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2008年12月

2008.12.30

196 給水女房

 「女房役」は、自分には向かないと思っていたし、今も思っている。
 誰かの女房になることに憧れた時も確かにあったのに、いざ「女房」ってものになってみると、面倒くさくてしかたがない。ってほど、役割を果たしてるわけでもないけど・・・。

 1年を振り返るにあたり、思い浮かんだ自分のキャッチフレーズは「給水女房」だった。
 給水って、そう、アレです。マラソンランナーとかが途中で水分を補給するためのドリンク。
 今年の私は、ランナーではなく、明らかに給水役だった。「給水係」よりも「給水女房」の方が、水を差し出すたいへんさと哀れさがにじんでいるから、そんな感じ。
 主役じゃなくて、補助、補助の一年でございました。
 しかし、家族(夫・息子・息子)は私のこの気持ちには気づいていない。
 妻や女房や母は、いて当たり前、務めを果たして当たり前と思われがち。
 そこに日本の問題点があるのではなかろうか?(また大げさな・・・笑)

 まあでも、務めを果たして当たり前と思われているうちが華か。

 今年の給水がなぜしんどかったかと言えば、ランナー(世話すべき家族)がだんご状態でやって来るのではなく、先頭から後方まで間が空いていたからだ。

 朝5時20分、夫のために起床。朝食(主にご飯と味噌汁と納豆を用意)
 その後、二度寝(もちろん起きてしまうことも何度も試みているが、夜まで体力がもたないので断念)。

 6時30分、長男のために起床。朝食(主にご飯と目玉焼きと牛乳を用意)

 水筒やら給食袋やら持たせ、時間割を私も確かめ送り出す。

 この辺りですでに次男が起きている場合もあるが、たいていは長男の出発辺りで起床。

 7時40分、次男のための朝食(主に昆布入り一口おにぎりと牛乳。味噌汁がきのこ入りの場合はきのこをたらふく食らう。もしくはフレンチトーストやら焼きおにぎりのリクエストも・・・甘やかしてるようですが、朝はとにかく食べさせることが重要で)。

 この後、次男の出発(バスのお迎え)はなんと、9時47分(遅いバスのコースなので)。それまでが長い長い。

 次男の世話をしながら、ゴミ出し、洗濯、食事の片付け、掃除等をこなす。

 次男出発後、10時からようやく創作の時間。

 10時から12時までひとまず集中。

 その後、昼ごはん、夕食の買い物や軽い準備等を済ませていると、、、

 もう一年生が帰ってくる!!!

 はい、後半の給水の始まり・・・。

 4時間の日の長男は、午後2時頃帰宅。

 宿題(本読みやプリント等、「はは」のサインを書かなくちゃならないので、絶対に見なくてはならない)、お友達の家に行ったりお友達が来たり・・・(前も書いたけど、小学1年の男子は待ち合わせがまともにできない!!!①何時に②誰と③どこ、のどれかが欠けてしまい、自転車でぐるぐる走り出して会えなくて、全員そろうことのほうが珍しい)。勝手に遊ぶのではなく、親のフォローがまだまだ必要だったりする。

 午後4時19分 次男帰宅。

 洗濯物をしまったり、たたんだり、夕食の準備。

 午後6時~7時頃 息子たちと夕食。

 午後8時半~10時くらい 夫の帰宅。夕食のお給仕&片づけ。

 9時くらいまでの間に、兄弟の風呂、寝かしつけ。

 お父さんに会わせてやりたいし、しかし、リズムは崩れるし・・・。

 以前は、子供を寝かしつけた後、自分の時間を作っていたが、子供たちとともに寝てしまうことが多くなった。

 結局、愚痴日記みたいで申し訳ないけど、

 夫の起床2時間後に長男出発、長男の出発の2時間後に次男が出発・・・この、縦にながーくのびたランナーに、それぞれ給水するのがなかなかたいへんなのです。

 これだけ家族に尽くしているつもりでも、「お母さんはいつも家にいていいなあ」「昼寝してていいなあ」と憎まれ口を叩かれる。家族がふつうに出かけ、ふつうにご飯を食べるために、お母さんはどれほどがんばっていることか(ねえ、みなさん!)。

 去年は、長男次男ともに幼稚園だったので、朝10時から夕方4時まで、私にまとまった時間がありました。

 小説を書くことは、かなり集中力を要するので(レベルや状況の違いはあれど、川上未映子さんがブログで「集中力が続かない」とか「眠い」と書く気持ちはよく分かる)、私の場合、1クール2時間が限度(桜庭一樹さんも執筆は午前中の2時間と言っていた)。去年は、2時間集中しても、昼寝の時間が確保でき、夜中に再び集中することもできたけれど、今年はそれができない。

 上記の状況に、幼稚園や小学校の行事が入ったり欠席になったりすると、もう、かなわんのです。

 おまけに去年のように、幼稚園のみの行事ではなく、小学校とダブル。

 一度はやらなければ、と思い、幼稚園の母の会の委員もやっていたので、なかなか非常にたいへんな一年だったのだよ。

 子供が大きくなれば育児が楽になるのは確かだけれど、小学校1年生という、自分で色々できる、でも完全にはできない、という年齢に対する、親の介入のさじ加減が、なかなか難しいものでした。先輩お母さんから「2年生になると楽になるよ~」と言われているので、希望を持っていますが。 

 どれもこれも、結局は、自分の問題なんだけどね。

 自分がどこまで子供に手をかけるかで、自分のたいへん度は変わってくるわけだけど、それなりに愛情をかけたいと思うから、苦しみも生まれてくるわけで・・・。

 私は、作家になってから母になったのではなく、母になってから作家になった(というよりなろうとしている)ので、なかなかたいへんなんだと思うし、信頼している表現者の方からも、その点を同情される。

 外部の人に助けてもらえるほどの稼ぎはないし、元々表現者としてよりは、まずは生活者としての視点を大切にしたいと思ってしまうほうだし・・・。

 しかし、読者さんにとっては、表に出た作品がすべてだから、ちゃんとしたものを書きたい。

 自分で選んだ道だけど、いやはや、今年は、思った以上にたいへんでした。

  

 ところで(全然話変わるけど)、いつも読んでる茂木健一郎さんのブログに、友達の写真家、桑嶋維くんの名前がふと出てきてうれしかった(「桑嶋維さんが撮影」ってとこ)。

 http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2008/12/post-b6ee.html

 桑嶋くんは、高校の同級生で、在学中、ジュノンスーパーボーイコンテストの本選まで行った美少年だった。

 彼がロンドンに渡ってから音信不通だったのだが、2年前ふと名前を検索して現在を知り、大手出版社に勤めている元彼に調べてもらって、どうやらあの桑嶋くんらしい、と分かり、恐る恐る事務所に電話を入れて15年ぶりにつながった縁。今では奥さんとも仲良し。

 こんな風に、どこかで友達の名前をふと発見するようなことが増えたらうれしいし、私もがんばりたいな。

   

 給水女房。。。

 来年こそは、ランナーとして躍り出るぞ!!(同時に、世の給水女房さんたちこそ、素晴らしき存在だと思っています)

 ****↑ここまで、昨日書いたものでして、、、

 今日(30日)は毎年恒例の実家の餅つきに行って来ました。つき立てのお餅はたまらなくおいしくて、息子たちも異様に食べていた。

 今(午後8時30分)は、別室にて、夫の高校時代の仲間たちが毎年恒例の飲み会をしています。息子たちも私も楽しく参加!

 今年も1年間、ありがとうございました。小説に集中できない、でも文章を書くことは好きで、思った以上に書いてしまいました。ブログの更新ばかりが増えていくことに不本意な思いを抱えたこともあったけれど、これももがいた1年間の記録です。旧ブログと違い、コメントをやめていますが、200回辺りで、一時的に設定を予定しています。

 あー、酔っ払ってる気がする(笑)。

 みなさま、どうぞよいお年をお迎えください☆

 

            

               

        

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2008.12.27

195 年の瀬スケッチ

              
 冬休みです。年の瀬です。クリスマス終わりましたね。
 年賀状、今書いてます(苦笑)。

 年内に書いておきたいブログが今日を含めて2つあるので、バタバタしてるけど書いておく。
 
 ☆クリスマスネタ☆

 息子たち(小1と年少)はサンタさんの存在を信じていて、12月に入ってから、けな気にお手紙書いていました。
 
<兄のもの> クリスマスツリーとサンタさんの絵入り

 さんたさんへ

 まい年まい年 プレゼント、ありがとう
 ぼくも べんきょうがんばってるよ!
 ぼうしが かっこいいね!
 「メリークリスマス」

<弟のもの>(私が代筆)

 さんたさん
 プレゼント もってきてね!

