2009.11.08

 ドラちゃんとお香

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 息子が最近気に入っているTシャツ。

  

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 ポケットにドラえもん。

Up

 ポケットの中にもちゃんと絵があるよ!

 

 実はこのTシャツ、私が独身時代に買ったもの。

 20代前半の頃、「ちびピタTシャツ」が流行り、私はちびピタ&ジーンズというファッションが好きで、やたらピッタリTシャツを集めた時期がありました(今思うと、なぜあんな窮屈な格好してたのかナゾ)。

 その一環で手を出したと思われる、ほとんど子供服のドラえもんTシャツ。

 買ったはいいけど、たぶん小さ過ぎて着られなくて、でも、ドラえもんが可愛くて捨てられず、度重なる引越しをともにして、嫁ぎ先にもやってきた。

 「いつか子供が着れたらいいな」

 とは確かに思っていた。

 すっかり忘れていたそのTシャツをふと見つけ、長男に見せたら大喜び。次男も「お古」を楽しみにしている。

 クラスでも大人気のTシャツです(笑)。

☆☆☆

 上記のドラちゃんとは別に、次男が「つくりたい」と言ったドラ焼き。

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 小さいホットケーキを作って、あんこをはさみました。

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 あんこの残りと黒ごま、きなこで、おはぎ。

 (もち米1合、白米0.5合+玄米0.5合)

 あんこより、一晩水につけておいた小豆を、思い立って赤飯もどきにした前夜の夕食がおいしかった。白米一合、もち米一合、玄米と小豆を一合カップに半々くらいを、三合分の水で玄米モードでじっくり炊いたら、黄金比かも?と思うくらいにおいしかった。お米や豆の水分量によって違うけど、玄米モードは表示より少ない水で十分おいしく炊けると思う。

 結婚後8年、夫が独身時代に使っていた古いお釜(5合炊き)だったけど、子供たちがよく食べるようになったので、今年新しく買い(10合)、絶対玄米モード付き!にしたら、確かにお米の楽しさが広がった。

☆☆☆

 緑の休日。

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 おそろいをよく着せてるのは、見つけやすいため!

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 走る、走る二人。

 もう追いつけないことがうれしい。

 

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 この写真の直後、いとこ家族にバッタリ会ったんだけど、木の根元にたたずむ三人が、まるで森の妖精のようで(実際は中島らも似のお父さんとトトロ似のお母さんと子熊かリス似の息子くん・・・みんなでかいし、とても和む)、しばらく笑いが止まらなかった。

 そして、調子に乗った我が息子たちは川に落ちました(やっぱり)。

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 木はいいなあ。

  

☆☆☆

  

 体調はまだまだだけど、心境的には一周まわった感がある。

 「終わり!」と宣言し、心配をおかけした方、あたたかいメールやコメントをくださった方々、本当にありがとうございます。こんな風にまた書いていて、不愉快な気持ちにさせてしまった方もあるかと思います。申し訳ないです。

 退院直後は、体調や気持ちのアップダウンが激しく、病や書くことや運命に対しての恐れや畏れが強かった。

 今も、多くの人に支えてもらったり、より所を求めてしまう状態に変わりはないけど、一周まわってわかったことは、結局のところ、自分を信じるしかないのだよなあということです。

 今まで、「寝てる時間あるの?」とよく言われたけど、睡眠はもともとしっかりとりつつ、書くことに関しては濃度や速度がひどかった。

 今は意識的にも体調的にもゆっくりしています(今回のブログも、ドラえもんから始まったけど、何回かに分けて書いています。集英社の友達からおもしろい話もあったけど、遠慮しました)。

 無理しそうになると、孫悟空の頭の輪っかみたいに、キーンと、頭や体が止めてくれる。

 その声にしたがっています。

☆☆☆

 6日、大好きな大好きな友達から手紙が届き、そのなかに比叡山延暦寺のお札とお香が入っていた。

 封筒からただよう香りを感じただけで涙。

 彼女の手紙を読む前に、そのおもいだけで号泣。

 詳しく書くのは控えるけど、大学時代に初めて出会った頃から、彼女こそ「ほんもの」と思うひとなのです。延暦寺との由縁もほんもの。

 もう驚かなくなったとはいえタイミングも・・・。私は4日、病院での待ち時間の間に彼女に向けて手紙を書いていた(血液検査と診察の合間に、入院中から入りたかった喫茶店でモーニングセットを食べながら)。そして、5日に書き足し投函した。彼女から届いた手紙の消印は4日。

