、小学校の入学式が行われ、今日は始業式(長男初登校)、明日は次男の始業式(親も同伴)、しばらく短縮授業やら弁当やらあるが、来週からは新生活が軌道に乗るかな(乗って欲しい)。

 ぶつぶつ言うのも情けないが(ブログの更新ばかりが増えているのも情けないが)、 小説に没頭できない時は、表現とは何なのか?など考えてしまう。 

 考える方向はいくつもあるけれど、例えばひとつ、私にとって大きな発見があった小説を思い出した。

 車谷長吉さんの『赤目四十八瀧心中未遂』。

 私はこの小説が大好きだが、読み終えた時に、表現の限界のようなものを感じた(作品の限界じゃないです、作品自体は素晴らしい)。

 この小説には、世の「底辺」とも言える場所で生活する人たちがたくさん出てくる。

 どこまで作者の体験が反映されているかわからないけれど、作者が何か見たことは確かだ。

 ヤバイ世界を克明に書いている部分もあるので、車谷さん大丈夫かな?と少し思ったが、そうか、ここに描かれてしまった人たち(モデルがいる場合)は、小説など読まないだろうから、この小説の存在も知らないだろうな、と思った。

 果たしてそれはいいことなのか悪いことなのか、どうだろう?

 車谷さんも、私と同じように農家で生まれ育っている。だからこそ、地に這いずるようにして生きている人たちのことを描きたくなる気持ちには共感する。

 今の世の中に違和感を覚えるとすれば、「エコ」や「ロハス」という言葉に代表されるような、ファッション的な自然との共存である。田舎暮らしや農との暮らしは、本当はそんなにいいものじゃない。

 旅の感覚で見てきたその地の暮らしや信仰を、文章を書ける知識人がその人の目線でまとめる。そして、それを読むのは書物を読める人たちで、書かれた当人たちは、読まないから(読まないと決めつけるわけではないが、読まない人が多いから)、評価や批判のしようもない。

 私が感動した『赤目~』も、当のヤバイ人たちが読んだら、どう思うのか気になるところである。

 作中に出てくる「セイ子ねえさん」が、主人公にこう言う場面がある。

****

 「うちはもうあんたにはここにいて欲しないね。はっきり言うたら、ここから出て行って欲しいね。」

 「・・・・・・。」

 「あんたはこななとこにおる人と違う。こななとこでは生きて行けへん人や。」

****

 その拒否反応は、わかるような気がする。セイ子ねえさんは、思いやりを持って、主人公にそう語った。

 今、ウィキペディアを見ると、車谷さんについて、

 <播州地方の方言を使った民衆言語で書く下層庶民的な生活実感は、近代と自己に疑問を投げかけている。江藤淳に高く評価された。>

 とあったけれど、確かにその通りだと思う。

 近代と自己に疑問・・・。『赤目~』において、そのこころみは成功している。作中の主人公は、近代の「中流の生活」なるものを嫌悪し、「底辺」に生きている人たちに対し、尊敬を抱いている。ただ、書く側と書かれる側との埋めようのない溝や乖離について、私は感じてしまったというだけ。

 抽象的だけど、

 本当の泥付き野菜というのは面倒だけど、ほんのり泥が付いた野菜は珍重される。

 今の世の中は、そんな世の中。

 表現も、食べ物も思想も、口当たりの良いものが受け入れられる。

 田舎暮らしがおとぎ話やメルヘンの世界になってしまう。

 取り戻さなくちゃというのは正しいと思うけれど、発信する側も受け取る側も、上滑りして見える。

 なんとかしなくちゃ、と思う私は空回り(笑)。

 まだまだ力が足りない。

 目標とするのは、島尾ミホの『海辺の生と死』

 知ってる人が書く強さ、美しさ、儚さ。

 とはいえ、私だって、土いじりが好きではなくて、お調子者の、単なるおしゃべりガラスなんだよな(上記の批判めいた部分は、すべて自分にも向けている)。

 銚子の歓楽街で生まれ育った菊地さんの文章に私が反応してしまうのは、自然の成り行きだろう。知ってる人が書く凄み(ウソも込みで)。最近文庫化された『スペインの宇宙食』も、大好きです。

 以下は、何度も紹介しちゃってる菊地さんの速報より。何気ない言葉にグッと来てしまう。

 http://www.kikuchinaruyoshi.com/dernieres.php?n=090407034027

 あ、「おしゃべりガラス」は、小学生の時、上級生から付けられた私のあだ名です。真っ黒に日焼けして、おしゃべりばかりしてたらしい。

 そろそろ、身(実)の伴うおしゃべりをしなければ・・・。

 ただいま、次男が、スヌーピーのぬいぐるみにひもをつけて、室内を散歩しております(笑)。                   

                