☆☆☆☆

 兄のものには、「ぼうしがかっこいいね!」など、若干の媚びが入っております。
 弟は、言いたいことがストレートです(笑)。
 イヴには毎年恒例のシフォンケーキを焼き(スポンジのレシピだと思うようにふくらまないので、シフォンケーキにしてます)、型から垂れ込めるくらいにふくらんだケーキに生クリームでデコレーションし、でっかい苺を飾りました。去年同様の雪山ケーキ!(子供と作ったので倒れそうな迫力) 100円ショップで買った適当な料理本のレシピなのに、とってもふわふわにできるんだよ。
 翌朝の枕元には、大好きなゴーオンジャーグッズ☆
 うちは、夫が私にも完全に秘密にしてプレゼントを用意するので、何が来るのか毎年心配でもあるのだけど(私が後から買ってフォローする年もあり)、子供たちが大喜びでよかった。
 二人とも興奮して夜眠れなかったのに、朝早く起きて、夕方にはダウンしていました。
 
 サンタさんと言えば、6月に読んだ(ここでもご紹介した)小山田咲子さんの『えいやっ!と飛び出すあの一瞬を愛してる』の中に出てきた文章を思い出す。

 一部抜粋。

<・・・しかし何より大切なのは、子ども時代に、見えないなにかを素直に受け入れる、想像力を働かせながら無条件の善意の存在を感じることができるという体験そのものだと思う。遠くから自分を見ている、謎に満ちた、優しい存在。
 どんなに深くサンタクロースを信じた子どもでも、いずれはその正体を知り、枕もとにプレゼントの無いクリスマスの朝を迎えるようになる。でも目には見えない大きな不思議な存在を一度真っ直ぐに信じた事実は消えないし、それは同じ誠実さで他の何かを信じることができる場所を心の中に培うということだと思う。>

  
☆☆☆☆


 全体にわたり、キラキラした素晴らしい言葉に満ちた本だけど、この部分は、何度読んでも涙が出てくる(前々からこの文章を紹介したくて、機を見て書きたかった)。本当にその通りだと思う。世の中のお父さんお母さんたちが精一杯サンタに扮して贈り物をこっそり枕もとに置くことも、子どもたちがそれをまっすぐにサンタさんの行いだと信じること(あれ?お父さん(お母さん)かな?と思い始めるゾーンも含め)は、今よりももっと、将来に生きてくるのだ。
 サンタさんとか神さまとか森の動物たちとか妖精とか(オバケも含め)、見えないけど、気配を感じて(想像して)、自然やなにものかや大きな力を敬う気持ちってとても大切だと思う。


 昨日はドリフターズの特番を見て、兄弟ともゲラゲラ笑い転げてました。やっぱり男子にドリフは必要ですね。私にとってドリフと言えば、土曜の夜、腹を抱えて笑っていた、怠け者のじいちゃんを思い出す。なんと言っても子供やお年寄りには視覚的な(分かりやすい)お笑い重要。いかりや長介みたいな母ちゃん減ったけど、ああいう男勝りな母ちゃんも必要だよな。オイッス!

 自分じゃうまくできないくせに、「年賀状書いてみたい!」って子供を抱えていると、作業がなかなか進みません。
 私も、やり出すと、一人一人に文章が書きたくなり、結局長い時間がかかるんだよな。
 遅れて届く方もいると思うので、あらかじめ、ごめんなさい!!

 


                

                   

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2008.12.23

194 白の中の赤

            
 入院中の義父のお見舞いに家族で出かけた。
 病室へ向かう途中、踊り場で日向ぼっこをしていたおじいさんが、息子に飴をくれた。
 「ありがとうございます!!」と大げさに喜んで見せながら、少し悲しかった。
 おじいさんは憶えていないだろうけど、前に来た時も私たちに飴をくれた。
 子供が喜ぶ顔を見たくて、たくさんの飴を配っているおじいさんのやさしさが、うれしくて切なかった。

 久しぶりに会った義父は、以前より痩せていた。
 顔には出さないけれど、夫はショックだったと思う。

 義父よりも隣のベッドのおじいさんが、歯のない顔をくしゃくしゃにしてうれしそうに笑った。
 笑いながら泣いていた。
 形にならない言葉を吐きながら。

 布団にしまわれていた義父の手を取り出してもらい、触った。
 頬はいつも血色がいいのに、その手は冷たかった。
 義父は何か言葉を吐くが、それがなかなか意味をなさない。
 しばらくして、義父がうめいた。
 息子も夫もびっくりしていた。
 私も内心びっくりした。
 でも、頭や身体が思うようにならない老人にはよくあること。
 ひいおばあちゃんが時折発した獣のような叫び声や、
 大学時代入院していた時、同じ部屋の品のいいおばあさんが、夜中になると発していた深いため息やうめき声を思い出した。
 
 入院患者自身や、看病する人の前で、びっくりした表情や、哀れむような表情は絶対に見せてはならない。
 夫は、病んだ老人に慣れていない。
 私の家には、幼い時から呆けて寝たきりのひいばあさんがいた。
 高校の時には、祖母が難病になった。
 入院中、久しぶりに訪ねてきた見舞い客が、痩せて皺だらけになった祖母を見て、泣き出した。
 私はそのおばさんに対し、「おばあちゃんを可哀想な目で見るな。泣くならさっさと帰れ」と思った。
 可哀想なのは、本人も家族も、百も承知のこと。
 不用意な他者の涙によって、自分たちのたいへんな状況をさらに知らされるのは残酷なことだ。

 すぐ泣く私だけれど、闘病中の人の前では、涙をこらえる。
 つとめて(というところがまだふがいないけど)平静に過ごす。
 相手より先に泣くのは、失礼だから。
 相手が泣いた時は一緒に泣くけど・・・。


 白い病室で、髪の毛も顔も白い義父を目の前にして、
 こんな時は、私の中の女や若さを売りにできればいいと思う。
 握った手から、私の温度や色が、少しでも伝わればいい。
 (毎日看てないから言えることだと分かっちゃいるけど)

 義母は毎日、義父を訪ねて世話を焼いている。
 共依存ではないかと揶揄したくなった時もあるが、今は義母のやさしさに素直に頭が下がる。
 隣のおじいさんの家族はそれほど来ないらしく、私たちを見て、楽しいような寂しいような気持ちになったのだと思う。
 下の歯が一本だけ残った口を大きく開けて、楽しそうに、寂しそうに、笑い、泣いていた。
 脳梗塞のそのおじいさんは、目からこぼれた涙を自分で拭くことができない。
 私は、おじいさんの涙を、そーっと拭いた。
 おじいさんは目を閉じ、赤ん坊のように、初めて会った私に身を委ねた。
 
 病室を出てすぐ、夫は消毒液で手を清めた。
 男なんてこんなものだと思う。
 女はやはり、強いと思う。

 子供たちにとっても、老いていく人をみることは、とても大切なことだ。
 生と死は別々のことではなく、生のなかに死があることを、少しでも感じてほしい。

           
 帰り道、途中のスーパーで、明日のケーキ用の材料を買った。
 白い生クリームの上の赤い苺を思い浮かべながら、白い病室で見た義父の、やけに赤かった舌がよみがえる。

 私たちは、生の只中にいる。


               


          

                  

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2008.12.20

193 テレビ取材から神宮の思い出

 テレビ新潟の記者さん、本当に来てくださいました(笑)。

 新幹線乗り継いで、はるばる日本海側から太平洋側へ・・・。

 放送前なので詳細は控えますが、このブログがきっかけとなった取材で、お話が来た時、「文とかブログのチカラって本当にあるんだなー」とか「幸せの種を蒔くことってやっぱりいいなー」などなど、思いました。ハッピーが循環するのって、うれしいですよね。

 そもそも、最初に連絡があったのは火曜の夕方で、そのまま金曜に来てくれたんだから、その展開の速さに笑えるばかり。そういう迅速さって、私は大好き。それにやっぱり縁やタイミングは確かにあって、うまくいく時は、色んなことがピタッピターッとおさまっていく。来週だったら息子たちが冬休みに突入しているし、金曜だって、取材の後(元々長男次男の帰宅後)は、日本平の保養所に一泊で出かける予定だった(無事行ってきました)。

 テレビ新潟の記者さんは、27歳のNさん。聞けば、慶応大学の出身だそう。

 相手が六大学出身と知ると持ち出すネタ、「私、神宮でウグイスやってたんですよ」(笑)。これは本当に使えるのだ(ねえ、のぶちゃん?)。

 私:「私たちの頃は、慶応、強かったよ~~(早慶戦は負けてばかりでした)」

 Nさん:「誰の時代ですか?」

 私:「小桧山(のちに横浜)とか、一つ下に高木大成(西武)とか、4年の時の1年生に高橋由伸(巨人)とか(3人とも慶応出身)」

 Nさん:「あー分かります分かります!」

 Nさんは、付属校の出身でもあったので、私たち世代のヒーローの名前もよく知っていたのだ(オバチャン助かった)。高木大成くんのランニングホームランの場面や、巨人ファンとのことだったので、私の早稲田の同期で巨人にドラフト2位で入った織田(オリタくん:同じ学部同じ自己推薦入試だった関係で仲良しだった)の話も共有でき、感激した。