 お香のしみ入るようなにおい。細胞が昔から知っているにおいに心身が安らぐ。

 日本の力、和の力ってすごい。

 その夜は、手紙を抱きしめてねむりました。

 存在をおもうだけで泣けてくるような、笑いがこみ上げてくるような友達がいてくれることを、本当に幸せに思う。

 さっちゃんも、弥栄ちゃんも、いつもありがとう。

       

             

                            

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2009.11.02

 ふりかえれば

 この人大丈夫?って感じに、つんのめって突っ走って、ストイックに終わり!にしちゃったけど、私、大丈夫です。

 文字や言葉じゃどうしたって伝わらなくて、実際に会ってもらうしかないのだけど(会った人はみんな安心してくれてる)、今、いい意味で変わろうとしているけど、本質は変わらないです。

 ショパンに心打たれながらも変わらず林檎ちゃん聴いてるし、三島由紀夫の『文章読本』に感嘆しながら渡辺謙さんにお手紙書いたりしてる(笑)。

 私も、「超えたい」。

 そして、長い目で見て笑いたい。今も毎日笑って過ごしています。

 主治医の先生はじめ、病気後に新しく出会った方々にも恵まれ、大好きな人は大好きなままだし、家の中は、私が弱くなったことで丸くおさまっていて、不思議です。
 今までパワフルな男兄弟や屈折した夫と対抗するために気を張っていたけど、「な~んだ」って感じだよ(笑)。

 夫に関しては、今回彼が「動じなかった」ことに改めて感謝している。

 私の母が手伝いに来てくれた日もあったけど、夫の家事・育児はカンペキだった。私より栄養バランスの良い朝食を作って子供たちを送り出し、会社に行き、私の洗濯物を頻繁に乾かし、届けてくれた。

 運動会の弁当も、台風による子供たちの自宅待機も難なくこなした。

 夫として、というより、客観的に見て、たいしたものだと思う。

 今、生活や料理を大切にしています。そのようにできる環境を、ありがたいと思っています。

 ごはんに玄米混ぜて炊いたらおいしくて、野菜中心にたんぱく質もしっかり意識して、おかずの品数を増やしたら相乗効果なのか、明らかに身体が活気づく。

 実家は玄関や床の間の生け花が当たり前だったけど、花を飾ること、部屋に風を通すこと、草木を愛でること、それらの効能を確かに感じる。

 私の実家は、野良猫が冷蔵庫を開けてたり、妹の部屋に行ったら「うまおい」が産卵中だったり、欅に近い部屋を開けたら「くるっぽー」とふくろうがいたり・・・と、そんな環境だったので(今は建て替えたのでそこまで自然に近くない)、そんな私が都会へ出てから体調を崩しがちになったのは、耐性のなさから、当然だったと思う。

 そして今回はきっと、新しい文明・パソコンにもやられた。

 小説については、一生というスパン(今の時代よりももっと深く遠く)で考えられるようになり、むしろ楽に、楽しくなりました。「人間」や「愛」について、壮大なテーマで取り組みたいと思い、構想しています。ゆっくりと・・・。

 現在進行形でいろいろ変化しているので、流れにゆだね、自分を泳がせ、いつかネタにしようと思う。

 狂おしい人は痛々しいけど、狂おしさを演じられる人になれるよう、今はじっくりゆっくり時を置いて、健康を取り戻して、言葉を熟成させたい。

・・・というわけで、終わり!と言っておきながらの登場でお恥ずかしいけど(次は新聞記事のお知らせの予定だったけど)、あまりに一方的な(駆け抜けた)「最近の記事」が我ながら「こわい」と思ったので、フォローをば。

 書き始めるとコントロールできなくなる自分が嫌で、いったん終了にしたし(するべきだと思ったし)、実際今は続けていくつもりはないけど、まあてきとうに・・・。

 そのくらい快復しています。

              

           

