愛知県青年の家での講演会というかトークというか、おもしろかったよ!
1月に告知させていただいたけど、タイトルは『かっこいいオトナから学べ!』で、<若者たちのためのキャリアアップ、スキルアップ、モチベーションアップイベント>とのことでした。
イベントは二部制で、私が参加した夜の部は、小島裕治さん(英語教師)、寺田康生さん(老人ホーム長)、村瀬健さん(フジテレビプロデューサー)、私というメンバーで、ひとりひとり自分の話をした後に質問を受け、その後交流会、、という流れ。
かねてからお会いしてみたかった小島さんはこんなお方。
http://www.bookman.co.jp/details389.html
想像以上にやさしくてやわらかい方だった。笑顔が本当にいい! 私は、手を失った本人の気持ちと、本人のお母さんの気持ちの両面を想像していたが、小島さんがふと「ぼくは自分が障害者だと思ったことがなかったので」と話したのが印象的だった。
参加者も私たちも、小島さんの言葉を受けて、両手を眺めた。「手のある人はその手を悪いことに使うんじゃなくて、家族や友達や社会のために使って欲しい」みたいなことをおっしゃり、深くうなずいた。私たちにできることは、きっともっともっとあるはずだ。
小島さんの次に話した私は、色々詰め込んで話しちゃったけど(なにぶん、ごちゃごちゃした人生なので)、最後にお伝えしたのは、「20代のうちは恋愛でも仕事でも、めいっぱい楽しんで、そして傷つくことにも恐れずにいて欲しい」ということ。若い時の経験はその後に絶対生きてくる。今を大切に過ごしていって欲しい。それから、子供という存在は圧倒的だし、仕事と家庭との両輪で充実感があるので、男も女もできることなら人生設計の中に子供を持つことも入れて欲しいとお伝えした。
しかしなにぶん、日常において「人前で話す」という機会が乏しい分、こういう場に出ると男性って上手だなあと感心し、自己嫌悪に陥る。書き言葉と話し言葉は違うし、今後はじょじょにうまくなりたいなあ。
寺田さんは、ご自身の希望というよりは、押し寄せる運命みたいなものに翻弄されつつ過ごしてこられたご様子で、地域柄、家を守る大切さや男の厳しさというものも感じさせてくれた。そして何より、朗らかなお方。「やめたいと思うような仕事でも楽しいことを探して乗り切っている」とおっしゃっていた。
村瀬さんは、今、4月から始まるドラマのために、超お忙しいらしく、昨日もテレビ局で脚本家さんと打ち合わせした後、新幹線に飛び乗り、イベントの後も、仕事場に戻るとのことだった。
イベントの企画者の五十嵐くんから同じ大学だとは聞かされていたが、偶然、同じ学部でもあることがわかり、びっくり!!(村瀬さんは私より2学年下) お若いのにもうチーフプロデューサーをしていて、かなりの出世である。
時間がなくて早口での話だったけど、たいへん密度の濃い内容で、私にとっては一分の隙もなくおもしろかった。本当に隅から隅までおもしろくて聞き入ってしまった。マスコミや表現者を希望する1000人くらいに聞かせたいような内容だった。
久々に、心の底からすごい!と思える同世代に出会えたような気持ち。
なんと言っても頭がキレる。スッパスッパに切れるナイフが高速回転で頭の中を回っているみたい。クールに熱く、そしてやさしく、プロデューサーの大きな器を感じた。
テレビって、色々言われることが多いし、実際問題もあるけれど、前も書いたけど、私が知ってるテレビマンは、本当に真摯な姿勢で仕事に向き合っている。
日本テレビ時代に担当された『14歳の母』を例に挙げて、「世の中に石を投げたい」「こういう問題を考えるきっかけにして欲しい」「結論を出そうとは思っていない」等々の言葉に触発された。
村瀬さんは、「批判は承知」という姿勢。しかしそれが無責任というわけではなく、批判の先のもっと大きなものを見据えている。その強さにはシビれるほどだった。
私はテレビを抜け出し、一人で看板背負うことを始めた(望んだ)けれど、やはりテレビの力は大きい。彼の使う「エンターテインメントとして」という言葉にも、私が今見習うべき姿勢を感じた。
うーん。表現って深い。
私は、テレビ時代、「わかりやすさ」と「サービス精神」について、叩き込まれました。
文学や芸術の世界では「わかりやすさ」を嫌悪する傾向もあるけれど、多くの人に伝えるためには、わかりやすさも大切なわけで。
マスを抜け出し、カルトな現代美術を体験し、自分の表現として小説を見つけたけど、二冊出して再び、マスの大きさ、強さを知る(恐さもあるけど、今回はプラスの側面を書きたい)。
妥協せずよいものをつくり、できるだけ多くの人に届けるためにはどうしたらいいのか。
こちらも、じょじょに見つけていきたいと思います。
私はやっぱり、男女問わず、たたかってる人が好きだなあ。
村瀬さんについては、こちらのインタビューを見つけました。ご本人嫌がるかもしれないけど、このブログは、社学の仲間も読んでくれてるので、お知らせ。
私たちの学部は、早稲田の中では偏差値が低く、第一志望で来てる人はほとんどいなかったけど、その分、いろーんな人たちが集まっていて、本当に楽しかった。
http://www.socs.waseda.ac.jp/s/activity10.php
(昨日の話は、↑この10倍以上おもしろかったです)
イベントでの村瀬さんの話の中で、高校生の時、お父様が亡くなった話があり、その中で、「五十嵐も輸血に駆けつけてくれた」と言っていた。
村瀬さんが、お忙しい中、なんとかしてこのイベントに来てくれたのは、そんな高校時代からの友情も大きいんだなあと思ったら、「いいな」としみじみ思った。
んで、昨日は交通費もらうのを忘れて帰ってきた(笑)。
その場で気づかなかった私も五十嵐(10年のつき合い)も、相変わらずだなあと思った。
昨日施設に泊まった若者のみなさんは、3時過ぎまで熱く語っていたそうで、私たちがそのきっかけづくりや、道化役になれたのなら、よかったなあと思った。
みなさま、ありがとうございました☆
さて、今から、子ども会の餅つき(町内の神社)に行ってきます(笑)。ふうっ!
<追記>
上記の早稲田のHPの中で、「活躍する社会科学部生」をクリックしたら、村瀬さんの前に出ている方を見てびっくり! 原田さんは、サークルの先輩でもあった(アナ研の方、なんとなーく憶えていませんか?)。向こうは憶えていないけど、私は憶えている。かなりお洒落な人だった。
その頃の印象からすると、国連職員ってのはものすごく意外。どちらかと言うと、アーティストっぽかった。確かに「イギリスに留学する」ってのは聞いてたけど、デザインとかロックとか学びそうな雰囲気だった。
わー、すごいなあ。我が母校ながら、早稲田はやっぱりあなどれんです。
以前、『BRIO』に地元のアニキ(たまたま早稲田のOB)のお洒落な新居が載ったことがあったけど、同じ特集で、東京時代の歯医者さんのお宅も載っていて、その時もびっくりしたけど(ちなみにその歯医者さんは噛み合わせの権威らしく、待合室でヤクルト時代の石井一久氏に会ったことがある・・・神田うのちゃんの頃)、それみたいなびっくり!
私もそのうち、ここに出るぞ!(笑)