 だいたい、母校どころか他校の野球部員の名前にも詳しい私は、かなりオタクなわけで、時と場を考えないと、相手にドン引きされることもあるので、こんな風に、遠慮なく名前を出せるってのは、とても嬉しいのです。

 以下、全く興味ない方はスルーしてください。さらにオタクな話です。

 Nさんと話す時に慶応の監督の名前がうまく出てこず、ただ「古葉」って名前が頭に浮かび、さきほど調べてみたら、当時の慶応の監督は後藤監督(のちに日本代表の監督も務めたお方)。http://www.gotobbm.com/

 私が、古葉、古葉、と言ってしまったのは、当時の慶応で2浪トリオと呼ばれていた、印出、赤池、古葉(広島や大洋の古葉監督の息子さん)の並びでした。確か、この3人が1、2、3番だったかで、スターティングラインナップでよく目にしたので憶えていた。みなさんインパクトある名前だし、2浪して、野球部入って、レギュラーになるってすごいなあと思っていたので印象に残っていた。この並びで検索したら、やはり書いていらっしゃる方がいたので(いい話だったので)、紹介させてもらいます(いずれお礼のコメントさせていただくつもり)。http://sidearm32.exblog.jp/5919220/

 と、大きく話がそれましたが、初めてのテレビのピン取材、楽しかったです。今までNHKの街頭インタビューにふと出たとか、エキストラでバラエティー番組に出たとかはあったけど(あ、オーストラリアとフランスのテレビにも出たことあったなあ。フランスのなんてヘタクソな演技したぞ)、テレビの人が私を目がけて取材に来てくれるというのは初めてで、感動しました。

 部屋の片付けとか衣裳選びとか、AD時代の経験も活かせました(笑)。

 そうそう、今回、慶応の野球話を引っ張ってしまったワケを思い出したのだが、昨日から「監督の名前、何だったっけ?」と思っていたところ、今日入ってきた中日新聞の夕刊にその答えが出ていたのでした(その後、上記の検索につながる)。

 『紙つぶて』という連載コーナーの執筆陣が替わることになり、その紹介記事。

<後藤寿彦  西濃運輸野球部総監督。慶大野球部で内野手として活躍し、4年春の東京六大学で三冠王。・・・(中略)・・・慶大の監督。・・・>ってな具合に。

 前々から書いているけど、偶然に出くわすことは多く、たまに、「これって何だろう?」と思っていると、その答えが向こうからやって来てくれることがある。例えば、「雪の時に滑らないように履く円盤みたいなやつの名前何だったっけ?」と思った直後にラジオから「かんじき」を詠んだ歌が流れたり、みたいな。。。夕刊で、後藤監督のお顔を久しぶりに拝見した時、驚くよりも穏やかな気持ちになりました。

 シンクロニシティに出会う時っていうのは、素直に生きている時や、運気にうまーく乗れている証拠だそう。

 私の大好きなマイミクさんでシンクロニシティにも詳しい竹炭屋さんは、日記でいつも、素直に生きることや夢と希望を持つことの大切さを語ってくれます。

 私の大好きな学者さんは、「マイナスのことは考えずに、プラスのことだけ考えればいいんだよ」と言います。

 以前は、マイナスのできごとをプラスのエネルギーに変えようと思っていたけど、最近はひたすら、現状をまずは素直に肯定し、プラスのことを大切にしようと思うようになりました。

 今も、ここには書かない不安や心配もあるんだけど(例えば生理が早まると病気の再発を恐れる癖は抜けないし)、マイナス面にくよくよ悩むより、プラスのことを考えて過ごす方が未来につながるような気がしています。何と言ってもまずは今。今が大事!そして、気持ちが明るくなると、自然にいいことがいっぱい起こる(やって来る)ような実感が・・・。

 これ(マイナスを追い出し、プラスを取り込むイメージトレーニングみたいなもの)もまた、人生修行のような気がしています。

 むむむ。またしても支離滅裂だけど、

 とにかく!

 新潟から笹だんごとカメラの機材抱えてやって来た青年くんと、15年以上前、神宮球場で観た高木大成選手のランニングホームランの話をするなんて思いもよらなかった。私にとっての高木選手は、甲子園時代でも、プロ時代でもなく、大学時代の印象が一番強い。行っちゃえ行っちゃえという勢いで、ホームに突っ込んだ少年の面影残る大成くん。イキのいい子だなあと感心したし、私の人生もこうありたいなぁなんて思ったりした。

 「過去」は「今」につながってるし、「今」は確実に、「未来」につながっている。

 ハッピーと思える未来のためにも、今をハッピーに過ごしたいと思う。

   

               

       

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2008.12.18

192 持久走大会

 小学校の持久走大会。

 長男の結果は、48位でした(1年生男子85人中・・・全人数は90人だそう)。

 私は大満足。

 練習では、クラス18人中17位だったのに、ちょっとの気持ちの切り替えで、やっぱり大きく変わるもの(『189 デッドポイント』参照)。

 前日は、息子の希望で、コースの試走に出かけました。

 学校近くの広い公園。

 緑が気持ちいいコース。

 同じように試走に来ている親子がちらほら(親も一緒に走っていたのは私だけだったけど)。

 その中の一人のお母さん(ストップウォッチ持参!)に、コースについて尋ねたら、ライバル光線をバチバチ飛ばされたので、小声で「うち、すっごく遅いんですよ」と伝えたら、安心した様子だった(いろんな人がいるねえ:笑)。

 本番も、息子の希望通り、先回りして3箇所で応援。

 スタート地点からゴール地点に移動する親は多くても、全コース的に応援しようとしてる人(物好き)はいない。間違いなく、親の中で一番走っただろう(笑)。

 スタート直後、かっこよく飛ばす先頭集団から遅れること数十メートル。息子は、かなり後ろの方にいた。それが中間点ではだいぶ上がり、なんとか最後まで足を止めることなくゴール。

 彼なりに精一杯走っていて、感動した。

 ゴール後、順にずらーっと並べられた子供たち。

 上位の子達は、なんだか顔つきや体つきからして違う感じ。

 「男!」とか「肉食動物!」とかいう精悍なイメージ。

 最後尾の方は、かわいらしい子達がいっぱい。

 そんな中、仲良しのRくんは、20位。よくがんばった!!

 ほかにも知ってる子達ががんばっていて、うれしかった。

 沿道で、思わず叫んでしまった。

 「みんな、がんばれ!!」

 本当に、みんなのがんばりに感動した。

 こんなのくだらねえよ、って気持ちがまだ芽生えていない小学1年生は、みんな本当に無垢。

 この先、どんな道を選んでいこうと、みんながそれぞれがんばった1年生の持久走大会を忘れずにいたいな。

 (この件の難しいところだけど、がんばること=いいこと、という一面的な見方はしたくないし、何かが欠けたら何かが伸びたり、何かに夢中になったら何かをやめたり、という違いや面白みが今後は生まれていくわけで・・・。それぞれが、それぞれの人生を歩んでいってほしいという気持ちです)

****

 家に戻ってきた息子に「よくがんばったね!!」と満面の笑みで声をかけたら、

 「48位なんてイヤ」と泣きそうになって悔しがった。

 意外だった。

 「10位なら賞状がもらえたのに」

 「じゃ、来年は10位目指せばいいじゃん」

 「イヤ、1位目指す」

 おっ!この気持ちだけで十分ではないか。

 「まーくんは、練習で18人中17番だった時は、別にビリでもいいや~って思って走ったよね。でも、今回、悔しいと思ったんだよね。その気持ちが大切なんだよ。来年がんばろう」

 今からまた走りに行きたい、という息子を制して(笑)、のんびり休みました。

 はっきり言って、息子の個性は運動には向いてないと思うけれど(闘争系より感性系って感じ。弟は逆)、楽しみに見守っていこうと思います。

 悔しさが晴れた後は、走っていた時の気持ちについて「超おもしろかった!」とのこと。みんなをぐんぐん追い抜いていけたのが楽しかったみたい。

 入学前は、学童保育に預けて仕事を進めることも考えたし、1年生の面倒くささをボヤキながら過ごしてきたけれど、年内最後の行事を終えて、1年生のドキドキを一緒に味わってこられてよかったなーと思った(その選択が許されることに、まずは感謝)。

 走る楽しさに目覚めたのは、息子だけではなく私もなので、適当に続けていきたいと思います。春に気功を習って以来、運動の大切さをひしひしと感じていたのだよ。子供たちのスタート前に、靴の紐結び直してる自分が我ながら可笑しかったです。

 幼い頃は、学校というハコを全ての世界のように思いがちだけど、本当の世界はずっとずっと広いということをうまーく伝えつつ、ひとまずハコの中での楽しみを見つけていってほしい。そして、私自身揺れながらも芯はブレない親でいたいし、家庭はやっぱり安らげる場にしておきたいな。

 夕食は、息子リクエストのレンコンの天ぷらでした(色々揚げたけどね)。夫も息子のがんばりに大喜び。ちなみに、私の実家では、マラソン大会の日の夕食は、「ステーキ」でした。・・ポークのね♪私は長いこと、ステーキと言えば豚肉しか知らんかっただよ。

 月曜からの興奮を、熱く、うっとうしく語ってきて失礼しました。

 明日は新潟から取材が来る予定ですが、その後別の予定があるのですぐには書けないけど、また報告させてもらいます。

 って、ほんとに来るのかな?(笑)

                    

                

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2008.12.17

191 あっぱ!!!