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2009.10.23

 再生 と 未来の人


 自分の中で、普遍的な文章になったらUPしようと思っていたけど、
 今の私には愛以外の普遍はムリ!とわかった。
 
 毎日、変化している。
 それが生きているということなんだと思う。

 現時点では、いつか再び「書きたい」と思っている。
 そのためにもまずは、強くなりたい。
 小説や運命に引っ張られないように。
 子供たちをちゃんと守れるように。
 
 今まで、無軌道に表現に突っ走るエネルギーと
 子供を大切に育みたいというエネルギーが
 引っ張り合ってたいへんなことになっていたんだと思います。


 強くなるため、しばらく書くことを休みます。
 心身を再生します(なーんか、子のいる母の言うことではないが・・・あまりにも思いがけなかった)。
 書くことで私は勝手に世の中とたたかっていたんだけど、書くことより当然子供!というのが、私なりに今、伝えたいことなんだと思う。


 ここを乗り越えたら、何かがすごく変わる気がする。

 家庭の中も変化しています。
 いい風が吹いてる(と思う)。
 子供はぐんぐん成長している(ありがたい)。

 慎ましくがんばります。


 以下、数日書き足し、書き足し、したものです。
 結局のところ、今回の件について意味を持たせたり、理由を探したりしてるけど、そういう思念から解放されるくらい鈍感になれたら楽だろうに。
 敏感さややさしさは、私の弱さでした。
 強い体、心、頭を手に入れ、敏感にやさしく過ごせるようになりたい。
 体→心→頭の順は、生まれたばかりの赤ん坊を見ていて、この順にゆっくり成長していけばいいんだなあと思った。大切なことは、子供がみんな教えてくれる。

 ビョー的に長いけど、実際病気なのと、ラストメッセージとして、温かく受けとめてください。

 See You !!



☆☆☆☆☆


 感受性が強い、とか
 感受能力が高い

 というのは、いいことのように言われる時もあるけれど、

 私はどうも、
 「ぱーぱーに開いてる」状態のようで、
 不思議なくらい、色んなものが寄ってきた。
 誰とでもすぐ友達になったり、抱き合ったり、
 感動し、涙して、
 いいことのほうがいっぱいいっぱいあったのに、
 一瞬にして奪われた、スティル台風。

 いや、やはり悪いこととは思いたくないな。

 入院のおかげで、家の中が前より円満になったことや
 私が家にいるために、過剰に甘えたり、ケンカばかりしていた子供たちが、あっという間にたくましくなったのも事実なのです。それはそれは、はじめの一歩や乳離れくらい明確に。

 
 なぜ小説を書くようになったかと言うと、
 書かずにいられなかったし、
 自分が小説から感動してきたから、
 自分も感動を伝えたいと思った。
 生半可な言葉では、活字にする意味はないと思ったし、
 やるからには、読んでくれる人の心を揺さぶるようなものを書きたいと思った。
 最初は映像の仕事から始めたけど、あれこれ吟味し小説は、
 家の中で育児をしながらできる表現方法というのも大きかった。


 というほど、何もしてないのに、いったん退場。

 世の中、どうしたって、育児真っ盛りの、家庭中心の作家の書くものは少なく、
 私は、今しか書けないことを書きたいと思っていた。
 命や家族の尊さに勝るものはないと信じているから、
 家庭を第一にしたうえで、違和感を覚える世の中に向けて、発してみたかった。

 でもやっぱり、育児も小説も、ちゃんとやろうと思えば、両立は難しい。
 できる人もいるだろうけど、双方精一杯やってしまう私にとっては容量オーバーだった。
 仕事(自分の領域)も育児もと、今どき自然な願いでいたけど、小説については、息を止めて集中するような張り詰めた感覚があり(自分自身の性質や表現のせいです)、それはやはり単純ではない負担だったと思う。

 あれこれ理由を探しながら、単に「10万分の1に当たっちゃった、ははは」って話なだけかもしれないけど。
 バチが当たったとかなんとかは、違う気がする。
 だって、タバコのポイ捨てする人とか、人の気持ちを考えない人が、私のような病気になるかといえば、むしろならないだろうから。


 華道を人生の支えにしている母は言った。
 「私だって、子供を育ててる10年くらいは離れざるを得なかったよ」

 花にしがみついているように見えた母でさえ、そうだったんだと納得する。

 なんと言っても、妹が、「私には無理!」
 母が「病気になってもしかたがない」と言うような息子たちのパワー。

 退院の日、妹に教えてもらった言葉を披露させてもらいます(ブログを終わりにしなければ、心にとどめておこうと思っていた)。


  <どんなに愛情を注いでも、満たされない器の大きな子は存在します。
   でも、親が精一杯愛を注げば、その子が成長した時、器の大きな人に育ち
   その器を今度は、世の中に還元するような人物になります>