                                

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2009.04.05

241 宴と桜

             
 田舎での、結婚の宴。

 いくつもの、ぶあつい手と握手した。
 体を使って仕事をしている男たちの手。
 手が仕事をつくり、仕事が手をつくる。
 「弟夫婦をよろしくお願いします」
 と、姉ちゃんなりの営業活動(笑)。


 血の気の多い4兄弟の三男(私より3つ下)と、20年ぶりくらいの再会。
 彼の兄ちゃんである次男(私より1つ上)とは、一緒に習字塾に通ったり、子供会のソフトボールのチームを組んだりした。
 中学時代の彼らは、そろいもそろって、荒れた。
 当時の噂では、三男は、小学校3年生からバイクに乗っているとのことだった。
 その件について三男に触れたら、「それはオレじゃない。アニキ(次男)だ」とのこと。
 その事実がわかっただけでも、宴の収穫があったような気がしてしまった。
 兄たちのその後の消息を尋ねたが、どんな事実が出てきても、びっくりはしない。
 だって、私たちの学年は、極悪だったから(笑)。
 同級生による、中学時代の最も派手な事件は、とある男子生徒が、地元の分団に置いてあった消防車を一台燃やしちゃったこと。
 「火事だ!」という声に、消防団員(地元のおじさん)たちが詰所に向かったら、乗る予定だった消防車が燃えていた。
 その彼や、ラリラリになってお姉ちゃんのスカートはいてデニーズに出かけ、トイレと間違えてレジ横でおしっこしようとして通報された彼や、17でパパになった彼など、うちの学年は、たった72人の中に、目茶苦茶な世界があった。
・・・と、話がそれたが、私はまあ、そんなところで育ちました。
 血気盛んだったおじさんたちが年を取り、やんちゃ坊主だった後輩たちが跡取りとなり、知ってる知ってる!って人たちとすべてお話したかったけど、100人ほどのお客さんを前に、なかなか難しかった。
 すべての人たちが愛しかった。


 宴の翌日、地元の○○屋のおじさん(私からすると、まだお兄ちゃん)を見かけたら、レクサスに乗っていた。
 あらま、稼いでいるのね!と思い、実家の父母に聞いたら、「あれは、セルシオを改造してレクサスマークを貼っている」とのことだった。
 いいのか?(笑)


 観音寺のふもとの山桜に一年ぶりに会いに行く。
 タイミングを合わせてくれたかのように咲いていた。
 私が「主」と呼んでいる巨木の桜はまだ五分咲きだったけど、縦横無尽に伸びている枝がやはり素敵だった。
 自然のフォルムは本当に美しい。色っぽい。
 まさに「爺」という風格のスダジイも元気で嬉しかった。
 木の写真を撮りたくなることや、鬱蒼とした場所を探したくなるのは、私が街の人になったからかな?と思い、寂しかった。
 
 かけがえのないふるさとであるが、何度目かの卒業の時。
 それでも、これからも、成長していく仲間、老いていくおっちゃんおばちゃんたちに、時には会いに行きたいな。

           

            


                   

               

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2009.04.02

239 心臓と偶然

  
 人間ドックの心電図で引っかかり、市内にあるハートセンターへ。
 春休み中の息子たちは、幼稚園の預かり保育にお願いする。お弁当を持たせて・・・。
 午前中で終わるかも、という淡い期待は早々に打ち砕かれ、結局、計4時間もかかった。
 センターは二度目だが、入った瞬間、100人ほどの患者さんにおののいた。
 一見して高齢の患者が多いが、中には作業服姿の働き盛りといった男性もいる。
 グレーのトーンの待合室で、それぞれが心配を抱えている真っ赤な心臓が、透けて見えるような気がした。

 私が心臓について楽観視できないのは、全く血筋による。
 母は30代の頃から血圧が高く、祖母は心臓発作のような形で亡くなっているし、伯母も心臓を患っている。おまけに、血圧の高かった従兄弟が、44歳の若さで、くも膜下出血で突然亡くなっている。4人も子供をのこして・・・。これはかなり派手な悲劇だった。循環器系に難があるのは、すべて母方の家系。というわけで、私も心臓については、気にするようにしている。