 うれしいこと、第一弾。

 ともさかりえちゃんからおすすめいただいた、「あっぱ」(←バンド名)。

 ヤバイよヤバイよっ。たまらんよ~~~!!!

 メールで教えてもらって、速攻でHPから視聴し、音にヤラれ、虜になり、すぐアマゾンで注文し、届く間もずっと頭の中では伊澤さんの声と鍵盤が響いていた。

 視聴の段階では、音の衝撃におののき、りえちゃんが泣けるという歌詞については、しっかりと耳に入れることができなかった。

 まず音の印象から受けたのは、薄暗くて小さなハコ感。自分が最も怪しい時間を過ごした96年の表参道やら現代美術やらレイヴやら美大生が住んでいた郊外の一軒家(ポットン便所)やら、なぜかその周辺の友達の家にやたらあったインドの象の神さまのポスターやらお香のにおいやらチャイのにおいやらがぶわっと甦った。

 そして、念願のCD到着(『ラシポ紀』)。

 歌詞カード見て、ぶっ飛んだ。

 何これ?こんなすごい歌詞なの???

 (りえちゃんがブログに書いてたけど、感動のあまり、眉間に皺寄せて怒りたくなったってのにすっごく共感)

 音楽的な喩えは気の利いた名前が挙げられないので(強いて言えば、ここ数年の間の私にとっての衝撃、中島ノブユキさんの『エテパルマ』や菊地成孔さんの『南米のエリザベス・テイラー』を髣髴とさせる。←タイプは違います)、自分がいちおう属する文筆方面でお名前を挙げさせていただくと、その歌詞は、町田康、村上龍、山田詠美、中原中也、椎名林檎(文筆家じゃないけど、リスペクトしてます)、坂口安吾、草間彌生、木村恵子の文章に初めて出会った時の衝撃を思い起こさせる。

 エロいとかグロいかと思いきや、ひたすらピュアな輝きがあって、暗黒と無垢を行き来するような、刹那とか情熱とかひっくるめた世界。

 ここで、りえちゃん宛に送った感想メールの抜粋(やはりファーストインプレッションは重要なので)。

<・・・ピンク映画から急に中原中也みたいな。

 そして、何と言っても、音と詞と演奏と歌の
 一体感。
 なんだろ、言葉にすると陳腐なんだけど、
 めくるめく愛と暴力というか、
 エロスとバイオレンスと砂場と星空みたいな。

 声が、詞が、音が、リズムが、鍵盤が
 踊る踊る踊る。

 そんで、やっぱり、この世界に
 どうにも揺さぶられて泣けるんだよね。
 何だろね、これ?
・・・やっぱり『ジプシー』ヤバイわ(何度目かのリピートです)。

 私、元々楽器の中でピアノの音が一番好きで、
 こんなに自由に、そして熱く悲しくってのは、すごいなあと思った。
 ぜひとも、生で体感したい方々だね。
 弾き語り見て泣けるっての、分かる気がする。

 伊澤さんと林檎ちゃんが組んでるってのも改めてすごいよな(笑)。・・・>

 とまあ、こんな感じに熱くなってしまった。

 『ジプシー』ってのは、りえちゃんが私向けセレクトの筆頭に挙げてくれてた曲で、どうにもこうにもたまらないのです。その他、『ゲンロン』『笑顔』『Gすぴ』『その透明シリアス』『乙女のソロ』『天上アフロ』などなど、どれもこれもおすすめ!

 とにかく、ど真ん中だった。
 あっぱのヤバイ凄いめくるめく世界に加え、
 りえちゃんが私の好きを分かってくれてたことに感動した。
 なぜ?ってくらい、病みつき(笑)。

 視聴もできる「あっぱ」HPはこちらです。

 http://appa.web.infoseek.co.jp/

 変幻自在って、こういうこと言うのかな?

 こういう色っぺー同世代男子がいる!ってのは、うれしいことだなあ。

 あーいいなあって音楽と、あーいいなあって思うと同時に、創作意欲を妙に掻き立てられる音楽とあるけど、「あっぱ」は、やるなあ!ってのと同時に、私もがんばろう!と思わせてくれる。

 しばらく、どっぷり漬かります。

☆☆☆☆

 最初に聴いた時、なぜだか次から次へと連想ゲームのように浮かんできた表現者や作品の名前たち。覚書のように記しておきます(コレ好きな人は好きかもよ♪ってことで。あくまでも私の印象です)

 若松孝二、鈴木いづみ、ピーター・グリーナウェイ、ダミアン・ハースト、岡崎京子、『鉄コン筋クリート』、コーネリアス、エゴラッピン、アラーキー、『愛のコリーダ』、つげ義春、レピッシュ、『タンポポ』、キース・ジャレット、『雨上がりの夜空に』、魚喃キリコ、天井桟敷、宮澤賢治、『はせがわくんきらいや』、レオス・カラックス、『歪んだ太陽』、シンディ・シャーマン、『苺とチョコレート』、オダギリジョー、フリーダ・カーロ、『デビルマン』、『星の王子様』、マノネグラ、『ドグラ・マグラ』、『家畜人ヤプー』、『ツィゴイネルワイゼン』(最後の三つは、よく知らないのに語感と勝手なイメージ。ハイ、「あっぱ」から連想しつつ、単に自分の好きなものになってます:笑)

 重なる時は重なるもので、明日は長男の持久走大会。金曜は、急におもしろい展開。テレビ新潟から取材が来るのだよ~(なぜ新潟かはまた今度:笑)。無事実現しますように☆

            

            

               

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190 夜中の芋虫


 うれしいことが重なって、「寝れない寝れない」とニヤニヤしていた深夜。
 次男が布団をかぶったまま、モゾモゾと前進した。
 その様は、まるでせみの幼虫みたいで、 
 笑いながら、ひとつの場面がよみがえり
 気がついたら、泣いていた。


 次男がハイハイをし始めた頃、
 まだ2歳台だった長男が弟を見て言った。

 「むーくん、虫みたい」

 せっかくの晴れがましい成長の瞬間なのに
 虫みたいとたとえた長男を、「ひどいこと言うなあ」と思いながら、
 不慣れなハイハイは、確かに芋虫か何か虫みたいで、
 「うまいこと言うなあ」と思い直した。
 そして、
 長男と一緒にケラケラ笑った。
 次男もうれしそうだった。


 年中裸んぼで猿の子みたいだった長男。
 ブサイクだけど笑顔がピッカピカだった次男。
 白がよく似合った幼い日の二人は、今はもういない。


 成長は喜ばしいことなのに、
 時に、たまらなく切ない。


 猿と虫みたいだった二人のコンビネーションも、
 疲れ果て、頭の中が真っ白だった自分も、もういない。


 こんな日々がいつまで続くのかと途方に暮れていた、
 人生でいちばんがんばっていた時の私。


 長男と次男とあの時の私。


 まるごとひっくるめて、抱きしめてやりたくなる。
 よくがんばった、よくがんばった。
 あの時があるから、今があるよ。
 今もこれからも、楽しんでいこうね。

                   


 ☆「うれしいこと」については、順に書いていこうと思います。

               

                  

 

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2008.12.16

うれしいから書いちゃう。

   
 迷いながら書いた前回分、UP後に帰ってきた息子。

 私:「今日のぐんぐんタイム(決まった時間内に各々運動場をできるだけ多く走る)、
いつもより走れた?」
 息子:「うん。6周」
 私:「すっごいじゃん!今までは何周だった?」
 息子「5周」