 みたいな内容・・・。
 シュタイナー教育の言葉だそうです。
 うちの子の器が大きいかどうかはわからないけれど、私自身の器が小さいせいか、生まれた頃から「たいへんだ~」と思うことばかりだった。

 兄弟とも、おっぱいをいっぱい飲み、9ヶ月に入るとすぐ歩き出した。2歳になる頃には昼寝をしなくなり、朝から夜遅くまで全開だった(その頃の彼らは裸族だった)。
 これは自慢ではなくて、動き出すのが早い、動いている時間が長いということは、それだけ目が離せないわけで、私は本当に子供に精力を吸い取られながら過ごしてきた。
 男の子というのは(すべてではないが)、声やアクションが大きいし、ドンドンガチャガチャやることを好む。まず聴覚がやられる。頭が真っ白になる。この凄まじさは、同じようなタイプのお子さんを持った人でないとわかっていただけないと思う。

 成長した今も、要求も会話もケンカもドンドンも激しい。

 受けとめるのはたいへんだけど、
 それは、子供たちが私たち親を諦めてない証拠かな、とも思う。

 泣いても振り向いてもらえない子供は、早いうちから親を諦めてしまうそうです。
 子供が親を諦めないことは世の中を諦めないことにもつながる。

 世の中には希望がいっぱい、と思ってもらいたいし、
 自分で切りひらいていってほしいから、
 私はそのためのお手伝いを、今はしっかりしなければならない時期だと思う。


 もう少し子供が大きくなるまで、私は私自身の過剰さや妙な繊細さを封印しようと思う。
 修行して(子育て=修行ですね)、自分自身の心身が強くなり、子供が手を離れていったら、また、がんばればいい。

 言い訳だけど・・・育児に専念し、入園で子供が手を離れた第一段階以降に動き始め、子に鍛えられて強くなったと思っていたところで発病しました。
 しかしまあ、このタイミングをよかったと思いたい。
 この病気が15年前の再発だとしても、この15年の間に子宮内膜症を経験し、そのうえで、無事、二人の元気な男の子を授かったのだから。感謝、感謝感謝です。


 36歳。
 今までは、人生の折り返し地点だとは思えなかったけれど(これまでが濃過ぎて、とても倍生きられるとは思えなかった)、今は子供のために、それなりに長く生きたい。

 子供たちと今回、病気の話になった時、「お母さんは何も悪くないのに!」と言ってもらえてホッとした。


 素晴らしい小説は未来にのこるけど、未来になっても作品そのものに変化は起きない。

 素晴らしい「人」は、未来をつくり、未来を変えていく力を持つ。

 私は今、「未来の人」を育てている。



 今回のスティル台風については、苦しくもおもしろい体験だったけど、この先書くのかどうかは、今はわからない。ただ、長い目や客観的に見た時、書くに値する内容だとは思う(同時に、だからこそ、書くべきではないとも思う)。
 編集者さんも、ブログを読んで連絡くださり、私の気持ちと、ここには書いてない話をしかと受けとめてくださった。関係はつづいていく。
 私がこの先、小説に引きずられないような強さを持てたのなら、笑って(つくりごととして)振り返られるのかもしれない。すでに頭のなかでは、最初から終わりまでできていて、悲壮な話ではなくハッピーなお話になるはずなのです(もともと書いていた15年前の話も、「生」のメッセージを込めつつ気の抜けた青春小説だったのになあ・・・)。
 現実が凄いと、そこが頂点となってしまい、イマジネーションの入り込む隙がなくなってしまうのだけど、自分にダメージが来ないように、「創意工夫」したいと思う。
 もしくは、沈黙ののち、小説など取るに足らないものになってるのかもしれない。