 それにしても、我ながら病院通いが絶えず、呆れるし笑えるし、泣けてくる。先月のめまいとも関係があるような気がする。
 長い待ち時間に備えて持ってきた読みかけの本は、人間ドックの結果が出る前から読んでいたものだが、偶然にも、心臓大動脈瘤が出てくる。村田喜代子さんの体験に基づく小説で、ダンナさんの心臓大動脈瘤とたたかう夫婦の話。
 タイトルは、『あなたと共に逝きましょう』

 夫婦連れ添ってやって来ている人たちも多い中、まさかこんなタイトルの本を目立つように読むわけにはいかない。タイトルが見えないようにそーっとそっと読んでいた。

 村田さんは、40歳過ぎて芥川賞をとった人。九州に住み、生活の確かなにおいが感じられる小説を書いている人。
 『あなたと共に・・・』は装丁の段階でもしや?と思ったけれど、やはり伊藤比呂美さんの『とげ抜き新巣鴨地蔵縁起』の装丁と同じく、菊地信義さんによるものだった。
 小説も、『とげ抜き・・・』と同じにおいを感じる。
 確かな生活、生活にまつわる修羅を知る人にしか書けない凄み。

 例えば、

<現代医学が科学治療の見通しの良い世界なら、民間療法は中にどんな魚が棲んでいるのか定かに見えないようなところがある。科学と疑似科学が入り混じって、人間の智慧と無知が一緒くたになって、慈善と商売が同じ姿をして隣り合っている感じがしないでもない。>

<結婚以来何十年、私が義雄に食事を作って食べさせた。義雄の体は私がこしらえた。その体を切られるということは、私もやられるのと同じことだ。今まではまさかそんなふうに考えるとは予想もしなかった。人間はその場になってみなければ自分の気持ち一つわからないものなのだ。>

 これを読んでいる最中、会計から母の名前が呼ばれた。
 「え!?」と思って見回したが、母はいない。名前の主が現れず、何度も呼ばれている。
 母の名前は、フルネームとなると多いとはいえない名前なので、本当に母なのかと思い、外に出て、携帯電話から母に電話を入れた。母は家にいた。「同姓同名の人がいる」と言うと、母も珍しがっていた。「それに、あんたが、その場で聞いてるってのもおもしろいねえ」と言って笑った。

 胸のレントゲン写真と心電図をとり、小説を読み終え、何冊か雑誌を読んでようやく呼ばれた診察室の前で待っていると、今度は私の名前に反応した伯母(冒頭に書いた、心臓を患っている伯母)が私を追ってきた。
 この偶然にもびっくり。
 近所の病院で近所の知り合いに会うわけではないのだ。
 伯母からすれば、ハートセンターは車で一時間かかる場所。
 聞けば、6週間に一度通っているそう。
 偶然に出くわすことが多いと、このブログでも何度も書いているけれど、本の内容、母と同姓同名の人、伯母(おじも)とのバッタリに、やはりまた笑うしかなかった。 

 伯母に聞いた話では、ハートセンターの名医(当時は別の病院にいた)に、かつて祖母は診てもらおうとしたのだが、診てもらう直前に院内で容態が悪化し、帰らぬ人となった。その時付き添っていた伯母は、そのショックで、伯母こそが意識を失ってしまい、狭心症と診断され、以来、その名医にお世話になっている。
 なんたるご縁(うれしくない縁だが)。
 19年も心臓の疾患と付き合い続けている伯母であるが、発症したのは50代とのことなので、私はまだ早過ぎる。

 おおごとではないと思っているけれど、この日の診察だけでは判断できず、24時間の心電図とやらを胸につけて帰ってきた(今装着している)。で、明日の夕方、再びハートセンターに行き、心臓のエコーと負荷心電図と診察。

 やれやれだよ、まったく。
 
 伯母と話しながら、「私なんて、20代の前半から病院との縁が切れないから、子供が成人するまで生きられたら御の字と思ってる」と言ったら、伯母が笑った。
 そして、「私はもう、22、3歳の孫がいるから、いいね」と言うので、「とっても幸せだと思うよ~」とこたえた。
 ほんとにそう思う。
 電話口の母にしても伯母にしても、私がハートセンターにいることを心配していた。

 人の寿命や運命は、どうやって決まっているのかわからないし、私だって、子供をのこせただけで十分なのかもしれないけれど、病院に多数集まるお年寄りを見ていると、ここまで生きてこられただけでも十分じゃないかな、と思ってしまう。

 私なんて、いつも、「今が心配」の繰り返し。
 産んで息絶える虫や動物もいるけれど、人間の子は、独り立ちするまでに時間がかかる。
 子供が大きくなるまで、お世話をしたいです。
 細々とでいいから(病弱な人ほど長生きするって例も多いように)、子供の成長を見守りたいな。
 長生きしたいとは思わないけど、責任は果たしたいよ。