 いやー、こんなもんなんだよなあ。ちょっと気持ちが変わるだけで1周も多く走れたなんてすごいではないか。

 私:「クラスの真ん中くらいには行けた?」
 息子:「真ん中より一つ下」
 私:「すごいじゃん!ビリから上がったじゃん」

 (クラスで一番速い子は、なんと10周も回るんだって)

 順位じゃないんだよね。
 私は、息子のがんばりが、ほんとにうれしかった。

 世の中、結果がすべてじゃない、と思うけれど、
 結果というのも、やはり重要です。

 私自身、結果がすべてじゃない、でも結果は大事ってところでぐるぐるとたたかい続けています。
 
 育児ってたいへんだけど、やっぱりおもしろいし、それなりに、親は関わるべきなんだなあ。
 自分の中の、「よきもの」は伝わって欲しいもんね。
 よきものが、決して偏らないように気をつけつつ。

 さあ、これから、懇談会です。
 この行事の多さ(っていうか重なり具合)、ちょっと何とかして欲しい(苦笑)。

         


          


            

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189 デッドポイント

   
 ☆今回は、ちょっと書き方が難しい話題で、自分の考えを描き切っているわけではない分、誤解を生むかもしれないけど(足が速いことがいいことだと書きたいわけじゃないので)、ひとつの考えとして残しておきます。

 長男(小1)の仲良しのRくんが遊びに来て、衝撃の事実が・・・(って大したことないです)。
 持久走大会の練習で、長男は、クラスの男子18人中、17番だったとのこと!
 息子はそれを黙っていて、Rくんのおかげで知れたわけ(Rくんは3番)。
 足が遅いのは分かっていたけど、まさかビリを争っているとは、かなりショックだった。
 このショックってのは色んな感情が渦巻いている(べつにどーでもいいんじゃないか、も含め)。
 その中の大きなものは、遺伝ってすごいなあ(おもしろいもんだなあ)ってこと。
 私は長距離が得意で、持久走大会はいつも1番だった。陸上の1000mや800mでも町や郡の大会で優勝したり、地区予選(地元で言うところの東三河大会)で2位や3位になったりして県大会に行っていた(自慢ではなく客観的な事実として)。
 一方、夫は、走ることが苦手で、持久走大会では周回遅れでぶっちぎりのビリだったこともあるらしい。逆上がりが初めてできたのは小学校4年生。と、そんなタイプ。
 この二人が夫婦となって生まれてきた息子たち。走りに関してどう出るかと思ったら、ミックスや中和ではなく、見事に両極端。兄は走るのが遅く(ビリ辺り)、弟は速い(トップ辺り)。二人は走り方からして全く違う。
 ほんと、見事だよなあ。


 持久走大会(あさって、18日)に向けて、一緒に走ろうと思っていたのに、長男はずっと風邪気味で、学校行事も、学習発表会~漢字チャレンジ、計算チャレンジと忙しく、学校の「ぐんぐんタイム」という走る時間だけでもかわいそうなのに、さらに家でまで走らせるのは酷な気がしてやめていた(というか、気にしてなかった)。ところが、18人中17番と聞いて、なんとかしなくちゃと思った。今更だけど。


 そこで、やる気になっているRくんと息子と私とで、家の近所を走った。ぐるっと回るコースを2周。全部で500メートルくらいかな?
 Rくんは、幼稚園からの仲良しで、なわとびも、かけっこも、様々なヘタレ具合(笑)も、どんぐりの背比べ状態だったのに、持久走に関しては、とってもやる気になっていた。びっくりするくらい。
 実際一緒に走ってみたら、Rくんは速かった。
 後方の息子を励ましながら私も走り、久々に、喉の奥というか気管全体が熱くなり、ぜーぜー苦しくなるという状態を体験した。そりゃ、いやだよなあ!!!
 しかし、そのイヤなところからが勝負である。
 Rくんは「ぼく、苦しくなってから速くなるんだよ」と得意げだった(Rくんは私にとって息子のように近しいのです)。
 我が子だけではなく、Rくんと走れたことは大きな収穫だった。
 そうです。長距離用語で「デッドポイント」ってあるけど、走っていると誰にでも訪れる苦しいポイントのことで、そこでがんばると、「セカンドウインド」と言って呼吸や身体が楽になる瞬間が訪れる。これを知っておくかおかないかは大きい。ちなみに私は、中学時代の保健体育のテスト勉強でこの用語を知り、「DEAD」という強い語感が印象的でインプットされてしまった。
 一般的にあふれているのは「ランナーズハイ」。これも確かにある。10年前、土砂降りの中17キロ走った時(『すべての武器を楽器に』という喜納昌吉さんたちのイベント(沖縄から鎌倉までを走ってつなぐ)に参加した時)に、明らかなそれを感じた。「雨よフレフレ~どこまでも走ってやるぜ♪」って感じで、完全にイカれてた。しかも夜。ドレッドくん含め、集団で走り、伴走車はでっかい(黒塗りの)街宣車という怪しい状況(笑)。
 と、横道にそれたけど、苦しくなると諦めてしまう息子と、苦しくなってからがんばっているRくんとの差は歴然としていた。何より、今回はRくんが珍しくやる気。ぐんぐん伸びるおもしろさを体感したおかげで、走ることが楽しくなったのだろう。Rくんの背中がまぶしく、遠く思えた。
 子供ってほんの少しの違いで大きな差ができるから、そこがおもしろいところ。子供のコーチに生きがいを見つける人の気持ちも分かるような気がした。


 ハッキリ言って、放っておきたい。
 こんな風に入り込む親は自分でもイヤ。
 しかし、過保護とか教育ママとかではなく、最近の小学校ってのは、親も参加せざるを得ないシステムになっている。例えば、宿題には「はは(母)」のサインを入れなくてはならないし、持久走大会だって「応援よろしくお願いします」のお便りが入ってくる。自分たちの小学校時代って、そんなに親が介入してなかったぞ、と思うのだが・・・。だから、面倒くさくもあり、おもしろくもある。


 「子供が『やる気』を起こすためには、ちょっとしたきっかけが必要」ということは、語りつくされているけれど(読んだことないけど『edu』みたいだな)、私自身、親との関係で、実感しているところがあり、その最たる例が、小1の持久走大会だったのだ。


 私たちの小学校では、持久走大会は冬休み明けに行われていて、冬休みの間、毎朝、父とジョギングをしていた。家の近くの野道をぐるっと2周回るコース。
 今でこそ、「積極的」と言える私だけれど、2月生まれで体が小さく、保育園~小1頃は泣き虫の弱虫で、得意なものが特になかった。なぜ父と走るようになったのかきっかけは憶えていないけれど、私は走るのが楽しくなり、少しずつ自信につながった。
 そして、持久走大会本番。私は一着でゴールした。
 冬風吹きすさぶ田んぼ道。沿道には今のように親が来ることはなかったけど、1年生が走る時、6年生が見学していた。ずっとトップを走っていた子(Sちゃん)には6年生にお兄さんがおり、その友達が「Sちゃんガンバレ」と声援を送っていた。ゴール付近でも多数の6年生がみんなSちゃんを応援していた。それが私には悔しくて、最後の30メートルくらいでひょいとSちゃんを抜いた。本当にひょいと、という思いがけない感じで。
 まさかまさかで1番になり、そこから私は、マラソンが自分の得意だと思うようになった。いや、思い込んでしまった。
 以後、走ることを中心に、がんばることを学んでいったと思う。


 学校において、素晴らしさも、くだらなさも経験してきたし、明らかにドロップアウトした期間もあったので(小5から中2まで先生の言うことを全く聞かず、殴られてばかりだった・・・しかしその間も陸上だけはがんばった)、子供に向かい全方位的にガンバレとは思わないし、絶対に追い込みたくない。
 でも、自分が先に経験したことによって、子供に「べつにがんばらなくてもいいよ」と言うのは、子供の選択の自由を奪うことにもなってしまう。
 がんばることは、苦しいしかっこ悪いしバカみたい。
 でも、がんばることによって、自分が引き上げられ、新しい世界を知ったり、新しい喜びを知ることにもつながる。
 悲壮感漂う「がんばる」ではなく、未知の世界や快楽を知るための「がんばる」であって欲しい。
 私の知る人生を楽しんでいる人たちは、例外なくがんばっている(本人に「がんばってる」という意識はなくても)。
 がんばることは、やはり素晴らしいし、その基礎は、小学生の今、養われると思う。
 

 もう少し経ったら、親の手なんて必要としなくなる。
 その時に、自分の力で「がんばること」と「がんばらないこと」を選択できるように、今は、ある程度がんばる大切さを伝えたいと思う。