 その辺りの見極めについては、超人的なサポーターがついていてくれるので大丈夫。
 自分がかぶっている「身体」に加え、タマシイや霊的な存在を意識せずにはいられない、不思議な不思議な体験だった(今も、これからも実感していくだろう)。
 <注>金銭が発生するような、うさんくさい宗教の話ではなくて、どこにでもあるような日本古来の神社の話です。そもそも私の実家は、村の中で一番神社に近く、祖父も父も、時に要職を務めました。家は岩盤の上にあり、目の前には雨乞山、裏には海が見渡せ、欅の巨木が生い茂る、グリーングリーンの家でした。山の神、海の神、自然の神・・・「神様」の存在はごく当たり前のものとして育ち、今回、自分の特殊性を自覚するとともに、少しずつ研鑽を積んでみようと思う。

 とりあえず今は、、、
 頭の中を平らに耕して、その先に生まれてくるものを、私自身、楽しみにしている。

 



☆☆☆☆☆ちょっとつぶやき・・・ちょっとじゃないです☆☆☆☆☆


 そういえば私、絵本がかきたいんだったなー。
 ふるさとが海や山や光や、花や虫や緑やら、色彩の美しい場所だったから、鮮やかな色の世界を表現することが当たり前だと思ってたのにな。
 東京での病気をきっかけに小説を書いて、モノトーン(かつ平面)の小説から立ち上る色彩や感触を楽しんでいたけど、素直に色を使って遊んでみようかな。
 「生」を感じる狂おしい小説が好きだし、自分も書くとしたらどうしてもそういう方向になってしまってきたけど(テレビの仕事の時、取材のために人を傷つけてもなんとも思わない人たちを見て、私は誰かを傷つけないためにも自分を切り刻もうと思ってしまったけど)、自分を不幸にしてまで書く必要はナイ!
 もっと、楽な、幸せなお話を見つけていこうかな。

 エッセイだったらいくらでも楽しく書けるんだよな(止められなければ24時間、自分の思索や記憶と遊んでしまう。なので止めてもらえてよかったんだと思う)。
 だけど、無名の者(作家とも呼べない)のエッセイなんて読んでもらえないから、苦手な小説がんばろうかな?って思ったんだよなー。
 このブログにも、「布ナプキンの快適さ(基礎体温の神秘)」や「洗剤を薄めて使うこと(安上がり)」や「育児の悩み(日々続く)」とか「私が思う美味いハンバーグのコツ」とか、具体的に書きたいこと、まだまだあったけど(笑)、またの機会がありますように。


 梶井基次郎の『檸檬』を読み返した。
 私が知る中で、最も好きな短編。
 退廃的な風景に、突如立ち上る向日葵やカンナ。
 檸檬の色。重さ。感触。
 こういう作品を読むと、小説の魔力を知る。
 泣きながら、共感しながら、こんな世界に憧れるような自分を捨てたいと思った。


 発熱直後から今も読み返している、『病の神様 ~横尾忠則の超・病気克服術~』。
 ケラケラ笑い、うんうんと頷いている。
 横尾さんと言えば、ニューヨークMoMAでみた「天井桟敷」のポスターの衝撃が強く(ピカソやモネやダリと同じ美術館に展示というのはやはりすごい)、画家宣言後の絵画については、ソッチ系(三島由紀夫さんや美輪明宏さんとの交流の通り)の色が濃くて、正直こわくて苦手だった。
 でも今、同じ本の同じ言葉を読みながら、まったく同じ温度を感じる。
 私もびびりながら、横尾さんくらい生きたいなあ。

 
 自分でも、頭の病気なのか心の病気なのか体の病気なのかわかりません。
 すべての病気であると同時に、病気なんて気のせいかもしれないし・・・。


 ☆天からのアドバイス

 <大吉と凶とあるけど、全体で吉にしないといけない(運がいいことばかりでもダメ)>

 <人への親切心も、度を過ぎると自分に(悪いこととして)返ってきてしまう>


 ■自覚と自戒

 <口は災いのもと!>


 ○入院直前に書きたかったこと。

 「ハウスキーパー」って言葉、見下したり卑下したりしがちだけど、「keepできる」ってすごいことなんだなあ、素晴らしいことなんだなあと思ったよ。
 自分の身体が動くこと、子供の世話ができること、家族が一緒に過ごせることって、実はとてつもなく幸せなことだよ!