 健康だと当たり前としてとらえる人が多いけれど、子が成人するまで親子ともに元気で過ごせたら、それはとてもとても幸せなことだと思います。


        


               

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2009.04.01

238 ぼうちょう


 「ぼうちょう」 
 それは、弟の友達のあだ名。
 なぜそう名付けられたかと言うと、小学生の頃、太っていたから。
 「ぼうちょう」とは「膨張」のこと。
 子供のあだ名の付け方はつくづく残酷だと思うけど、ぼうちょうは全然気にしていない。
 大人になり、スリムになっても、彼は「ぼうちょう」と呼ばれ続けている。

 弟の結婚式にて。
 会場で受付をやってくれている彼を見つけた私も、何年ぶりという再会なのに
 「おっ、ぼうちょう、今日はありがとね!」と口をついて出てしまう(笑)。
 新婦側には息子の幼稚園時代の元担任の先生がニコニコ。なんともおもしろい光景。
 おまけにぼうちょうのその日の髪型はラーメンマンみたいな三つ編みヘアー。
 仙人のようなひげを生やし、細くて長い三つ編みの先に、赤いリボンを結んでいる。
 彼なりのお祝いの気持ちらしい。参列者のみんなから声をかけられ、人気者だった。

 ぼうちょうは、これまでにも会うたびにおかしな髪型をしていた。
 ある時は緑とピンクに鮮やかに染め、ある時はドレッドヘアー、ある時は坊主。
 ピアスやら安全ピンやらに凝った時期もあった。
 なにやらバンドをやっていて、東京時代、いきなり電話がかかってきて、「お姉さん、○○って、英語でなんて言う?」と尋ねられたり、妹(独文科)などは「お姉さん、ドイツ語で『家畜』ってなんて言う?」と聞かれたりした。
 いったい何が歌いたかったんだろう(笑)。

 そうそう、ぼうちょうの家では牛を飼っているので、自分なりのアイデンティティーとして、牛や家畜を歌いたかったんだと思う。
 牛の仕事も手伝うけど、ふだんは、工務店で仕事をしている。ドレッド時代はヘルメットがかぶれなかったらしい。田舎の若者は「消防団」に入らなくちゃならなかったりするが、その時もヘルメットがかぶれず、新兵撃沈だった。

 ぼうちょうは、めっちゃいいヤツ。
 弟の友達は、私が小学校6年生の時の1年生という時の印象がいちばん強い。みんな、くりくりした可愛らしい男の子たちだったのに、すっかり大人の男性に成長していて、驚いたし、うれしかった。
 私の田舎の半島は、半島というだけでも特殊なのに(半分島という閉鎖性と同時に妙な開放性があって)、たまたま私たちの校区は、一学年2クラス程度で、保育園から中学校まで、他校と交わることなく進級する。70人程度の仲間との関わり合いはとても深い。お互いの両親どころか、おじいちゃんおばあちゃん、ペットの名前まで知るような密な関係。
 そんな空気の中で育つと、相手がその校区の人だとわかれば、すぐにきょうだいや親戚のように打ち解けてしまう。
 田舎から逃れたくて一時は都会へ出たけれど、やはり戻ってきた。
 あたたかい土地。かけがえのない土地。
 ちなみに、校区の名前は「泉」と言います。
 「日原いずみ」という名前は、その「泉」からいただきました。

 披露宴での余興。
 新婦側のクオリティ高いピアノ&バイオリン演奏に対し、「いずみっこクラブ」のメンバーが披露したのは、矢島美容室の『ニホンノミカタ』。お面かぶってくねくね踊りました。意味もオチもねーよ!対照的で良かったなあ(笑)。何より、その対比を、新郎新婦がいちばん楽しんでいました。

 実は、4日の土曜日も、再度、宴がございます。
 村や町の人たちへの新郎新婦お披露目。
 田舎の長男の結婚は、なかなかたいへんです。祭りです(笑)。
 古木・巨木のスダジイや桜に会いがてら、姉ちゃんも張り切って参加してきます。


 あ、人間ドック、心臓で引っかかっちまっただよ(地味に、循環器系弱い家系です)。
 結婚式前後に2泊していった妹家族たちとの思い出もあるけど、あれこれ盛りだくさん過ぎて、書ききれないだよ。
 それでも特筆すべきは「ぼうちょう」のことだった。今度、このブログ知らせます♪

                

                    

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