 はぁ~っ。
 上記について、押し付けず感情的にならず、子供の分かりやすい言葉で伝えることが大切なわけで・・・。
 誰だって得意・不得意があるし、ただ生きているだけで十分だとは思っているけど、ちょっとしたコツで伸びるというのも事実なわけで。あくまでも、より楽しく生きるためのお手伝いってことで。

 あさって、間違いなく、息子の走る姿を見たら泣けると思うけど、彼が彼の中での一番の走りができるように、応援したい。


 <デッドポイント>
 そこをがんばるかがんばらないかで以後が決まるってのは、人生にも言えること。
 私は、楽しみたいからがんばりたい。ただそれだけです。

                 


                                

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2008.12.12

188 ポン・ジ・アスーカルの思い出

 幼稚園のクリスマス会で友達と「胃腸風邪」の話になり、思い出した場面。

 新婚旅行でブラジルに行った時、ポン・ジ・アスーカルという、巨岩でできた山にロープウェイで向かった。

 パッと見つけたサイト↓。この中の、上から三つ目の写真に出ているラグビーボールを立てたような山です(ちなみに大好きなイグアスの滝が下の方にいっぱい出ているのでご覧ください)。

 http://b-tabi.com/rio5.html

 山からの眺めを堪能した後、ロープウェイで戻ってきた途端、私は酔ったようで、そこのけそこのけ、という状態でトイレを目指し(驚いて道をあけてくれたブラジルのみなさんのギョッとした顔を思い出す)、吐きました。

 その後も気持ち悪さがおさまらず、夫とガイドさん(日系二世のおばさん)の前で屈み込んでふうふうやりつつ、頭の中では「できちゃった結婚でやって来た浮ついた新婚と思われたらどうしよう?」と無性に恥ずかしくなり、吐きながら必死にガイドさんの方を振り向き、「妊娠じゃないですからっ!」とか「私、今、生理ですからっ!」とか、求められてもいない弁解をしていた。

 その時の自分の妙な必死さが、我ながらバカみたいで、今思い出しても笑える(今日も友達に笑ってもらった)。確かに私にも新婚の時代があったわけだけど、新婚の甘いイメージがすごく嫌だったんだよなあ。

 てなわけで、私にとって、ポン・ジ・アスーカルと言えば、必死に弁解した思い出(笑)。

 ちなみに(これも聞かれてもいないけど)、小説では、息子のことをイグアス産と書きましたが、実際はハワイ産です(どーでもいいね)。

 クリスマス会の後は、母の会委員でのお食事会でした。運動会やお遊戯会という大きなお手伝いが終わり、「おつかれさま」ということで。本当にみなさん熱心で、からっとしてて、いい人ばかりだった。行事の裏でのお母さんたちの仕事っぷりは、報酬が発生しないなんてもったいない、というくらい素晴らしいもの。こういう働きの大切さを、世の中の人にもっと分かってもらいたいなあって思う。

                       

                

              

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2008.12.09

187 両手にどんぐり! 

 お遊戯会に学習発表会。体調管理に、代休、代休。

 小説の執筆が思うように進まないことを嘆きたくもなるけれど、これは自分で選んだ人生。

 子供二人を育てるということは、大きな仕事である。

 自分の仕事ができないことを嘆くよりも、二人育てているということを、胸を張って楽しみたい。

 と思いつつも堂々巡りだけど(笑)、子供はやっぱり、どうにもこうにもかわいい。

 寒くなってきて、夜寝る時、私の両側に入ってくる息子たち。

 それぞれのふとんで寝かせても、朝になると私の両側に戻ってくる息子たち。

 両手に花、ではなくて、両手に木の実!という気持ち。

 木の実はそうだな、どんぐりみたいに、なんだかウキウキしちゃうやつ。

 木の実は未来を内包している。

 たいへんだ~と何度も思うけれど、一日の始まりと終わりには、なんてかわいいんだろうと飽きることなくいつも思う。

 長男の学習発表会について。

 私たちの頃は学芸会と呼んで、劇や器楽を披露したけれど、最近は、学校ごとに呼び名が違う。息子の小学校の場合、1~3年生までは各教室で、4年生以上は体育館で発表があった。

 1年生のクラスは、まさに「学習発表」の場。

 国語の群読から始まり、音楽、算数、体育の発表があり、児童がそれぞれ、得意な分野の発表に参加。

 長男の得意と言えば、大きな声!

 冒頭のご挨拶、「今日は、学習発表会に来てくださってありがとうございます」。そして群読のタイトルと、物語の中の「郵便屋さん」の役、音楽のメロディオンとトライアングルを担当した。

 体育の得意な子は、あっきらかに、息子にはできないことを難なく行っていた(「カエルの逆立ち」やら、なわとびの「あや跳び」「交差跳び」「二重跳び」など)。体育の中でも「なわとび」の6人の出演者のうち、5人は女の子で、やはり低学年のうちは、女の子の器用さにはかなわないなあと思った。自分が小学生の頃、スキップができない男子が不思議でしょうがなかったけれど、男子はなかなかできんのです。

 色々と感動ポイントがあったけれど、最も泣けそうになったのは、最後にみんなで歌った『だれにだっておたんじょうび』。

 初めて聴いたけど、めちゃめちゃ感動しました。

 歌詞を少し書かせてもらうと(息子のプリントより)

  <だれにだって すてきな日 イエー

   いちねんいっかい すてきな日 イエー

   それは それは それはね おたんじょうび

   ローソク ふきけし ハッピバースデー イエー

   キラキラ かがやく すてきな日

   きょうは ○○くんの おたんじょうび イエー・・・>

と、ノリのいい音楽で軽快に進み、途中、みんなが

  <さあ、 一月生まれ ハーイ チャチャチャ

        二月生まれ ハーイ チャチャチャ・・・>

という具合に、順々に、自分の誕生月で、手を上げて立ち上がる。そして、

  <みんなもってる みんなもってる みんなもってる みんなもってる

   たいせつな日>

と続いていく。

 明るいメロディのこんな歌を、1年生が左右に揺れてリズムを取りながら、清らかな歌声で歌ってくれたら、泣けます。

 そうだよねー。みんな平等に、一年一回お誕生日があるんだよね。一人一人祝福されて生まれてきて、ここまで大きくなったんだよねー。

 みんなステキ!みんなかわいい!!って思います。

 息子は、この歌の「イエー」の部分で、手を上げたり、ピースしたりしながら楽しげに歌っていてうれしかった。練習の時はみんな手を上げていたらしいが、本番では3人くらいしか手が上がらず、不思議だった。イエーと言うならノリよく踊ろうぜ、これがブラジル人のクラスだったらもっともっと踊るだろうなと思い、息子が(やらされてるという感じではなく)本気で楽しそうだったのがうれしかったのだ。

 家に帰ってきた息子に、「まーくん、ノリノリで歌ってたね」と言ったら、「ノリノリの顔をすれば、みんながうれしくなるから」とのことで、そのサービス精神というか、おもてなしの心がちょいと(とっても)うれしかったぞ。

 我ながら子供好きだと思うけど、こういう会に行くと、やたら子供から話しかけられる。それも、同等目線で(笑)。おばちゃん(ハナザワさん)みたいな女の子(どうも、うちの息子のことを気に入ってるらしい)からは、説教までされてしまった。

 子供って、本当にかわいいなあ。まあ、これも、どんどん変化していくだろうけれど、その変化もまた、楽しみである。

☆☆☆☆

 最近おもしろかった野口美佳さんのブログ(吹き出してしまいました)。野口さんの人生を楽しむ姿勢が好きです。そして、大らかなやさしさも。

 4人の子持ち(大学生から4歳児?まで)なんだよなあ。スゲエっす。

 http://www.shibuyabooks.net/blogs/mika_noguchi/200812090100001416.html

   

             

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2008.12.06

186 読みものどっさり。

 『183 爆問学問 in 早稲田』を読んだ友達がメールをくれて、「私も、番組の最後で泣いた~」とのことだった。これぞワセダ(笑)。ええ、ええ、私たちは早稲女(わせじょ)ですとも。

 「わせじょ」というのは、気が強いとかかわいくない、というイメージでくくられたりもするけど(今どきは知らないけど、私たちの学生時代は)決してそんなことはない。驚くような美女や才媛がごろごろいる(上記の友達も才色兼備)。例えば、アートディレクターの佐藤可士和さんの奥様の悦子さんを見ると、あー、こういうクレバーで華やかな先輩いたよなあと懐かしく思い出したりする。

 ☆佐藤悦子さんのブログ http://www.1oven.com/etsuko_sato/

 最近読んだ、『SAMURAI 佐藤可士和のつくり方』に結び付けたくてこの書き出しにしましたが(笑)、この本、予想以上に面白かったです。

 悦子さんは可士和さんのマネージャーをしている。ここ数年、「佐藤可士和」という存在はアートディレクターの代名詞のように取り上げられているけれど、悦子さんの力が、これほどまで多大だとは思わなかった。