 さあ、再生、再生。

 ハイジ病から、今度こそは立ち直れますように☆

 
 
 体調や副作用で今もくずおれそうになる時あるけど、そのたびに、「それでも私は生還したんだ!」と思い直している。生きることを再び与えられたと思っている。
 だるい時は、妊娠中を思い出している。こんな身体になる前に、二人産めてよかった。
 今私は、三人目を身ごもっているような気持ちで、自分自身を産もうと思う。
 産後のように、ゆっくりゆっくり歩いていこう。

 


 人間は、ひとりでは生きられないようにできているということがわかった。
 誰かの温もりがあって、ようやく生きられる、成り立ってるってわかったよ。
 それはもう、家族とか恋人とかそういうレベルではなく、
 深いところでタマシイが求めてる。

 だから、自分の弱さを 嘆かなくてもいいんだよ。


 人間はもともと欠けて生まれてて、誰かを求めたり、何かを求めずにはいられない、そういう生きものだとわかりました。受け売りっぽいけど、神秘体験を経ての実感。
 どんなに強いタマシイだとしても、誰かを求めずにはいられず、だからこそきっと子孫が生まれ、人間ってものが存続してるんだね。

 私が私であるってのは、魂とか身体とか頭とか心とか環境とか生まれだとか運命だとかそれらの総合体で、私が今回10万分の1の病になったのは珍しいことだけど、そんなことよりももっと、地球上の誰もが、68億!分の1、もう分母なんて関係ない。ひとりひとりが唯一無二、ただそれだけのことなんだよね。

 ただ、それだけのこと。

 与えられた人生を、よりよく生きられるように、自分の身の丈で大切に生きよう。

 なによりも、目の前に今在る輝きを大切に。


 
 まさかまさかの展開に、自分自身がいちばん驚いていますが、今回で、いったんブログを終わりにします。
 しばらくこのまま置いておきますが(誰かの役に立てばと意識して書いた回も確かにあるので)、更新がなければ、「がんばってるんだなあ」と思っていただけたら幸いです(来月末、発病前に書いておいた地元の映画祭用新聞原稿がUPされるので、そのお知らせはしたいと思っています)。


 旧ブログから4年間、最初は育児の合間のせめてもの発信でした。
 旧ブログが217本、当ブログが今回を入れると337本!!
 新聞記事や出版、テレビ取材にまで発展したことは、楽しかったですね(笑)。
 ここで考え、まとめることによって、自分自身を整理したり、子供のための記録にしたり、読んでくださる方を少しでも励ましたいと思って書いてきました。

 小説には嘘もあるけど、ここは、100パーセント真実でした。
 結局、派手な自滅ですみません!!


 ご愛読、ありがとうございました。

 みなさまの、すこやかな日々を祈っています。


 いっぱいの愛を込めて heart


 日原いずみ


 「元気です」って写真を示そうと思って撮ってみたものの、「元気」ってのがどんな感じか難しくて、「あ、そうだ!」と思い立った昨日の夕食の写真です。

Photo

 子供たちが心待ちにしていたハンバーグ。
 このくらい、私ペロリで、食欲全快!です。

            

       
 ☆当時思うところあって非公開にしていた、いちばん最初のブログを公開にしました。敢えてつながないけれど、興味のある方はバックナンバー(2007.10)からでも読んでください。今を嘆く気持ちはないし、思いはまったく変わらない。ただ、衝動にまかせて突っ走るのはやめにするね。ようやく学んだ(←アホ)。やっぱりよかった!!今ね、幸せだよ。

            


           

            


          
         
           


                      


   


            
  


       

                     

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2009.10.17

336 樫の木

          
 ☆休筆を意識する前に書いてあった文章です。
  ブログは次の回で、いったん終了します。


****

          
 我が家の樫の木は今年、

 かつてないほど葉を生い茂らせ、

 どんぐりの実までつけた。

 入院中、子供が、ふくらんだどんぐりを持ってきてくれた(宝物)。

 もくもくと大きく育った樫の木だったのに、

 ドーンと台風が直撃。

 かつてないほどに、葉を落とし続けている。


   まるで私みたい

   まるで私みたい


 でも、根っこはしっかりしている。

 樫の木は今、生きるために、余計な葉を落としている。


 何百枚もの葉を掃き集めながら、木に話しかける。

 
    「がんばり過ぎちゃったかね? 