 「今までに見たことがないものを見てみたい。行ったことのないところに行ってみたい」という目標に邁進している二人は、可士和さんが馬で、悦子さんが騎手だと思った。

 すっごい能力を持っている荒削りな馬を、手綱でスマートに操る。

 馬はぐんぐん飛ばしてぶっちぎる。走り方も美しい。

 信頼関係で結ばれた馬と騎手は、切磋琢磨しながら、そのバランスが心地よく、走り切った後には、今まで見たこともない風景が広がり、観客もそれを楽しめる。

 そのパートナーシップは、クリスト&ジャンヌ・クロードを思い起こさせた。

 http://christojeanneclaude.net/

 二人がパートナーになったからこそ、圧倒的に仕事や人生がふくらんでいる。

 うーむ。なんともうらやましいなあ。

 かつての自分は、圧倒的な男性の妻になることに憧れたけど、ADや助手の経験から、つくづく「サポート役やマネージャー仕事は向かない」と分かったので(「奥さん」ってのもつくづく向かない)、私にも悦子さんみたいな奥さんが欲しいと思ってしまう(笑)。

 以前『ソロモン流』で佐藤夫妻のご自宅を見た時、その生活感のなさに「子供がいないからスタイリッシュに暮らせるんだなあ」と思ったけれど、お二人にはしっかりお子さんもいて、ブログで初めて知った時には、「やられた」という思いだった。スーパーウーマン、スーパーお母さんっているんだよなあ。

 『佐藤可士和のつくり方』で印象的だった部分を抜粋。

 「・・・付き合い始めた頃から、そのあたりの言動や、考え方に対するギャップについては常々彼に言っていたのですが、しばらくは今いちピンときていなかったようです。ことあるごとにクリエイターではない私の視点で感じたことを伝えてきました。佐藤がデザインの力で世の中に新しい価値を提案したいと願っているのであれば、クリエイターとクリエイターでない人のあいだにある意識の違い、つまりまずは私たち二人の意識の溝を埋めていかなければ、世の中の多くの人々に感動を与えるようなクリエイティブは生まれてこないのではないかと思ったのです。」

 クリエイティブの仕事という意味でも、夫婦やパートナーシップという意味でも、たいへん勉強になりました。

☆☆☆☆

 その他、同時期に読んだ遥洋子さんの『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』も、たいへんおもしろかった!!この本が流行った時(8年前)も気になったけれど、テレビで目にする遥さんの押しの強さになじめず、自己顕示欲の強そうな本かと思い、敬遠していた。ところが、遥さんの文章が想像以上に良かった。この本のおもしろいところは、女性学とか社会学の女王(と呼んでいいと思う)である上野さんの周辺の小難しい話を、一般人に近い遥さんが、驚きと熱意を持って噛み砕いて伝えてくれるところ。

 いきなり『フェミニズム論』とか『ジェンダー論』を学ぼうと思うと敷居が高いのだが、この本のおかげで、日常生活で感じる「違和感」というものが、学問によって、どう解きほぐされているかがおぼろげながら分かる。

 上野さんは、最近では『おひとりさまの老後』が話題になったし、気の強そうな女性学者というイメージで世の中には知れ渡っているだろうけれど、私は、(色んな女性学者の中で)上野さんのことはエレガントだと思っている。強さよりも、やわらかな品性を感じるのだ。親しい学者さん(男性)が上野さんと仲良しで、本人の印象を聞いたことがあるけれど、知的でエレガントというイメージは間違ってないと思う。

 この本の中で、印象的だった部分。

<・・・経済学が「オイコスの学(オイコノミア)」からエコノミーに変容した時に、「経済」概念は、「生産」から「生活」を追い出した(『家父長制と資本制』)。

 と上野は経済学を批判する。

 オイコノミアは、生きる営み、生み育てる、という意味が語源で、家政学とも言われる。経済学の語源をたぐると家政学なんて、変化するにもほどがある。

 その、まさしく、日々、生きる営みを繰り返し、生み育てる女が、「労働の概念からみれば」、「二流の劣等人間」になり、「子供は未・半人間」で、「老人は不用人間」である(同前)と上野は表現する。結果、経済イコール金という理解をする、私のような人間が誕生する。 

 経済学が内包する問題は大きそうだ。

 「愛はイデオロギーや。」というと

 「お前はノイローゼか。」と言われる。 

 それほどイデオロギー概念は、短時間での説得に悪戦苦闘する。>

☆☆☆☆

 その他、上野さんと遥さんのやりとりの中で、上野さんが言った言葉。

「それは大学にあなたの能力を十八歳の時点で見抜く力がなかったのよ。大学に力がなかったの。あなたに能力がないわけじゃない!」

 この物言いだけでも、上野さんが厳しくも温かい人であることがわかる。

 本に出てくる、血の通った議論に、泣けそうになる箇所も多々だった。

 『赤土に咲くダリア』でも触れたけど、私や、多くの女性が、家庭生活で直面する違和感について、フェミニズムは何らかのこたえを与えてくれる。

 例えば、仕事で帰りが遅い夫のことを、夫が悪いわけではないのに責めたくなる夜もある。これは、上記の通り、経済学対家政学のたたかいでもあるのだ。

 私は、男女は平等だと思っていない。男女には違いが確実にある。それは、男の子を育てていて痛感する。女が男にかなわないところもあれば、男が女にかなわないところも当然ある。

 ただ、男の手による経済至上主義が、人間の生の営み(担い手は主に女)を破壊してきたことは確かで、見直すべき時だと思っている。

☆☆☆☆

 はーっ。久しぶりに熱くなる本に出会った。

 いい本に出会うと、本が読める幸福におそれを感じる。

 目が見えること、ありがとう。時間よ、ありがとう。

 長く(熱く)なりついでに、菊地成孔さんの言葉をご紹介。

 以下の記事に出てくる、これらの言葉に感動する。

 「極端な現実を乗りこなし、愉しみ、そしてそれを変えてしまう事は、私一人では到底無理、素晴らしい楽団員が揃っても、まだ無理なのです。今日のコンサートが、混迷する現代社会に、小さくも痛烈な一撃を与える、素晴らしい美しさを持った作品になりますよう。タフに、そしてエレガントに。共に楽しみ、共に創造しようではありませんか。」

 クールだけど熱い。熱いけどクールな菊地さんを尊敬する。

 確かに今は、恐ろしく不安な世の中だけど、嘆いていてもどうしようもない。

 大切なのは、今、生きているということ。そして、今を楽しむということだと思う。

 ☆上記の文章が出てくる菊地さんの速報

 http://www.kikuchinaruyoshi.com/dernieres.php?n=081201021905

 オーチャードホール初日、知り合いは招待されて出かけた。うらやましい!

 ☆この対談もおもしろかったです。菊地さん×沖野修也さん

 http://openers.jp/culture/cspecial/kikuchi_okino001.html

 立ち読みした『SPA!』にて菊地さんが言っていた「ぼくは、コンセプチュアルアートをやっているんです」という言葉にも共感した(つまりは、表現の枠を超えて世の中が、アッ!と驚くことをやっているのだと思う)。

 コンセプチュアルアートとカテゴライズされるアートは好きではないけれど、言葉ではない表現(美術や音楽)をやっている人ほど、実は理論武装を必要とする(理論武装で裏打ちされた非言語表現は強い)。冒頭の佐藤さんだって決して感覚だけで動いていない。表に出ている佐藤可士和作品の背景には、可士和さんのアイディアと技術、悦子さんのきめ細かな配慮や戦略、膨大な資料や統計、そしてお二人の努力等々・・がある。天才・鬼才は驚くほどストイック。おもしろければ何でもいいというわけではないのだ。

 創作も学問も果てしないなあ・・・。

 まだまだ未熟な自分を反省しつつ、まだまだ知らないことがいっぱいあることを幸せに思う。知のよろこび。学問の感動。

 長男の学習発表会のことも書こうと思ったけど、思ったよりずっと長くなっちゃったので、また別の機会にします☆

          

           

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2008.12.02

185 松井冬子展

 「見せびらかす」という言葉は、なんと卑猥で哀切に満ちた響きだろう。

 松井冬子さんの『浄相の持続』と、そばに提示されていた解説文を目の前にして、そう思った。 

 平野美術館(浜松市) 『松井冬子展』

 http://www.hirano-museum.jp/tenran/fuyuko_matsui1.htm

 

 正直、万人におすすめできる絵ではないです。

 私も友達も、長い時間、そこにとどまりたいとは思いませんでした。

 でも、たまらなく惹きつけられたし、揺さぶられた。

 心に残ったのは、あんなにきれいな人が、なぜあそこまで執拗に描写するのか、という不思議と、あそこまで描写せずにはいられない情念。

 言葉にできないものが、強烈な残像として私に残ったのは確か。

 松井冬子さんの代表作としてよく取り上げられる『浄相の持続』(どんな絵かは、上記のHP等からご覧ください)。

 添えられた解説の一部に、「赤児のいる子宮を見せびらかす」「雌しべを見せびらかしている」とあった。「同調は卵子を持つ女の特権」とも・・・(撮影やメモは禁止だったので、同調~の部分は克明でない)。

 確かに絵の中の女は、腹の中や子宮の中まで見せびらかし、周囲の花はいやらしいほどに花弁を開き、雌しべの存在を誇示している。

 女であるがゆえの苦しみ。女であるがゆえの凄み。

 松井さん本人の卓越した美しさと、描かれる絵のおどろおどろしさとのギャップが話題に上りがちだけれど、本人(おそらく)による解説とともに観ると、哲学や心理学、生物学、ジェンダー論等々、幅広い「知」を感じさせてくれる。

 正直、「松井さん、何があったの?」とみんな問いかけたいと思うけれど(笑)、女として生まれ、女であることから逃れられず、そして、女であることから逃げず目を背けず、女を描く松井さんの強さを感じた。

 植物との絡みや、傷や血や乳腺まで描く絵は、フリーダ・カーロを思い起こさせたし、私自身の創作ともつながる面を感じた。

 なぜ、そこまでかくの?

 と問われても、

 かかずにいられないから、としか答えようがない。

 私も、自分の内臓を見たことがあるけれど(腹腔鏡手術の映像)、艶かしいほどに美しいと思った。

 業(ごう)、そして、性(さが)。

 才能とは欠落だと言った人がいるけれど、祝福よりも嘆かれるような狂気、才気を感じた。

 部屋に飾ってハッピーになるような絵ではない。

 人によっては拒否反応を起こしたり、怒りや不快感を覚えるだろう。

 救いようがないほど暗い、陰惨な絵を目の前にして思ったのは、

 「私は、今、生きている」ということだった。

 何年か前、冬のアイルランドに出かける友達に、なぜアイルランドかと尋ねたら、「寂しい風景を見て塩抜きしたい」と言った。

 松井さんの絵を観て、その言葉を思い出した。

☆☆☆☆

 美術館のあとは、ずっと行ってみたかった『キルフェボン』へ。

 http://www.quil-fait-bon.com/top/top.html

 今更!?って感じでお恥ずかしいですが、私が東京を去る頃に青山店が話題になり、ずっと食べてみたいと思っていました。実は静岡が発祥で、寄ってきた浜松店が2号店、『キルフェボン』という名前は浜松店から始まったそうです。いちごのタルトと洋梨のタルト、季節のフルーツのタルト、チョコレートとバナナのタルトを1ピースずつお土産に・・・。

 その後は、駅ビルに入っている『フレッシュネスバーガー』でお昼ごはん。

 これも、近くにある人は、なぜ?って思うかもしれないけれど、東京時代のお気に入りのお店でした。当時住んでいたアパートの近くの一号店からスタートし、AD時代には、会社の近くでみんなのランチとして買い求めたこともありました。その後、「やっぱり」というチェーン展開(10年ぶりに食べたけど、おいしかった)。手作り感にあふれ、海の家みたいだった発祥の頃が懐かしいな(興味のある方は、HPの「PROFILE(会社概要)」のところの「フレッシュネスバーガー誕生秘話」をご覧ください)。

 http://www.freshnessburger.co.jp/

 帰り際、息子たちに頼まれていた「安倍川もち」もゲット。

 電車に乗り、友達に車で家の近くまで送ってもらい、歩いていたら、向こうからランドセルを背負った息子の姿が・・・。安倍川とケーキを見せて、お互い笑顔。

 このところ、子供や幼稚園への奉仕が続いていたので(お遊戯会の舞台裏は汗だくでたいへんでした)自分のために時間を使えて、満足だった。子供が無事に学校や園に行き、予定や希望を叶えられることがミラクルに思えてしまう今日この頃。

 「見せびらかす」って嫌な言葉だけれど、この言葉に性別をつけるとしたら、女だなと思った。

 ☆2年前の松井さんの写真&映像(音が出ます)

 VOGUE Women of the year 2006 http://www.vogue.co.jp/woty/09.html

                 

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2008.12.01

184 HOME

   
 アメリカへ出発前の友達親子を、宿泊先のホテルに送り届ける車内にて・・・
 後ろの座席ではお互いの子供たちが騒いでいる。

 友達:「引越しするたびに、『ホーム』が増えてくって感じやな」
  私:「ホームって?」
 友達:「ホームとアウェイのホーム」

 関西出身の友達夫婦は、ダンナさんの仕事の関係でこの地に住み、二人の子供を授かり、家も建てた。
 かねてから予定されていた海外赴任が決まり、大量の家の荷物をバタバタとまとめあげ、船便、航空便と出し、実家に送り、ゴミを片付け、車と家を引き渡し(その他もろもろもろ・・・)、たくさんの手荷物をゴロゴロ抱え(ポケモンもごちゃごちゃ)、円とドルを握り締め、飛び回る子供二人を連れ、出発するのです。

 その家には、多くの、それはそれは多くの人たちが集いました。
 お別れのバーベキューの日には、子供だけで13人もいました。
 引越しは、何人かの友達が手伝いました。それも連日(笑)。
 地元出身ではない友達夫婦が、ゼロから始めたネットワーク。
 たいしたものだ、と感心しました。

 私:「地元の出身じゃないMちゃんたちがここに住んで、引っ越す時に、『引越しを手伝って』と言える人がいることも、『引越しを手伝いたい』と思う人がいるってことも、すごいことだと思う。それはやっぱり、Mちゃんたち家族4人の人柄が築いたものだし、住む場所を『ホーム』と思って過ごしていけるっていうのは、素晴らしいことだよね」
 友達:「今、ここ、めっちゃホームやな」
 私:「引越し先をずっと『アウェイ』と思って過ごして、ずっとなじめないまま終わる人だっているんだもん」

  <あなたたちは、やっぱりすごいよ!!>

 存在感の大きい友達家族は、まさに「でかい星」だった。今回の引越しは、巨星の移動という感じ。
 ダンナさんも奥さんも、娘ちゃんも息子くんも、4人がみんな、パワフル。それはそれは人間離れしているほどに・・・。4人が4人とも太陽みたいって、なかなかすごいことじゃありませんか。
 家族それぞれの年齢がほぼ同じMちゃん家族からは、結婚や育児や、家庭や生活や人生のダイナミズムというものを教えてもらった気がする。


 引越し屋さんに荷物を預け、最後の「こわすゴミ」を出し、残った大きなゴミを処分場に持ち込み、友達(この方もユニーク♪)が残った「こわすゴミ」を引き受け、私が「燃えるゴミ」(ダンボール3箱分:笑)を引き取り、さあ、これでOKかな?と思ったところで、台所の引き出しを開けたら鍋がドーン!!!の瞬間は、きっと忘れることがないでしょう。
どないすんねん?このごろごろの鍋。ジンギスカン鍋まであるで、重っ、の瞬間(笑)。

 最後、友達の家で洗濯をし、思いっきり遊んで過ごし、
 最後の最後、バケツリレーのように、私の家で、別の友達親子と三組の親子で過ごし、別れ際にMちゃんの娘ちゃん(小1)が私の息子や友達の娘ちゃんたちに言いました。

 「テレビ電話で話そな」

 さすが、21世紀の子供たち!!

 弟くんはうちの次男に「最後の思い出に遊ぼか」と言ってました。子供が発する言葉に、いちいちしんみりしてしまう親たち。
 うちの息子たちは、自分たちの宝物(ゴーオンジャーのカードとか手作りのパラシュートとか)をプレゼントしていました。えっ?と思うくらい気前良く。こんな時、大切なものをしまい込むより、お贈りしたいと思う息子たちでよかった。
 子供たちが遊んだ手についていた、ローズマリーの香り。夜の車内に立ち込めた、ハーブの清々しい香りもきっと忘れません。
 Mちゃんと一緒に、春、気功・太極拳を習ったことも、夏、子連れで奈良、天川を旅したことも、ますますいい思い出になるでしょう。


 ☆巨星で巨乳のMちゃん&ファミリーへ。
 
 あなたたちが住む土地は、地球上、どこへ行ってもきっとホームだよ。
 (巨乳で料理がうまい妻ってのは、帰りたくなる最強のホームだと思う:笑)

 新しいホームに、幸多かりしこと、心から祈っています☆  
  
   ~See you at HOME !!~

 


     


           


                

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