     ゆっくりしてよ   (あなたもね)」


 樫の木と私、再生のため、療養中。


        
****

 ☆最終回のブログはすでに書いてあり、ちょこちょこ直しています。自分の中で普遍になったらUPします。
 お声もいただいているので、コメントの設定も考えています。
 体調をみてUPするつもりですが、たった今!パソコンが急におかしくなり(現況を考えれば想定の範囲内)、予定は未定です。とりあえず動いてるうちに今回を慌てて・・・。


 ☆ちゃこへ

 反応がここになってしまって、ごめんね!
 トトロについては、私も今回、留守を守ってくれる子供たちのお手本として、つとめて明るく「トトロと一緒!サツキとメイみたいにがんばってよ~」って話していたよ。

 <まーちゃんの不在を きっと不思議な存在が埋めてくれてるんだろうなぁって・・・>

 ってところ、涙がこみ上げました。
 ちゃこのお手紙は私にとってもお守り。
 その先のことは、心配いらないよ!私も同じ悩み持ったよ。類は友を呼ぶからだいじょうぶ☆
 お互い、大きな水になろうね(今のちゃこは、ちゃぷんちゃぷん)。

 そして(ここは追加・・・)
 うーちゃんの言った「日常の修羅は書くもんじゃないだろう」の意味をひしひしと感じています。ああ神様、仏様。


        

   


        


       


                   


                 

                 

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2009.10.15

335 区切り

  
 連日UPしていて、心身の揺れについて、心配をかけてると思いますが、
 今日、新しい出会いがあって、今後の自分について、再び考えました。
 友達を通し、前々から存在を知っていた、スーパーな方に、いよいよお会いする時が来たのだと思い、自転車で出かけました(歩ける距離にいらっしゃるってのがまた我ながらすごいと思った)。


 結果、執筆を、半年から一年はやめることにしました。
 小説を書くということは、思いのほか脳や体に負担があるらしく、
 私は、自分でも自覚していたけど、脳の使い過ぎで、病を呼んだようでした。

 特に、今回過去の病が入り込んだのも、そのスーパーな方から言わせれば、
 過去を細かく思い起こしたのがいけないらしく、
 その通りだと思いました。

 とはいえ、スティル病は、10万人に1人という病気なので!!
 その結びつきには驚くばかりですが。

 もっともっと、不思議なことを体験したけど(超常現象だ~~)、
 ここに書くのは控えます。

 ともかく、現実がおもしろ過ぎる。

 怪しい話ではなくて、私はその場で、キャイキャイと飛び跳ねるくらい楽しかった。
 一瞬でわかり合えた。


 まだここに書くべき言葉がまとまらないけれど、とりあえず、「小説にする」と書いた前回からまた大転回が起こり、私は生き延びるために、つとめて、脳を使わない方向に生活を変えていかなくては、と思いました。

 人生において、小説はいつでも書ける。

 今、身を削ってはいけない(もちろん、すぐに取り掛かるつもりはなかったけど・・・)。

 自分の体のために。子供たちのために。


 そんなわけで、断腸の思いというところもあるけど、このブログも、停止か閉鎖の方向で考えています。

 これがサガや個性だと思ってきたけど、書かずにいられない(脳を動かさずにいられない)という癖を、いったんなおすというか、平らにしなければならない事態に直面したということだと思う。

 もっとも、小説を書いている人がみんな病を迎えてるわけではなく(ただ、自死もふくめ平均よりは短命)、私の書き方や感じ方が問題ということです。
 その方がおっしゃるには、私の場合、正直過ぎるために、呼んじゃったり、背負っちゃったりするらしい(ここに書くのもなんですが、「心がきれい」とおっしゃっていただいた)。

 ガンガン書いてる人たちって、嘘つきか強靭ってことなのかなあ。
 そもそも小説家は嘘つきだけど、私には無理だったんだね。


 このブログをどうするかは、まだ決まらないけど、ここがあることは自分にとって楽しみであると同時に、知らず知らず負担になっていたと思うので、一定期間置いたら、一度サッパリ封印してみようかと思っています。

 楽しみにしてくださってる方には申し訳ないけど、
 そこまでの体験や苦しみがあったので、どうかご理解ください。
 (いやー、ほんとは、今日のことも書きたいくらいおもしろかったけど、それを書くことは罰当たりなんだと、よーくわかった。それと、何千人と見てきた方からしても、私は相当変わってるらしいということもわかった)

 以上、なかなかまとまらないけど、2009年10月15日の真実(封印していくための助走)。
 


   

          


            

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